話は変わりますがBLACKの戦闘描写がシンプルなだけに意外と難しかったです。文字に起こすならやっぱりフォームチェンジはじめ多彩なカードを切れる方が書きやすいみたいですね。
「だから見ていて、僕の──変身!」
少年の拳に力がこもり、身に着けたグローブが軋んだ音をたてる。
その光景を見守っていた蛙吹梅雨と峰田実は、ただただ息を呑むことしかできない。元々の翠から、様変わりした赤い瞳。その周囲に広がっていく、放射性の皺。
──そして腹部から、眩い光が放たれた。
「!、あ……」
「緑谷ちゃん……その姿は……」
12歳の緑谷出久の姿は、もうそこにはなかった。そこに立つのは漆黒の鎧に身を包んだ、バッタに似た姿の異形の王子。
唯一生身の露出した間接部から、灼熱の蒸気が発せられる。それでもなお真っ赤な複眼を滾らせながら、彼は叫んだ。
「仮面ライダ──―BLACKッ!!」
*
分断された生徒たちは、それぞれが命をかけた戦いを強いられていた。
──土砂ゾーン
「……子供ひとりに情けねぇな」
首まで凍りついたヴィランを前に、立ち尽くす少年──轟焦凍。
「しっかりしろよ、大人だろ」
冷たく刺すような、声音と表情。氷漬けにされたヴィランは、彼がフレイムヒーロー・エンデヴァーの息子であることを知らなかった。
単独で本物のヴィランを完封しているのは彼くらいにしても、各々たまたま付近に飛ばされた仲間と協力してこの難局に立ち向かっていた。
その中でもとりわけ苛烈に、野獣のごとく戦う少年がいる。
「死ィねぇぇぇぇぇッ!!!」
咆哮に違わぬ爆炎が、襲いくるヴィランを容赦なく吹き飛ばす。見るからに屈強な異形型ヴィランなだけあって、地面に叩きつけられようともすぐさま起き上がろうとするのだが。
「お、りゃあぁぁぁッ!!」
肘から先を硬化させた切島鋭児郎が、力いっぱい拳を脳天に振り下ろす。流石にこの一撃に耐えられる者はなく、次の瞬間にはひとりの例外なく昏倒していた。
「ふぃー……案外イケるぜ、俺たち!」
爆豪勝己とふたり飛ばされてきたときはどうなるかと正直思ったが、存外彼とは息が合う──と、切島は思った。無論、彼自身の人の好さゆえでもあるのだが。
「クソ髪ィ!次だ!!」
「ッ、おうよ!」
承りつつも、切島はどこか釈然としないものを感じていた。敵を一刻も早く殲滅しようと焦っている……それはわかる。だがこの危機的状況を脱しようというより、もっと別の──
(……まさか)
爆豪に限ってそんなこと、と思いつつ。背中合わせになったところで、思いきって切り出してみることにした。
「心配だよな……緑谷のこと。おめェ、幼なじみなんだろ?」
「ア゛ァ!!?だからなんだッ、心配なんざ誰がするか!!」
思いっきり罵声を浴びせられ、切島は思わず首をすくめた。あまりの唸りように、未だ残っているヴィランも一瞬困惑を露にするありさまだった。
そうして完全否定しておきながら、勝己はぼそりとつぶやく。
「……アイツは、仮面ライダーなんぞになる前は何もできねーウスノロの木偶の坊だったんだ」
「へ?あ、ああ……」
いくら何でも酷い言い様だと思ったが、状況が状況なので口には出さなかった。
「だから俺はアイツを……なのに──ッ!?」
不意に鋭い頭痛が襲ってきて、たまらず額のあたりを押さえる。同時に、フラッシュバックする光景。怯える子供の出久を庇い、異形の怪物と対峙する己の姿。
「バクゴー……!?どうした!?」
「ッ、なんでもねェわ!──オラァッ、死ねぇ!!」
襲いくるヴィランに爆破を浴びせることで、勝己は当惑を振り払った。己の中に、あってはならない空白があることはわかっている。それがデクに纏わるものであることも。
「俺は……死んでもアイツになんざ頼らねえ……!」
勝己の表層しか知らない者が聞けばそれは、頑迷で傲慢な考えとしか思われないだろうが。
(爆豪……漢らしいぜ!)
決して己を曲げないその姿勢に、切島はより深いところで感銘を受けていたのだった。
*
仮面ライダーBLACK──世紀王ブラックサン。
バッタ男の肉体を強化外骨格"リプラスフォーム"で包んだかの異形の戦士は、地上に生ける昆虫の遺伝子をもつ以上、水中での活動を得手とはしていない。バイオライダーのみ例外として無制限に活動できるが、身体を退行させられた今、その姿になれないのは言うまでもなかろう。
(水中じゃ、長くは活動できない)
(動きもきっと、ヴィランたちのほうが素早いだろう)
「それでも──僕は、負けないッ!!」
ライダーは、躊躇なく水の中へと飛び込んだ。大量の水飛沫があがり、その漆黒の身体を覆い隠す。
「………」
呼吸ができない中で、拳を握りしめるその姿。その鋭い威圧感に一瞬怖じ気づくヴィランたちだが、持ち前の自惚れが彼らを駆り立てた。飛んで火に入る……もとい、水に入るなんとやら。
「水ン中で、オレたちに勝てると思ってるのかぁ!!」
そう、それがすべてだった。一斉に襲いかかるヴィランたち。元々の見立てどおり、彼らのスピードはかなりのものだ。しかもゴルゴム怪人と異なり、複数で同時に攻めかかってくる。
(ならまずは……数を減らす!!)
体力に余裕があるうちに、攻めきる──!ある意味賭けに打って出た仮面ライダーBLACKは、最初から切り札を切ることを躊躇しなかった。
「キングストーン……フラッシュ!!」
ベルトに収められたキングストーンが激しい閃光を放つ。
「グッ……目眩ましか!?」
「こんなモノ、天下の仮面ライダー様が聞いて呆れるぜ!」
彼らがそれをただの牽制と捉えるのも無理はなかった。そもそもキングストーンの存在自体、ただのヴィランである彼らには知るよしもないのだから。
──無知蒙昧なる敵対者たちに、王の象徴は容赦なく牙を剥いた。
「……熱ぢッ!?」
急速に水温が上昇し、悶えるヴィランたち。そんなものは序章にすぎなかった。
「?、な、なんだァ?」
揺れている。地震?──彼らには知るよしもなかったが、この水難ゾーンを除いては揺れなどいっさいなかった。
ある瞬間、揺れはぴたりと収まり。
「──ぬわ──っっ!!」
彼ら全員、熱湯もろとも空中に巻き上げられていた。水の竜巻とでも言うべきその奔流に拘束され、彼らは身動きをとることができない。
そして気づけば、黒い太陽が彼らの目の前にいた。
「はぁあああ──ッ!!」
「う、ウワァアアアアアア!!?」
恐怖心丸出しの表情で絶叫するヴィランたち。迫る真っ赤な複眼は、対峙する者の本能的な恐怖を呼び起こす。しかもその身体は、幾多のゴルゴム怪人を葬り去ってきた全身兵器なのだ。
ただ、彼らの浅慮に比すれば仮面ライダーには慈悲と正義の心があった。
「ガハッ!?」
「グフッ!?」
「ゲヘェッ!!?」
放たれるはライダーキックでもパンチでもなく……チョップ。首筋に鋭い一撃を叩き込まれたヴィランたちは、一瞬にして意識を刈り取られた。力の抜けた身体が竜巻から弾き出され、地上を転がる。
程なくして、水面がもとの凪へと戻る。跳躍していたライダーが重力に従って水中に落下すると、なんとか難を逃れたヴィランの残党が逃げ出そうとしている様子が目に入った。
(……逃がさない!)
全員、ここで仕留める。ただ、水中でのスピードは相手に分があることは忘れていない。
水中での活動といえば──彼女。ただし、安全は確保しなければならない。首から上を水面に出したBLACKは、仲間に向け叫んだ。
「峰田くんっ!」
「!」
合図を受けた峰田は、半ば涙目で球状の髪──もぎもぎをもぎ取る。
「チックショオオオっ、こうなりゃオレだってェェェ──!!」
叫びながら、もぎもぎを次々に投げつけていく。必死に泳いで離脱を図るヴィランたちの行く手を、まるでブイのようにそれらが塞いだ。
「!?、な、なんだこりゃあ?」
「ッ、こんなもの──」
もぎもぎを意に介さず突破を敢行せんとするヴィランたち──そんな折、峰田が声をあげた。
「おっとやめたほうがいいぜ!そのもぎもぎにちょこっとでも触れてみろ、お前ら全員ドカンと吹っ飛ぶぜ!!」
「な、何ィ!?」
なんと驚くべきことに、峰田実の個性"もぎもぎ"は爆発物でもあったのだ!爆豪勝己にもひけをとらない、デンジャラスかつ強力な個性である!
……残念ながら、そんなわけはないのだった。
(うまいぞ、峰田くん……!)
ライダー……出久は心の底から彼を称賛した。咄嗟に考えついたにしてはよくできたハッタリだった。
そう、峰田のもぎもぎにそんな大層な効果はない。ただ、独立した状態だと強い粘着力を発揮するというだけだ。しかし入学試験においては、その粘着力がロボットの身動きを封じ、無力化することに成功したのだ。
いずれにせよ、ヴィランたちはこれで身動きがとれなくなった。あとは、一気にカタをつけるのみ。
「梅雨ちゃん頼む!」
「任せてちょうだい」
飛び込んできた蛙吹梅雨が、勇敢にもヴィランに突撃していく。──そして、その舌が長く長く伸び、
ヴィランたちを、がんじがらめに拘束した。
「!?」
「う、動けねえぇ……!」
もがくヴィラン、どう転んでも彼らはこうなっていたのだ。峰田のハッタリを意に介さず突破を試みたとしても、もぎもぎが全身に付着して行動を大いに制限したであろうから。
──ゆえに、仮面ライダーBLACKがとる行動も決まっていた。
「うおおおおおお──ッ!!」
一気呵成に距離を詰め、
「ライダー、パンチ!!!」
拳が、
「ライダー、キィィィック!!!」
蹴擊が──炸裂した。
*
「容赦ないわね、緑谷ちゃん」
ひとり残らずぐったりとしたヴィランたちを救助用のロープで拘束しつつ、梅雨がこぼしたひと言。出久──仮面ライダーBLACKは苦笑するほかなかった。バッタの仮面に表情はないのだが。
「水中だから勢いは削がれるし、ある程度は手加減もしたよ。命まで奪うわけにはいかないからね……」
「ふふ……わかってるわ。──守ってくれてありがとう」
微笑とともに差し出された感謝の言葉に、少なからず波立っていた少年の心は柔らかく解れた。同時に、ただ一方的に守ったわけではないとも思う。
「独りで戦ってたら、正直かなり苦戦したと思う。梅雨ちゃん、峰田くん。きみたちの援護があったから、僕は無傷で勝てたんだ」
「緑谷ちゃん……」
「緑谷……」
「僕のほうこそ──ありがとう」
刹那、仲間の片割れが見せた予想だにしない反応に仮面ライダーは言葉を失っていた。
「え……峰田くん……?」
「峰田ちゃんアナタ、泣いて……?」
梅雨の言葉は誇張でもなんでもなく……呆気にとられたような表情のまま、峰田はさめざめと涙を流していた。
「……オイラずっと、バカにされてると思ってたんだ」
「えっ、な、なんで?」
「だってオイラ、入学してからずっといいトコなしで……ッ、最初の体力測定だって最下位だったし、口を開きゃあエロいことばっか言ってるし……!」
「ケロ……自覚はあったのね」
「オイラ、おまえのこと知ったときからずっと……!おまえの助けになれるようなヒーローになりたかったんだ……!」
「……!」
外見どおり幼子のように泣きじゃくる峰田を目の当たりにして、出久はたまらない気持ちになった。
そして気づけば、その小さな身体をぎゅっと抱きしめていた。
「峰田くん……ありがとう……!」
「う゛うううう~ッ」
同性とのスキンシップを嫌がる峰田だが、このときばかりは漆黒の異形の抱擁を受け入れているようだった。
そして、梅雨も。
(よかったわね、峰田ちゃん)
このときばかりは、彼を素直に祝福しようと思えた。
──そして、漸く峰田が落ち着いたあと。
「峰田くん、梅雨ちゃん。僕らの使命はまだ終わってない」
「!」
「次は──皆を救けるんだ!!」
黒き英雄の言葉に、仲間たちは力強く頷いたのだった。
*
「想定した以上に粘っているようですわね、あの坊やたち」
USJの中心で高みの見物を続けながら、つぶやくビシュムと名乗った少女。佇みながらにして、彼女にはこの戦場の全景が見えているかのようだった。
対する死柄木弔は、苛立たしげに爪を噛んでいた。砕けた先端が、がり、と音をたてる。
「オールマイトもまだ来てないってのに……仮面ライダーはちょっと弱体化しただけで健在だし……。もう詰んでんじゃん」
「………」
弔はこの戦いにゲーム感覚で臨んでいるようだった。ゴルゴムの壮大な思想とは対極にいる男だが、ビシュムの関心はもう一方に控える少年にのみ注がれていた。
「なァそいつ、いつ使うの?」
「……そうですわね。そろそろカードを切る頃合いかしら」
目配せする──と、仮面の少年は小さく頷き、いよいよ動き出す。
その視線の先には、孤立無援ながら着実に敵を鎮圧し続けるイレイザーヘッドの姿。
表情のなかった少年の口許に、初めて笑みが浮かんだ。刈り取るべき魂を見定めた、死に神の笑みだった。