昨日の「僕のヒーロー」観てて思いましたが、RX出久だとあっさりマスキュラー倒しちゃって洸汰くん的にどうなんだろう……。まあそこまで行くかわからないし行ったとしてすさまじく先になりそうですが。
「――これで全部だよ、かっちゃん」
緑谷出久がそのひと言で話を終えたときには逢魔が時はとうに過ぎ、公園はほとんど真っ暗になっていた。街灯だけがぼうっと揺れている。
聞き手の爆豪勝己はというと、短気で傲慢な性格が嘘のように長い話を聞き届けていた。その場を一歩も動くことなく。
だが不可解なことに、終わりを告げてもなお勝己はなんの言動もとらない。口を噤んで立ち尽くしたままだ。やや俯きがちに話していたから、出久からはその足元しか見えていない。
そこに透明な水滴が零れるのを、彼は捉えてしまった。
(……雨?)
いや、そうではなかった。つられて顔を上げた出久は一瞬、呆然とした。
その美しく澄んだ雫は、血潮そのままの色をした瞳から流れ出でたものだった。
「かっ、ちゃん………」
(泣いて……?)
あの強い幼なじみが。幼い頃から、瞳を潤ませることはあってもそれ以上は決して見せることのなかった爆豪勝己が。
はっと我に返った勝己は、制服の袖で乱暴にそれらを拭った。よく見れば手も震えている。
(……そう、だよな)
出久は密かに自嘲した。いくら勝己がずば抜けて強く逞しい心身をもっているといえど、本質は世間知らずの中学生にすぎない。……自分が乗り越えてきたものは、まだ義務教育も終えていないような子供には残酷すぎる。もちろん出久自身も、本当だったらその子供のひとりであったはずなのだが。
「ごめんね、かっちゃん」
「……ンで、テメェが謝ってんだ……ッ」
「だって……」
「そうじゃねえだろ……ッ、テメェが、しなきゃなんねえのは、
「……?」
キングストーンの影響で強化された知力をもってしても、出久には勝己のことばの意味がよく理解できなかった。昔からそうだったと言えばそれまでだけれども、いまこの瞬間はなおさらだ。
怪訝な表情を浮かべる幼なじみに業を煮やして、勝己は思いきり突き飛ばそうとした。だがその細く小さな身体はびくともしない。――もう人間の肉体ではないことを隠す必要もないのだ。
胸の奥に焼けつくような錯覚を覚えた勝己は、出久からわずかに距離をとって、そのまま踵を返した。
「あっ……か、かっちゃんっ!」呼び止める。
「……話したとおり、僕は地球を守るために五十億以上の命を犠牲にしてきた。たった独りの親友もこの手で殺さなきゃならなかった。でもそんなのはもうイヤなんだ、僕はもう誰も死なせたくない。だからちゃんとしたヒーローになって、仲間を増やして、いつかヒーローがいなくてもいいような世界を創りたいと思ってる。納得しろとも、まして協力しろとも言えないけど……それだけは理解してくれたら、うれしい」
「……ッ」
返答はなく、勝己はそのまま走り去っていった。足音が遠ざかり、入れ替わりに古ぼけた電灯の発する鈍い音だけがこだまする。
(かっちゃん……)
爆豪勝己――出久の最初の憧れで、オールマイトという同じものへの憧れをもつ幼なじみでもある。もう、随分と遠い存在になってしまったけれど。
理解してくれるだろうか、彼は。したとして、受け容れてくれるだろうか。自分の目指す世界は、愚直なまでに強くあろうとする彼には酷かもしれない。
それでも出久が二年半かけて出した答えが揺らぐことはない。――同時に、そういう勝己の生き方にかつて覚えた憧憬が、消えうせたわけでもなかった。
「……僕も帰るか」
いまはそれ以外にどうしようもない。
出久が歩き出そうとしたとき、携帯に着信があった。番号を確認してそれをとる。
「――あ、もしもし?うん……いや、ちょっとね。わかってる、すぐ帰るよ。母さんによろしくね、茂くん」
*
逃げるようにその場をあとにした勝己は、幼なじみがあとを追ってこないことを確認すると人気のない路地裏に飛び込んだ。
「う゛……ッ、ぐ………!」
地面にへたり込み、口許を押さえて襲ってくる吐き気を懸命にこらえる。誰が見ているわけでなくとも、それが彼の最後のプライドだった。そんなものを守ったところでなんの意味もないのは、彼自身よくわかっていたが。
(なん、だよ……。なんなんだよ……!)
ヘドロの一件なんて頭から飛んでしまうくらいに、勝己の思考は混迷の中にあった。何もできない無個性のデク――永遠にそうなのだと思っていた幼なじみが伝説の仮面ライダーで、改造人間で、自分の知らないたったひとりの親友を殺めなければならなくて……整理してそのひとつひとつに思いを致そうにも、何もかもが悪夢のようなそれらは勝己のすぐれた頭脳を蝕むだけだった。
ただひとつだけ、混沌のなかで鮮明に浮かび上がってくるものがあって。
(だったら……俺は……っ)
出久が人知れず残酷な運命に立ち向かっている間、自分は何をしていた?学校にも来なくなった彼を落伍者と思い込んで嘲り、自分こそが頂点に立つ男なのだと笑っていただけではないか。それができるのもすべて、底辺と蔑んでいた少年が心身を磨り減らしてまで戦っていたおかげなのだとも知らずに。
吐き気は時を置いて収まったが、紅い瞳からあふれる涙は止まりそうもなかった。それが自分のどの部分に促されたものなのかは勝己にはわからない。でもその脳裏には、まだ互いの関係に歪みなどなかった幼い頃、「かっちゃんすごい」と目をきらきらさせていた無邪気な幼なじみの姿が映し出されていた。
*
――ヘドロ事件から一夜明け、翌朝。
いつもよりかなり遅め、遅刻ぎりぎりに登校した緑谷出久だったが、いつもとは違うかたちでの居心地の悪さを感じる羽目になっていた。
視線、視線、視線。同級生下級生と問わず、すれ違うすべての視線が出久に向けられる。これまでもまったく面識のない少年少女が自分を見て「あいつ無個性なんだってよ」とひそひそやっていたりはしたが、その比ではなかった。
(やっぱり、人の口に戸は立てられないよな……)
すべては昨日、衆目の集まるその場で仮面ライダーに変身してしまったことが原因だろう。あの場には折寺の生徒も何人かいた。その中に出久を知る者がいれば、こうして一気に広まるのも無理はない。いくらあのあと迅速に"対策"をとったといっても、こればかりはどうしようもなかった。
教室に入っても、状況は変わらない。それどころかさらに露骨だ。唯一の話題で騒然としていたのがぴたりと静かになり、視線がことごとく出久を捉える。苦笑とともに「おはよう」と告げてみたが、すぐ近くにいた数人が引きつったような表情で「お、おはよう……」と返してくるのがせいぜいだった。それ以外は気まずげに目を逸らし、そそくさと自分の席に戻っていく。
肩をすくめつつ、出久も自分の席へ向かうことにしたが……その途上、必然的に爆豪勝己の席の横を通ることになる。彼は感情の読めない表情で頬杖をつき、窓の外を見つめている。こちらに気づいていないわけでもないだろうが、そういう反応も当然かもしれない。出久の二年半を知れば。
それでも最低限、クラスメイトという関係は保とうと、出久はその場で歩を止めた。
「おはよう、かっちゃん」
「………」
応答はないだろう。そう思ってすぐに歩き出したのだが、
「………はよ」
「!」
蚊の鳴くような声。しかし鮮明につぶやかれたことばだった。
想定外のことに出久はぎょっとしたが、クラスメイトたちの驚きはそれ以上だった。あの爆豪が、緑谷に対して挨拶を返すなんて。いつもなら嫌味で返すか無視か、ひどいときには爆破をかますというのに――かといって出久から挨拶がないとそれはそれでキレる厄介さである――。
しかしそのことでざわめけば勝己の射殺さんばかりのひと睨みが飛んでくる。教室が居たたまれない空気に支配されかかったとき、前方の扉ががらりと開き、担任が入ってきた。表情、「席につけ」という声も心なしか硬い。
ひとまず出久も足早に自分の席に座った。勝己の背中を見つめつつ、その心境の変化を想う。彼なりに折り合いをつけようとしてくれているのだろうか、だとしたらうれしいが。
ともあれ、ややぎこちない様子で担任が口を開く。さりげなく教卓にペーパーを置いたのを出久は見逃さなかった。
「え~……昨日の放課後、田等院商店街でヒーローとヴィランの戦闘があったのは皆知ってるな?幸い怪我はなかったが、うちの生徒が一名、巻き込まれて人質になった」
教室がにわかにざわつきはじめた。氏名を挙げずとも、その模様がテレビニュース等でも放映されているために誰が人質になった生徒なのかは皆よく存じている。その張本人は射殺さんばかりの目で周囲を睨めつけ、沈黙を強制しているが。
もっとも、担任にとってその部分はあらまし、前座にしかすぎないようだった。「静かに静かに」と、彼にしては焦った様子で生徒たちを沈静化させ、"本題"に移った。
「それで、突如として現れてヴィランを退治したという仮面ライダーについてだが……」
「――!」
せっかく静かになりかけた生徒たちが、再び騒ぎはじめる。彼らは皆、その仮面ライダーがこの教室にいることを知っているのだ。
しかし担任教師のことばは、彼らの予想を大きく裏切るもので。
「この学校の生徒が変身したなどという噂が流れてるみたいだが、それはで、デマだ。そういうことに加担しないように!」
「!」
騒ぎがにわかに大きくなった。だって勝己の取り巻きなど、出久が実際に変身するのを目の当たりにした者がこの教室にもいるのだ。それを一方的にデマなどと断じられて、納得できるはずがない。
――彼らのほとんどは朝も夜もニュースなど真面目に観ないので気づかなかったが、ヘドロ事件についての報道では仮面ライダーの姿は映っても、その正体が緑谷出久であることがわかる映像その他いっさいが排除されていた。
「静かにしろ!!」抗議する生徒たちを一喝する。「そういう噂を流したり広めたりした者は、高校には行けないと思え!いいな!?」
「高校には行けない」――内申という具体的なものの存在を知る受験生たちに、その発言の影響は大きかった。一部はまだ反抗の目を向けているものの、そうした者も含めて静まらざるをえない。あるいは勘の鋭い者は、担任の様子のおかしさから裏で何らかの力が働いているのではないかと疑いもしたが。
「あー……それと緑谷」
「!、はい」
よりによってこのタイミングで呼ばれたので、クラスメイトらの視線は再び出久に集中した。勝己のようにひと睨みして……というのは彼の性格上できないので、無視して次のことばを待つ。
「ホームルームが終わったら校長室に行くように。長くなるようなら一時間目は出なくてもいい」
「!」
校長室への呼び出し?表向きデマなどと言っても、彼らも事実はわかっているのだ。昨日の件で釘を刺されるのかもしれない、何を言われようと今さら関係ないが。
「わかりました」と頷いた出久。彼を待つのが部屋の主ではなくサプライズな客人であることまでは、流石に予期できなかった。