超・世紀王デク   作:たあたん

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こんなんどうすりゃええねん


独走!!(前)

 

 体育祭当日。雄英高校内外は生徒の登校してくるより早くから人、人、人で賑わっていた。

 詰めかける報道陣──今回はきちんと許可を得て──、一歩敷地に入れば露店がずらりと出店されている。

 

 そんな文字通りのお祭り騒ぎの中、登校してきた生徒たち。彼らは朝のホームルームが終わると早々に体操服に着替え、控室に集まっていた。入場開始までのわずかな時間、ここで緊張のひとときを過ごすのだ。

 

「あーあ……コスチューム着たかったなー」

 

 ピンク色の肌をもつ少女──芦戸三奈がぼやく。他科との公平を期すという目的で、ヒーロー科の生徒もコスチューム着用は禁止されているのだ。

 尤もコスチュームでなく、個性の使用にはなんの制限もない。──つまり、"変身"は可ということ。ハンディキャップどころか、自分に有利なルールだと仮面ライダー・緑谷出久は思った。

 本当のところは"個性"とは異なるというのはこの際置いておくにしても、そのことについてクラスメイトたちはどう思っているか。引け目を感じないといえば嘘になる。ただ、それでも手抜かりなく臨むと決めたのだ。仮面ライダーの力を、余すことなく世界に見せつけるまたとない機会。

 

 それまでの時を心静かに過ごすことにした出久だったが、そんな彼に畏れ多くも話しかける者がいた。

 

「緑谷、少しいいか」

「……轟くん?」

 

 出久の翠眼に、左右を紅白に分かたれた頭髪が映る。

 

「何かな?」

「………」

 

 自分から話しかけてきたにもかかわらず、一瞬の沈黙があった。揺れるオッドアイは、言葉を選んでいるようにも見える。

 ややあって、

 

「……客観的に見て、おまえのほうが実力的に上なのは間違いねえと思う」

「えっ……う、うん」

 

 どうしたものかと一瞬迷った出久だったが、結局は戸惑いがちに頷いた。クラスメイトの間にも、何を当たり前のことを言っているんだという空気が広がっている。

 

「けどな……だとしても、他人の事情にずかずか踏み込まれる謂れはねえ」

「……?」

 

 事情、に?どういうことかと問いただすのが憚られるほどに、轟少年の瞳がきつくなっていく。

 

「おまえには負けねえ、緑谷。……いや、仮面ライダー」

 

 敵意を込めた、宣戦布告。一瞬、彼の姿にシャドームーンの影がよぎった。憎悪や憤懣、悲嘆──あらゆる負の感情が、彼の周囲に渦を巻いているように出久には見える。

 

「……きみにそうまで言わせる理由に、正直心当たりはない」

「………」

「ただ、どんなわだかまりがあろうと……僕は誰にも頂点を譲るつもりはないよ」

 

 いずれは誰かに、自分を超える存在となってほしい。この世界を裏から操ってきた者たち──そんな連中に神として祭り上げられかねない存在を、抑止しうる者に。

 けれど少なくとも今は、そんなことおくびにも出さない。

 

「──独走、させてもらう」

 

 

 *

 

 

 

『HEY!刮目せよ、オーディエンスゥ!今年もお前らが大好きな青春暴れ馬、雄英体育祭が始まりエビバディー、アーユーレディー!!?』

 

 巨大モニターに映し出されるプレゼント・マイクのコールによって、雄英体育祭の火蓋が切って落とされた。

 

 まずは、選手一同の入場──クラスごとに分けられた濃紺の塊が、スタジアムに姿を現す。まずはA組、その先頭には最も注目を浴びる少年がいる。ヘドロ事件以来、彼が全国にその姿を晒した瞬間。

 

 そして、同じくヒーロー科のB組。普通科C・D・E組、サポート科F・G・H、そして経営科I・J・K──雄英高校一年生全員が、初めて一堂に介した瞬間でもある。

 そしてその盛大な開会の場において、第一に行われるのは生徒代表による選手宣誓。代表はヒーロー科のうち、入学試験において実技一位の者が担当することになっている。

 つまり、

 

 一年ステージの主審である18禁ヒーロー・ミッドナイトに呼ばれ、臺に上った緑谷出久。生徒たちの中では比較的小柄で童顔、決して華やかとはいえない顔立ち。

 しかしその楕円形の翠眼がぐるりと視線を一周させると、同級生たちは自ずと居ずまいを正さずにはいられない。

 

 全国の注目の的となった少年は、マイクの前に立つとひとつ、静かに深呼吸を行った。そして、

 

「えー……おはようございます。1年A組出席番号18番、緑谷出久です。正直、こういう大勢の前で喋るのは生まれて初めてなのでとても緊張しています」

 

 がくっ。弱冠15歳にしてオールマイトと並び称される英雄の言葉としては、あまりに平凡すぎる。

 その反応を敏感に察してか、出久は苦笑いを浮かべた。

 

「期待外れですみません。僕は所詮、目の前の敵と戦ってきただけですから」

 

 そう、そこに美辞麗句など存在しえなかった。言葉をかわすべき仲間も存在しない、孤独な、独りぼっちの戦い。母をはじめ協力者は数えるほどにはいたけれど、彼女らはみな戦場に立ってはいけない存在だった──クライシス帝国とのそれは別にしても。

 

「だから……その……」

 

 皆に伝えたいことは、ただひとつ。

 

「"超えられるものなら超えてみろ"──それだけです」

 

 己の意気込みではなく、他に"それ"を求める。彼が何者かを既に全国が知っている以上、たとえそうであったとしても恐るべき宣戦布告に他ならなかった。

 

 

 *

 

 

 

 第一種目、多くの者が振るい落とされる地獄の一丁目一番地。ルーレット形式でランダムに選ばれたのは──障害物競走。

 種目名だけならいかにも体育祭という趣だが、そこは雄英高校である。

 

 グループ分けすることなく、一年生総勢200名以上が同時に位置につく。程なく彼らは、ヒーロー科首席の宣誓が如何に実現困難なものかを思い知らされることとなる。

 

 

「変──「スタートっ!!」──身ッ!」

 

 開始を告げるミッドナイトの声と、出久の声とが重なりあう。

 他の生徒にすっかり溶け込んでいた、同じ青い体操服の少年の姿が、世界に知られた異形の英雄の姿へと変わる。黒いボディ、真っ赤な眼。生徒たちが走り出す。英雄──仮面ライダーはまだ動かない。しかしその身に一瞬電流が奔るのを、ごく一部の人々は認識した。

 

(ワン・フォー・オール……フル、カウル)

 

 誰もが知る英雄の力と、誰も知らぬ英雄の力。そのふたつが同時に目覚めたとき、誰も予想しえなかった事態が巻き起こる。

 

 仮面ライダーの姿が、あらゆる人々・媒体の視界からかき消えたのだ。

 

「な、」

「え……」

「What's!?」

 

 ステージに巻き起こるは、一陣の旋風。スタートからゴールまでに配置されている多数の"障害物"たちをひと薙ぎして、それは駆け抜けていった。

 そして、

 

「な、なんという……なんということでしょう」

 

 ゴールに独り立つ、巨人の人影。

 

『仮面ライダー、既にゴールゥゥゥ……!!?』

 

 そう──皆が一斉にスタートを切ってからひと呼吸ほどの間隔も置くことなく、仮面ライダーはゴールにたどり着いていたのである。

 

「コイツはWHAT'S HAPPEND!?仮面ライダー、今度はテレポートでも習得したかァァ!?」

 

 実況のプレゼント・マイクの言葉を、隣に座るミイラ男がすげなく否定する。

 

「違うな、純粋な身体能力だ。"あれ"を見ればわかるだろう」

 

 道中、障害物として設置されていた巨大ロボットたち。ヒーロー科の入試でも使用されたそれらは一般生徒はもちろん無事合格を遂げたヒーローの有精卵たちにとっても大いなる脅威になるはずだったのだが。

 

──その半数近くが、RXによって胴体に風穴を開けられて機能を停止していた。

 

『かかか、仮面ラァーイダ!?ダントツでゴォォォーール!!?ダントツってか一瞬だコレェェェェ!!?』

 

 そんなことがあってたまるか。いや、どんなにそう思おうがこれは現実の光景なのだ。外周四キロメートルを、仮面ライダーBLACK RXは一瞬で、駆け抜けた。道中に設置されている谷・島(ザ・フォール)、地雷原に至ってはその動きの妨害にすらなっていない。

 

「……ふー」

 

 深く息を吐き出すRX。彼の脳内で、以前己が語った言葉のリフレインが叫んでいる。

 

──独走、させてもらう。

 

 文句なしの独走、いきなり比喩でなく……となったのは自分でも想定していなかったが──年々競技は異なるので──。

 歓声に囲まれてはいるが、ゴール地点には当然他に誰もおらず静かなものである。

 

 気を落ち着けたRXは、ネクストウィナーの到来を待つことにした。参加者誰しもにその資格はある、とはいえまずもって思い浮かぶ顔はふたつだったが。

 

 

「──こんのクソチートがぁあああ!!」

 

 掌から爆破を放ちながら、吼える少年がいる。彼は既にゴールしてしまった幼馴染を追い、飛翔を続けていた。現状、彼の前を走る者はない。

 尤も、横並びで張り合う者なら存在する。

 

「……ッ、」

 

 地面に氷結を奔らせ、氷上をスケーティングする紅白の髪の少年──轟焦凍。

 涼やかかつ颯爽としたその姿とは裏腹に、彼の表情には強烈な憤懣と焦燥とが滲んでいた。

 

(クソ親父が見ている前で……っ)

 

 最大のライバルの背中を、追うことさえできないこの状況。ならばせめて、順位という形式上だけでも彼に次ぐ場所にいなくてはならない。彼の競争心は隣を走る爆豪勝己には……否、ほかの誰にも向けられてはいなかった。

 ただ、一点の曇りもない勝利を見せつけねばならないと思っていた。母を苦しめ、心をこわしたあの男に。

 

 おまえの力など、要らないのだと。

 

「うぉらぁぁぁぁッ!!」

「────ッ!」

 

 そしてふたりは、ほとんど同時にゴールラインを越えた。

 

 

 *

 

 

 

 二位──つまり仮面ライダーを除く雄英生徒のトップの座を射止めたのは、

 

「………」

「ッ、クソがぁ!!」

 

 轟焦凍だった。爆豪勝己は三位につけている。

 といっても、彼らは見かけのうえでは同着だったのだ。映像確認などかなり精密な審査を行ったうえで、こういう結果になってしまった。

 それでも、敗けは敗け。悪鬼のごとき表情で悔しがる勝己だったけれど、この結果に文句をつけるつもりは微塵もない。この紅白頭を完膚なきまでにブッ飛ばせなかった自分の力不足のせいだ。

 

 だが、まだ挽回のチャンスはある。これは一回戦にすぎないのだ。

 第二回戦は、騎馬戦。障害物競走の上位42名が参加資格を得る。

 それ自体は特筆すべきものでもないのだが、問題は一回戦から引き継いだ"ポイント"だ。それぞれの順位に即したポイントの鉢巻を与えられ、それを奪い合うことになる。

 

 一位はなんと、1,000万ポイント。二位以下とは隔絶した数値は、三回戦へ進まんとする挑戦者たちにとっては垂涎の的。

 もしも彼が一般的なヒーロー科生徒であれば恰好の獲物と見定められていたことだろう。

 

 だが"この世界線"において、彼は仮面ライダー……オールマイトとすら肩を並べる伝説の英雄である。それが誇張でないことはこの一ヶ月、彼とともに授業を受けてきた少年少女たちは皆肌で知っている。

 結果、こうなるわけで。

 

「緑谷!」

「緑谷ぁ!」

「緑谷く~んっ!」

 

(う、うおお……)

 

 殺到……といってもA組の過半数程度の人数だが、出久にとっては慣れない光景だった。雄英に来るまで、こうした組分けの場では忌避される立場だったので。

 ただ、一回戦通過者が40名超いることを考えれば、その動きは全体の潮流とまで言えるものではない。

 

 たとえば、B組の面々。彼らのほとんどは自クラスで固まっている。事前に何か話し合われているのか、チームメイクも素早い。

 一方でA組の中でも、あえて勝ち馬に乗ろうとする動きから一線を画している者がいる。──代表的なのが、彼。

 

「けっ、どいつもこいつも」

 

 そんなふうに吐き捨てる口の悪い少年は、もしかしなくても出久の幼なじみ・爆豪勝己である。かの英雄を一貫してデクと呼び続けるこの少年は、彼の力を身をもって知った今も態度を変えていない。むしろより激しく、対抗意識を燃やしている。

 対抗意識といえば、彼も。

 

「──爆豪、」

「あ?──!」

 

 声をかけてきたのは、仮面ライダーを除いて勝己を唯一出し抜いた少年だった。

 

「……なんの用だ、半分野郎?」

 

 露骨に警戒した態度をとる勝己に対し、半分野郎こと轟焦凍は眉ひとつ動かさず用件を告げた。

 

「俺と組め。仮面ライダーを、()()()()倒すために」

「は?」

 

 一瞬目を丸くした勝己だったが、即座に鼻を鳴らす。

 

「デクぶっ倒すのにてめェの力なんざ借りるかよ。だいたい、てめェだって俺にとっちゃ敵だわ」

「……爆豪、おまえはもう少し賢いと思っていたんだが。俺の見込み違いだったか?」

「ア゛ァ!!?」

 

 実際、見込み違いなどではない。勝己の頭の中でだって、轟との結託が仮面ライダー……デクに対抗する最適解という認識はあった。だが、超えるべき相手なのは轟だって同じだ。強力な個性、高い能力。まずこの男を叩き潰さなければ、頂点(デク)には届かない。

 

「いいか、この二回戦はどう足掻いてもチームバトルだ。自分の実力ひとつの問題じゃない」

 

 わかりきったことを言う。

 

「例年通りならこのあとに個人戦がある。ならそこで真に実力を証明するために、ここは確実に勝ちに行くべきだ。俺はそう思う」

「………」

 

 勝己が黙り込んだのは、轟の言葉を正論と認識したからだけではなかった。その宝石のようなオッドアイの奥で、しずかに燃える瞋恚。ただの対抗心や競争心の類いでない昏い感情であることは、体育祭開始直前の宣戦布告の時点で薄々勘づいていた。

 何が、コイツを駆り立てるのか。──どうでもいいと言い切ることができないのが、爆豪勝己という少年の性分で。

 

「……俺と組むってンなら、まさか仕切れるとは思ってねえよなァ?」

「……リーダーがやりてぇなら、別に構わねえ。意見はするが」

「意見もすんなや!!」

「状況による。──交渉成立ってことで良いか?」

「チッ、」

 

 舌打ちで、事実上の承諾を告げたときだった。

 

「轟くんに爆豪くん!俺たちもチームに入れてもらえないだろうか!?」

「あ?──!」

 

 ふたりの前に、現れたのは。

 

 

 *

 

 

 

 一方、ネクストステージが騎馬戦と知った時点で、緑谷出久は組む相手を心に決めていた。

 

『ホントウニコレデイイノカ、ライダー?』

「うん。なんたって僕は、仮面ライダーだからね」

 

(そうだ、)

 

(僕が選んだ相棒は──彼だ)

 

 

──出久は、独りアクロバッターに跨がっていた。

 

 

 

 

 


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