あちこちに設置されたオブジェクトを巧みにかわしながら、ライドロンは走行を続けていた。
「……はぁ、はぁ……ッ」
『イズク、大丈夫か……?』
「う、ん……なんとか……」
かぼそい声で、そう答えるのが精一杯だった。全身がずきずきと痛むのもあるが、出久の精神は張り詰めた糸がぷつりと切れたように彷徨っていた。記憶はきちんと保っているのに、まるで中身まで12歳に戻ってしまったかのようで。
それ以上何もできない出久に代わって、助手席の峰田が後部座席を気遣った。
「蛙吹、先生は……?」
「………」一瞬の沈黙のあと、「……血が全然止まらない……多分、骨もあちこち折れているわ」
「ッ、くそ……ここから脱出できなきゃ応急処置もできないってのに……!」
峰田が悔しげに吐き捨てるが、それで状況が打開できるはずもない。頼みの出久もダメージを受けている以上、外部から救援があるのを待つほかない。彼らは飯田天哉の離脱を知らないから、それを現実的な展望としてもつことができなかった。
それゆえに、出久もまたこんなことを言い出した。
「ライドロン……僕をどこか、適当なところで降ろして……。相澤先生……梅雨ちゃんと峰田くんも、外に……」
『な……何を言っているんだ!?そんな身体のあなたを置いていけるわけないだろう!』
ライドロンがそう反論するのも当然だった。峰田や、梅雨にとっても。
「そうだぜ緑谷!オイラ、おまえの助けになるって腹くくったんだ!血が出るくらいなんだ、まだまだやってやる!」
「この子に相澤先生を連れ出させるのは賛成よ。でも私たちは残って戦うわ、相手があのシャドームーンであっても……」
「……ッ、」
気持ちは嬉しかったが、素直に頷くことはできなかった。シャドームーン……信彦との因縁にだけは、他人を立ち入らせるわけにはいかないと思った。
「そういえば緑谷ちゃん、シャドームーンのことを"信彦くん"と呼んでいたわね」
「!、………」
口を引き結ぶ出久の様子を目の当たりにして、梅雨は疑念を確信へと変えた。
「……やっぱり、彼は人間なのね」
「な……!?」
人間の──今の出久と、変わらない年齢の。信彦くんという呼び方からしても、出久と親しい関係にあった人物なのだろうことは容易に想像がつく。
しかしそんな少年がなぜ、ゴルゴムの首魁たるシャドームーンなどという存在になったのか?ふたりがその疑問を露にしようとしたとき、不意にライドロンが声をあげた。
『!、前方にヴィランがいる!』
「!」
その言葉に、彼らは会話を中断せざるをえなくなった。視線を向けた先には、とかく己を"ワル"だと主張した風貌のヴィランの姿。──しかしどうしてか、必死な形相でこちらへと逃げてくる。
「あいつら……どうしたんだ?」
峰田の……否、一同の疑念は、すぐに氷解した。
「逃げんなクソどもがぁああああッ!!!」
獣じみた咆哮と、爆音。飛翔する漆黒と白皙の影は、
「か、かっちゃん!?」
「爆豪……!」
彼の赤い瞳がライドロンを、そこに乗る出久たちを一瞬、捉えた。しかし感情の揺らぎは微塵もなく、即座に眼下のヴィランたちに引導を渡しにかかる──
「死ィねぇぇぇぇぇ──ッ!!」
そして、ひときわ烈しい劫火が爆ぜた。
*
「──じゃあライドロン、相澤先生をよろしくね」
『……しかし、イズク……』
最後まで出久を護衛できないことに、ライドロンは口惜しさを隠しきれていない。その気持ちを敏く察した出久は、そっとその車体を撫でた。
「気持ちはうれしいよ、ライドロン。でもきみには、僕以外の人のことも守ってほしいんだ」
『!、……そうだな。私は、あなたの仲間だからな』
仮面ライダーを戴くチームの一員である以上、守り救けるべき対象はこの世に生きとし生けるものすべて。そしてその志を実践することが、出久の助けになることにも繋がるのだ。
相澤を乗せたライドロンは、その場から颯爽と去っていった。途中でヴィランに発見されて攻撃を受けたとしても、彼のスピードと耐久力なら問題なく振り切れるだろう。
ふぅ、と息をつきつつ……合流できた
「おめェらが無事でよかったぜ……!」
──切島鋭児郎。紅蓮を想起させる尖った頭髪と瞳が特徴的な彼は、この年代にしては珍しくストレートに感情表現する少年だった。現に今も、目に涙すら浮かべて出久たちの無事を喜んでいる。
「俺ら、どうにかヴィランを倒しながら移動してたんだ。まあ、主にバクゴーの力なんだけどな」
「さっきの調子でトドメを刺していたわけね」
あの鬼の形相で追われたら、三下ヴィランがビビるのも無理はない──そんなことを考えていると、勝己にじろりと睨みつけられ、梅雨は肩をすくめた。粗野な振る舞いとは裏腹に、彼は他人の機微には敏いようだった。
「こっちも、普通のヴィランは協力して捕縛してきたわ。でも……」
「ッ、ちくしょう……!アイツだけは、緑谷でも勝てなかった……!相澤先生も、アイツに……」
「……そんなヤツがいたってのか?一体……」
口をつぐんでいる意味は、もうない──出久が、答を引き受けた。
「……シャドー、ムーン……」
「……は?」
梅雨や峰田が知る名を、切島が知らないはずがなかった。
「でもソイツって、おめェが倒したんじゃ……いやでも、あのビシュムとかいうヤツが生きてたんだから、ありえるのか……?」
「………」
人の好い切島は、出久をむやみに質問攻めにしたりはせず自分で自分を納得させようとしているらしかった。出久が一番恐れているのは、信彦について追及されること。──そしてそれを唯一この場で知っている爆豪勝己は、
「このクソ役立たずが!!」
「!?」
いきなりそう罵声を浴びせかけると、出久の胸ぐらを力いっぱい掴み上げた。肉体の年齢差ゆえ、それは凄まじく悪辣な光景だった。
「お、おいバクゴー……!」
「てめェは敵の一匹もまともに始末できねェんかよ、何が仮面ライダーだ聞いて呆れるわ!!」
「……!」
出久は思わず目を見開いていた。彼にはかつてすべてを話した、ゆえに自分がどれだけ残酷なことを言っているかわかっているはずなのだ。──あのとき涙さえ流していた彼が、こんな……。
出久の心に冷たいものがよぎったとき、勝己がさりげなく耳許に顔を寄せてきた。
「そいつ、本物なんか?」
「!」
普段の彼からは想像もつかない、しずかな問い。ゆえに出久は、即座に彼の意図を理解した。表向きは彼の罵倒に絶句したふりをしたまま、耳打ちし返す。
「……わからない……。けど、キングストーンが強く反応してる。姿や能力をコピーしただけの偽物とかじゃ、ないと思う」
「……そうかよ」
答はそれだけだったし、いずれにせよ会話は続けられなかった。
「おまえ……いい加減にしろよ爆豪!幼なじみのくせによくそんなことが言えるな!?」
「……今の言葉は撤回すべきだわ、爆豪ちゃん」
峰田が激昂し、梅雨も静かにではあるが怒気を発している。確かに表向き勝己の態度は酷薄に過ぎた。あえてそうした以上、ここで出久が擁護するのは彼の意に反することになる。だが、彼を悪者にしたままでいるのは──
「……いいんだふたりとも。僕が倒し損ねたのは、事実なんだから」
その言葉で、これ以上ふたりが激しないよう抑えるのが精一杯だった。「けどよ……!」と峰田が言い募るが、切島が宥めてくれた。
「ま、まあそういうのは後にしようぜ!今は皆と合流して、ライドロンが助け呼びに行ったこと教えてやんねえと」
「そうね……」
ひとまずはこの五人で行動することに皆、異存はなかった。立ち上がり、移動を始める──刹那、
「どちらへ行かれるのかしら?」
「!!」
たおやかな声が響いたかと思えば、それとは対照的な凄まじい衝撃波が彼らを襲った。
「うわああああ!?」
周囲のオブジェクトはことごとく打ち砕かれ、五人はなすすべなく弾き飛ばされる。ややあって、彼らの潜んでいた場所は何もない、がらんどうの空間と化してしまっていた。
「ッ、みんな、大丈夫……!?」
勝己からは「うるせえ」と、勝己以外の三人からは肯定が返ってくる。ほっと胸を撫で下ろしかけた出久だったが、魔の手は容赦なく襲いくる。
「逃げられませんよ。シャドームーンは五感も強化されているのです」
得意げに言い放つビシュム。あの特徴的な足音をたてて、迫るシャドームーン。もうひとりの世紀王の掌に、少年たちの命は乗せられていた。
「く……ッ!」
ならばせめて、自分が矢面に立つしかないのだ。同じ世紀王である、出久自身が。
しかし再び変身を遂げるべく拳を握れば、たったそれだけのことでずきりと痛みがはしり、脂汗がこぼれる。
「無茶だ緑谷!そんな身体で……!」
「そうよ緑谷ちゃん、ここは私たちに……」
「──」
「ダメだ!!」
自分でも信じられないくらい、大きな声が出た。
「シャドームーンに……彼にこれ以上、誰かを傷つけさせるわけにはいかないんだ……!」
最後には優しい心を取り戻して、子供たちを救けて眠りについた、信彦に。
その気持ちは誰にもわからない。この少年の過去を物語としてしか知らない者たちに、その気持ちを知ることなどできようはずもない。
──いや、
「おい」
"彼"の呼びかけに振り向いたのは、ほとんど反射的なものだった。
刹那、出久の世界はぐるりと回転していた。背中に衝撃がはしり、視界が明滅する。
「痛、うぅ……!」
「どいてろ、クソデク」
冷たい口調でそう言い放つと、ずんずん前に踏み出していく者がいる。それが誰かなんて、考えるまでもない。
「よォ、てめェの相手はこの俺だ。銀ぴか野郎」
「……爆豪勝己。──そう、」
少年の名をつぶやいたビシュムが、意味ありげに笑みを浮かべる。
「随分と勇敢な子ね。それとも、何も考えていないのかしら?」
「考えとるわ、てめェらぶちのめすコトだけなァ」
滾るような赤い瞳が、緑の複眼と対峙する。その光景──彼は独りかの世紀王と戦うつもりなのだと、出久にはわかってしまった。
「ッ、かっちゃん……!駄目だ、いくらきみでも……!」
事の重大さを認識した切島鋭児郎もまた、声をあげた。
「バクゴー、戦るってんなら俺も──」
「出てくんな、足手まといだ」
「な……なんでだよ!?さっきまでだって一緒に戦ってたじゃねえか!」
勝己から答は、ない。「うるせえ」と切って捨てるほんのわずかなエネルギーでさえ、彼はこれからの死闘に注ぎ込むつもりでいた。
「信彦、」
「!」
彼までもがシャドームーンをそう呼んだことに、ビシュムが反応する。
そして、
「死人は──死んでろや!!」
そのしなやかな身体が、宙を舞った。両掌から爆破を起こすことにより、彼は常人では不可能な高みにまで跳躍したのだ。
「オラァアアアアアッ!!」
反応を見せるシャドームーンに対し、遠距離から轟々とした一発。その上半身が爆炎に隠れて見えなくなったところで、彼は勢いをつけて急降下する。
炎に巻かれていてもなお反撃に出ようとするシャドームーンに対し、少年の動作は機敏だった。打って変わってごく小規模な爆破によって旋回し、背中側に回り込む。そして、攻撃。勝己はとにかく縦横無尽に動き回ることによって、シャドームーンに反攻の隙を与えない腹積もりだった。
──確かに、中途半端な援護はかえって邪魔になる。
「バクゴー……」
「あいつ、確かに口だけじゃねえな……」
「ええ……」
三者三様、複雑な表情で戦況を見守っている──出久もまた、表向きは同じと思われたが。
(かっちゃん……)
一体、彼はいかなる心積もりでシャドームーンと単身戦っているのか。仮面ライダーとして様々なことを見聞きして、他人の機微にも敏くなったつもりでいるけれど……彼の、とりわけ自分に対する想いは複雑に絡みあいすぎていて、それらからくる一挙一動を紐解くことはできない。何も、わからない。
──出久の方が、難しく考えすぎている面もあった。これがたとえばライドロンや、鋼のジョーことデスガロンの行動であれば、その意図は容易く理解できただろう。
あるいは、"あのとき"の勝己を思い出していれば。
(これ以上……デクに、コイツを……!)
目にも止まらぬスピードで飛び回りながら、息もつかせぬ猛攻を続ける勝己。当初は互角以上の立ち回りと思われていたが、決定的に火力が不足していた。何度爆破を繰り返しても、シャドームーンの堅固な装甲には傷ひとつつかない。勝己の表情に焦燥が滲む一方で、ビシュムは相も変わらず余裕の笑みを浮かべて見守っている。
「あれでも効いてないなんて……!」
「ッ、やっぱり、見てらんねえ!!」
切島が身体を硬化させて臨戦態勢に入る──刹那、目の前の獲物以外すべてを忘れ去っているかのごとき勝己の瞳が、ぎろりと睨みをきかせた。
「出てくんなっつったろ何度も言わせんな!!」
「……!」
従わねば仲間といえども容赦はしないとばかりの気迫に、切島はたじろいだ。次の瞬間にはもう、彼らは意識の外に追いやられている。爆豪勝己をそこまで頑なにさせるものはなんなのか、彼らにも知るよしはない。
なおも独り奮戦する勝己だが、時間をかけて鍛えあげられた彼の体力にも限界はある。一瞬たりとも休息をとらずに飛び回っていた身体が次第に悲鳴をあげはじめ、呼吸が荒ぶる。対するシャドームーンは防御に徹しているのか、その場から一歩も動いていない。
出久はいよいよ危機感を覚えた。このまま勝己が体力を使い果たせばどうなるか、そんなこと考えるまでもない。その瞬間の想像が、嫌でも脳裏に浮かんで、消える。
(もう嫌だ、そんなの……!)
気づけば出久の足は、一歩前に踏み出していた。勝己に失望されてもいい、憎悪されたって構わない。彼という存在を、喪うくらいなら。
けれど現実は、いつだって早すぎた英雄に残酷だ。
──シャドームーンが、直撃をとった。
つづく
「かっちゃん――!!」
少年の悲痛なる慟哭が響き渡る。勝利を確信する大神官ビシュム、そして死柄木弔。
しかし燃え滾る太陽の子の体内で、眠っていたはずのワン・フォー・オールが奇蹟を起こそうとしていた!
「僕は太陽の子!」
「悲しみの王子!」
「怒りの王子!」
次回 超・世紀王デク
緑谷:ブレイジング
オールマイト「……私の出番は?」
ぶっちぎるぜぇ!!