今回が初のSS投稿となります。
某物語シリーズではありませんが、100%趣味で書いた代物です。拙い点も多々あるとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
既に初投稿から数年が経過し、『禁書』世界もだいぶ様変わりしました。
もし拙文を心待ちにしてくださる方がおられるのなら、気長にお待ちいただければ幸いです。
それでは、
九月二十一日
朝日が差し込む広い部屋に、扉を開けて一人の女性が入ってきた。
ちょっとした教室のような広さを持つ部屋には、いかにも高級で上品そうな書棚や事務机がゆったりと並んでいた。床には鮮やかな模様の敷物が、壁にはアイボリーを基調として植物が描かれた壁紙があり、それぞれ部屋に厳格な印象を与えている。
ドアの向かい側、広い部屋に唯一設けられた縦長の窓を塞ぐためのワイン色をしたカーテンは、いまは両端で
室内に明かりはない。天井の中央からは複雑な装飾がなされたランプが下がり、事務机の上やその脇には燭台の形をした電灯が備わっているが、いまはどれも
その窓の手前、事務机に向かい逆光を浴びる男が、口を開く。
「よく来たね。シャンタル」
低い声で親しげに話しかけた男は、赤い帽子とケープを身につけていた。ケープの下から白いレースと、黒い司祭服の長い裾が
柔和な笑みが印象的な老人だった。
「おひさしぶりです。到着が遅れて申し訳ありません」
凛とした声で答えたのは、シャンタルと呼ばれたスーツ姿の女性だった。今しがた自分で開けた扉を閉め、事務机に歩み寄る。
女性は二十代後半くらいに見えた。顔立ちは整っているが、見事と言っていいほどの仏頂面だった。くすんだ金髪を後ろで一つに縛っており、瞳の色は緑。
細いシルエットを浮かび上がらせる紺のビジネススーツは、フォーマルな形を一切崩さずに着つけられている。二つ掛けボタンのジャケットとストレートパンツに加えて、かかとの低い黒のパンプスと三拍子揃そろっている。唯一、胸元を飾る赤いアーガイル柄のネクタイだけが、女性の無骨なイメージをわずかに払拭していた。
そのネクタイを留めるピンは、なんの意匠もない十字架のデザインで、簡潔にその所属を示していた。
「昨日までアメリカにいたんだってね。『判定』の結果は、どうだった?」
「結果から申し上げますと、
「そうか。残念だったね」
木造りの事務机をはさんで、女性は重厚な椅子に座る男のまえに立った。
「ご憂慮には及びません。──本日はどのようなご用件ですか?」
「ふむ、話が早くて助かるね。先日の学園都市で起きた騒動については、知っているかい」
「学園都市、といいますと……宇宙エレベーター、たしか『エンデュミオン』の件ですか?」
「そうだ」
男は小さく息を
「あれが破壊されたことで、宇宙の記号が変わるという魔術サイドの懸念はなくなったわけだが……本題はそちらではない」
勿体ぶるように男は口をつぐんだ。女性は、眉一つ動かさずに男の次の言葉を待った。
ややあって、男が口を開く。
「
「はい、存じ上げております」
女性はうなずいた。
「二週間ほど前に
「そうだ」
男は首を縦に振り、話を続ける。
「『奇蹟』の歌声によって、エンデュミオン事件を円満な解決に導いた少女だ。改めて、彼女の聖人判定を君に頼みたい」
「ですが……、彼女の判定には、すでにイギリス清教の手が回っているはずでは?
「そのイギリス清教の判定者が、今回の事件を受けて手を退いたんだよ」
男は、机の上に置かれた一枚の書類を女性に手渡した。
「基本的な情報はそちらに回っているだろうから、追加の情報だけ渡そう。それはエンデュミオン崩壊前後の、鳴護アリサの足取りだ。とはいえ、後半の中身にほとんど意味はないがね」
「どういうことです?」
軽く書類に目を通してから、女性は男に向き直って尋ねる。
「そこにも書いてある通り、エンデュミオン事件のあと、鳴護アリサの存在は誰にも認識できていない。消えた、と言い換えていいかもしれない。とにかく、学園都市側も、イギリス清教も、一切彼女の動きをつかめていないらしい。奇妙なことに」
「……死亡したのでは?」
「それも十分ありうる」
ただし、と男は区切って、
「彼女が本当に『聖人』で、『奇蹟』を行使したのならば。あの人災を生き延び、その後も人知れず存在している、ということの証明にもなる。まあ、悪魔の証明みたいなものだが」
男の言葉に、女性は、はあ、と気のない返事をした。
「つまり……私はなにをすれば?」
対して、女性の返答に男は満足した様子で、
「鳴護アリサの生存確認と聖人判定。判定の結果が喜ばしいものなら、いつも通り我々の元へ連れてきてほしい」
男は人の良さそうな笑顔でそう言った。
女性はもう一度書類に目を落とし、少し考えてから、
「承知しました。
「できれば君に頼みたいね。ローマ正教の一員として
「それでは、そのように」
懐からペンを取り出した女性は、その場で書類になにかを書き込んだ。
「必要なことは、追ってこちらから連絡をよこそう。今日のところは、とりあえずこれで」
机の上に散乱していた山積みの書類のうち、更にいくつかの書類を受け取った女性は、背筋を正して一礼した。
「よろしくお願いします。ちなみに、この件について教皇はなにかご存知ですか? できれば、調印をいただきたいのですが──」
「シャンタル」
ぴしゃり、と男が固い声で質問を遮った。
「我らが教皇も、ローマ正教の発展を望んでおられる。調印は、私のサインで十分だろう」
柔和な笑みを崩さず、まるで神父が教会で懺悔を聞くような優しい顔で、男は女性にそう告げた。
ほんの数秒、静寂が訪れた。
女性も顔色を変えることなく、やがて短く、そうですね、と返した。
「それでは失礼します、枢機卿」
「期待しているよ。『聖人判定の聖人』シャンタル=フラゴナール」