この子ら原作ではどうしてるんでしょうね
幽霊屋敷探訪はあまりおもしろくない結果に終わったことは、前編をみての通りである。
とはいえ心霊ものは何かが起こる起こらないにかかわらず定番の動画ネタで、視聴者からの人気も高い。そのためジョーはこれをボツにせず、投稿することに決めた。
さて、動画にするからには編集作業が必要になるわけだが、ジョーがまだ不慣れであることも手伝いこれには数日から一週間がかかる。怪魔ロボットの頭脳が動画投稿のために使われるとはよもやクライシス帝国の面々も想定していなかっただろうから、やむをえない。
というわけで、またしても"彼ら"の出番である。
「おじゃましま~す」
「まぁ~す」
午前九時すぎ、相変わらず気だるげな様子で緑谷家にやってきた取り巻きコンビ。実質的にはこの家の主ともいえる少年と親しくなって一年近くが経つにもかかわらず、足を踏み入れるのはこれが初めてだったりする。地味に緑谷家のファクターでもある佐原兄妹と今まで接点がなかったので、どうしても遠慮があったのだ。幽霊屋敷探訪のおかげでそれも解決したが。
が、迎えてくれたのは緑谷の名をもつ母子でも佐原兄妹でもなかった。
「あらいらっしゃい、早かったわね」
「あ……どうもっす──玲子さん」
白鳥玲子、職業はフリーのカメラマン。彼女も当然、チームRXの一員である。取り巻きコンビを除くとこの家に居住しているわけではない唯一のメンバーだが、頻繁に入り浸っているのでほとんど同じようなものであった。
「ジョーと茂くんたちは、もう部屋で作業してるみたいよ。あ、ジュースとお菓子持っていってくれる?色々用意したから」
「あ、あざーっす」
「………」
「ふふ。付き合わされて大変だろうけど、頑張ってね」
ウインクをしてみせる玲子。彼女はふたりより六つ年長なのだが、大人の余裕と少女のような可憐さが同居し、親しみやすい雰囲気を醸し出していた。少年たちが好感をもつのも当然というべきか。
──それにしたって、である。
「……さっきから上の空にも程があるんじゃないか、こいつ?」
呆れた様子でつぶやくジョー。彼のみならず部屋にいる一同の視線が向けられているのだが、ロン毛は意に介する様子もなくぼーっとあらぬ方向を見つめている。
「風邪でも引いてるの?顔赤いけど……」
気遣わしげに訊く一水に対し、答えたのは当人ではなく相方だった。
「いんや、ここ来るまではフツーだった」
そう、至って普通。それが豹変したのは、ある瞬間だった。まあ刈り上げは薄々勘づいているのだが。
「……あのさあ、」
ここで唐突にロン毛が口を開く。何を言い出すのかと思えば、
「玲子さんって……彼氏とか、いんのかなあ?」
「あっ……」
察し、である。
「なー、どうなんだ?」
「う~ん……僕ら、玲子さんのことは随分昔から知ってるけど、彼氏の話は聞いたことないなあ。な、一水?」
「うん。いないよ、絶対いない」
酷い断言ぶりであるが、女同士ゆえそうした話題になることもままあるのだ。エビデンスに基づいた発言であるから仕方がない。
「そっかあ……」
見るからにほわほわした表情になるロン毛。妙齢の女性に交際相手がいなくて喜ぶ、それはつまり──
「……好きなの、玲子さんのこと?」
「!?、すっ、ば、バカヤローそそそそんなんじゃねーし……!」
「小学生か」
「好きなら~、コクっちゃえばいいじゃん!」
一水が無邪気な提言をするも、ロン毛は「いやあ……」と煮え切らない様子だ。
「何か気がかりでもあるのか?」
「まあ……玲子さんみてーな人って、俺みてーななんちゃって不良なんか相手にしてくれなさそうな気がしねぇ?」
「……おまえ、そーいうの考えちゃう系?」
中学からの腐れ縁とはいえ、この相方が色恋沙汰のことで真剣に悩んでいる姿を見るのはこれが初めてのことだった。基本的に物事を深く考えない性質の男のはずなのだが。
「特別取り柄があるわけでもないしなぁ……。せめてマジメに生きときゃよかったよ~アニキみたいに」
「そんなこと言うな、おまえにはおまえの良いところがあるぞ」
「たとえば?」
「た、タトエバ」
沈黙の帳が降りる。空気が急速に冷えていくなか、ややあって彼の相方が口を開いた。
「……ノーテンキなとこ、とか?」
「それ……取り柄だと思ってる?」
「ま、まあ……」
疑り深い視線を向けられて、「時と場合による」と続けようとした口は閉ざされた。適当につるんでいるときは気楽だし落ち着くのだが、チームRXの一員としてはどうにも頼りないと刈り上げは悩んできた部分もある。まあ他人のことは言えないのだが、不真面目なだけで彼はまだ頭は回るほうなのだ。
「とっ、とにかくよー、そのノーテンキさを活かしてアタックしてこいよ!最初は相手にされねーかもしんねーけど、段々距離が縮まってくってパターンもあるし」
「うー……」
なおも渋るロン毛に、佐原兄妹が「いったれロン毛~!」と発破をかける。直後、ジョーがぼそっと言い放った。
「小中学生に煽られるようじゃあ、仮面ライダーの弟分失格だな」
「!!!」
──そう、茂も一水も容姿は中の上くらいだが、親譲りの快活さと修羅場をくぐり抜けてきたがゆえの落ち着きが相まって、学校では異性からも密かな人気があるのだ。その点は出久にさえも先んじていると言っていい。
バカにしていた──今はもう和解しているが──子供ら相手に後れをとっているようでは、出久はおろか爆豪勝己の取り巻きだって務まらないのだ。ロン毛の尻に火がついた。
「っし!そこまで言うならっ、玲子さんをオトして俺のモノにしてみせらぁ!!」
「その意気だ!」
「当たって砕け散れ~!」
いや砕け散ったらダメだろう。刈り上げが突っ込みを入れるが、もはや誰も聞いていないのだった。
*
数時間後。当の白鳥玲子はというと、緑谷引子・的場響子と一緒に気の利いたレストランでランチと洒落込んでいた。男子禁制のたまの嗜みであり、一水が仲間に加わることもある。
その席にて、響子は「ええっ」と声をあげていた。
「ナンパされたんですか……!?」
「まあ~……平たく言うとそんなところよね」
そう、彼女が緑谷家を発つ直前、かのロン毛くんに声をかけられたのだ。「おっおおっおおお俺とデートに行きませんか!?」と。ちなみに原文ママである。
「それで……どうするの?受けるの?」引子が訊く。
「う~ん……正直悩んでます、だって出久くんと同い年の子だし」
玲子としては正直、頼りがいのある年上の男性がタイプなのだ。ただその割には独立志向が強く、あけすけにものを言うものだから、交際も長続きしないのだが。
「ね、響子ちゃんだったらどうする?」
「え……」暫しの沈黙のあと、「……ごめんなさい、わからないです。そういうの考えたことなかったし」
「あー……そっか」
響子はクライシス帝国に両親を殺され、その後はずっと出久たちとともに戦い続けてきた。世界を守るという使命を見出だすことができたために復讐鬼にはならずに済んだが、流石に恋愛ごとについて考える気にはまだなれないのだろう。
「……受けてみてもいいんじゃないかしら」
「えっ?」
妙なくらい真剣な表情でつぶやくので、玲子も響子もフォークを置いて聞き入る態勢になった。
「千差万別、色々な人と友だちになったりお付き合いしたりするのって、若いうちの特権だもの。もちろん、相手が悪い人なら考えたほうがいいとは思うけど」
まあ、悪い子ではない……と思う。不良じみてはいるけれど。
「それに……」
「それに?」
「可愛いじゃない、ああいう背伸びしてる子って。出久も茂くんも素直ないい子だから助かってるんだけど……一人くらい、ああいう息子がいても良かったかな~なんて……」
「………」
この発言、茂はともかく出久が聞いたらどう思うのやら。まあ、無個性のひとり息子を独り抱えて悩んでいた頃と較べて図太く逞しくなったともいえるので、そういう意味では喜ばしいことかもしれないが。
ともあれ。元々不良や軽薄な男は恋愛対象外である玲子だが、年下の少年の初々しいモーションは少なくとも不快なものではなかった。それに、本気で自分を好いている相手の気持ちを無下にするのは憚られる。
(まぁ……あくまでデートのお誘いだもんね)
彼の気持ちにどう応えるかは、それから考えるのでも遅くはあるまい。玲子もわりあいオプティミストな性質なので、そういう結論になった。
*
そして、その夜。
「っしゃーーーーー!!」
自室にて、彼は歓喜の声をあげていた。返事を貰うためということで玲子と連絡先を交換することには成功していたのだが、早速返事が来たのだ。「明日、仕事の資料を集めに買い物に行くから、よければ付き合ってほしい」──と。
これはつまり、デートの申し込みそのものは了承されたと考えていいだろう。
浮かれ極まった少年は、勢いよく飛び上がってそのままベッドにダイブした。軋むスプリング。そのまま足をばたつかせていたら、振動が伝わったのか一階にいる母親から「うるさい!!」と怒鳴られてしまった。まあ叱られるのなんて日常茶飯事なのだが。
*
しかし翌朝、少年は歓喜から一転、焦燥に駆られる羽目になる。
(やべええええっ、寝坊したぁぁぁ……!)
楽しすぎて眠れなかった──ありきたり極まりない理由だけれども、普段から夜更かし不規則上等な生活を送っているのが災いした。まさか度重なるアラームもスルーしてしまうとは。
不幸中の幸いだったのは、昨夜のうちに今日着ていく服を用意しておいたことか。大したものは持っていないが、やはりデートなので最大限洒落たものを選抜しておいたのだ。一時間ほどかけて。
問題は、たとえどんなに急いでも遅刻が確定しているということ。初デート、しかも自分から誘っておいてこれでは印象最悪だろう。下手をすると二度と口すら利いてもらえないかもしれない。
せめて誠意だけは明確に示しておかなければならないと思い、スマートフォンに手を伸ばす──と、まるで機先を制するかのように本体が振動を始めた。
「うおっ!?」
驚きのあまり往年の「シェー」のようなポーズをとってしまうロン毛だが、誰も見ていないので当然突っ込みが入るわけもなく、気を取り直してそれを手に取った。画面に発信者の名前が表示されている。
「はぇ、れ、玲子さん?」
時間をもう一度確認するが、待ち合わせの刻限にはまだ至っていない。無論、今から向かうのではどんなに急いでも間に合わないというのは先に述べたとおりではあるが。
ともあれ「もしもし」と応答すると、受話口から朗らかな声が返ってきた。
『もしもし、おはよ~』
「あお、お、おはよーございますっ」
『ねえ、今どこ?』
「………」
流石は白鳥玲子、思わず言葉を失ってしまうほどすっぱりと斬り込んでくる。
誤魔化せば心証が余計に悪くなってしまうことはわかっているので、彼は正直に寝坊を白状した。すると、
『やっぱりね~、ジョーから聞いてた通りだわ』
「へっ?」
『外、見てみて!』
言われるがままに窓から道を見下ろす。と、そこには大型二輪に股がった女性の姿があった。ぱちっと目が合うと同時に、笑みを浮かべて手を振ってくる。
かあっと顔が熱くなると同時に、彼女がなぜここに?という疑問も当然湧いた。まあ自分の家なんて秘密でもなんでもないので、これも相方伝いにジョーから聞いたという話かもしれないが。
ともあれ尚更待たせるわけにはいかないので、身支度もそこそこにロン毛は家を飛び出し、玲子と合流した。
「さ、サーセンお待たせしましたっ!……あの、どうしてウチに?」
「ジョーがねえ、"あいつはどうせ寝坊するだろうから、迎えに行ってやったらどうだ?"って。流石、一緒に配信やってるだけのことはあるわよね~」
「へ、へへへ……」
苦笑いしつつ、彼は内心「あのバッタロボめぇ……」と唸っていた。これで寝坊していなかったら風評被害もいいところである。事実寝坊してしまったのだが。
「じゃ、早速だけど行きましょうか。後ろ乗って」
「……あの、これって玲子さんのバイクなんスか?」
「そうだけど?」
活動的な女性だとは知っていたが、よもや仮面ライダー顔負けのごついバイクを乗り回しているとは。自分はとんでもない女傑に惚れてしまったのではないかと彼は思ったが、のちのちの彼女の行動を思えばそれは序の口にすぎなかった。
*
「まさか、あの玲子さんがなぁ……」
ありふれたファミリーレストランに、しみじみとつぶやく茂少年の姿があった。彼と妹の一水も、玲子がデートの申し込みを受けたことは昨夜のうちに知らされていたのだ。
「マジかー……絶対玉砕すると思ってたんだけどな、俺ぁ」
「ひどっ……友だちなんじゃないの?」
「長年つるんでっからわかることもあんの」
自分も彼も中学生にして授業をサボったりタバコに手を出したりしていたような人間なので、ああいう正義感の強い女子には嫌われていたものだ。まあ大人の玲子からすれば所詮ガキの粋がりというだけのことなのかもしれないが、結局のところ相手にされていないのは同じだと思っていたのに。
「ま、お気楽なのはいいけどよ……」
ぼやきつつ、タバコに火をつけようとする刈り上げ。しかし隣に座る茂がすかさずそれを奪い取り、灰皿に捨ててしまった。
「あっ、テメ……ここ喫煙席なんだぞ」
「それ以前の問題だから!」
「チッ……」
どうにも彼は不機嫌というか、得心いかない様子であった。ハァ、と気だるげにため息をつく様子は、確かに雰囲気だけは大人のそれである。嫉妬……なのだろうか?
「……ひょっとして、刈り上げお兄ちゃんも好きな人いるの?」
一水が訊くも、彼は是非を明らかにしなかった。その反応が男子組の関心を余計に煽り立て、「誰誰!?」「俺の知ってる人間か?」と質問させるのだが。
「……ヒミツ」
返ってきたのは、そんなひと言とニヒルな笑みだけだった。
*
買い物と言うからには大型ショッピングモールでのデートを予想していたロン毛だったが、そのあては早速外れることとなった。
「あの……ここは?」
「見ての通りの電器屋さんでしょ?」
事もなげに言い放つ玲子。いや、確かに電器屋なのは見ればわかるが、一般的な店舗とは異なる……こう、秋葉原の片隅でぽつんと営業していそうなアングラな雰囲気の店であった。
思わず固まっていると、「何してるの、入るわよ」と引っ張られ、半ば強引に入店する羽目になった。
「おじさーん、こんにちはー」
早速とばかりに呼びかける玲子。と、誰もいないと思っていたカウンターからひょこりと小柄な老人が顔を出した。服装は普通だが、色付き眼鏡が妙に怪しい。
「どうもぉ玲子ちゃん。おや、今日は可愛いお連れさんがいるねぇ。ボーイフレンドかい?」
「かわ……っ!?」
ボーイフレンドとみられたことへの喜び以上に、"可愛い"などと形容されたことへの驚愕が勝った。幼児相手ならいざ知らず、高校生の男に対して使っていい表現ではないだろう……一部例外はいるにしても。
しかし玲子は老人の言動について、特段なんとも思わなかったらしい。「どうかな~」なんて軽く流している。そのうえで振り返ってウインクしてくるものだから、ロン毛はこれを彼女からの挑戦と受け止めた。相手にされているだけでも今は構わない、勝負はこれからだ。買い物にとことん付き合うという、相手の土俵での勝負にはなるが。
*
蓋を開けてみれば、怪しい電器屋は序の口にすぎなかった。この辺りの懇意にしている店、彼女はとことん巡るつもりでいたのだ。
流石に自分の買い物ばかりに付き合わせるのは申し訳ないと思ったのか、あるいは好んで道草を食っただけかもしれないが、途中でゲームセンターに寄ったり、古着屋で似合う服を見繕ってくれるなどの一幕もあった。前者は格闘ゲームでボコボコにされたし、後者に至っては終いに着せ替え人形のような扱いを受ける羽目になったが──
そうして玲子の奔放さを散々に思い知らされたロン毛くんは、ただいま彼女とともに街外れの喫茶店で休憩中であった。
「ここね、東京の文京区にあるお店の2号店なんだけどね、カレーウインナーサンドが絶品なの。栄養価も高いからって、出久くんもよく食べてたわ」
「へ、へぇ……そうなんすか」
「ふたりだけで来たのか」──とは、勇気がなくて訊けないロン毛である。出久と彼女が一緒にいるところは数えるほどしか見たことはないが、親密というか、お互い妙に距離が近いのである。自分より遥かにふたりのことを知っているジョーや佐原兄妹が今日のデートについて何も言ってこないのだから、穿ちすぎかもしれないが。
燻る不安を知ってか知らずか、玲子は我らが仮面ライダーの話を続けるのである。
「そういえばきみ、出久くんとは知り合ってどれくらいになるの?」
「え、……そうっすねー、幼稚園からだから……もう十年ちょっと?」
「えっ、そんなになるの!?意外~……」
「まあ、仲良く遊んでたのなんてほんとにガキの頃だけでしたし……」
幼い頃はかっちゃんというガキ大将に数人がくっついて遊んでいて、自分も出久もその中にいた。出久が無個性とわかった頃から、みんな彼に対して褒められたものでない言動をとるようになってしまったけれど。
それが今では、彼のことをアニキなどと呼び慕うようになっている。修学旅行先でヴィランに襲われた際、仮面ライダーとなった彼に救われたことがきっかけだったのだ。
「現金ねえ」
「ハハ……」
毒づく玲子。確かに否定はできないが、そうやって柔軟に生きるほうが人生楽しいではないか。プライドに振り回される人生なんて損だと思うし、そもそも振り回されるだけのプライドをもつような人生も送ってこなかった。いつも先を行く少年がいて、その背中をぼんやりと見ていたにすぎない。そんな自分を恥とも思わない。
(嫌われるかなあ、こんなんじゃ)
緑谷出久という英雄を傍で見てきた女性には。不釣り合いなのは最初からわかっている、そうであっても仕方がないと思う。ただ自分にしては珍しく、ほんの少しばかり傷つくかもしれないけれど。
しかし彼女の自分を見る目に、蔑みはなかった。
「──でも出久くんについていくようになったのは、あの子の強さや優しさに憧れたからでしょう?」
「!、……まあ、ハイ」
「私ね、思うの。誰かに憧れるのは、もっと素敵な自分になりたいって気持ちがあるからだって。そういう気持ちをもてる人は、もうそれだけで十分素敵だわ」
微笑む玲子。その笑顔の可憐さに惹かれて今ここでこうしているのだが、それ以上に彼女の言葉が心に染み渡った。──嬉しかったのだ、それが好意であろうとなかろうと。
*
「ハァ~、食べた食べた……。ついついデザートまで食べすぎちゃうのよねぇ」
喫茶店を出たところで、お腹を撫でつつ満足そうにつぶやく玲子。それはロン毛としても同感だった。
「ごちそうさまでした。美味かったっす、マジで」
「でしょ、でしょう?あ……自分でお金稼げる歳になったら、今度は奢ってね」
「え、それってどういう……」
「どういう意味かな~?」
鼻歌を歌いながら気持ちスキップぎみに歩き出す玲子。顔がかあっと熱くなるのを感じながら、少年もまたそのあとを追いかける。昼下がりの、どこまでも平和な光景。
しかしこの超常社会において、平和など容易く破られるものだ。
「ヴィ、ヴィランが出たぞぉぉぉ!?」
「へっ?」
「!」
どこからか聞こえる、悲鳴のような声。呆けてしまうロン毛と咄嗟に身構える玲子、ここに場数の差が出てしまうのも無理からぬこと。
そして数秒後、よりにもよってヴィランは彼らの目の前に現れた。それも、明確な悪意をもって。
「リア充のニオイさせてんのは貴様らかぁああああっ!!」
「!?」
「リア充死ねぇええええ!!」とヒステリックに叫びながら、ヴィランが襲いかかったのは──玲子だった。彼女が若干先を歩いていたことが災いしたのだ。
「玲子さん……っ!」
それを目の当たりにしたロン毛は──走り出していた。
恐怖を感じないわけではない。逃げ出したいと、臆病風に吹かれなかったわけではない。
だが、何より。こんな自分を肯定してくれた……愛する女性を、守れる男でありたいと思ったのだ。
「その
雄叫びとともに、自らの個性を発動させようとしたときだった。
ヴィランが、紙のように弾け飛んだ。──なぜ?
呆気にとられるロン毛の前で、「ふぅ」とため息をつく玲子。そのしなやかな脚が躍動し、ヴィランを蹴り飛ばした──その事実を認識するまでに、暫くの時間を要した。
ただこのロン毛ボーイは不憫というか、運が悪かった。玲子の回し蹴りを喰らったヴィランの身体は、そのまま彼のほうへ吹っ飛んできたのである。
「へ──」
刹那、衝撃。そのまま街路樹の幹に叩きつけられて、彼はずるずるとその場にへたり込んだ。
「あ、ロン毛くん──!?」
玲子がしまったという顔をしている。それを目の当たりにしたのを最後に視界がぼやけ、すうっと狭まっていく。脱力感に身を任せるようにして、彼はそのまま意識を手放した。
*
「頭打ってたみたいだから、念のため検査してもらったの」
次に目を開けたときには病室にいて、付き添ってくれていた玲子にそう告げられた。
結局、あのまま気を失ってしまったのだ、自分は。それは襲いかかってきたヴィランも同じだったようで、彼のほうは駆けつけた警察に逮捕されたらしい。ヒーローの出る幕はなかった、玲子が一撃でノックアウトしてしまったので。
「あの……強いんすね、玲子さん……」
思わずそうこぼすと、玲子は恥じらうでもなく「まあね」と微笑んだ。考えてみれば彼女自身も身体を張ってクライシス帝国と戦っていたというのだから、リア充がどうとか言っている程度の低いヴィランをのすなど軽い運動の範疇だろう。つくづく、自分とはスケールの違う女性だと思い知らされる。
「……ははっ」
もう笑うしかなかった。小さな声だったので、立ち上がってカーテンを直していた玲子には届かない。だが彼女は、少年の思うところを見透かしたかのように言うのだ。
「……ヴィラン、ぶつけちゃってごめんね」
「!、あ、いや……事故みたいなもんですし……」
「そう……そうね、事故。きみが逃げずに、立ち向かおうとしてくれたから起きた事故よね」
「!」
気づいていたのか、自分が彼女を守ろうと飛び出したこと。できれば、知られずにいたかったのだけれど。
「……情けないっすよね。ま、これでも進歩したんすよ。前は見てるだけだったんで」
「そっか。じゃ、まだまだね」
まだまだ──そう語る玲子の表情は、相変わらず悪戯っぽくて、愉しそうに見えた。
「でも──嬉しかったわ。ありがとう」
その顔が、不意に近づいてきて──
「これは、将来投資ってことで」
「………」
頬に残された柔らかな感触。惜しむらくは衝撃的すぎて、前後の記憶が飛んでしまったことだった。
*
玲子からキスしてもらったとは、流石に相方にも伝えなかった。ただ、時折妙に勘の鋭い相方は、メッセージアプリの文面から何かを察したようで。
『あーあ、じゃあカツキに謝んねえとなー』
「は、なんでカツキ?つーか退院したの?」
おろしたてのダンベルを片手に持ちながら、器用に返信を入れる。トーク画面を開きっぱなしなのだろう、一瞬で既読がついた。
『昨日したって。で、おまえの残念会やろうぜってお願いしたの、さんじゅっぺんくらい』
ロン毛は呆れを通り越して感心した。基本つれない勝己にそんなにもしつこくお願いをして、なんだかんだ承諾を得られるのは今のところコイツくらいなものだと思う。知り合ってからの歳月は自分より短いというのに。
『やっと"じゃあウチ来い"って言わせたんだぜ、どうしてくれる』
知るかよ、と打ち返す。そもそも、名目なんてなんでもいいではないかと思う。久しぶりにカツキの顔が見たいという気持ちは、ばっちり一致しているわけで。
「現金だよなあ、ホント」
だって結局、それがいちばん楽しいのだ。
つづく
ヴィラン襲撃より時が経ち、日常を取り戻しつつある雄英高校。しかし平和な日々は長くは続かない、一年に一度の大イベントがやって来たのだ!
「体育祭だ」「学校っぽいのキターーー!!」
仮面ライダー・緑谷出久、狙うはもちろん優勝!
次回 超・世紀王デク
「開幕!体育祭」
お茶子「頑張ろうねぇぇぇ……!」
ぶ、ぶっちぎるぜぇ!?