かっちゃん取り巻きコンビの名前が明らかになると言ったな、あれは嘘だ。
…すみませんいいのが思いつかなかったのだ。彼らはこのまま「刈り上げ」「ロン毛」でいこうと思います。
──………。
「です☆がろんチャンネル」をご覧の皆さんおはこんばんちわ。元クライシス帝国の怪魔ロボット、デスガロンだ。なぜそんな俺がここでこうしているかを初見さんに説明すると、それはもう我らがアニキを褒め称えることになるわけであるからして──
「おいジョー、夕飯だってば!!」
「うおッ!?」
いきなり部屋のドアが開け放たれたうえでの大声に、ジョーことデスガロンは大きな身体をびくつかせて背後を振り返った。そこには同居人である少年の姿があって。
「な、なんだ茂か……え、もう夕飯?早かったな……一本くらい撮れると思ったんだが」
「メニューによって出来る時間は違うの!ほら、中断中断」
「あっ」
カメラの電源をぶつりと切られ、デスガロンはがくっと頭を垂れた。鋼鉄でできた身体なので、そんな一挙一動だけでも小気味よく音が鳴る。茂はため息混じりの苦笑いを浮かべた。
──ジョーが、最近動画配信を始めた。それも本来の姿、怪魔ロボット・デスガロンとして。
自宅にいるとき、暇さえあればこうして撮影・投稿に勤しんでいることは、既にチームRX一同の知るところとなっている。しかし以前から動画サイトを嗜んでいたとはいえ、まさか自分が配信する側に回るとは……ミーハーだなぁと皆生暖かい目で見ていたのだが、一応彼なりにきちんとした理由もあって。
「顔を売っておけば、アニキが傍にいない状況で戦闘になってもヴィランに間違われずに済むからな。それに、元クライシスの怪魔ロボットを仲間として受け入れるアニキの懐の深さも宣伝できるだろう?」
「こ、後半はともかく……いいんじゃないかな。僕は応援するよ!」
アニキこと、出久がそう言って背中を押してくれたのだ。
*
日々の活動や、知己のプロヒーローと絡んでの投稿動画が受けてか、「です☆がろんチャンネル」の登録者数はうなぎ登りに上昇しつつある。それは嬉しいことなのだが、贅沢な悩みもあった。リクエストを消化するどころか、確認作業さえ追いつかなくなる。怪魔ロボットである自分の処理能力をもってしてもそうなのだから、常人の人気配信者はどうしているのだろう。勇敢なことにコラボ希望のメッセージもいくつか届いているので、実際に会って聞いてみるのもいいかもしれない。
まあ、それは追々として。
「おっ、これなんかいいんじゃね?」
向かいの席で、髪を項のあたりまで伸ばした少年がそう声をあげる。彼の手にあるスマートフォンを、もうひとりの少年が覗き込んだ。
「えー、ありがちじゃねこーいうの」
「ハハッ、確かに」
「……真面目にやってるか、お前ら?」
ジョーがひと睨みすると、ふたり揃って肩をすくめて「やってますやってます」と応じる。ところは近所のファミレス、ふたりに動画ネタの選定作業を手伝ってもらっているのだった。どうせ放課後ヒマをもて余しているなら、チームRX見習い隊員として働かせてやろうという魂胆である。対価は奢りくらいだが。
「で、どういうネタなんだ?」
「あー、これっす」
ロン毛くんが画面を見せてくる。──そこに表示された視聴者からのリクエストは、以下のようなものだった。
『デスガロンさんは折寺在住ですよね?私は多古場海浜公園の近くに住んでいるのですが、近所にあるもう何年も人が住んでいない大きな屋敷に幽霊が出るという噂があるのをご存知ですか?度胸試しに潜入して、呪われてしまった人もいるとか……是非、噂の検証をお願いします!』
「……ふぅむ」
「な、くだらないっしょ?」
確かに、よくある心霊スポットの噂話としか思われないが。
「調べてみる価値はあるかもな……」
「へっ、マジ?」
少年たちは意外そうに顔を見合わせた。怪魔界の科学の粋を集めて造られた怪魔ロボットが眉唾物の幽霊の噂に興味を示すというのは、確かに奇妙と思われるだろうが。
「俺たち全員折寺に住んでいるが、そんな噂は聞いたことがなかった。違うか?」
「あー……まあ、確かに」
「そんな屋敷、存在すら知らなかったもんなぁ。つまり……どーゆーこと?」
コーヒーを味わいながらフ、と笑ってみせるジョー。こうして当たり前のように飲み食いする姿は"ロボット"という肩書のイメージとはかけ離れていたが、一年近い付き合いともなれば慣れたものだった。
「何か裏がある……ということさ」
*
決戦はゴールデンウィーク。
──というわけで、
「廃屋探検隊、レッツゴー!!」
「ゴー!」
拳を掲げる佐原兄妹とジョー。その姿を胡乱な目で見つめる取り巻き's。彼らの姿は件の屋敷の前にあった。ジョー以外は皆まだ学生ということで、休日の昼間という健全な時間帯をチョイスしたのだが……それでもなお、鬱蒼としている。
「なー……なんでこいつらまでついてきたワケ?」
堪えきれないとばかりに、刈り上げくんが声をあげた。
「なんでって……」茂が口を尖らせる。「ジョーには僕の護衛って任務があるんだ。逆に、ジョーが出かけるときには僕がくっついていくのが当然じゃないか!……まあ一水はついでだけど」
「私は見張り!男どもがはっちゃけすぎないための!」
「……だそうです」
肩をすくめる茂。両親を喪い、ともにクライシス帝国に立ち向かった経験から、彼らの絆はふつうの兄妹より余程強固ではある。とはいえ年頃の兄妹であることに変わりはないから、平時にまで一緒に行動していることはそう多くはないのだ。茂は出久やジョー、一水は引子や響子と──チームRXにおいても、男女の組分けというものはどうしても出来上がってしまっているのだった。まあジョーは白鳥玲子がいるときは玲子とペアでいることも多いのだが。
「どーいう理屈だよ」
「あのなー、俺らはガキのお守りじゃないんですけどー?」
「なんだとう!」
高校生と中学生の間に、バチバチと火花が散る。
「僕らはジョーより前から出久兄ちゃんと一緒にいたんだぞ、センパイだぞ!敬いなさいよ!」
「大体、見習いのくせに生意気~」
「いや見習いって何だし……」
「お前らに敬う要素ねえも~ん。アニキのことはリスペクトしてっけど」
馬鹿にしたような笑みを浮かべるふたり。彼らも根は悪い人間ではないのだが、現代っ子らしくどうしても冷笑主義的なところがある。出久を慕うようになってから鳴りを潜めはしたが、基本的な思考回路はそう容易く変わらないらしい。
──カシャ、
睨みあっていた子供らは、カメラのシャッター音で我に返った。そこにはスマートフォンを構えたジョーの姿があって。
「な、なに撮ってんだよ?」
「"仲間割れの肖像"、アニキに見せてやる」
「!!?」
四人の表情が一気にこわばった。この場にいる者はみな何だかんだ出久を尊敬しているだけあって、彼にはよく思われたいのだ。
この一発が効果覿面だったので、ジョーはスマートフォンを懐にしまうと、改めて皆に向き直った。
「では改めて、突入~!」
「「「「おー」」」」
今度は全員の声が揃った。やればできるのだ。
*
「許可を得ているのは
屋敷の入口で改めて促せば、子供たちはぶんぶんと頷いた。何年も人が入っていない屋敷とはいえ管理者はいるので、許可なく足を踏み入れれば不法侵入になる。ジョー……というか仮面ライダーのネームバリューもあって、今回管理会社から許諾を得ることができたのだ。超人が幽霊の噂を駆逐してくれることを期待してでもあるのだろうが。
「しっかし、荒れ放題だなぁ……」
豪勢なつくりであることに違いはないが、辺り一面にはモノが散乱しており、白昼にもかかわらず玄関からして薄暗い。心霊映像などにも頻繁に登場する、いかにもなお屋敷だ。ああいうものは九割がた眉唾なのだとはジョーも理解しているが、今この世は超常社会である。個性もそうだし、ゴルゴムなどという組織や怪魔界などという異世界まで存在するなか、死した魂が生前のかたちを保って漂っていたとしてもなんら不思議ではない。
一階は外から見てもわかる通り、洋間、ダイニングキッチン、和室、書斎……と多彩な部屋で構成されている。そのひとつひとつを見て回っていくわけだが、いきなりドーン!と幽霊が現れるわけもない 。ただ湿っぽく薄暗い、がらんどうの空間が広がっているだけだ。
「……なんか、なんもねーなぁ……」
飽きっぽい不良少年が思わずそうこぼすのに、時間はかからなかった。彼らとしてはもっとこう、ドカーン!とくる劇的なスリルを味わえると思っていたのだ。しかし現実、雰囲気こそはあるものの調査は地味地味地味と言わざるをえない。
あからさまにがっかりしている彼らに、食ってかかるいま少し幼い少年がいる。
「……真面目にやる気ないなら帰れよ!」
「……あ?なんでおまえにンなこと言われなきゃなんねーんだよ」
「センパイだからだよ!」
「ガキはガキだろーが」
「なんだと!?」
「ンだよ」
メンチを切りあう茂と刈り上げ。前者は気のいい少年ではあるが真面目が行きすぎて喧嘩っ早いところがあるし、後者に至っては未だにタバコを手放せないような少年である。相性が良いわけはなかった。
ただ意外にも、先ほどは相方と一緒になって茂たちを馬鹿にしていたロン毛くんが何も言わない。──そういえば、顔色が微かに悪い。
「……おい、どうした?」
体調でも悪いのかと心配して訊いたジョーだったが、
「い……いやぁ、その、ト……」
「ト?」
「トイレ……行きたくなっちまったつーか……」
「はぁあああ?」
ひとりを除く全員の気持ちがひとつになった瞬間だった。女性の一水ならまだしも、オマエがそれを言うのかという気持ちもある。
「おまえな……トイレくらい家を出る前に行っておけ!」
「いや行ってきたんだけど、ここほら、寒ィし……。つーか屋敷だし、トイレくらいあるよな?」
「あるだろーけど、水出なくね?」
付近にコンビニもないし、どうしたものか。まぁ手っ取り早い手段はあるのだが、それを言ったら追放するぞとジョーの目が如実に語っていて。
しかしそのとき、意外な人物が声をあげた。「わたしがきた!」と、まったく似ていない物真似とともに。
「良い方法がある、まかせて!」
「良い方法って何よ?」
「一水、おまえまさか……」
茂の苦みばしったような声に、一水はウインクでもって応えた。
と、いうわけで。
「ハァ~……」
かたちだけは綺麗に保たれた水洗のトイレで、彼は無事に用を足すことができていた。汚れてはなくとも不浄の最たる空間なので抵抗はあったのだが、尿意の前には勝てなかった。ただ、恐怖とは別の問題もあって。
「終わったら呼んでね、流すから~!」
「………」
外で待つ少女の存在である。彼女は砂を水に変える個性をもっており、それを使って水洗を一時的に甦らせようというのである。見事な発想だとは思うが、男子高校生のプライドというものをまったく考慮に入れていないところに少女の傲慢さを感じずにはいられない。
「ハァ……」
ため息をつきつつ、立ち上がって身支度を整える。刹那──頭上に何者かの気配を感じて、背中がぞわりと粟立った。
「へ──」
目線を上げた彼が見たのは、
「うわぁああああ──!!?」
「えっ!?」
その悲鳴は、外で待機していた一水の耳に入った。当然トイレに飛び込んだのだが、結果として彼女もまた"それ"を目撃する羽目になったのだ。
*
「遅いなぁ……一水たち」
茂が苛々と地団駄を踏んだ。
彼ら三人、ダイニングルームで待っていたのだが、10分が経過しても戻ってくる様子がないのだ。
「あー、大だったりしてナ」
癖なのだろう、皮肉っぽい口調で言い放つ刈り上げを、茂はじとりと睨みつける。年頃の少年としては珍しく、彼はそういうシモの話が嫌いだった。
一方のジョーは、双方の言葉に応じることもなくじっと考え込んでいる様子だった。
ややあって、
「……いつまでも待ちぼうけていても仕方がない。様子、見に行くぞ」
いつもの明るさが鳴りを潜め、デスガロンの鋭い雰囲気を纏いつつあるジョー。そんな彼に当惑しつつ、少年たちもあとを追った。
──そして程なく。彼らが目の当たりにしたのは、もぬけの殻になったトイレと、床に落ちた拳大の巾着袋だった。かわいらしい水色のそれ、色違いの同じものを茂は所持している。
「これ……一水のだ」
「は、何これ?」
「……中に砂が入ってるんだ。俺たちの個性、砂を使うから」
茂は砂を植物に、一水は水に変えることができる。それを聞いた刈り上げは、なぜ一水が相方の用足しに同行したか勘づいて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「これが落ちてるってことは、一水たちは!?」
「……わからん。だが、この屋敷に俺たち以外の何者かがいるのは事実だろうな」
「まさか……マジで幽霊?」
わずかに頬を青ざめさせる刈り上げ。彼の問いに答えうる者は今この場にいない。
一方で、幽霊であろうとなかろうと、茂は気が気でなかった。
「ッ!」
「あっ、おい茂──!」
走り出す茂の腕を、ジョーは掴み損ねてしまった。当然、それでもあとを追うことはできるし、実際そうするつもりだったのだが。
「あんたはここにいろよ、分析とか色々やることあるんだろ」
「刈り上げ……おまえ」
「……いい加減名前で呼んでくんねえかなぁ」
ため息をこぼしつつ、ジョーのもとを離れていく少年。斜に構えたような言動は抜けないが、彼にも案外面倒見の良いところはあるようだ。茂にそれが伝わればいいのだが。
「……ま、俺は俺の仕事をするとしよう」
怪魔ロボットとして生まれながらに高いサーチ能力を与えられているジョーは、既に去ったターゲットの、目には見えない痕跡まで発見することができる。もし一水たちが拐われたのだとしたら、それをした者が何者であれ手がかりを残しているはずだ。
「!、この熱紋は……そうか、やっぱりな」
──"それ"を見つけるまでに、数分とかからなかった。
*
ひとり飛び出した茂は、膨大な数の部屋を手当たり次第に探して回っていた。しかしどこにも一水たちの姿は発見できず、焦りと苛立ちばかりが募っていく。
「どこだよ、どこ行っちゃったんだよ一水……!」
再び走り出そうとしたところで、剥がれた床材に足をとられて盛大に転んでしまう。ギシリと床が音をたて、積もりに積もった埃が辺りに充満する。たまらず鼻と口許を押さえていると、自分のものではない咳き込む声が頭上から響いた。
「ゲホゲホッ、埃やべー……。あー、おい、大丈夫か?」
「!」
顔を顰めながらもこちらに気を遣るような視線を向けていたのは、一応は仲間という括りに入るのだろう刈り上げの少年だった。
手を差し伸べるかどうか迷っている様子が伝わってきたので、茂はそっぽを向きながら自力で立ち上がった。服に引っ付いた埃を払っていると、また露骨に嫌そうな顔をされたのだが。
無視して移動しようとする茂だったが、年齢差もあって身体の大きい彼に行く手を阻まれてしまった。避けようとするも、彼は気のない表情で同じ方向に動いてくる。茂の憤懣がピークに達するのに時間はかからなかった。
「なんだよっ、邪魔するな!」
「……ちったぁ落ち着けよ、おまえひとりでどーすんの?相手がなんなのか、まだわかんねーんだぞ」
「ッ、それは……」
茂は思わず拳を握りしめた。刈り上げの言葉は正論だとわかる。これがもし幽霊でなく此方に危害を加えようとするヴィランの類いだったら、茂たちだけではあまりに危険だ。ジョー……デスガロンの力がなければ。
「でも……もうあんなのは、イヤなんだ……!」
「……あんなの?」
訊きかけて、刈り上げは「あ」と気まずげな声を発した。兄妹が出久たちと一緒に暮らすことになった顛末、彼らに血のつながった保護者のいない理由は、出久の口から聞かされている。
「父さんと母さんのとき、僕、何もできなかった……。一水のことまで守れなかったら、僕は……」
「……わかるよ、その気持ち」
「ッ、軽々しくわかるなんて言うなよ!僕の気持ちは、目の前で家族を殺された人にしかわからない!」
「………」
茂の血を吐くような激情に、最近すっかり人付き合いの悪くなってしまった友人のことが思い起こされた。彼と茂とではまったく人となりも異なるというのに、不思議と。
「……確かに、そこまでの経験はねえけどさ。そーゆー無力感?みてーなのは感じたことあんだよね、俺らも」
なおも茂が胡乱な目を向けてくるので、刈り上げは剃った顳顬のあたりを人差し指で掻いた。まあ、この少年の気持ちもわかる。口先だけでならなんともいえる。
「ヘドロ事件、知ってるだろ?あんとき俺ら、カツキと一緒にいたんだ」
ヘドロヴィランに取り込まれていく勝己を、ただ見ていることしかできず。友人だというのに、終いには野次馬の後方も後方で固唾を呑んで見守っていたのだ──出久……仮面ライダーが現れるまで。
「ヒーローだって遠巻きに見てるだけだった。アニキが来なきゃ、カツキも死んでたかもしれない」
「………」
茂の瞳には初めて同感のいろが浮かんでいた。何事にも淡白に生きてきたこの少年にとって、あれは初めてまざまざと無力感を刻みつけられた出来事だった。その想いが、表情にあらわれていたのだろう。
何よりその爆豪勝己は今、重傷を負って入院している。当事者だった出久も悔しい思いをしただろうが、自分に至ってはその場に居合わせることも、見舞いに行くことさえ許されない。そうして蚊帳の外になっていくのがやるせなかった。チームRXとやらに顔を出しているのは、彼らを遠い世界の人間にしたくないからでもあった──相方はそこまで考えていなさそうであるが。
──茂が落ち着いた様子なのを見計らって、ジョーのもとに戻ろうと促そうとした。そのとき、
彼の頭上……天井から、にわかに黒い塊が染み出してきた。
「──茂、どけっ!!」
「え──」
突然のがなりに呆けている茂を、刈り上げは躊躇なく突き飛ばしていた。予想通りというべきか、塊からはクラゲのような触手が伸びてきて、彼を絡めとってしまう。
「あ……!」
「ッ、逃げ、ろ……!」
一水たちが姿を消した原因を身体で理解させられている。このまま引きずり込まれたらどうなるのだろう、不安はあったが、今さらどうにもならない。茂がジョーに今ここで起きていることを伝えてくれると期待するだけだ。
しかし、茂は予想外の行動をとった。一水が持っていたのと色違いのオレンジの巾着袋を開いたかと思えば、中に入っている砂から蔦を生成して刈り上げの腕に絡めたのだ。
「な……おい、何やってんだ!?」
「ぐ、う゛ぅぅぅ~~ッ!」
歯を食いしばり、刈り上げを引きずり降ろそうとする茂。しかし少年のそれでしかない彼の個性では、この正体不明の黒い触手には力負けしている。
「逃げろ」と言い募る刈り上げだが、茂はあくまでかぶりを振った。
「僕だって……ッ、仲間を救けるくらい……!」
「!、おまえ……」
仲間と言った。茂が、自分を。
冷めた心に熱が灯るのを自覚したところで、黒い塊は非情にも茂へ新たな触手を差し向けた。刈り上げを救おうと四苦八苦していた茂がそれを避けられるはずもなかった。
「うわぁぁぁっ!?」
「くっそぉ、ジョー!助けてくれぇジョー!!」
「──!」
叫び声を聞いたジョーは、目の色を変えた──文字通り。一般的な黒目が翠の煌めきを放ち、その輝きが全身に拡がっていく。
そして、跳躍。その衝撃によって成人男性を模した表皮が弾け飛び、一瞬怪魔ロボットの素体のシルエットを晒したあとで白銀のボディが形成される。仮面ライダーにも似た形状の複眼は、やはり純度の高い翠でできていた。
デスガロンの姿となって勇躍するジョーは、おそらくは漆黒の塊の目論見より圧倒的に速くその場に到達した。各地で行った武者修行や簡易な改造の繰り返しにより、彼は以前よりバージョンアップしているのだ。
『馬鹿ナ……!?』
「遅いッ!」
背中から生え出でた巨大な突起を、ブーメランのようにして投げつける。風を切って飛翔するそれは触手を断ち切り、刈り上げと茂の身体を空中に解放した。
「うわぁああああ!?」
「うおおおおおお!?」
投げ出されたふたり。しかしデスガロンが二本の腕で見事彼らを受け止めてみせる。ふたり合わせると体重100キログラム以上はあるのだが、そこはやはり怪魔ロボットのパワーと器用さに軍配が上がった。
「大丈夫か?危ないから下がってろ」
降ろしたふたりを後退させ、思考を戦闘モードに切り替える。同時に天井で蠢いていた黒い塊がゴトリと音をたてて床に落下してきた。
『ヴゥ……ウオオオオ……!』
「………」
スライムのように形状を変化させつつ、襲いくる黒。対するデスガロンはブーメランのほかにビームシューターやガトリングなど多彩な火器を備えているのだが、ここが屋内であることも手伝ってそれらを自ら封じていた。廃屋とはいえ管理者がいる屋敷なので、許可をもらった手前万が一にも破壊するわけにはいかないのだ。
「……ならば!」
拳を構え、迎え撃つ。アニキと敬愛する仮面ライダーとてロボ・バイオライダーにならなければ徒手空拳で戦っているのだ。もとより、デスガロン自身の切り札もあらゆる火器ではなくその拳だった。パーツを高速振動させ、猛火のごとき熱を発散する。その一撃を、標的に叩き込む!
『!!!』
手応えはあった。しかし打ち倒すには至らず、慌てて後退する黒い塊。影とでも言うべきそれが、隠されている本体を防御したというところだろうか。
いずれにせよ、今のやりとりでわかった。相手は人外の怪ではないということを。
「ただのヒトが……このデスガロンに敵うと思うな!!」
「………」
それ、悪役の台詞では?──見守る少年たちの感想が一致する中、デスガロンは勝機を見出だしていた。
『……ッ!』
散らばったガラス片にデスガロンの拳の輝きを反射して、わずかな光が差す。それを浴びた瞬間、黒い塊は息を詰めるようにして後退したのだ。そういえば一水たちの拐われたトイレもこの部屋も、外部からの光がいっさい入ってこない。
「ふ……ふふふふ、ふははははっ!」
『な……何ガオカシイ!?』
「おかしいに決まってるだろう、おまえの弱点が判明したんだからな!」
やはり悪役じみた台詞とともに、デスガロンは右腕を突き出した。身構えている黒だったが、その行動に意味はない。
「喰らえデスメタル・フラァァァッシュ!!」
妙にしゃっちょこばった声とともに、彼はこの場で初めて火器を使用した。間違いなく周囲に被害を及ぼさないという確信があった。
放たれた光の弾は、数メートルほど前進したところで唐突に弾けた。辺り一面が閃光に覆い尽くされ、茂と刈り上げは思わず目を背ける。
そんな状況下でひとつ、断末魔のごとき激しい悲鳴が響きわたる。デスガロンはそれを冷静な面持ちで聞いていた。
ややあって光が収まり、元の薄暗い部屋が戻ってくる。茂たちは恐る恐る目を開けた。
「じょ、ジョー……今の、何?」
「閃光弾さ」
「せ、せんこーだぁん?」
なぜそんなものを撃ったのか──答えの代わりに、デスガロンが指し示した先。
黒い塊が陣取っていたはずの場所に、人が倒れていた。駆け寄ってみれば、それは茂と同年代の少年で。
「……目ぇ、まわしてら」
光がよほど堪えたのか、彼はぴくぴくと身体を痙攣させながら気絶していたのだった。
*
「ず、ずびばぜんでぢだあ゛……!」
人体の限界まで折り畳まれた土下座の状態で、少年は涙の謝罪を強いられていた。
それを見下ろす三人、うち一名怪魔ロボット。「謝罪はいいから」と、彼が口火を切った。
「俺のちゃんねるにメッセージを送ってきたのはおまえだな?」
「は、はいぃ……」
スマートフォンの画面を示しながらずい、と迫ってやると、恐れをなした少年が鼻水を垂らしながらぶんぶんとうなずく。
「じ、自作自演ってこと?なんでそんな……」
「おおかた、俺を出し抜いて笑いものにさせるつもりだったんだろう、怪魔ロボットであるこの俺を。──違うか?」
ぶんぶん、二度目。屈服の意思を示すためか、すかさず頭をこすりつけているありさまだが。
「あ、それより一水たちは?一水たちをどこやったんだよ!?」
何よりもそれが先決だった……はずなのだが、この黒幕くんがあまりに平身低頭に徹しているものだから訊くのがすっかり遅れてしまった。まあ、この様子なら危害を加えられたりはしないだろうが。
「スミマセン……こっちです……」
立ち上がることを許された少年が、猫背ぎみに階段を登っていくのに続く。しかし陰気なヤツだと茂たちは思った。個性が性格に影響を及ぼすのか、はたまたその逆か。その因果関係については、科学的立証が待たれていた。
*
さて。
「王手飛車取り!」
「待った、一生のお願い!」
「だぁめ、小学生じゃないんだから!」
「……何やってんの、お前ら?」
二階の子供部屋らしき一室に閉じ込められていたふたりは、呑気に将棋に興じていたのだった。
*
一行が帰宅の途についたのは、タイムリミットである17時ぎりぎりだった。5月なのでまだ昼間といって差し支えない時間帯だが、不良組にしても約定を破ってまで屋敷に居座るだけの熱意はもうなかった。あれはただの廃屋で、幽霊なんて最初から存在しなかったのだ。
どうでもよくなったのだろうロン毛はというと、一水と将棋話に興じている。年齢差はあれど精神年齢は同じか一水のほうが少し上くらいなので、共通の話題さえあれば話が続くらしかった。
一方でそれぞれ妹と相方を取られた茂と刈り上げはというと、
「……ハァ」
「なんだよ、これ見よがしにため息なんかついて」
「おまえ、ずっと思ってたけどオトナみてーな口のきき方するよな」
「ふん、勉強してるからね」
「そりゃアッパレなことで」
相変わらずの小競り合い。しかし一応は命の危機──蓋を開けてみればしょうもない悪戯のようなものだったが──をともに乗り越えた彼ら。その過程で、互いの心にもふれた。
「……茂、あんがとな」
「!、な、何が?」
「俺が捕まったあと、蔦出して救けようとしてくれただろ」
「………」
「だから、さ」
ふ、と笑いながら夕空に視線を遣る刈り上げ。どこか醒めたような目付き、最初はそれが気に入らなかったけれど、彼も色々と思うところがありながら生きてきたのだと、今ならわかる。
「……それを言うならあんたこそ、僕を庇ったから捕まったんじゃないか」
「あー……そうだっけか」
「そうだよ。……だから、あ、ありがとう」
「………」
「……どーいたしまして」
その頬にほのかな朱が差したのは、夕陽のせいばかりではなかろう。
後半へ~つづく!byジョー