その割にものすごく中途半端なところで終わってるのはごめんなさい。
劇場版について…ルパパトの方でも触れましたが、展開が作者のドツボにハマりすぎててもう……。描きたい。共闘いつか描きたい。
──死んだはずの秋月信彦が、再び敵となって姿を現した。
緑谷出久は、これが己の心的外傷を凝縮した悪夢なのだと思った。しかし奔る痛みが、鮮烈な光景が、今この瞬間はまぎれもない現実なのだと思い知らせてくる。
ならばせめて、目の前の信彦が何者かの化けた偽物であったなら。その一縷の望みさえ、腹の中のキングストーンが明確に否定していた。
「遊びは終わりです」
やはり葬られたはずのビシュムが、冷たく宣言する。同時に、やおら立ち上がる信彦。
一体、何をするつもりなのか──本来警戒を厳にすべき仮面ライダーは今、まともな思考を失っていた。ただ呆然と、かつて親友だった少年の姿に釘付けになっていることしかできない。
信彦もまた、あの超速で攻めてくるでもなく立ち尽くしている。死闘の台風の目で、停止したかのように緩慢に過ぎる時間。
しかしそれも、刹那のことにすぎない。
「……変、身」
「──!」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、出久は己の心臓が五月蝿く跳ねるのを自覚した。
次の瞬間には、目の前の少年が少年でなくなっていた。
柔らかな白皙が、瞬く間に光沢を放つ白銀の鎧へと変質する。子供の背丈が膨れあがり、BLACKと同等以上の逞しい骨格に。
そしてBLACKのそれと、対をなす緑の複眼。
「お、おい、あれって確か……」
BLACKの背後で、わなわなと震える峰田。彼、そして梅雨にも、少年の"変身"を遂げた姿を知っていた。
「シャドー、ムーン……?」
ゴルゴムの侵略がいよいよ本格化し、猛威を振るいはじめたのと時を同じくして現れた、強力な怪人──仮面ライダーを機械化したようなその姿から、世間では仮面ライダーに似せて造られたサイボーグかロボットなのではないかとも言われていた──。ふたりはそういう認識だった。それゆえに出久が発した"信彦"という名が引っかかる。
「さあ、シャドームーン。今度こそ決着をつけるのです」
柔らかい声で、無慈悲な命令を告げるビシュム。
そしてシャドームーンは、おもむろにその一歩を踏み出した。がしゃりと鳴り響く、金属めいた足音。あのつらく悲しい戦いの記憶が甦り、BLACKは茫然自失としたままだ。
「緑谷ちゃん!!」
切羽詰まった梅雨の呼びかけで、ようやく我に返る。そのときにはもう、シャドームーンが目前にまで迫っていた。
「ッ!」
望まなくとも、キングストーンに影響を受けた本能が意志とは関係なく闘う構えをとらせる。振り下ろされる拳を受け止め、反撃に手刀を振り下ろす。命中をとったのはBLACKだったが、
「……!?」
──効いていない。リプラスフォームを超える硬質な鎧は、かつてのシャドームーンをも凌いでいた。
そのまま手首を掴まれ、呆然としていたBLACKは我に返った。もはや手遅れだったのだが。
そのまま力いっぱい引きずられ……投げ飛ばされる。漆黒の肢体が強かに打ちつけられた途端、そこを中心に地面が陥没を起こす。その規格外の光景は、梅雨と峰田をして友人の危機であることを一瞬忘れさせてしまうほどのもので。
粉塵が晴れたとき、仮面ライダーBLACKの全身は余すところなく出来上がっていたクレーターに沈んでいた。
全身を、痛みに支配されている。
指一本さえ動かすことができない、息が詰まるような苦痛。
しかし真に蝕まれているのは、肉体よりも。
(信彦くん……なんで、どうしてきみが……)
ゴルゴムの崩壊から密かに生き延びていたシャドームーン。しかし、二度目などありえないはずだった。死した信彦の骸は、出久自身が自らの手で葬ったのだから。もう二度と、邪悪なるものたちによって弄ばれることのないように。
それなのに、なぜ。ビシュムは……ゴルゴムの残党はどうやって、再び信彦を手に入れた?
「大したものでしょう、
「……!」
出久の心を知ってか知らずか、恍惚とした声をあげるビシュム。丸みの残る頬が赤く色づくその様相は、彼女の正体を知らない者が見ればこのうえなく愛らしいもので。
「彼は以前とはまったく違うのです。ただ昔のブラックサンに戻ってしまったあなたでは……ふふふ、歯が立たないのも無理はありませんわ」
「緑谷ぁ!!」半ば悲鳴のような声をあげる峰田。「立てッ、立ってくれよぉ!!おまえがやられちまったら、オイラたち……!」
そう叫ぶ峰田も、梅雨も、シャドームーン=信彦が出久の大切な親友であったことなど知るよしもない。ただ、同年にしてオールマイトに匹敵する無敵の英雄と捉えていたあの仮面ライダーが、弱体化させられているとはいえたったひとりの敵に完膚なきまでに叩きのめされている。その光景を前に、冷静でいられるはずがなかった。
(そうだ、動揺している場合じゃない……!)
梅雨と峰田だけではない、すぐそこには意識をなくすまで痛めつけられたのだろう相澤が伏せている。命に別状がないなどとはとても断言できない。そんな状態で自分たちの戦いの巻き添えにしてしまったら……想像しただけで身震いがする。
戦わねば、救うために。それで己の心が傷ついたとしても──痛む身体を押して、立ち上がる仮面ライダーBLACK。常人ではありえないような音が鳴り響くほど拳を力いっぱい握りしめれば、バッタ男の皮膚が露出した間接部から激しい白煙が噴出する。
(今度こそ……こいつの動きを止める!!)
迷いを強引に押し込めた決意とともに、勢いよく跳躍する。すると寸分遅れて、シャドームーンもまた同じ行動をとった。
「ライダー、キィィィック!!」
「……シャドー、キック」
無骨な姿から放たれる少年の声に、出久の心は結局揺さぶられた。
──そして、キックとキックが激突した。
「……!」
中心部で発生する爆発。それに伴い、吹きすさぶ突風。巻き上げられそうになる峰田を、咄嗟に梅雨が受け止める。ちょうどもぎもぎのあたりに胸が当たり、峰田はにやけてしまうのだが……次の瞬間には、その表情は絶望に染まっていた。
爆炎の中から、少年のシルエットが墜落してくる。サイズの合わないぶかぶかの雄英の体操服に、毛量の多い緑色の頭髪。
「み、みどり、や……?」
「緑谷、ちゃん……」
「うぐ、ぁ……」
出久が、敗北を喫した。それを現実の光景として認識することは、かの少年少女にとってあまりに残酷なことだった。
「お見事です、シャドームーン。ふふ……それでは、本懐を」
「!!」
本懐──それがなんなのか、倒れ伏した出久におもむろに迫るシャドームーンを目の当たりにすれば、考えるまでもないことだった。
「緑谷ちゃん……!」
「ッ、下がってろ蛙吹!」
「!?」
自ら梅雨の懐を抜け出した峰田。同時に響いた勇敢な声音は、先ほどまでの彼とは別人のようだった。
「クッソォォォっ、緑谷はやらせねぇぇぇぇッ!!」
平凡な動体視力では追えないほどの速さで頭からもぎもぎをもぎ取ると、シャドームーンめがけて投げつけていく。元々殺傷能力など無に等しい個性であるから、それで仮面ライダー以上の力をもつ化け物を倒せるだなどとは微塵も思っていない。しかしシャドームーンの身体に付着したもぎもぎの数々は、その粘着力でもってその動作を阻害することには成功した。
しかし、
「こ、これでも……完全には止めらんねえのかよ……!」
ぜえぜえと荒ぶった呼吸を繰り返しながら、悔しげにつぶやく。その頭からは、攻撃を受けたわけでもないのにおびただしい量の血が流れ落ちている。
もぎ過ぎると、彼は頭部から出血してしまうのだ。実質、これ以上の個性使用は困難──
「無駄なことを」ビシュムが冷笑を浮かべる。「あなた方ヒトの個性ごとき、シャドームーンに通用するとお思いかしら?」
「……ンなこと、言われなくたって……!」
わかっている。わかっているけれど、出久を見殺しにできるわけがない。しかしこれでは、せいぜい十数秒時間稼ぎができればよいほうだった。
「そのまま黙って見ていなさい。あなた方の希望の象徴たる仮面ライダーが、凌辱される様を……!」
もぎもぎを引き剥がしつつ、いよいよシャドームーンが出久の足元へと迫ったその瞬間。
峰田が死にもの狂いで行った十数秒の時間稼ぎが、無駄ではなかったことが示された。
『イズクに触れるなぁッ!!』
「!?」
突如地上を滑走するように飛来した深紅の塊がシャドームーンに激突、その衝撃にはさしもの彼も紙のように撥ね飛ばされるしかなかった。
『イズク、大丈夫か!?しっかりしろ!!』
「ぅ……ぐ……」
その呼びかけに、出久はかろうじて意識を取り戻した。ぼやけた視界に、"彼"の真っ赤な車体が飛び込んでくる。
「ライ、ド、ロン………」
『イズクその姿……ブラックサンに戻されてしまったのか?いや、それより……』
とにかく出久を救けなければと思って躊躇なく轢いてしまったが、あれはライドロン……クジラ怪人にとって主たる存在だったシャドームーンではないか。それに、彼の背後に控える少女からは、大神官のひとりビシュムの気配を感じる。
ライドロンは当惑したが、出久たちを守ることが最優先事項であることは揺るがなかった。
『ッ、イズク乗るんだ!後ろのふたりも!』
「!」
ここは一時なりとも撤退、態勢を立て直すしかない。ライドロンの言葉に、出久は痛む身体を押して運転席に飛び込んだ。それを見て、梅雨と峰田も動く。
「蛙吹、先生を!」
「ケロ、わかっているわ!」
相澤の身体に己の舌を巻きつけ、軽々と引き寄せる梅雨。本物の蛙同様細く長いそれは、見かけに反して強靭さと力強さを兼ね備えている。
そうして離脱の準備を素早く整えていく少年たちだが、シャドームーンとビシュムが黙って見ているわけもなかった。
「ライドロン……クジラ怪人。シャドームーン、あの裏切り者に制裁を」
ビシュムの号令に応じて、両手を構えるシャドームーン。その掌から緑色をした光線が放たれ、ライドロンに襲いかかる。
『……ッ!』
「ッ、ライドロン、大丈夫……!?」
『問題ない……!だが急げ、イズクの友人たち!』
助手席に峰田が、後部座席に相澤とそれを介抱する梅雨が乗り込む。それと同時に、ホイールがフル回転。シャドームーンのビームをかわしつつ、ライドロンはもはや慣れてしまった急発進を敢行した。
「小癪な……逃げきれるとお思いかしら」
シャドームーンは棒立ちのまま、小さくなっていくライドロンの姿を見送っている。ビシュムはその背中を冷たく睨めつけた。
「追いなさい、シャドームーン」
そう命じると、シャドームーンはようやく動き出した。"あれ"は戦闘能力としてはかつてのシャドームーンを凌ぐが、こまめに命令をインプットしてやらないと木偶人形も同然になってしまう。ビシュムは思わず口許をゆがめた。かつては、彼が命令を下す側だったのだ。しかしもう、そんなことはありえない。今、彼女が推戴しようとしているのは──
「……ふふふふっ、ふふふ……」
暗黒結社ゴルゴムの再起は、ようやくはじまったばかり。しかしその結末を……死柄木弔の言うところの"ゲームオーバー"の瞬間を想像し、ビシュムはたおやかに嗤った。