薄暗い空間に、一人の女性がたたずんでいた。
彼女の名は、シャンタル=フラゴナール。
ローマ正教
とはいえ、シャンタルはほかの名の知れた聖人たちとは違って魔術界で活躍することはほとんどない。彼女の聖人としての『順位』は、その主な指標が社会への貢献度であることを差し引いても、後ろから数えたほうが早い。その程度には、比較的上位に位置し、かつ強豪で有名なイギリス清教の
彼女の業務はその名の示す通り、『聖人を判定し、
「……『ド・タオンの動物寓意集』を参照。動、植、鉱の三界を適用。獣は走れ、草木は
シャンタルはローマ正教の人間であり、聖人でもあるが、魔術のほうは専門ではない。普段、彼女はあくまで
彼女が専門とし、いま儀式場をこしらえて準備しているのは、『
「
シャンタルの前には、彼女の胸くらいまでの背丈を持った一つの台があった。台の上面には円や直線、
「『ド・トロワの聖杯物語』を参照。聖杯を『奇蹟』に対応。谷破りの騎士ペルスヴァルが導きにより、隠された『奇蹟』を
ぼう、と淡い紫の光が羊皮紙に
それは、世界地図だった。
彼女は元々フランスの田舎出身で、十二歳になるまで魔術とは縁もゆかりもなく生きてきた。その影響もあって、自らが聖人と判定され、ローマ正教傘下で地位を得て任務をこなすようになってからも、彼女は『十字教らしい』魔術をほとんど使ったことがない。
魔術の手ほどきを受けたのはローマ正教の神父からだが、魔力の運用を習得してからは、もっぱら自分に馴染みの深いものばかり扱っている。すなわち、
「
フランス由来の魔術。
シャンタルは懐から、あめ玉ほどの大きさをした三つのイミテーションを取り出した。形は様々で、それぞれ硬い石のようなもの、鼻先の尖った流線形で突起があるもの、そして人の顔をした植物のようなもの。金色に塗り上げられたそれらを、シャンタルはくるりと回して指先に挟む。
「緒言は省略。イミテーションを適用。儀式場、ペルスヴァルとの同調、完了。──霊装『
不可思議な輝きを放つ台の前に立つシャンタルは、相変わらず仏頂面を保っていた。
彼女は『聖人』であるが故に、扱える魔力の量そのものは並の魔術師とは比べ物にならないほど膨大だ。ただし、彼女の所属はあくまでも
そのため、彼女は刻一刻と状況が変わっていく戦場のような場面での、いわば即物的な術式ははっきり言って不得意だ。その代わり、自身の内にある『
現在、シャンタルはもちろん交戦状態ではない。その事実が示すのは、いま『時間をかけて』準備しているものこそ、彼女の最も得意とする強固かつ精強な魔術であるということだ。
「『奇蹟』をもたらす歌声を、その真珠のごとき輝きを、汝らの力をもって
声と同時に、シャンタルは軽く腕を振るって三つのミニチュアのイミテーションを台の上に
地域や時代、書き手によって細部は異なるが、シャンタルが用いるのは、そのフランス版。
「…………」
異様な植物の形をしたイミテーションは、まるで止まりかけの
さながら、執念深くなにかを探すように。