と、いうわけで。
校長室の扉を開けた緑谷少年は、待ち人の姿を認めて一瞬
「私が、――待っていたァッ!!」
「お、オールマイトぉ!?」
応接ソファに腰掛けていたのは、オールマイトともうひとり。オールマイト……といっても、よく知っている画風の違うマッスル超人ではなく、昨日初めて見た痩せ細った
出久の声が思った以上に大きいことに焦ったのか、彼は素に戻って慌てている。
「シーッ、外に聞こえたらどうするの!?おじさん名目上オールマイトの使者ってことになってるんだから!」
「あっ、そ、そうなんですね……すいません」
トゥルー・フォームは決して知られてはならない姿なのだと出久は思い出した。ともにクライシスと戦った自分にすら昨日まで隠し通していたくらいだ。
となると、それを知っているのだろう隣の背広姿の男性は何者か?体つきはがっしりしているが、ヒーローには見えない。とりたてて特徴のない、いかにも純日本人な風貌とは裏腹に、若くもそれなりに歳を重ねているようにも見える年齢不詳感が妙にミステリアスだ。
出久の視線が自分に向いていることに気づいたのか、彼はにこやかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「失敬。はじめまして、僕は塚内直正と言って……こういうものです」
彼が胸ポケットから取り出したのは……警察手帳。ぱっと上下に開かれたそれには顔写真と名乗りのとおりの氏名、そして"警部"の階級が記されていて。
「警察……?」
昨日の件の事情聴取かとも思ったが、
「色々思うところはあると思うけど、今日は警察官としてじゃなく、俊典の付き添いできみに会いに来た」
「とし、のり?」
「ああ……"八木俊典"――私の本名さ!」
「そうなんですか」以上の感想が出てこない名前だ。"オールマイト"の強烈な印象を覆すには平凡すぎる、悲しいかな。
まあ、それはそれとして。
「塚内さんはご存知なんですか?オールマイト……や、八木さんの秘密」
「まあね。一応協力者のようなことをやってる」
「きみにとっての白鳥玲子さんや鋼のジョーくんみたいなものさ!」
「ああ、なるほど」
出久としては実にわかりやすいたとえで塚内との関係を説明いただいたところで、三人は改めてソファに座り直した。少年が男たちと向かい合う形だ。
「今日はまた、どうしてわざわざ学校に?」
警察、それも管理職級の協力者がいるのなら、出久の自宅を調べることは可能なはずだ。何か話があるなら、そちらを訪問してくれてもよかったと思うのだが。
「うん、そうなんだけどね。こうして我々オールマイトの
つまりは、出久の一件は軽々しく口にしてはならない……そう知らしめるということ。実際、そういう大人の配慮は意味をもったはずだ。もしも出久がなんの対処もしていなければ、の注釈つきで。
「……しかし、不思議なくらいにきみが仮面ライダーだという情報が広がらないな」塚内が発言する。「何もしなければ今ごろきみは全国的な有名人になってるよ。あの場にはマスコミも来てたし、それ以前に野次馬が大勢いた。SNSで広がれば一発だ」
「そうですね、あはは」
笑いごとじゃないだろう、と言いたげな表情を大人ふたりが浮かべたので、出久は慌ててごほごほと咳払いをして誤魔化した。
「雄英とか、どこかのヒーロー科に入れば認知されることになりますし、あの場で変身しちゃったのは完全に僕の落ち度なわけですから、そうなっても仕方なくはあるんですけど……。でも家族や周りの人に迷惑かけちゃ申し訳ないので、一応あのあとすぐ対策をとったんです」
「対策?」
「ええ。オールマイトにはもうお話しましたよね、裏でゴルゴムに協力して不老長寿を得ようとしていた奴らのこと」
「ああ、政財界の要人や著名な芸能人……ましてやヒーローにもそういう人間がいたんだったね」
ヴィランとの内通にも等しい裏切り行為に、さすがのオールマイトも憤慨したものだった。いまではそのほとんどが、また別の醜聞で零落してしまっているのだが。
「その件なら私も聞いている」塚内が口を挟む。「昨年解党したEP党の党首で、現在与党民自党に入党している坂田代議士はじめ与野党の大物の名前が複数捜査線上に浮上したが……残念ながら尻尾は掴めていない。賢しいからね、彼らは」
「そうですね、でもご心配なく。ちゃんと首輪はつけてありますから」
「!、まさか……」
さすがに察しのいい大人ふたり。――出久は昨夕、ヘドロ事件の現場を去ってから勝己が追いついてくるまでの行動を思い出した。
「もしもし。前にお世話になった緑谷出久です、覚えてらっしゃいますか……坂田先生?」
『な、なんの用だ。私はもうゴルゴムとは……』
「過去に協力者だった事実はなくなりませんよね。僕が握ってる証拠もですけど」
『……な、何が望みだ?』
「話が早くて助かります。実は僕、さっき人前で変身しちゃいまして。できるだけ拡散しないように処置していただけないかな~と。あ、お仲間の先生方にも手伝っていただいたらいかがですか?」
『わ、わかった。その件はこっちでなんとかするから、勘弁してくれ……』
「……そういうやり方は、ヒーローとしてどうなんだろうね?」
冷や汗まじりに、オールマイトが言った。出久は苦笑するほかない。これがヒーローらしからぬ、ダーティーな手段であることは理解しているのだ。
「まあ、褒められたことではないですよね。戒めにってわけでもないですけど、本当ににっちもさっちもいかなくなったときにしかやらないつもりです」
「場合によってはこれからもやるんだね……」
「そこはケースバイケースってことで。あ、それに、警察だってよくやるんじゃないですか?前に刑事ドラマで見ましたよ、公安が政治家脅して~ってやつ」
「ドラマと現実を一緒にしないでくれ。やってない……と思う、いや思いたいね」いまいち自信なさげな答えのあと、「それより、きみの握ってる証拠とやらの話……あとでじっくり聞かせてもらいたいもんだね」
「あ、はは……お手柔らかに……」
人倫に外れない程度に彼らを利用しようと目論んでいた出久はその計画の脆さを思い知ったが、ひとまずここでは追及されないとみてほっと息をついた。証拠を渡したとて、いきなり問答無用で全員検挙なんて真似をするほど警察も猪ではないだろうが。
「さあて!」ぱん、と手を叩くオールマイト。「ややこしい話は後回しにして、そろそろ本題に入ろうか。きみの教育を受ける権利を一部取り上げてこうしているわけだしね!」
「本題……一体、なんのお話なんですか?」
昨日のことを咎める……一瞬それが頭に浮かんだが、そういう雰囲気ではない。ならば、一体――
「今日きみに会いに来たのは他でもない……私のもうひとつの秘密を、きみに話そうと思ったからさ」
「もうひとつの秘密……?」
怪我の後遺症で長くは戦えない身体になってしまっている以外に、まだ秘密があるのか?
「私の"個性"についてさ」
「!」
オールマイトの個性……といえば、RXのそれすら凌ぐ怪力。これ以上ないシンプルな、だからこそ最強と銘打つにふさわしい力なのだと思ってきた。自分だけでなく、世間も。
「私の力の真髄はそれじゃあない」ばっさりと否定する。「――個性を引き継ぐ"個性"、それこそが私……このオールマイトの個性"ワン・フォー・オール"なのさ!」
「ワン・フォー・オール……?引き、継ぐ……!?」
呆気にとられた出久は、
「個性を引き継ぐ個性ってそんなまさか、全人口の八割がなんらかの個性をもつこの超常社会、色んなとんでも個性はあるけど有史以来そんな個性確認されていないわけで、いやオールマイトがそんな嘘つくわけないから真実なんだろうけども……まあ実際ありえない話ではないよな、キングストーンだって受け継がれる度に力が強化されて云々って創世王が言ってたし……」
ブツブツブツブツ。出久少年の昔からの悪癖、こればかりはゴルゴム、クライシスとの激闘を経ても治らないのだった。
「……前からこうなの?」塚内が耳打ちする。
「うん……根本がオタクな子だからね……」
ひとしきりやらせておくよりしょうがない、とオールマイト。大人たちの生温かい視線を受けること約一分、ようやく思考をまとまったのか出久がふうう、と深く息をついた。
「……え、っと、お話はわかりました。でもどうして、それを僕に?まして、わざわざお忙しい中、こんなところに出向いてまで……」
「ああ、それはな……」
低められた声、厳かな表情。たとえ痩せ細った真実の姿であれ彼はNo.1ヒーロー。その"本気"の表情に、仮面ライダーであると同時に14歳の少年でもある出久はごくりと唾を呑むほかない。
そして、
「きみに、私の後継者になってもらうためさっ!」
「……へ?」
いきなりの眩しい笑顔ともども襲いくる変転は、かつて戦ったどんな敵よりも出久を翻弄するのだった。
つづく
オールマイトの個性"ワン・フォー・オール"。その真実とともに、後継者の座を託されようとしている出久。既に"超・世紀王"たる力を手にしている出久は果たして、いかなる決断を下すのだろうか!?
次回 超・世紀王デク
継承!ワン・フォー・オール
ぶっちぎるぜぇ!!