超・世紀王デク   作:たあたん

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第1期最終回

後半の爆豪独白パートは特に思い入れを込めて書きましたが、デク目線を重視するのであればあえて読まないというのもアリだと思います。如何様にもお楽しみいただければ…

そして空我の8話でもちらっと話題に出したデク出産秘話(「朝加圭一郎 出産」とは何の関係もございません)。「愛という名のもとに」というドラマでの主人公と主人公母のやりとりが元ネタになっています。私の一番好きなドラマです。


涙(後)

 夜ふけのベランダは、間もなく初夏を迎えようという季節であっても未だ少しばかり肌寒かった。

 

 それでも出久は、独りそこに佇んでいた。昔から変わらないエメラルドグリーンの大きな瞳が、ぼんやりと星のない夜空を眺めている。

 既に皆、寝静まっている。いかに改造人間の肉体といえども、今日のことで出久も疲労しているはずだった。だのに、ベッドにもぐっても眠れない。縺れて絡み合った思考は、どう努めても解くことができなかった。

 

「……ふぅ」

 

 大きく息を、吐き出す。何をやっているんだ僕はと、出久は自嘲した。明日は……いやもうとうに日付が変わっているから今日か、ともかくあの襲撃事件の影響で、一日臨時休校になったとはいえ。

 踵を返して自室に戻ろうとしたとき──ドアが控えめにノックされる音を、出久は聞いた。

 

「……出久、起きてる?」

 

 母の声だ。出久がこうして眠れずにいるとき、彼女はどうやってかそれを悟るらしい。

 

「起きてるよ、どうぞ」

 

 部屋に戻るのはやめて、ベランダからそう答える。数秒ほどして、扉が開いた。暗がりに浮かぶ翠の瞳は、ああ、僕とこのひとは間違いなく親子なんだと思わせるものがあった。

 

「もう、そんな恰好で……。夜中はまだ冷えるんだから、風邪引いちゃうよ」

「……僕はもう風邪引かないよ、知ってるでしょ」

 

 もうヒトでない身体なのだから。ただ母の顔が一瞬曇ったのを見て、出久は己の発言を悔いた。母を傷つけたいわけではないのに。

 それでも尻込みせず出久の隣にやってくる引子は、本当に強くなったと思う。

 

「明日……ううん、今日か。──行くんでしょう、病院」

「……うん。かっちゃんに、会ってくる」

「そう……」

 

 暫しの、沈黙のあと。

 

「つらかったね。信彦くんとまた戦わなくちゃならなくなって、勝己くんも……あんなことになって」

「……僕は、大丈夫だよ」

 

 本当につらいのは彼らのほうだ。そして、母や仲間にまで心配をかけてしまう。すべて、自分が不甲斐ないせいで。

 

 手すりを握る手に、力がこもる。ただ加減を間違えればこれを粉々に打ち砕いてしまうと、出久は自覚していたけれど。

 

「そういえば、」

「?」

 

 不意に声の調子を変えた母を、思わず出久は見遣った。

 

「出久が生まれたときのこと、まだ話したことなかったよね」

「え……?」

 

 いきなりなんの話だろう、確かに聞いたことはなかったが。

 

「私がその頃華奢だったせいもあるんだけど、結構な難産だったの。陣痛が始まって、生まれてくるまでに丸一日かかったわ。痛くてつらくて苦しくて、何も食べてないのに戻しちゃって。本当に大変だったなあ」

「えと、それは……その、」

 

 出久はさらに戸惑いを深めた。流石に謝るようなことではないだろうし、なんと応じればいいのかわからなかったのだ。

 

「でも、本当につらかったのはそんなことじゃなかった。──何か、わかる?」

 

 おずおずとかぶりを振ると、引子は微笑みを浮かべて彼方を見た。

 

「やっと生まれてきたあなたがね、息をしてなかったの」

「え……?」

 

 今ここにいる自分まで、息が詰まったようだった。

 

「確かにあなたは生まれてきてくれたのに、いつまでもおぎゃあって泣き声が聞こえてこない。あのときは本当にこわくてつらかった、心臓が止まるかと思ったわ」

「………」

「もちろん、お医者様が色々やってくれて、ちゃんと泣きはじめてくれたんだけどね」

 

 そうでなければ、出久はここにいない。ただ自分は、この世に生まれ出でたその瞬間から母に心配をかけてしまっていたのだ。……泣かなかったことで?

 

「人間はね、泣かなきゃダメなの。──泣いて、自分は生きてるんだって周りに知らせるの」

「あ……」

 

「いいのよ、出久」

 

「それを受け止めてくれる人の前では、泣いていいのよ」

 

 出久にとっての"それを受け止めてくれる人"──その顔を思い浮かべながら、引子は告げた。自分でないことは最初からわかっている。母が息子のために泣くのは、過ちではない。けれど自分のそれは、息子の夢を否定するものだった。あの瞬間から自分は出久にとって、大切なものではあれ頼るべき対象ではなくなってしまったのだろう。自分が与えられるのは帰る場所と、肉親としての愛のぬくもりだけだ。ゴルゴムとの戦いが終わったときもそうだった。傷つき疲れ果てた出久を休ませることはできたけれど、立ち直らせてくれたのは佐原家の人々だったのだから。

 

「ありがとう……お母さん」

 

 それでも精一杯の親愛を示してくれる我が子に、引子は抱擁をもって応えた。

 

 

 *

 

 

 

 トゥルーフォームのオールマイトが塚内警部とともに迎えに来たのは、ちょうど朝食を食べ終えたときだった。

 彼らの覆面パトに乗ってから、病院に到着するまでは四半刻ほどだった。勝己がここに搬送されたことは、雄英や警察内部においても一部の者しか知らない。ゴルゴムの内通者はその大勢を摘発したが、昨日の襲撃者は雄英教師のスケジュールを把握している様子だった。──まだ、いるのだ。

 

「私たちはここで待っているから、行っておいで緑谷少年。積もる話もあるだろう」

 

 勝己の入院している病棟へ着いたところで、オールマイトは立ち止まってそう言った。彼もまだ、直接相まみえてはいないのだが。

 

「……ありがとうございます」

 

 彼の厚意に甘えることにして、出久は歩き出した。これから自分が行くのは、善悪の彼岸だ。変わらなければいけないのは、相手だけではない。

 

 

 果たして廊下の突き当たりに、目的の病室はあった。ネームプレートに書かれた四文字、彼をこんなところに押し込めたのは自分なのだと胸に刻む。

 

(それなのに、僕は……)

 

 自分が今からしようとしていることを、虫が良いにも程があると罵る自分が心のどこかにいる。けれど自分の拭い去れない頑迷さなどより、母の言葉のほうが指針とするに足るものだと思った。

 

 控えめにノックをして──ゆっくりと、扉を開ける。諸事情を考慮してかそこは個室で、南東向きの窓から太陽の光が差し込んでいる。あかるく照らされたその中心に、果たして目的の人物の姿はあった。

 赤い瞳が、ちらりとこちらを向く。忌々しげに顰められるかと思っていたけれど。

 

「……てめェか」

 

 存外に落ち着いた、値踏みするかのような視線だった。勝己は時折このような表情をすることがある。クライシス帝国を滅ぼしたあと、学校へ通えるようになって初めて気づいたことだ。それより以前の彼は、常に勝ち誇った意地悪い笑みを浮かべていた記憶しかない。つまりそれは、無個性のデクという殻に閉じこもっていた当時の自分の印象でしかなかったということなのだろう。

 

「おはよう、かっちゃん」

 

 一歩を踏み出した出久を、勝己は拒絶しなかった。無論、積極的に歓迎しているわけではない。ベッドから起き上がらないまま、ぼんやりと天井を見上げている。

 

「体調、どう?」

「もう、他で聞いてんだろ」

 

 つれない答。ただそれは図星でもあった。ここに来るまで……否、昨夜の電話の時点で、オールマイトから詳しく聞き出していたことではある。シャドームーンの攻撃は確かに勝己の腹部を貫通したが、幸いにして臓器の隙間をすり抜けていたと。

 それにしたってあれだけの出血だ。あとわずかでも処置が遅れていたら、次に見る彼は棺の中だったかもしれない。その可能性を思うと、寒くもないのに身震いがした。

 

 それを振り払って、半ば無理矢理に作り笑いを浮かべる。

 

「えっと……差し入れにお菓子持ってきたけど、食べる?」

「アホか、腹に穴開いたんだぞ。まだ流動食も食えねーわ」

「そ、そうだよねごめんっ!持って帰るよ……」

「誰が持って帰れっつったそこ置いとけや」

(あ、食べてはくれるんだ……)

 

 いちおう勝己の好みを家族に聞いてきたのが功を奏したか。ご機嫌取り……というわけでもないが、多少なりとも雰囲気を和らげる意味はあるはずだ。

 

「……で、仮面ライダー様は何しに来たんだよ。化け物相手にイキって返り討ちに遭った死に損ないを嘲いにでも来たか?」

 

 前言撤回。彼の言葉はあまりにとげとげしかった。

 

「……やめてよ、そんなこと言うの」

「ハッ、じゃあ何か。クラスメイトを心配してってか?お優しいことだな」

「………」

 

 出久は静かに息を吐いた。突き放すような言葉は、その実ひどく虚ろに聞こえる。傷つき疲れ果てているのは、肉体ばかりではない──ゴルゴムを滅ぼしたあとの自分の姿と、どこか重なるところがあった。

 

「……きみのこんな姿を、見たくなかった。きみはずっと、僕の憧れだから」

「……まァたそれか。たまたま最初から近くにいたンが俺だったってだけだろ。本当は、誰でも良かったくせに」

 

 「わかってンだよ、最初から」──そう言って、勝己は自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「俺がついてくるなって言や、おまえはすぐに俺の傍に寄りつかなくなった。おまえは友情も庇護も、何ひとつ俺に求めない。信彦っつー代わりを見つけて俺のこたぁ捨てたくせに、そのくせ憧れだなんだと理由を付けて値踏みするような視線を向けてくる。……なァ()()、この十年、俺がどんなみじめな気持ちでいたかわかるか?」

「……わからない……いや、」

 

 わかりたくなかった。自分自身ですら今まで自覚していなかった、それが真実だろう。勝己はなんでもできて、凄い人で、それゆえ恐れるものなど何もないのだと思っていた。凡人、まして自分のような無個性の劣等人種とは違うと。つまるところ、同じ人間扱いしていなかったのだ。自分の苦しみが彼に理解されることなどありえないし、彼の苦しみなど理解するどころか存在することさえ認めたくない。最初から歩み寄ることを放棄して、せっせと掘った溝の向かいから彼を呪っている。なんともゴルゴムの一員らしい生き方ではないか。

 

 ……あぁ、いけない。思考がひどくシニシズムに引っ張られている。今日は自分の醜さを振り返りに来たわけではないのだ。そんなものは自室で、独りのときにいくらでもすればいい。

 

「それでもきみは、僕を救けてくれた」

「……その意味も、おまえは理解できないんだろう。俺とは違う、ヒトでないおまえには」

「……僕はあのとき、嘘をついたつもりはないよ」

「どうだか。おまえはこと人間関係に関しちゃ、杜撰極まりない。その場さえ取り繕えりゃいいんだろう」

 

 自分の言葉を、勝己は信じてくれない。悔しい一方で、それはやむをえない、当然のことであるとも思う。長い間すれ違って、それでいて中途半端に繋がった何本もの糸は縺れきって、綺麗に結び直せる日はいつくるのだろう。いや、そんな日は永遠に来ないのかもしれない。それがわかっているから、勝己は……。

 

「……もう救けねェよ。俺はおまえの求める同志になんざ死んでもならねェし、これから先おまえに背中を追われることもない。ただおまえとは別の場所で、生きて、死んでいくだけだ」

「……かっちゃん……」

「だからもう終わりだ。おまえの足を引っ張るようなモンは全部捨てる、忘れっから。……今まで悪かったな、出久」

「……ッ、」

 

 そのとき。真白い布団にひと粒の雫がこぼれたことに、勝己は気づいた。

 

(……?)

 

 水?こんな今どきの病院で雨漏りなんてありえない、そもそも雨なんてここ数日降っていない。

 怪訝な思いで視線を動かした勝己は、そこで初めてまともに出久の顔を見た。そして、一瞬頭が真っ白になるくらいに驚愕した。

 水滴を生み出していたのは、幾つになっても存在を激しく主張している彼の瞳だった。エメラルドグリーンに湿った膜が張って、陽光を反射してきらきらと光り揺らめいている。

 

「なッ……ンで、てめェが泣いてんだ!?」

 

 思わず身を起こして詰問する。腹の傷が引き攣ってじくりと痛むが、そんなもの驚愕の前には容易く塗り込められた。

 

「おい泣くな!!……ッ、その顔やめろやクソナード!!」

「……やだよ……」

「あ゛!?」

 

「いやだよ……そんなの……」

 

 今の出久を見て、あの仮面ライダーの正体と認められる者がどれほどいるか。かわいそうなくらいに声が震えて、まるで打ち捨てられた仔犬のようだと思った。

 

「……デク……?」

「……それでいいよ……デクでいいから……。僕を見捨てないで……独りぼっちにしないでよ……っ」

「何、言って……ハッ、てめェが独りぼっち?そんなモン昔のハナシだろ。今のてめェは誰より頼られ崇め奉られてんじゃねえか。オールマイトでさえ、てめェのことはいっぱしの仲間として認めてる。てめェはガキの身で世界を救った最高の英雄サマなんだろう、そんなヤツが俺に何を求めンだよ」

「……ちがう……ちがうよかっちゃん、」

「だから、何が──」

 

──仮面ライダーになってから、幾度も戦いを繰り返してきた。その過程で勝己の言う通り、僕を信頼して支えてくれる仲間もできた。こんな、僕を。

 

 でもね、かっちゃん。彼らは誰も、無個性で泣き虫で、ただただヒーローに憧れる、独りぼっちの小さな子供だった僕を知らないんだよ。"デク"がここに生きてるんだってことを、誰も、僕自身でさえ忘れていたんだ。

 

 

 しゃくりあげながら想いを告げて、果たしてどれほど伝わったのだろうか。勝己が目を見開いていく。切れ長の白の中にぽつんと浮かんだ紅が、翠と混ざりあう。黒に染まる。穢れてしまう。一点の曇りもないはずだった彼の人生に汚点を残してしまう、仮面ライダーであれデクであれ、自分は彼にとってそんな存在でしかないのだろう。それは永遠に変わらない、過去は変えられない。もう出会ってしまったのだから。

 

「……そうやって、俺を自分の弱さの捌け口にするってか。てめェは本当に卑怯で厚かましくて、自分の都合でしかモノを見ねえ。てめェが英雄だなんて笑わせる」

 

 笑わせる……あぁ、果たして勝己は笑っていた。口角がほのかに上がって、対照的にいつも吊り上がっている薄い眉がへにゃりと下がっていて。一度みひらかれた目は、いつしか眩しいものを見るように細められている。

 

「かっちゃん……」

「ッ、」

 

 まるで恥ずかしいものを見られたかのように、勝己の手が出久の後頭部をがしっと掴み、半ば強引に胸元に押しつける。怪我人にしては力強いがそれだけだ、抵抗しようと思えばできないことはなかったが、流されるように身を任せた。

 もう一方の手が背中をおずおずと撫でる。泣いている自分と同じくらい、彼の身体も震えている。これは羞恥か、あるいはこのような柄にもないことを強いられて屈辱を御しきれないのかもしれない。

 

 それでも。今はただ、このつかの間の安息に浸っていたいと思った。たとえそれが、ヤマアラシのジレンマのように、互いの傷痕を抉るものであったとしても。

 

 

 *

 

 

 

 小6の秋、デクが学校に来なくなった。

 

 デクと俺はどういうわけか一度もクラスが離れたことがなく、それゆえアイツがどんな立場に置かれているのかはその過程も含めよく知っていた。常に孤独だった。程度の差はあったが、皆から避けられ、時には攻撃されていた。無個性だから、と馬鹿なアイツは今でも思っているのかも知れないが子供は案外とものごとの本質を見ている。愚図で要領が悪くて、そのくせ他人を俯瞰したような目で見ていて、そのくせヒーローになること、それに連なることには異常な執着を見せる。そういう得体の知れないところが嫌われ、憎まれていた。もちろん「周りが見下してるから、俺も」なんていうゴミクズもいたかもしれないが、少なくとも俺はそうだった。

 

 一方で俺は、デクに好かれているのだと思っていた。意地の悪いことを言ったり、時に暴力を振るってもなお、かっちゃんかっちゃんと後ろをついてくる。俺のことだけは特別だから清算もなしに無条件で赦しているのだと、無邪気に信じて安心していた。

 だから、"それ"に気がついたとき俺は怒りを通り越して絶望した。デクは俺を同じ人間とは見ていないのだと。オールマイトのようなヒーローになるための踏み台としか見ていなくて、だから俺の個性や付随する能力に興味があるだけで、俺の人間性なんて最初からどうでもよかったのだと。裏切られたと思った。同時に、ヒーローを目指すには不要な感情に振り回されることが苦しかった。別に正当化する気はないが、俺がデクにつらく当たるのにはそういう事情もあった。

 

 前置きが長くなったが、そういうわけでデクが不登校になってしまったとき、俺の胸にまずもって広がったのは安堵だった。傷つくことを恐れるほどには、デクも同じ人間なのだと。

 こう見えて俺の感性は少なくともデクよりはまともなので、心配する気持ちも少なからずあった。だがアイツの傍に俺の知らない友人の影があることにはもう薄々気がついていたし、誰よりも自分がアイツを傷つけていたことは自覚していた。アイツの家に近づくことさえできないまま、中学生になって、一年、二年と過ぎた。その間に俺には重大な記憶の欠落があって、そこでデクとの間に何かがあったらしいが、覚えていない以上俺にとってはなかったのと同じだった。

 

 中2の終わりになって、デクは戻ってきた。大事な時期に、二年半もの引きこもり。ご自慢の頭脳も精神力もすっかり役立たずになって、見るものすべてに怯えるようになっているだろう。もうヒーローになるどころではない。すべてをあきらめたヤツにこれ以上何をあきらめさせる必要もないから、俺が苦しい思いをすることもない。今にして思えば、それは甘い幻想だった。

 再び俺の前に姿を現したデクは、以前とは別人のようになっていた。ガキみてぇな童顔は相変わらずのくせに、浮かぶ表情ひとつひとつがもう大人のそれだった。誰に馬鹿にされても、俺が死ねとまで言ってもまるで傷つかなくなった。所詮は子供のそれだと、困ったような苦笑いを浮かべるばかりで。取り巻き連中は現実を直視できなくなって壊れたんだと言っていたが、それを真に受けるほど俺は単純ではない。悔しくて苦しくて荒れに荒れていたら、今度はヘドロ事件だ。そこで真実を知ってデクを詰問したら、どういうつもりかデクはすべてを白状してくれた。アイツにとっては精神衛生上それが正解だったのかもしれないが、俺自身にとってどうかは今でも判断がつかない。問い詰めた俺にも責任はあるが、本当にアイツは手前勝手だ。

 

 真相を聞かされた俺は、柄にもないと思われるかもしれないが涙を流した。二度。一度目はデクの淡々とした語り口から伝わってきた哀しみや苦しみによるもので、謂わば涙も枯れ果てたのだろうアイツの代わりに泣いたというものだった。その日は心ここにあらずのまま過ごして、夜ベッドに入ってから一気に感情が押し寄せてきて、また泣いた。デクは英雄になった、なってしまった。ではアイツにとって俺はなんなのかと考えていて、最早なんでもないのだと思い至るまでに時間はかからなかった。

 これまでその事実に気づかなかった自分があまりに愚かで、哄笑していたら、涙があふれ出たのだ。オールマイトを超えるヒーローになると息巻いていた自分が、こんなにも了見の狭い男だったとは。そういうわけで二度目の涙は、ただ自分自身のために流したものだった。

 

 俺は、デクにどう接すればいいかわからなくなった。

 今さら「今まで悪かった。これからは力になるから、なんでも言ってくれ」なんて言えるようなヤツは俺じゃない。ただ、デクがこれから先俺に何かを求めてくることがあるなら、出来るだけそれに応えてやろうとは心していた。たとえば挨拶をされる、挨拶し返す。プライドは傷つかない、デクのためでなく俺のためだから。

 いちばんプライドが傷ついたのは、拍子抜けするくらいにデクが俺に何も求めてはこなかったことだ。中学卒業までの一年間、アイツは挨拶以外ではほとんど俺に話しかけてすら来なかった。アイツのメンタルが実のところ以前とそう変わっていないことを思えば当然のことだったが、平静でなかった俺はそのことに気づけず、独りで悶々としていた。

 

 雄英に入学して本格的に動きはじめたデクは、いよいよ俺の手の届かない存在になったと思った。以前よりさらに増した力、皆を纏め上げるリーダーシップ。俺の知っている木偶の坊はもういないのだと思い知った。演習じゃあ完膚なきまでに叩きのめされて、既にレゾンデートルを見失っていた俺は「あぁ、もういいか」と思った。疲れたと。そうしたら今度は憧れを否定するなだ何だと喚き散らすものだから、俺はいつかのデクと同じく諦めを先延ばしにする羽目になった。撤回したわけではない、先延ばしだ。

 

 だがそれも、今日までの話だ。

 

 なぁデク。おまえが泣いて縋ってきたとき、おまえを罵りながら、俺がどんな気持ちでいたかわかるか?

 

 おまえの体温を感じながら、俺は震えちまうほどに嬉しかったんだよ。おまえが俺に頼る、俺の前で醜い姿をさらけ出す。そうしておまえが木偶の坊であることを確認するたびに、俺の心は歓喜に満たされる。それはきっとどす黒い色をしている。ちょうどデクと俺の瞳が融けあい混ざったかのように。

 

 それでもデクの涙は透明で、純粋だった。そんなものに己の存在理由を見いだしている俺の想いはきっと、汚水のようなものなんだろう。

 遠くない将来、その報いを受ける日がくるのだと。このときの俺はもう、ぼんやりと予感していた。

 

 

 つづく

 

 

 




折寺の街でまことしやかに囁かれる、廃屋の幽霊の噂。それを聞きつけた鋼のジョーと佐原兄妹、そして取り巻き'sは、真相を突き止めるべく噂の廃屋に潜入する。果たして彼らを待ち受けているものとは!?ついでに玲子に恋をしてしまったロン毛くんの運命は!?

ロン毛「ついでか俺は!?」

次回 超・世紀王デク

「幕間―GW・廃屋の怪/恋は及第点―」


ぶっちぎるぜぇ!!



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