小悪魔の野望   作:ptagoon

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更新、遅くなりました。本当に遅くなりました。すみません。
しかも、短いです。


手中に落ちた先は隙間

 やはり食事というのは良いものですね。普段のメイドが作る料理も美味ですが、やはり新鮮さが足りません。これで思う存分暴れることが出来ます。……予想外と言えば、あの白狼天狗が私の魅了の術を自力で解いたことくらいでしょうか。あの白狼天狗の死をもって宣戦布告としたかったのですが、いやはや、幻想郷にも目ぼしい妖怪は居るという事ですね。実に楽しみです。

 

「そうでしょう? 幻想郷は私が作ったんだもの。面白く無い訳がありませんわ」

 

 体を人型に戻していると、後ろから懐かしい声が聞こえてきました。振り返ってみると、さも当然かのように金髪の美女が、空間に出来た裂けめに座っております。白く長い手袋を付けた手に仰々しい扇子を持ち、口元をそれで隠している様は胡散臭さを前面に押し出しているようです。いやぁ、それにしても

 

「会いたかったですよ、八雲紫。何年ぶりですかねぇ? 私が日本を離れて以来ですか」

「過去を振り返る事は、己の未熟さを克服する時だけで十分だわ。それに、私はもう大和撫子では無いのよ?」

 

 相も変わらず言葉が遠まわしで分かりにくいですねぇ。素直に怒っているといえばいいのに。どんなに取り繕っても、零れ出る殺気が抑えきれておりません。まだまだ未熟ですね。

 

「おや、私は悪い事などした覚えも無いですし、するつもりもありませんよ。むしろ、貴方にとっては良い事をするつもりだったんですが……残念ですね」

「あらあら、悪魔がいい事だなんて。そんな冗談を言っても笑う奴なんて鬼くらいしかいないわよ」

「冗談じゃないですよ。だって、ほら。今、大変らしいじゃないですか、ここ。人々が妖怪に対する恐れを忘れ、弱体化する妖怪が増えたとか」

「ふふっ、どんなに高級な料理でも一日たてば、腐ってしまうのよ」

 

 存じていますとも。それに憂を持った何処かのスキマが幻想郷に結解を張り、妖怪が消失しないように調整したという事も。

 

「ええ、そうですね。ですが、ほんの少しアクセントを加えてあげたら、発酵食品としておいしく頂けますよ、主様の友人が好きな納豆のように。例えば“妖怪の賢者が幻想郷を結解で閉じ込めて、出入りが出来なくなった、我々弱小妖怪はもうおしまいだ”と噂を流すとかね」

 

 彼女の眉がピクリと僅かにですが上がりました。目を閉じ何やら思案している様な表情をしていますが、明らかに動揺と怒りを隠しきれていません。いやぁ、やはり彼女は面白いですね。この表情を見られただけでも10年間頑張った甲斐がありました。

 

「その噂のせいで、幻想郷は大混乱に。妖怪の勢力はますます小さくなってしまいました。さて、そんな時に外から無視できないほどの勢力が同時多発的に攻撃を仕掛けてきたとしたら? 大変ですねぇ。流石に滅びはしないと思いますけど、傷跡は何百年残るでしょうか?」

「……あまり幻想郷を甘く見ない方がいいわよ。中には赤子の手を捻るどころか捩じ切ってしまうような輩も多いの。はぁ、全く大変だわ」

「心労が絶えないといった様子ですね。でしたら、悪魔らしく取引と行こうじゃありませんか」

「……というと?」

 

 ようやく交渉の場に立たせることが出来たようです。式が頑固なのは親譲りだと、一体いつになったら気づくのでしょうか。

 

「噂により妖怪の力は減少しているようですが、例外もありますよねぇ。ええ、ここですよね、ここ。昔から妖怪の山は人間のような上下関係を気づいていましたが、今回はそれが功を成したようで」

 

 スキマ妖怪の顔を覗き込むように、口角を上げたまま話していると視界が暗転しました。首付近に甘美な痛みが走ります。どうやら、また首を撥ねられたようです。動揺が隠しきれていない証拠ですね。ですが、私にはそんな事何の意味もありません。

 

「そうなると、あらぁ、拙いですよねぇ。妖怪の山の発言力が増してしまいます。だからと言って直接手を出しては向こうに大義名分を与えてしまうし、そんな余裕もない。でしたら、私が間引いて差し上げますよ。しかも!! 今なら大サービスで」

 

 首だけの姿で、スキマ妖怪の目前にまでゆっくりと近づいていき、お互いの吐息が唇にかかる程に接近すると、スキマはわずかに顔を青くし、扇子で口元を覆いました。ああ! なんて愛おしいのでしょう! 

 

「うちの赤子共の野望を打ち砕くことに協力してあげてもいいですよ。つまりは、寝返りです」

「……は?」

「鈍いですねぇ。我らが紅魔館の侵略を、()()であるレミリア・スカーレットの暴虐を、止めるお手伝いをしてあげる、と言っているのですよ」

「は?」

 

 目をまん丸にしたスキマ妖怪は、手に持った扇子をポトリと落としてしまいました。勿体ない、きっと高級品なのだろうに。後で拾って持って帰りましょう。きっと我が主も喜ぶはずです。まぁ、彼女には見せるだけで絶対に貸す気はありませんが。

 

「なぜ? あなたは一応、あの紅い館に仕えているのでしょう? 悪魔にとって主の命令は絶対。それを破るというの?」

「あらあら、妖怪の賢者と言われるくらいなのですから、少しは自分で考えてくださいよ。ただ、私から言える事といえば」

 

 固まっている彼女の元へと再び近づき、綺麗な首筋に舌を這わせます。仄かな酸味が口中に広がったかと思えば、頭上から何かで切られたような衝撃が襲いました。咄嗟に体を霧に変え、元の形へと収束させます。何やら体と霧の境界をいじろうとしていますが、そんなのでやられる程、柔ではありません。

 

「言える事といえば、戦争はやはり闘争が全てってことですよ。暗殺や狙撃なんて面白くないです。真正面から、堂々と、ですよ。あとは」

「もういいわ。大体あなたが口にしようとしていることは分かる。“あとは、人間もこの戦争に参加させろ”でしょう?」

「流石です!! やはり私たちは、以心伝心! 一蓮托生! 同じ穴の狢です!」

「あなたと一緒にされるのは、絶対に嫌だわ」

 

 ああ、そんなに不服そうに眉間にしわを寄せてしまっては、折角の美人がもったいない。でも、それはそれで悪くないですね。出来れば絶望に打ちひしがれて、精根尽きているような顔が一番なのですが、今回は期待できなさそうです。

 

「まぁ、そちらに協力する代わりに、一応交換条件を付けさせて下さい。ああ、拒否権はありませんから悪しからず」

「拒否権があるかどうかなんて、あなたに決められたくないわ」

「まぁ、幻想郷が無くなってもいいのでしたら、それでもいいですが」

 

 あら、そんなに口を固く結ばなくてもいいのですが。別に黙れと言ったわけでも無いのに。駄目ですねぇ、そんなんじゃ花マルはあげられません。そこは、分かりました! 全てはあなた様の仰せのままに! と膝まずくか、我々はそんな下賤な脅しには屈しない! と憤るかの二択と、相場が決まっているといいますのに。

 

「それで? 条件と言うのは?」

「まぁまぁ、そう焦らないでください。早漏いのは嫌われますよ?」

「……いいから、言いなさい」

 

 条件を確認するという事は、条件を飲まなければならないと相手に認めること! 大妖怪なんぞという陳腐なプライドを大事にする彼女には、きっと耐えがたい事なんでしょう。

 ああ! すばらしい! 

 

「とは言っても、そんなに難しいことではないですよ。ええ、それこそ貴方ですらできるような、簡単な事です。ちょっとばかし、殺してほしい人がいましてね」

「そんなの、自分で殺せばいいじゃない」

 

 それが出来たらどんなに良かった事か。出来ないからこうして頼みにきているというのに、思考力が鈍いのか、それとも考える気すらないのか、呆れを通り越して殺意さえ湧いてきてしまいます。

 

「紅魔館には、ああ、紅魔館と言うのは我が主の住まう紅の館の名前です。覚えといてください。それで、あの趣味の悪い館には、一匹の吸血鬼が住んでいまして。それが、まあ無能で無能で仕方がないのですよ。あ、男の方ですよ。他の女二人も無能である事には変わりはありませんが、まだ子供なので。こう見えて、私は子供にやさしいんです」

「子供に優しい悪魔なんて、聞いたことがないわね」

「耳年増だからじゃないですか」

 

 あなたの方が年上じゃない、と小さく呟いたスキマ妖怪は、後ろに大きなスキマを開きました。無数に散りばめられた目が、うようよと蠢いていて、百目の妖怪のようです。彼女は彼女で趣味が悪い。そんなんだから、いつまでたっても未熟なままなんです。

 

「いいわ。乗ってあげる。その取引、この八雲紫が確かに契約し、遂行するわ」

「そんなに格好つけても、惨めなだけですよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたスキマ妖怪は、逃げるようにスキマへと潜っていきます。あの仮面のような微笑みが、スキマが閉じる一瞬だけ、心から漏れ出たような、つい我慢できなかったかのような微笑みに変わったような気がしました。思い過ごしでしょうか? まぁ、どちらにしろ、私のやる事は変わりません。万一の保険もかけられた訳ですし、精々楽しむとしましょう。庭の間引きは死ぬ程面倒くさいですが、妖怪の間引きならば望むところです。それもこれも、全ては愛しい我が主のために。なんてね。

 


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