※ディザストロ・イズニアのプロトタイプでありルシス側ではなく帝国側の一軍人という設定。
メディウム・ルシス・チェラムが存在しない世界線。
泡沫の王には確実にない設定。
本編とは一切関係ありません。
・概要
殺意に溢れた殺人鬼。
王族でもルシス民でもない帝国生まれ帝国育ち。
ディザストロ・イズニアのプロトタイプ。
ディザストロ・イニティウムの話。
意味「厄災」と「始まり」
ディザストロ・イニティウム
二十六歳。
筋肉がしっかりついた男性。
帝国軍人。
お調子者で頭のネジが百本はくだらない数がすっぽ抜けた異常者。
猟奇的な殺人というより無差別な虐殺行為が特徴的。
生きて動くものならば植物だろうが野獣だろうが人だろうがシガイだろうがミンチにする。
銃と剣どちらも使うが得意武器は斧。
形状は鎌に近いが斧である。
人を煽りに煽って馬鹿笑いをしているところが多々目撃されるが、人との会話はできる模様。
両親はおらず施設育ち。
殺人を正当化するために傭兵をしていたためアラネアとは古くからの知り合い。
戦争ならば殺し合えると帝国軍に所属しているが性格に難があり腐れ縁でアラネアの部下。
自由な上に稀に憂さ晴らしに野獣を虐殺しにどこかへ出かけてしまう。
基本行方不明。
しかし戦場での働きは群を抜いているため処罰はいつももみ消される。
アーデンとは腹黒仲間だと思っているがネチネチしているところが嫌いだという。
何処を向いても人、人、人。
帝都グラレアなど目ではないほど発達した世界。
未だブラウン管テレビの世界で唯一薄型を開発し、販売している超先進国。
ギルでは最早物価に追いつけない故に独自の貨幣を持った大都市。
ルシス王国王都インソムニア。
その王城へディザストロは帝国の軍服で踏み込んでいた。
何故こんな事になってしまったのか。
理由は単純明快である。
ディザストロ・イニティウムが停戦前の親睦として三ヶ月に渡る留学生となる軍人に選ばれてしまったからだ。
もともと人間兵が少ない中で宰相がランダムで決めたというのだから己の運の悪さを恨む他ない。
ディザストロは恐れる事を知らず知性ありしと自らを総称する愚かな"人間"になりたいのではない。
恐れを知り愚を知り万物を心得る理性を持たぬ欲と性の"獣"になりたいのだ。
其処へあたかも名誉であるかのように留学生に任命され、サッサと送り出されてしまった。
激しい抵抗(物理)もアラネアとの本気の攻防により相殺されてしまい、学を収めて来いと満面の笑みでブン殴られた。
知恵を得た獣など牙を抜かれた家畜だ。
最早ディザストロに対する愚弄に近い親切心に怒りを通り越して疲弊すら感じる。
なんでもいいから早く戦さ場に帰してくれ。
こんな平和と歴史と文明が取り柄の街を態々壊すのも面倒くさい。
ちょっと外に出れば殺し合いのできる獣などいくらでもいる。
兵をしても碌に性を満たせないならハンターと傭兵に戻ればいいだけなのに、誰もそれを許してくれない。
強行作戦もアラネアがいれば止められてしまう。
世が平和になれば程の良い兵器だった狂乱者も唯の厄介ごとの種にしかならない。
そう言う者から平和の世で淘汰されていく。
だからその前に"人間"になって来い、とはアラネアの言葉だ。
最後に暴れて死ねるのならそれ以上の幸福は無いのに面倒を押し付けてくる。
これでは華々しく大輪の朱を散らして死ぬこともままならない。
平和とは"獣"の檻だ。
これではケージに収められた飼い犬だ。
同種の狼ですら鼻で笑う従順な愛玩動物だ。
それが悪だと断じるほど偉くなったつもりはないがディザストロとしては最低最悪なことなのだ。
はぁ…と思わず漏れてしまうため息をかみ殺す事なく吐き出し、応接間のソファーにぐったりと座る。
愛用の斧を抱え込むように抱くのは獣としての種を主張する構えだ。
最後の抵抗とも言えるソレを招く側のルシス国王を護衛する者が鼻で笑うのも当然の帰結。
あまりにも無様な姿に涙がちょちょぎれそうだ。
きっとこう思っているに違いない。
かつて戦さ場で血塗れ将軍と名を馳せた異端者も、平和の中で見ればただの若造だ。
武器を捨てきれぬ生粋のジャンキーでなければその辺にいたって違和感がない。
仲間の血を多く吸ったその斧さえなければ今すぐ首をはねてしまいたいほど恨んでいるそいつがその辺にいるだけで吐き気がするけれど、と。
コンコンコンッと控えめなノックを合図に先導者が応接間を出ていく。
同時にディザストロも立ち上がり、軍服を整えて嫌そうな顔と共に玉座の間へと歩みを進めた。
初めて見た玉座の感想は酷くありきたりだ。
皇帝陛下の居城はいけ好かない。
それと同じものを想像していた故にいい意味で裏切られた気分である。
ルシスの国王の玉座は神秘だった。
趣向を凝らした職人の技だ。
傭兵をしていた時代、金持ちの相手をすることもあったが成金などでは到底及ばない品位と威厳がある。
これがイオス初の王国として神代から世を紡いできたルシス王国というものなのだろう。
美に関して感心も観る心もないがこれは美しいと感じる。
そういうものだ。
頭を垂れたディザストロに面をあげよと優しい声音で告げだ第百十三代国王レギス・ルシス・チェラムは思いの外、歳をとっているように感じる。
戦役中に何かの折に役立つだろうと魔法障壁も学んだがその影響が色濃く出ていた。
命を賭してまで他を守る様はまさしく為政者に相応しい行動だろう。
今のイドラ皇帝にこのような風格は微塵もない。
流石はルシスの国王、と言って然るべきだろうか。
「遠路はるばるよくぞ参った。長旅で疲れただろう。直ぐに其方が暮らす場所に案内させる。これから三ヶ月、互いの和平のため友好の時を過ごすことを期待する。」
「ルシス国王陛下にお言葉をいただけるなど身に余る光栄にございます。必ずやご期待に添えるよう、尽力致します。」
するかバーカッ!!
なーにが友好だ!和平だ!
そんなもの無い方がいいのさ!
人間が望んでいるだけで獣には関係ねぇよバーカ!
などと罵れれば気も晴れるのだがそんな訳にはいかない。
獣が人間の愚かさに同乗して欲を満たすために得た"空気を読む言動"という奴だ。
どんなに面倒臭くても人の世がなければ獣は欲も性も満たせない。
なんたる皮肉かしれないが、同乗してしまうのが一番楽なのだから仕方ない。
一介の兵が面会できるだけでもそれは大それたことだ。
直ぐさま急かされて追い出されたディザストロは王城の外へと出る。
事前にアラネアに聞いた話が正しいのならそれなりにお高いマンションに住まいが用意されているとか。
政府が所有している他国の重鎮来賓用マンションだ。
警備のしやすさもさる事ながら美意識や技術力の高さを表す街の景色を一望できる最上階。
その一角にこれから住まうことになる。
羨ましいとビックスとウェッジに本気で殴られ、アラネアにいい笑顔でサムズアップされた。
ディザストロ的には力となる技術力も金となる美しさもましてや身を守る警護も必要ない。
路上に捨てられた方が何百倍もマシだ。
監視付きのちょっと豪華なケージと大差ない。
さっさとこんな所おさらばしたいものだ。
再び出た溜息を今度こそ噛み殺して、案内人の背を追いかけた。
「佇む月に世を吠える。我、獣なれど世を儚む。滅びの戦、終焉となりて我が慟哭に答えるものなし。アオーンとか吠えてみるべき?」
「ーールシスまで行ってみたらちょっとは人間らしくなると思ったけど、ただの犬っころになっただけね。首輪がついた分狂乱なく静かになったわ。」
「辛辣なことだ。」
戦がないから暇で暇で仕方がないのだとそれっぽく言ってみたけれど、アラネアには只の馬鹿げた嘆きにしか聞こえなかったようだ。
呆れたような音声が電話口から聞こえてくる。
頼る者がいない上に四面楚歌の世界で心細いとありもしない建前の上で電話をかければ呆れた声ばかり帰ってくる。
本当はアラネアだってルシスに来たかっただろうに留学生は一人だけだ。
もう少しマシな決め方はなかったのかと政府首脳部に問いたい。
ディザストロを犬っころだと称す愛すべき上司のアラネアはガヤガヤとうるさい音声に眉をひそめる。
これから暮らす豪華絢爛なマンションからかけられた電話というより下町に降りてきたような喧騒だ。
面倒くさがりのディザストロがそのような行動に出る理由がわからない。
護衛と言う名の監視もついて外に出るにも鬱陶しいだろうに。
「ーーアンタ、今どこにいるのよ。」
「ちょっと下の方にある繁華街さ。色街が近いから深夜近い今は余計に煩いかもなぁ。酒飲んで飯食ってどんちゃん騒ぎって雰囲気。」
「ーー酒?娯楽を忌避するアンタが。酒?」
「いつ死ぬかもしれん戦時中の娯楽が酒だったとして、俺の娯楽は戦そのものだ。酒を飲む道理も意味もない。今は理由がある。それだけさ。」
戦時中はいついかなる時も死を覚悟するのが軍人というものだ。
けれど気を張り続ければそれだけ疲れる速度が速くなる。
時には休むことも、心を潤すことも必要だ。
故に人は遊びに走る。
酒もその一種だった軍部でディザストロは酒を一切飲まなかった。
飲めない奴はいても己の意思で飲まないのはディザストロだけだった。
それがルシスに行って"理由があるから飲む"とは一体どんな理由なのか。
そも、戦が娯楽だと言う言動を慎んでほしいのだがアラネアは聞き慣れすぎて訂正を忘れた。
「報告書は後で送る。今日は一目でわかる街中とか食べ物関連しかないが…一日目だから大目に見てくれ。細かいところは随時報告する。」
「ーー仕事する気あったの!?」
「傭兵業は依頼達成率が命だぜ。軍部にいても命令違反と言い切れる行為はしてないだろーが。」
最初から傭兵に戻る気満々だったのか、確かに問題行動はあっても命令違反は無かった。
抜け目のない行動に舌を巻く。
これで人間に殺意さえなければ優秀な部下と言えるのだが。
生憎なことに"命を奪う"行為に悪い意味で分け隔てない。
全くもって度し難いものだ。
「留学っても学校に通うわけじゃねーし、一応王の剣と王都警護隊の管轄下になるしで、自由ってわけじゃねーのが難点。見たいって言えば一先ず見られるかもしれねーからそちらの指示を仰ぐ形で暫くやるつもり。」
「ーー上に言っておくわ。三ヶ月、宜しくね。」
「応さ。んじゃ一週間後の定期連絡で。」
プツッと切れた携帯をしまってビールの入ったジョッキを揺らす。
視界の端一席とジョッキに映る後ろ二席、少し離れたところの一テーブルが王の剣達の監視だ。
私服でもよく覚えている顔ぶれ。
"奪い損ねた命"をよーく覚えている。
計六名の警護兼監視とは中々豪勢だ。
そこまで警戒されているとはさすが
終戦が見えてきても未だ戦争中だ。
しかしこれでは一通りの地方料理と酒を頼むなんて珍しい行為でちょっと機嫌がいいのに、無粋な視線が突き刺さって実に不愉快だ。
もともと大して味のわからない酒がより一層難解な味になると言うもの。
ちょっと遊んでやるつもりでニヤケ顔のディザストロは一番人の多い、離れたテーブルに歩み寄った。
「はぁい。大魔法の時はよーくもやってくれたなー魔法使いチャン。撤退戦と防衛戦で俺にククリ投げつけた英雄クンと殴ろうとしてきた王の剣クン。」
一瞬でその場が凍りついた。
だがそれがどうしたと意にも返さず、椅子を引っ張ってそのテーブルに持って来た食べ物とビールを無遠慮に置いた。
話しかけられた彼らはその容姿を忘れもしない。
数多の仲間をこの世から葬り去ったアルビノの真っ白な男。
狂気に染まったあの紅い瞳が今は鳴りを潜めていたとしても、その醜悪さは記憶から消えない。
自分達が覚えていたようにディザストロもまた、戦役中に逃した敵の顔を全て覚えている。
いつか戦場でまた合間見えた時次こそは奪う為に。
終戦して仕舞えばその願望もかなわないが。
「留学生が俺とか正直意味わからんけどこれから三ヶ月宜しく頼むわー。」
冗談ではない。
こんな悪魔と一緒にいたら気が狂う。
しかしこの悪魔はあろうことか国が招いた客人だ。
争いごとを起こせば停戦協定が白紙に帰ることもあり得る。
それだけはあってはならないのだと三人は口を噤んだ。
喧騒の中にお通夜のような静けさが漂ってもディザストロは気にしない。
この三人は"ハズレ"だ。
戦う気概がない。
自ら剣を持たない市民に手を出しても後の世を生きにくくするだけ。
他の周りを見ても皆外交を気にして何も告げない。
それでいい。
目は口ほどに物を言う。
その目の中に暗い何かがあることをもう気づいてしまったのだ。
よくて反乱軍。
悪くて買収。
面白くてどちらもだ。
停戦協定の内容を先に知らされた地方民を買収し、停戦協定の最中ギッタンギッタンにブチのめす。
この留学前に宰相がボソッと言った汚い!流石宰相汚い!なんて案件だ。
わざと聞かせたのだろうがこれはなんとも面白い空気だ。
裏切り者と敵国と飲む酒。
これ程馬鹿らしい席はない。
「ほーんと、人間って…。」
酒の味も人が追求した欲の権化だ。
飯の味も人が求めた快楽の象徴だ。
正義など人の主張で正義と正義がぶつかり合えば阿呆らしいことに戦争になる。
そこに乗っかる己も己だが中々どうして面白いことばかり尽きぬのか。
暗ーくて暗ーくてどーんよりした欲。
何も口に出さないこの三人もきっと今すぐディザストロを殺したいはずなのにお利口な忠犬を気取っている。
お高くとまってさぞ気分がいいことだろう。
ディザストロには全く理解できない感性だ。
また起こるかもしれない戦争などこの先、生きていればゴロゴロある。
人の生き死になどに意味はない。
死体は醜悪な肉塊だ。
人の死が嫌いなのではない。
そこに転げ落ちた肉が毒が、吐き気がするほど気持ちが悪いものなのだ。
それらを飾って地獄絵図だと馬鹿笑いするのが最近のマイブームなのだけれど、誰か理解してくれないだろうか。
「んん、酒を飲むと思考がダメだわ。さっさとかーえろ。」
ずっと足元に転がしていた大斧に部類する愛用の斧の入ったケースを担ぎ上げ、席を立つ。
酔いすら回っていないけれど娯楽の中に身を浸すとどうも思考が飛躍する。
あの寝心地がいいようで軍人には毒となるベッドで寝るのは嫌なので斧を抱えて床で寝よう。
一言も会話をしなかった王の剣達を見ることもなく、人間にしては高い身体能力でその場から去った。
翌朝斧を持って目を覚ましたディザストロは人の気配がないことを確認してから今日の予定を確認する。
二日目は王城を探索できる。
宰相に念を押されて頼まれていた"例の依頼"を片付けるには今日がベストだろう。
あの人も食えない人だ。
どれだけトチ狂っていてもディザストロが仕事だけはきっちりこなすと理解している。
使えぬところは使えぬと、断じる割にこなすところはこなすと判断する。
あれは人を使い慣れている。
その分面倒ごとが増えるのは些か問題だけれど。
「さ、行くか。」
立ち上がったディザストロは斧を担いだ。
王城というには近代的なビルの中に王族の居住区が存在する。
情報が正しければ今年二十歳になる一人息子ならぬ一人王子様が居たはず。
六つも下の王子様がどれ程の甘ちゃんなのか気になるところだ。
ディザストロはゼロ歳で施設に預けられ二歳で施設を出て四歳でハンターとなり規定の十六歳で傭兵になった。
武器となりうる斧は生まれた時から何故か側にあり、これだけはずっと持ち歩いている。
最初は引きずってしまうものだから磨り減るかとヒヤヒヤしたものだ。
今はこの斧が所謂"神からの贈り物"だと知り、相当の無茶をしなければ決して折れないと気付いている。
成長に合わせて斧の大きさが変わるのだから、折れるという概念すらないかもしれない。
何はともあれ神秘と共に生きてきたという点、実はディザストロは神の縁者だ。
誰にも告げたことはないけれど密かにその王子様やレギスに親近感を沸かせている。
宰相からのご依頼は王子様との接触、及び信頼関係の構築。
何も知らない帝国兵を装い、ルシスに益をもたらす内通者として接触せよとのこと。
つまり二重スパイ、と表現するには関係が複雑だ。
帝国の情報を流しておきながらルシスの情報を宰相に流す。
しかしそこに帝国は関与せず、あくまで宰相個人への報告だ。
あの人一人だけ世界のあらゆる面を覗き見する権利を得たわけだ。
宰相の指示に従い今後も長らく動いていく、だいぶ古い様式の傭兵契約もした。
この契約は達成されるまで契約違反などの特殊な事例がない限り、どちらの一存でも破棄できない特殊な依頼だ。
その際、宰相が実はとんでもない黒幕野郎でディザストロより頭がおかしいのだと知ったとしても後の祭りだった。
依頼人がどんな人でも請け負うのがディザストロのポリシーでもある。
「さてさて、王子様は一体どちらかなーっと?」
ルシスの王城は帝都でもピカイチに趣味の悪いジグナタス要塞より断然王城らしい。
御伽噺に出てくるような宮殿より近代的なタワーマンション風なのは少し残念だけれど、景観に合わせるならこれで正解なのだろう。
荘厳な宮殿ならばテネブラエのフェネスタラ宮殿で見られる。
王城内で探索できる場所は限られており、クリスタルが保管されている部屋や王族の居住区には潜入できない。
クライアントであるアーデン宰相からのオーダー内容は"留学生とし勤勉に務めつつ、王子と友人に類するコネクションを手に入れること"なのだ。
潜入は"勤勉に"の部分を無視してしまう行為。
許された行動範囲内で王子に定期的に会える場所を見つけなければならない。
十九歳の王子様がどのようなルーチンで日々を過ごすかなど、平民のディザストロには検討もつかないのに。
あの宰相もとんでもない無茶をオーダーしてきたものだ。
「うーん…城で会うとかは無茶だよなぁ。」
目立つ白い軍服と明らかに凶器が入っていそうなケースを担いで、街中を歩いて行く。
ちょくちょく視線を感じるのは昨日確認した監視兼護衛の連中とこちらを見てしまう一般人だろう。
遠いほうの視線は動きからして俺一人を注視しているというより周囲に気を使いながら悟られぬよう隠れている雰囲気だ。
要人として振る舞うのも微妙だろう。
こそこそ見られる側はたまったものではないが、致し方ない。
さてどうしたものか。
道沿いに立ち並ぶ店を覗き、街行く人の姿を観察しながら王城からほど近い商業区域に出る。
ここにもあるのかと驚くことにクロウズ・ネストがあった。
ダイナー形式のファーストフードショップが王都にある理由がさっぱりだ。
というかクロウズ・ネストどこにでもあるな。
マンションに用意されている食材は高級志向すぎて手をつける気にならなかったが、なるほど。
街に出て己で食材を買えばいいし、外で済ませても良いのだ。
盲点だった。
いつもレーションで食事を済ませてはアラネアに叱られてご馳走になっていたからすっかり調理まで頭が回らなくなっていた。
小腹も空いてきたし、腹が減っては戦はできぬなんて諺もある。
戦はもう終わったけれどディザストロにとってこれからが正念場だ。
厄介な奴の依頼を達成するためにもまずは食事にしようとクロウズ・ネストに入った。
中はやはりというかダイナー風で時間が少しずれているからか客はいない。
アルバイトと思われる金髪と黒髪の店員が二人だけ…黒髪?
思わず二度見をかまして黒髪の方を見ると酷くやる気のなさそうな風貌。
まだ子どものような気の抜けた雰囲気の中に合わない剣を持ったことのあるような筋肉のつき方。
カウンターから覗く無骨な手。
金髪の方も帝都でよく見る銃を握る手だ。
何より出立前に見せられたどこから入手したのかもわからない隠し撮りのような王子の写真に酷似している。
棚からぼたもちも良いところだ。
こんな幸運滅多にない。
まさか王子様がイオス全域に店舗を展開する大手チェーン店でアルバイトをしているなんて誰が思うか。
にやけそうな顔をしまってケースを担ぎ直すとカウンターへ向かう。
金髪と談笑していた王子様がこちらに気づくと一瞬怪訝そうな顔をしてぶっきらぼうな姿勢を崩さない。
接客業に向かなそうなタイプだ。
「ご注文は?」
「ケニーズ・サーモン。コーヒーはエボニーある?」
「…ルシスじゃマイナーだぜ。」
「そっか。じゃ、普通にコーヒーで。」
やはり王子と言うべきかニフルハイム帝国の軍服に動揺を隠せない。
しかし妙だ。
王の剣のように嫌悪感を露わにするでもなく、王の様に見てくれの歓待をするわけでもない。
ハッキリとした動揺だ。
留学生について知っていても出会うことはない、とタカをくくっていたかのような。
戦争と無縁に生きてきたような間抜け面だ。
実に不思議な顔に興味深そうなスタンスでじっと見つめていると、向こう側も訝しげな顔だ。
どちらともなく見つめ合っていると金髪の方がそろそろと声をかけてくる。
「あ、あの…二人とも知り合い同士?」
「初対面。」
「同意しよう。とは言え、俺は君の顔を知っているけどね。」
「俺もアンタの顔は知ってる。…あんまり関わるなって護衛に言われた。」
「実に最もな意見だなぁ。」
調理するだけになっているケニーズ・サーモンを出しながら、和やかな表情を浮かべる。
好青年の顔を多少脱いだ素に近いディザストロの顔に常識を塗りたくる。
信頼を勝ち取るために"当たり前"を持たねばならない。
まずはお友達から、という奴である。
「お隣の子はお友達かな。初めまして。ニフルハイム帝国から留学してきたディザストロ・イニティウムだ。」
「て、帝国から!?」
「あれ。軍服に見覚えないか。」
壁の外について詳しく知ってる王都民の方が少ない。
こんな情報嘘に決まっているなんて鼻で笑ったが、本当に知らないらしい。
戦争中だとしても魔法障壁に護られてのうのうと生きているわけだ。
巨大な街はちょっと立派なジオラマと変わらないようだ。
ディザストロだったら耐えられない生活だ。
「停戦協定までの場つなぎ、真の意味での友好関係、技術の視察…理由を列挙すればきりがない。派遣に一兵卒が選ばれたのは謎だけどね。」
「ふーん。」
「ほぇ…大変なんですね…?」
なんだこの子供。
仲良くする気概どころか相手するのも面倒くさいみたいな雰囲気出してきて。
捻くれ坊主とか聞いてない。
「あの、そのケースには何が入ってるんですか?」
「これ?開けてみる?」
愛用してはいるがいつ無くなっても別段構わない斧のケースをカウンターに乗せる。
重苦しい音を立てて置かれたケースを恐る恐る開ける金髪君は中身を見て悲鳴を上げた。
「ひえぇ!?鎌!?デカァ!?」
「これは斧だよ。片手斧に相当する。結構軽いよ。」
「どう見ても鎌だろこれ。」
興味はあるのか言われるままに金髪君が持ち上げようと片手で持つが一向に持ち上がらない。
ピクリとも動かない斧に痺れを切らして両手で掴み始めたが、結果は変わらなかった。
「も、持ち上がらないよ!」
「プロンプト。俺も。」
金髪君はプロンプトって名前なのかーと眺めつつ今度は王子様が斧に触れた。
片手でチャレンジし、撃墜。
今度は両手でトライし、諦めた。
「無理これ。重いとかじゃねぇ。斧に持ち上がる意思がねぇ。」
「えぇ…武器に意思とかあるの?」
「あるよ。"神性武器"ならね。」
今度はディザストロがいつものように軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。
さすがルシスの王子様と言うべきか神性武器の存在を知っているとは。
もはやイオスには一本も存在が確認されていない神から賜る伝説級の武器に付与された特性だ。
「…アンタ、ルシス出身者だったのか。」
「ええ!?帝国軍人さんなのに!?」
「いや別に帝国生まれだけど。」
「どう言うこと!?」
歴代の神性武器持ちがルシス出身者に多かっただけの話だ。
神代の大戦で神の使徒として戦った奴らはもう既にいなくなり、武器も所在が知れぬまま。
そのあとポツポツと生まれた神性武器持ちもいたがここ百年は存在しないとされていた。
ディザストロの存在も認知されていない故に今もいないと記されていることだろう。
もしディザストロが神性武器を持っていると知れればその身柄を確保され性格故に良くて幽閉悪くて処刑だ。
わかっているからこそ黙っていた情報を惜しげもなく開示する理由はクライアントからの命令だから。
本当に面倒な命令下してくれたものである。
「ふーん。"勇者"って実在するんだな。」
「結構詳しいんだね。本人でさえ軍部のデータベースをハッキングしないと知り得なかった情報なのに。」
「俺場違いすぎてついてけないよ…。」
サラリと犯罪行為をこぼしたがバレなければ罪には問われない。
勇者とは神性武器を賜った人類を指す。
なにかを"新しく始める"力があり、些細なことでも大きなことにしてしまう。
言の葉への力の乗り方が常人とかけ離れているのだ。
ディザストロ・イニティウムとは"厄災の始まり"を指す。
その名を冠する限り、己を頭から作り変えない限り厄災を振りまき続ける歩く自然災害だ。
しかし神性武器を与えられ勇者になったから善い行いをしなければならない、などと言う決まりもない。
阿鼻叫喚の地獄絵図を作り上げても誰も文句を言えない。
それは神性武器を押し付けた神の采配が悪かっただけ。
「王子様はこんなお話も知ってる?」
「なんだよ。」
面倒臭そうな奴だと呆れたように見られてもディザストロは動じない。
きっと次の言葉を言えば彼は必ず"始まり"を迎える。
俺の手の中で転がる"始まり"を。
「勇者は、ルシスの王族の魔法を文字通り"斬れる"って話。」
カウンターに寄りかかっていた上体が僅かに起き上がった。
仲間外れにされていた金髪君も顔を上げる。
探るような王子様の目に好戦的な目を向けると、納得したように頷いた。
「アンタはそれを試したいっての?」
「出来ればお手合わせ願いたいかな。」
「ふーん。」
王子と厄災が混じり合う。
光と破壊が見つめ合う。
常識と狂気が相見える。
お互い無音が続いた。