夕餉は缶詰だった。
缶詰とは言え侮るなかれ。最近の缶詰は保存食と銘打つにはもったいないくらい、メインにしても違和感のないラインナップだ。
私が選んだのはズワイガニの缶詰!
見るからに高級そうな缶の外装は必要以上に食欲をそそる。パックの白米、レンジでチンできるスープと合わせて、これら全てが保存食だとは思えないほど豪華だ。
ジャマイカ、シムス、クリーブランド、グローウォーム、夕張、フォックスハウンドそして私、全員が収まる長机に並べられた香ばしい香りを放つ夕餉を前に腹の虫が抑えきれないと叫んでいる。
「みんなそろったな。じゃあいただきます!」
一番しっかりしているクリーブランドの掛け声を合図に一斉に食べ始めた。
手を合わせて食に祈るようなこの儀式、重桜風だ。指揮官が重桜人なのでみんな慣れているようだが。
さあ、私もこのズワイガニから攻めていくとするか……箸の効果でズワイガニを破壊。その後私の口に運ぶ――美味い! 何故これほど美味しいものを大事に保存しておくのか。いや、美味しいから保存するのか?
「ところでハーミーズ。『
夕張が私にそう訊いた。
決闘者因子……? 聞きなれない単語だ。
咀嚼中なので首を横に振って意を伝えると、フォックスハウンドがやってしまった、な顔で申し訳なさそうに夕張を見る。
「まったく、あれほど話しておいてくれと言ったのに。ハーミーズもハーミーズで説明もなしに納得しないでくれ」
「すまない……
恐らくあの時の電子音、私が本物か偽物かを見分けるのに使ったアレの話だろう。
クリーブランドが後を引き継ぐように言う。
「仰々しい名前はともかく、要は私達が所謂『本物』だった場合の反応の事なんだ。夕張はそれを感知する小型機械を発明した、って訳。名前は……ジャマイカ命名だったっけ?」
「オレの『言霊』がそう告げた」
なるほど、本物と偽物で、やはり何かが違うのか。
その何かは説明されても理解できそうにないので言及はしない。それに今はズワイガニとの戦闘に忙しい。話があまり頭に入ってこない。
「後でハーミーズにも渡しておこう。最近は『偽物』の出現も少なくなってきたが油断は禁物だ」
「ねぇ夕張。ハーミーズも合流した事だし、そろそろ動いてもいいと思うんだ」
難しい顔をしたクリーブランド。
動くとはつまり、こちらから攻めるという事か。
言われた夕張もうむむ……と少し考えてから口を開いた。
「そうだな。ここに居を構えて半年と一か月が経ったが、移し替えるべきか、拠点を。敵も脳がない訳ではないからな。今まではまばらにランダムエンカウントするだけだったが、大勢で攻めてこないとも限らない。名残惜しいが私はクリーブランドに賛成だ。他はどうだ?」
「意義なーし」
「グローウォームもないでーす」
「なんか二人とも今日はやけに静かだね……あ、ぼくも賛成。最近電気の月が悪かったでしょ? もう寿命っぽいんだよね。二人はどう? って言ってもハーミーズは来たばかりだから分からないだろうけど。ジャマイカは?」
「オレは『導き』に従うだけだ」
フォックスハウンドの言う通り、私は判断の為の材料も思い出もなかったので適当に頷いておいた。
ここもいい場所かもしれないと思い始めていた矢先の事だったのでそれくらいの名残惜しさはあるが、この状況で住に拘っていても仕方がない。
私達がやるべき事は、この事態の解明と指揮官に会う事、指揮官に……殻を破かれた蟹の柔らかい身は、凶器の侵入を容易に許した。
お腹いっぱいと、とまではいかないが、腹の虫が納得してくれるくらいには膨れただろう。
本来なら後は入浴と就寝だけだが、風呂はどうなっているのか。
フォックスハウンド達は清潔なので、どこか残っている銭湯の施設でも使っているのだろうか?
夕餉を終えて外で涼んでいるクリーブランドに訊いてみた。
「そうか、あのお風呂は今日で最後なのか。そう考えると感慨深いものがあるねアレでも」
「アレでも……? 何か問題でもあったのか?」
「それは、まあ、見れば分かるよ。落ち着いたらみんなで一緒に入ろう。最後だしね。ところでさ、食べ終わった後にいなくなったシムスとグローウォーム知らない?」
そう言えば姿が見えない。
前の世界での二人の印象は、特にシムスはよく指揮官にイタズラをしかけては追いかけられていた。グローウォームに関してはスキンシップが常人からしてみればバイオレンスなので、指揮官はよく腹筋を鍛えたいとぼやいていたな。どうやら頭突きを腹にもろにくらうらしい。
そんな二人だが、一番生き生きしているのは指揮官がいる時。
今の私もそうだが、指揮官がいないこの状況は辛いのではないだろうか。
――それは、みんな同じ事か。
「さあ、私は見ていない。何か企んでいるんじゃないか? 明らかに怪しかったぞ」
「そうだよね……指揮官の代わりなのか、イタズラの矛先がいつも私に向いててさ、彼女の方が年上だからあまり強く言えなくて……」
そうは言うが、クリーブランドの表情はシムスのソレを嫌がっているようには見えない。
「どんな事をされるんだ?」
「……っ! それはまあ、色々、ね?」
「色々?」
「色々あるだろ色々……お、女の子だからって言える事と言えない事があるんだ。察してくれ」
そうは言われても……女の子だから言えないイタズラ?
なんとなく分かるような気がするな。
もし本当にその手のものなら言えないのも頷ける。
「それならジャマイカもよさそうだけどな……」
「なっ、ハーミーズまでそういう事考えるのか。見損なったぞ」
「私だって女の子だからな。興味はある」
「ジャマイカは一度やられて酷く落ち込んだからあれ以来は何もされてない。彼女はああ見えてナイーブだからね」
そんなジャマイカも少し見てみたいと思ったが、怒られそうなのでやめておこう。
「グローウォームも一緒になってイタズラに参加してるし手に負えないよ……まったく」
「ふふっ……最初はどんなものかと思ったが、楽しそうじゃないか」
「私にとっては笑い事じゃないんだからな!」
見分ける方法があるとは言え、味方と同じ姿をした敵が潜んでいるかもしれない状況では隣にいる友人すら疑ってしまうかもしれない中で、これほど楽しそうにしている姿は貴重だ。
だからこそ、一歩間違えれば崩れてしまうかもしれない床を慎重にあるかなければならない。
刹那的な思考をできるだけ排除し、来るべきチャンスを逃さないようにしなければならない。
そのチャンスとはいったいなんだ?
この世界が戻る事か?
指揮官に会える事か?
「ハーミーズ、『扉』は既に開かれた。宴は己がこの世界に刻むその瞬間を待っているぞ」
「……? いきなりどうしたんだジャマイカ?」
ジャマイカの言葉はある程度理解できるつもりでいたが、こればかりは真意を掴めない。
流石のクリーブランドもポカンとしているようだ――と思ったが、どうしてこんなにニヤニヤしている?
「ハーミーズ、そろそろ肌寒くなってきたし中に戻ろう。さあさあ早く早く」
「二人ともどうしたんだ……!?」
ただならぬ何かを感じる私を無視して搭の中に押し込もうとする二人。
何が始まるんだ――!?
異様に明るい光が漏れる扉が開いた――と同時に、乾いた弾けるような音。
「ようこそハーミーズ! おめでと――おめでとうは違う? そんな細かい事はいいって!」
「し、シムス……これは?」
どこから用意したのかクラッカーを持ったシムスやグローウォーム達。
机の上にはケーキやクッキーが並べられていた。
ほんの少し、多少だが壁に飾りつけもされている。
「逆にみんな素っ気ないと思わない? 仲間が増えたのにちょっと話しただけなんて。だからハーミーズみたいに新しい人が増えたらいつもこうやって歓迎会やってるの」
後ろを見ると、ジャマイカとクリーブランドも笑顔だった。
「ハーミーズ、まさか泣いてる?」
シムスの言葉で自分の瞼から伝うものに気が付いた。
私は空母としては鳳翔の次に最年長だ。セイレーンとの戦いの黎明期に産まれた。その時には、歓迎する余裕はこの世界にはなかった。
気が付けば戦っていたし、気が付けば傷付いて眠っていた。
ただ戦う為だけに生まれてきたのだと考えて生きてきた。分かち合う喜びもあった。楽しい事もあった。だがこの心臓の核が描き出す己の全てとは、戦場で血に染まった腕を振るう事だった。
染み付いた硝煙の匂いと見飽きた朱い色彩だけが拠り所だと信じて戦った。
そんな私を指揮官は温かく受け入れてくれた。
心の温かさなど必要ないと考えていた私に赤と黒以外の色をくれた。
それでもこの温かさは、私が初めて感じたものだった。
ここに産まれてきた事への祝福……というにはヘビーに感じるが、『歓迎』というモノを与えられたのはこれが初めてだった。
「もー、また難しい事考えてるでしょ。そーいうのは今からナシ!」
「ああ、すまない……! ありがとう……!」
初めて流した涙は止まらなかった。
@
「ふふふ……腹も心も膨れたところで、お待ちかねのあれの時間がやってきたぞ」
「アレとは?」
不敵な笑みを浮かべる夕張。
また何か変な発明でもしたのかと思いきや、この流れでくると残っているのはアレかしかない。
「そう、この場所で最後の風呂だ。約半年世話になった風呂に感謝と別れの言葉を告げる為に、今日はみんなで入ろう」
「ハーミーズの胸部測定もしたいし……! ヒッヒッヒ……」
どうやら悲劇は避けられないようだな。
悲劇と言えば風呂場で泳ぎだしたら止まらないという逸話を持つグローウォームも恐ろしい。
「心配しないで! 泳がないから!」
「絶対に泳ぐとぼくは確信してるから抑えておくね。抑えて止まるとも思えないけど……」
「思い思いの何かがあるかもしれないが、とにかく入ろう! 私はもう寒くて凍えそうだ……」
何故みんな裸で待っているのか、誰もツッコまなかったので黙っていたが明らかにおかしい。
だがやはり誰も何も言わないのでこれが恒例なのだろうか。それともこれが重桜式なのか……? 寒中水泳とかやっていた連中だから侮れんな……
そんなこんなで風呂に入った。
その風呂とは――
「なあフォックスハウンド。何故この風呂は外に備え付けてあるんだ」
「あれ? ハーミーズは露天風呂知らない?」
「いやそれは知っているが……」
ちょうどいい形をした巨大なパイプを固定して風呂に改造していた。
確かに、この大きさはあの搭の内部には入らないだろうが、それにしても外に野ざらしで置いておく事もないのではないだろうか。
誰も見ていないとは言えこれは……
「隙ありっ! ヒヒヒ……ハーミーズはわたしの目測通りかなりあるね~流石は年長」
「もしかして私がされるがままだと思ったかシムス」
「へ……? あっ! ちょっと!? くすぐったいって!! あはははは!!」
「ねぇハーミーズ。暴れるとぼく達にお湯が顔にかかるんだけど……あ、グローウォームが逃げた! 言わんこっちゃない! そして泳ぎだした! これはもう魚雷の域だよ!?」
めちゃくちゃだったが、楽しかった。
@
「はぁ……ひどい目にあったよ……」
「でも、楽しかっただろ?」
水の中で回転し始めたグローウォームによって竜巻が起き、水が全て巻き上げられた事によって風呂はお開きとなった。今は明日の出発に向けての就寝。その見張りをフォックスハウンドとやっている。交代制だ。
なんだか一週間分の全てを詰め込んだような一日だったが、私は楽しかった。
これだけ誰かと心を近くに寄せあった事は始めての事だった。
「あ、また難しい事考えようとしてる?」
「……すまない。どうにも、癖みたいなものだからな。フォックスハウンドは不安じゃないのか、指揮官がいないこの状況は。私は気が気でない。今までずっと、指揮官に頼りっぱなしだったからな」
「そりゃ、ぼくだって不安だよ。彼女達とは今まで共通の敵と戦ってきた仲間だけど、こんな閉鎖的な状況には慣れてないから。だからこそ、こうやって、身を寄せ合って助け合うのって大切だよね」
そう、怖いのは私だけじゃない。
どれだけ戦いに慣れていても、心を埋めていたものがないと不安になってしまう。
それを埋める為の仲間――
「ハーミーズは、指揮官の事、好きなの?」
「いきなりなんだ。藪から棒に。突然そんな事を」
「あ、図星だね?」
「違う! 別にそんな……好きって訳じゃ……」
そんな風に、指揮官の事を考えた事はない。
あくまで指揮官は私の心の拠り所で、私と
「ぼくは指揮官の事、好きだよ」
「そ、そうなのか」
「ハーミーズがその気じゃないなら。ぼくも本気を出そうかな……」
「本気ってどういう本気だ!?」
「ほら、ハーミーズだって気になるんじゃないか。見てれば分かるよ、ハーミーズが指揮官事が好きだって事くらい」
……自分の気持ちに気が付いていなかったと言えば嘘になる。
だが、私はもう十分指揮官と一緒にいた。だから、指揮官の隣に寄り添うべきは私ではないと、勝手に決めつけていた。
それが自分に嘘をつく事だとは分かっていながらも、自分を言い包める事には慣れていた私は諦めた。
「恋心ってのはね、誰かの為に使っちゃいけないエネルギーだとはぼくは思うんだ。その人をずっと好きでいたいっていう、自分の為に使うべきなんだ」
「フォックスハウンド……そこまで言われて、引き下がるのも癪だな。よし分かった、指揮官に会ったら私は告白する」
「だったら約束だ。ぼくも諦めるつもりはないから、どっちが指揮官のお嫁さんになれるか勝負だ」
「あの指揮官が、その場で決めるとは思わないがな」
「ははっ! それもそうだよね!」
きっと、今この瞬間もどこかで同じ星空を見ているはずだ。
そして必ず、私は……いや、私達はもう一度指揮官に会う。そして、この世界を元に戻すんだ。
分からない事も、決められない事も関係ない。
私が今やるべき事、やりたい事は、指揮官に会う事だ。