小悪魔の野望   作:ptagoon

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侵攻準備パーティー

 我が館の当主様が幻想郷を攻め込むとお触れを出してから早十年。遂に明日は待ちに待った幻想郷侵攻の日でございます。この日のために私は身を粉にして──比喩では無いですよ──準備をして来たのです。我が主もこの悪趣味な館を転移させるのに、随分と苦戦しているようでしたが。あのスキマの創った張りぼての楽園に、易々と一介の魔女如きが介入できてしまえば、興醒めも良い所です。まぁ、私の手にかかればあっという間ですけど。

 

 そして、今日は明日に向けての作戦会議と言う訳です。まぁ、作戦なんて無いに等しいので、よく言えば決起会。悪く言えばパーティーですかね。それにも関わらず西洋中から、人狼 、グレムリンなどの木っ端妖怪から、数多の吸血鬼、ジャイアント、果てにはゴーゴンなど名をはせた大妖怪一歩手前の連中など、まさしく軍と呼べる程の戦力がここ紅魔館に集結しました。

 

 流石、紅魔館の当主様。求心力が違いますね。まぁ、ほとんど私が集めたのですけれど。気づいているのは我が主であるパチュリー様ぐらいでしょうか。そのパチュリー様も今日は埃臭い大図書館から外に出て、こうして大広場へと集まっております。それどころか、不動の門番や、あの引きこもり蝙蝠ですらお見えになっているようです。

 

「皆の衆、よく来てくれた。紅魔館を代表してこの私が感謝の意を表しよう。一生この事実を誇るが良い」

 

 当主様は大勢集まった塵芥共に気を良くなさったようで、恍惚とした表情で辺りを見渡されております。勘違いも甚だしいですね。余りの滑稽さに我が主様も笑いを堪え切れていないようで、小さくフルフルと肩を震わせています。

 

「さて、今日集まってもらったのは他でもない明日への宴の前夜祭だ。忘れ去られてしまう程度の妖怪など、我々からすればか弱い虫けら同然! 存分に討果し、捕食し、吸血鬼の、紅魔館の権威を東国に知らしめようぞ!」

 

 その叫び声を皮切りに、数多の妖怪たちは思い思いに叫び、歌い、踊り始めました。多種多様な妖怪共がこうしてパーティーを楽しむという事は本来あり得ないのですが、流石は我らが当主様ですねぇ。

 

「おい、そこの女! 料理を持ってこい」

「わ、分かりました!」

 

 ああ、哀れな門番が吸血鬼の玩具に指名されてしまいました。頼れるクソガキは……見当たらないですねぇ。おそらく、部屋にいるよう指示されているのでしょう。まだまだ、当主は譲らないという意思表示でしょうか。なんと浅ましい! 

 

 場は段々と暖まっていき、多くの妖怪がワインで頬を赤らめております。例外と言えば、隅の方でうずくまっている我が主と、酒を飲む暇もなくこき使われている門番、そしてあのキチガイ妹くらいでしょうか。

 

 仕方が無いので、隣で座り込んで本を読んでいる我が主を横目にワインを嗜んでいると、我らが当主様が、何人かの吸血鬼を引き連れてこちらに向かってきました。その青白い肌は仄かに紅く色づいており、口元には赤い何かがベトリと纏わり付いております。ああ、何と汚らわしい。まだ、そこら辺の犬の方が綺麗に食事をするんじゃないでしょうか。

 

 我らが当主様は我が主の前で立ち止まり、まるで部隊の演劇のように声高々に話し始めました。

 

「そうだそうだ。本来ならば、この宴はもっと早くに行われるはずだったのだが……誰かのせいで計画が足踏みしてしまってね、まぁ下賤な魔女の力を当てにした私が間違っていたようだがな」

 

 実に嘆かわしいと、口元を手で押さえながら我が主を睨みつける当主様のお姿は、それはそれは恐ろしく、まるでアップルパイを買ってもらえず憤慨している幼子のようです。そんな恐ろしい当主様に気圧されてしまったのか、我が主は青い顔をしてトボトボと図書館へと帰って行ってしまいました。どうやら繊細な心をお持ちの我が主は子供の駄々にも耐えられぬようでございます。仕方が無いですねぇ。如何に吸血鬼が高貴であるかを説いている当主様には本当に申し訳ないのですが、私も一足早く退出させていただきましょう。か弱き我が主のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー様、大丈夫ですか? こちらのハーブティーでも飲んで、元気出してください」

「ええ、ありがとう、こぁ。……これはどんな名前のハーブを使っているのかしら?」

「はい。これから侵攻する日本ではヨモギギクと呼ばれているものです」

「Tanacetum vulgareね。有毒じゃないの。……全く油断も隙もあったもんじゃないわね」

「失礼ながら契約で禁止しなかった、主様のミスでございます」

「分かっているわよ。はぁ、疲れるわね」

 

 肩をすぼめた我が主は手に取っていた本を枕にして、ソファーに横になられてしまいました。そんな事をしたら本が駄目になってしまうでしょ、とよく言われていたのですが……。残念ながら我が主は若くにして早くも記憶に難があるようです。

 

「……それで、今回は一体何を企んでいるのかしら?」

 

 残された紅茶をお下げしていると、我が主がやけに優しげにそう問いかけてきました。背筋に冷たいものが走り、鳥肌が止まりません。

 

「大したことでは無いですよ。ええ、本当に」

「十年も下準備をしていたのに、大したこと無い訳ないでしょう」

「はぁ、好奇心は猫をも殺すといいますよ? 主様なんてイチコロです。イチコロ」

「使い魔の行う事を主である私が知りませんでした、という訳にはいかないわ。あなたなんて、当主様にかかればそれこそイチコロってやつよ」

「当主様に逆らえないよう契約したのは、主様ではないですか……」

 

 それはそうだけど……、と呟いていらっしゃるお優しい主様は、私が何かやらかしてしまった時に、当主様に罰を受けることを心配して下さっているようです。ですが、その心配は杞憂もいいところでございます。なぜなら、私の計画が失敗することなど絶対にあり得ないのですから。全く、魔女如きが私の実力を推し量ろうなんて身の程知らずも甚だしいですね。

 

「そうですね、では3つほどヒントをお伝えておきましょう。一つ、私は幻想郷の管理者の事が大好きです。二つ、戦争は拮抗しないと面白くありません」

「幻想郷はあの戦力ですら圧勝できない程力があるというの? 力が弱い妖怪のたまり場と言ったのはあなたじゃない。当主様もそれを真に受けているようだし」

「ええ、か弱い妖怪しかいませんよ。私からすれば」

「……はぁ、そう。もう何も言わないわ。それで、3つ目は?」

 

 先程よりもぐったりされた我が主は、その滑らかな紫の髪を乱雑にボリボリと掻きながら深くため息を吐かれました。麗しき淑女とは思えないその愚行に、胸がゾクゾクしてしまいます。今すぐにでも襲い掛かってしまいたいのですが、流石に主の質問に答えないほど私は愚かではありません。

 

「三つ、我らが偉大なる紅魔館。その血よりも紅く、夜よりも暗いその威光を更に拡大するにあたって、一つ邪魔な存在があります。それは……「一体何を考えておられるのだ、父上は!」

 

 私が説明をしている最中に、またしても邪魔者が現れました。汚らしい雄叫びがした方に目を向けると、そこには不機嫌を隠そうともしない幼き紅い月と、我関せずといった面持ちで主の一歩後ろで立っている瀟洒なメイド、そしてぼろ雑巾のように草臥れてしまっている華人小娘の姿がありました。

 

「あら、どうしたのかしらレミィ?」

「どうもこうも無いわ。私を決起会に呼ばないのはまだ分かる。私としても、フランに咲夜を会わせてくないしな。だが、私の直属の部下を虚仮にするとは、一体何を考えておられるのだ!」

「自分の優位性を周りに主張したかったのでは? ゴリラのマウンティングと同じですよ」

「おい小悪魔、父上とゴリラを一緒にするな」

 

 おお、先程の当主様がパチュリー様を睨んだお姿と、今のおじょう様は非常によく似ていられます。やはり、腐っても家族ということでしょうか。こわいですねぇ。

 

「まぁまぁ、とりあえず紅茶でも飲んで落ち着いてくださいお嬢様。余り怒られると、可愛いお顔が台無しですよ」

 

 気付けば、机の上には紅茶が注がれたカップが5つ並んでいました。流石、時を止めるメイドは次元が違いますね。一見、紅茶に違和感が無いというのも高得点です。

 

「一言多いぞ、全く。誰に影響を受けているんだか……」

 

 小さくブツブツと子供のように呟きながらゆっくりとコップを口元に運んだクソガキでしたが、少し口に含むと眉間にしわを寄せ飲むのを止めてしまいました。

 

「咲夜、なんだこれは。酸っぱくて飲めたものじゃないわ」

「そうですか? 美味しいレモンティーですよ? 流石咲夜さんです!」

 クソガキと正反対に一息にごくごくと飲み干してしまった門番は、それはそれは良い笑顔でメイドの肩を叩いております。メイドも満更ではないようで、クスリと薄く微笑みました。

「……そうか? 小悪魔、ちょっとお前これ飲んでみろ」

「パチュリー様に頼んだらどうです? 親友なんでしょう」

「レミィ。私は嫌よ」

「だそうだ」

 

 なんて矮小で脆い友情なんでしょう。高々500歳の吸血鬼と100歳の魔女では、本物の友情なんて分かりっこありませんか。まぁ、本物の友情なんて存在しないのですが。

 

「分かりました。恐縮ながらお紅茶、戴きます」

 

 メイドが小さく頷いたのを確認し、クソガキからカップを受け取り、紅茶を少しだけ口に含みます。その瞬間、得も言われぬ酸味が脳を突き、味覚どころか嗅覚までも麻痺してしまったかのような感覚に襲われました。なるほど、もろに酢ですね。どのようにして紅茶のような色にしているのか、後でメイドに聞いてみましょう。

 

「どうだ?」

「ええ、非常においしいレモンティーでございます。ですが、私には少々酸味が足りなく感じました」

「それは失礼したわ、小悪魔。次からは調整するわね」

「ありがとうございます。咲夜さん」

 

 怪訝な顔をしているクソガキを尻目に、私とメイドは紅茶談議に花を咲かせます。途中から門番や我が主まで加わって、中々に楽しい事になってきました。一番楽しそうなのはメイドのようですが。

 

「お嬢様、お飲みにならないのですか?」

 

 いかにも、紅茶がまだ残っていることに驚きを隠せないと、いう表情でメイドはおずおずとクソガキに尋ねました。さらに、眉を八の字にして悲しげに俯き、上目遣いでクソガキを見つめています。私よりもよっぽど小悪魔ですね。

 

「お嬢様飲まないんですか? なら私もらっちゃいますね!」

「待った! 飲むから。飲むからそんな顔しないで!」

 

 門番の一言に焦ったのか、コップを門番から引ったくりると、腰に左手をあて強引に一口で飲み干して仕舞われました。見るに堪えないその愚行に、皆一様に首を垂れ、微かに肩を振るわせております。

 

 件のクソガキはというと、そのご尊顔を、まさしくスカーレットデビルの名に恥じないような紅色に染め上げて、口元を抑えてうずくまっております。よく見ると、目の端には涙が溜まっており、非常に嗜虐心をそそられるいい表情をしています。誘っているのでしょうか。

 

「流石ですわ、お嬢様。まさか本当に全部飲んでしまうとは。この咲夜、感服いたしました」

「ええい咲夜! やっぱり何か仕込みやがったわね! くそっ、そこのゴキブリに毒されすぎだぞ」

 

 涙目で抗議するお姿は、まさしく親に駄々をこねる幼き娘そのものです。メイドもニコニコしているので余計にそう見えます。微笑ましいですね、メイドもクソガキも。ただ、ゴキブリというのは一体誰の事なのでしょうかねぇ? 

 

「はいはい、戯れはこの辺にして、早く明日の準備に取り掛かりなさい。レミィだってやることは色々あるでしょう?」

「残念ながら無いな。私はこの館の警備をしろとのご命令だ。強いて言うなら、暇つぶしになりそうな物を探すくらいかね」

「事実上の戦力外通告ですね。おめでとうございます。この私ですら戦火へと飛び出しますのに、なんと哀れな事でしょうか」

「黙れ。ラスボスは最後、と決まっておるだろう。雑魚を一掃するような連中が出てきた時こそ、このスカーレットデビルのお出ましってことよ」

 

 まぁ、そうは問屋が卸さないんですけどね。あのスキマにかかればこんなクソガキ、息を吐くように殺せてしまうのでしょう。それこそ片手間に。……流石にそれは回避しなければなりません。私のために。

 

「それにな、小悪魔以外ここにいる皆は待機だ。先鋒は雑魚に任せるに限る。それで終わってしまったのなら、それだけだったという話だ」

「当主様はどうなされるんですか?」

「知らんな。父上は気分屋だから、どうされるかは分からん」

 

 運命を見ればいいのに、と思ってしまいますが、彼女は彼女なりに能力を使用する線引きをしているのでしょうか? そもそもあの能力には欠点が多すぎるので、そこまで有用という訳では無いですが。

 

「ああ、もう煩いわね。そろそろ明日の転移の準備をするから、話すなら外でやりなさい。咲夜と美鈴も、職場に戻りなさい」

「承知しました。我が主」

 我が主の鶴の一言で、私たちは大図書館の外へと歩き出します。ですが、既にメイドの姿はありませんでした。何も時を止めなくてもいいと思いますのに。難儀なものですね。

 

 そのメイドの能力によって空間をいじったせいで、外見以上に広くなっている紅魔館。その長い長い廊下を歩いている途中に肝心なことを思い出しました。メイドには感謝しないといけないですね。

 

「あ、そうそうお嬢様に一つお願いしたいことが」

「嫌よ」

「あー、お嬢様。話だけでも聞いてあげてもいいんじゃないですか? 小悪魔もたまには真面目ですよ?」

 

 流石気を使う程度の能力、いい仕事です。

 

「美鈴、お前は何も分かっていないな。こいつの考える事なんか、碌なものじゃないに違いないわ。心を読める奴がいたら、こいつの心を読んだだけで嘔吐するだろうさ」

「またまた、大袈裟ですよお嬢様」

 

 別に心を読まれたからといって相手が嘔吐することはありませんよ。ただ、暫くの間寝たきりになるくらいです。

 

「はぁ、分かった。聞くだけ聞いてあげる。ほら、早く要件を話せ」

「まぁまぁ急かさないで下さい。早漏いと愛想を尽かされますよ?」

「あぁ?」

 

 おお、怖い怖い。危なく漏らしてしまうところでした。何がとは言いませんが。

 

「明日の侵攻にあたって、何匹か悪魔を召喚してくださいませんかねぇ」

「え、お嬢様ってそんなことできるんですか?」

「舐めるなよ美鈴。出来るに決まっているだろう。全く、私は吸血鬼の中でも、高貴な吸血鬼なのよ。十字架だって私の前には無力だわ。それなのに悪魔すら出せなかったら、お笑いも良い所じゃないか」

「でしたら、そのお力を存分に使ってみませんか? いい準備運動にはなるんじゃないですかね?」

「……はぁ。別にそんくらいなら構わんが、お前よりも位の高い悪魔しか呼べんぞ?」

「ええ、モーマンタイってやつです。ありがとうございます」

「おっ、いいですねこぁさん。久しぶりに大陸の言葉を聞きましたよ。あー懐かしいなぁ」

 

 こんなにもすんなりとOKが出るとは、正直予想外でした。色々と策を考えてきたのですが、手間が省けてよかったです。これも門番のおかげですかね。小娘もたまには役に立つよ

 

「……それにしても小悪魔、今回はやけに気合が入っているじゃないか。いつもなら妨害しかしないのに。何がお前をそんなにやる気にさせているのかしら?」

「それはですね……」

 

 ああ、そういえばまだパチュリー様の質問の3つ目の回答が途中でしたね。すっかり失念しておりました。まぁ、それも兼ねてお答えしますか。

 

 

「当主様の存在、ですかね」

 

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