ターン1――その目覚めは鳴動
記憶は輪廻する。
深い深い蒼色の箱の中、この世界から消えた私の薄れる思い出の”カケラ”が泡となって昇っていく。
軽空母ハーミーズは死んだ。
泡は水面で空気となって消えていくとしても、きっと彼は覚えてくれているだろうか。
決して楽しい事ばかりだった生活ではなかった。それでも彼の傍で、彼を支え続けた誇りはこの身と共にあの世へ持って行こう。
彼も同じように思ってくれていればいいと言うのは自分勝手な感情だが、今際の際くらい我儘を言ったって罰は当たらないだろう。
――指揮官、きっと次もまた会おう。
その時はもっと、楽しい
決闘――? 何故ここで決闘の名が……なんだこの記憶は。
どこかから別の私の記憶が流れ込んできている……?
視界を塗り潰す蒼碧に暗闇が差し込んでいく。
同時に意識にも霞がかかり少しずつ何も見えなくなっていく。何も聞こえなくなっていく。死は元より覚悟していた事だ。恐怖はあれど迷いはない。訪れるモノは受け入れよう。だが、この記憶はなんだ。こんな記憶、辿った覚えはどこにもない。
これがあのセイレーンが言っていた”イレギュラー”なのか?
だが、これからこの体は消えていく。流れ込んでくる記憶が何なのかを知る事はできない。
せいぜい、次の私に頑張ってもらおう。
――そう、思っていた。
そう思って死を、消える事を受け入れた。
「あれ、ここは……?」
目を開ける事ができる事に、まず疑問を抱いた。あの時私は死んだはずだ。確かに海の泡となって消えたはずだ。なのに今こうして、目を開けて意識を以て周りを認識できている。
自分の手のひらを見る。透けているようにも見えない。どうやら幽霊になった訳でもないようだ。だとしたらいったい自分はどうなったのだろうか。誰かに助けられた……? いいや、ああなった時点で既に助からなかったのは確実だ。だからああして沈んだんだ。
とにかくここはどこかを確認するべきだ。
少しずつはっきりしてくる意識で周囲を確認する。
「……っ、同じ場所。なんで」
以前住んでいた自分の寮舎と全く同じなのだ。
という事はやはり死んでいないのか。そう考えたがどうやら違うようだった。何かがおかしい。どこか、自分がいた寮舎とは違う、違和感を覚える。
その違和感とは、壁に掛けられた
飛行甲板として海戦時に使っていたものと同じ造形のところからすると、アレはきっと私のものだろう。私は
立ち上がって、かけられたディスクを手に取ってみる。
ずっしりと重い事には重かった。だがいつもつけている飛行甲板に比べれば軽い。左腕に装着してみると、いつもつけているものと同じだからか、存外にしっくりきた。
やはりこれは、私の為に作られた私の決闘盤。
だが、こんな物を持っていた覚えはない。
もしかして指揮官が私の為に……!?
そう考えると心の底から何か沸き上がる劣情に似た何かを感じたが、今はそれよりも確かめる事があるはずだ。
そう、自分はどうなったのか。
あの時、あの海の底で死ぬはずだった私は、誰かに助けられここにいるのか、それとも――いや、後者はあまりにも飛躍しすぎていて妄想の域を出ない。そも、そんな事はあり得ないだろう。
誰かに話を訊くのが一番早いので、とりあえず部屋を出た。
廊下もやはり変わらず、見慣れた学園の廊下。
ロイヤル寮なのでロイヤル風になっている。なんでも、彼の女王様の一声でわざわざそれっぽく改装したのだとか。
という事は、近くにロイヤルの誰かがいるはずだ。
そう考えていると案の定、見覚えのある人影が――
「やはりこうした方が……いいや、それでは危険だな。あの部分はああして、こうして……うーむ、中々難しいものだ」
「アークロイヤル、こんな所で何をぶつぶつ言っているんだ?」
「のわぁっ!? な、なななんだハーミーズ。いきなり話しかけるのは心臓に悪いぞ」
「すまない。少し訊きたい事が――
私の言葉を遮って、凄まじい握力で両肩を掴んでくるアークロイヤル。
その形相ははっきり言って女性がしていいものではない迫真の顔だった。
「聞いていないな、さっきの話」
「な、なんの事だ。何かを言っているのは聞こえたが、内容までは聞こえなかったぞ」
「ならいい。危うくつうほ……いやいや、こちらの話だ。で、何か言ったか?」
「ああ、言った。聞きたい事がある」
いつも駆逐艦を見ながら怪しい笑みを浮かべている女性だが、こう見えて他の艦への面倒見はいい。以前の私も、何度か悩みを聞いてもらった。
そんなアークロイヤルなら大丈夫だと全てを話した。
「ふむ、死んだはずなのに気が付けば自分の部屋にいた、か。確かに不可解だな。こちらにはハーミーズが沈んだという連絡は来ていない。そもそも、ここ最近の海は静かだ。哨戒任務は在れど、戦闘の報せはない」
だとすると、あり得ないと考えていた事がいよいよあり得てきてしまう。
私はどこか、別の世界に来てしまったのだろうか?
「夢を、見ていたのではないか?」
「夢……? 今までの事が全て夢だったと、偽りだったと、アークロイヤルは言いたいのか?」
何を焦っているのか、私の語調は強めになってしまっていた。
まるで、それまでの思い出を全て否定されたかのように聞こえてしまったのだ。もちろんアークロイヤルの言葉がそんな意図で言われたものではないのも分かる。
ただ、こんな訳の分からない状況で、平常心でいる事が無理な話だ。
「すまない。少し軽率な発言だったな、忘れてくれ。とにかく、まずは指揮官の下へ行こう。私も丁度行くところだったんだ」
「アークロイヤル……こちらこそ、すまない」
「気にしなくていい。きっと、突然の事で混乱しているだけだ。さ、行こう」
アークロイヤルに促され、執務室へと向かう。
執務室は学園と直結した建物にある。ロイヤル寮からは一番近いので、歩いて二分もかからない。すぐに執務室のある建物に続く渡り廊下が見えた。
ふと、アークロイヤルが真剣な声色で私に訊いた。
「時にハーミーズ。もし、君が小さい子どもだった場合、何色が好きだ」
「……? 質問の意図が分からないぞ」
「分からなくていいんだ。分かってもらっても困る。ただ、質問に答えてくれないか」
「赤が好きだ。燃える心の赤だ。別に、小さい頃から変わってはいない」
「そうか、赤か。やはり明るい色の方がいいな……よし。ありがとう、参考になった」
何かとてつもない嫌な予感がするが、訊いても無駄だろう。むしろ知ってしまうと仲間にされてしまう可能性がある。それは少しばかりいただけない。
そんなこんなで、執務室の前に到着した。
アークロイヤルがドアをノックしたが、返事は帰ってこない。
「いないはずは……」
途端に不安が押し寄せる。
私にとっては異常な事態、もしかしたら指揮官の身にも何かあったのではないかと邪推してしまう。
「閣下、失礼します」
アークロイヤルは返事を待たずに戸を開けた。
そこで見たものは、信じられないものだった。
桜の花弁の如く散る炎。
その後ろ姿を、その装束を、その紋章を、その狐耳を、決して忘れる事のない、この目に焼き付いた憎き仇敵。
「どうやら、邪魔が入ってしまったようですわね。我が愛しき指揮官様……?」
「赤城――ッ! 貴様、何故ここに!!」
咆えるアークロイヤルは流れるように左腕を構えた。
振り返る赤城も何故か、左腕が特徴的だ。
何故か二人とも、決闘盤をその腕に着けていた。
アレは正に決闘者の証。
カードが剣であるなら、決闘盤は決闘者の盾。それを何故、決闘を全くしないあの二人が……?
いや、まさか、感じたあの違和感は――
「やるのですね?」
「貴様をここで返す訳にはいかない……ハーミーズ、指揮官を頼んだ。ハーミーズっ!」
「わ、分かった!」
何を呆けているんだ。しっかりしろ私!
執務室の机に突っ伏して気を失っている指揮官の下に駆け寄る。
ちゃんと、私がよく知っている指揮官だ。それだけ分かっただけでも安心感が段違いだ。
今から何が始まるのかは、なんとなく直感で分かる。そんな事はあり得ないと考えながらも、もし予想通りなのであれば、あの二人の近くにいては巻き込まれる。とりえあず部屋の隅っこに指揮官を移動させて、二人の動向をじっと見守る事にした。
――そして二人は、その”掛け声を”口にした。
「「――