降りしきる雨と雷が収まったのは夕方だった。
雷神が去ったのか雨雲もなくなったため間も無く移動基地が飛んで来るという。
ノクティス達が踏破したであろうフォッシオ洞窟上空からやって来るということは彼らの視界にも捉えられる。
軍師であるイグニスであればレガリアをどうするのか予想がつき、送ったマップから夜に潜入することを考えるはずだ。
レガリア奪還は今後の旅に大きく関わる上にノクティスとメディウムという王族にとっては父王の形見。
そうやすやすと売り捌かれ、スクラップにされてはたまらない。
レイヴスが四苦八苦していたアーデンによる無茶な要求をバッサリ切り捨て、シュレッダーに放り投げていたディザストロはそれでいいのかという顔をするレイヴスを見る。
将軍とは無駄のない無駄な提案をいちいち受理するほど暇な役職ではないだろうと諭してみたが微妙な気分のようだ。
そもそも研究機関と政府首脳部の統括をするあの胡散臭いおじさんがわざわざ将軍に承認を取るようなことするはずがない。
勝手に許可とったとかで判子を拝借して通してしまうのがオチである。
無駄な仕事を押し付けるこの行為はれっきとしたパワハラなのだ。
それはさておき、捌き終わった書類の山をレイヴスのデスクに返して移動基地が着陸する予定の岩場へ向かうことを提案した。
「仕事の時間だ。行きましょうか。レイヴス将軍。」
「あまり無茶をしないでくれよ。ディザストロ副官。」
「気をつけておきます。」
軽口を叩きながらプレハブを出る。
防音魔法を解きながら出ると一体の魔導兵が報告に来た。
喋れない魔導兵は何やら手書きの紙を持っている。
その紙にはカリゴがヴォラレ基地の統括へ向かった旨が書かれていた。
報告に来た魔導兵に礼を言い、紙をレイヴスにしか見えないように魔法で燃やす。
読んでいないレイヴスに口頭で伝え、さっさと着陸地点に向かう。
燃やされた紙を特に気にせず我が王を侮辱するカリゴは気に入らないレイヴスは清々したような顔でその後に続いた。
「出迎えご苦労様。レイヴス君もディアの護衛ご苦労様。」
「お待ちしておりました。アーデン宰相。」
「ふん。遅い。」
軽く頭を下げて出迎えるディザストロとそのそばを離れず睨みつけるレイヴス。
ディザストロの手助けになると唆して将軍に召し上げたがアーデンの言うことはきちんと聞いていた。
もちろんディザストロ絡み限定だが。
今のように素っ気なく睨みつけるのはいつも通りだった。
「お参りは順調?」
「つつがなく。残すは水都のみかと。」
「その前にファントムソードの回収を忘れずにね。完全じゃないと潰し甲斐がない。」
「水都へ向かう前に巡る予定です。神凪の身柄もこちらに。」
「オルティシエではアコルドの方には軽く圧をかけておくから、神凪は首相に預けておいて。レイヴス君は妹が心配だろうけどまた後でね。」
帝国に身柄を拘束されているよりメディウムが見ている方がマシだと考えたのかすんなり了承した。
アーデンは移動基地の中の方が仮眠室もあると言うことで補給基地には向かわないようだ。
どうせならディザストロも来るといいという言葉に頷き、王を守るためになし崩し的にレイヴスも付いて来た。
これでレガリアの周りは魔導兵だけと言う手薄状態。
ノクティス達だけでも十分奪還可能だろう。
心配なのは騒ぎになった時にレイヴスが出ること。
その時は俺だけでの対処は難しく、アーデン頼みになるがレガリア自体どうでも良さげな彼に助力を願えるだろうか。
確実に何か嫌がらせを受けることが確定している。
セクハラだけは勘弁していただきたい。
「今失礼なこと考えたでしょう。」
「まさか。上司に無礼を働く部下などおりますまい。」
澄まし顔で返答するがアーデンはニヤニヤと笑いながら肩に手を回して来る。
五十肩というか二千肩というパワーワードが作れそうな歳のアーデンはそのままディザストロをレイヴスから引き離そうとした。
「近い。ディアから離れろ。」
「ええ?俺の子供だよ?」
「書類上の話だ。」
すかさずレイヴスが肩に回る腕を叩き、腕が外れた隙にディザストロの肩を抱き寄せる。
主人を守る忠犬のような動きに呆れつつも余計に噛まれるのも面倒なので放置することにした。
ディザストロは我関せずと言った態度で見向きもしない。
レイヴスとアーデンの一方的ないがみ合いは今に始まったことでない。
テネブラエ襲撃後、軍に入隊した時からずっと続いていた。
ジグナタス要塞に住むディザストロに時折会いにきてはアーデンに邪魔されていたが。
アラネアを連れて強行突破しようとしたこともあり、その際は鍵すら開けてもらえなかったという。
ディザストロも開けることができるがその時ばかりはシステムロックがかかり、アーデンにしか開けられなかった。
閑話休題。
余裕のアーデンとガンを飛ばすレイヴスを引き連れて魔導兵がせわしなく動く移動基地に足を踏み入れる。
部屋というより戦艦だが中にはジグナタス要塞の一室にあるようなのよりも小さい、ベッドが二つ両脇にある仮眠室があった。
操縦室より奥に執務室もあるため補給さえあれば生活できそうだ。
少しばかり生理現象や水回りが心配だが不老不死のアーデンであれば食事も娯楽程度でそこまで必須ではなかっただろう。
「俺とディア用に。レイヴス君のはないからね?」
「構わない。貴様と同室で寝る気は無い。ディアとなら別だが。」
「どちらでも構わんがレイヴスは休息を取ってくれ。人間だろう。」
わざわざ茶化すアーデンに食ってかかるレイヴス。
飽きもしない二人に呆れながらも不老不死ではないレイヴスの体を気遣う。
アーデンならば好きなだけ休まずにいても問題はないがレイヴスは人間だ。
不眠不休でいられはしない。
少しばかりのやつれが見えるレイヴスの腕を引っ張って、ベッド脇に座らせる。
無抵抗ではあったが不満げに口を開いた。
「それはディアも同じだ。」
「俺はこのあいだの怪我で二日もノクトの監視で寝ていた。十分休憩したさ。」
「…たまには役立つことがあるな。」
「レイヴス…。俺の信用なさすぎだろう。」
「休息に関しては全くない。日頃の行いを省みてからいう事だな。」
横になることはしないレイヴスが真顔でズバリと痛いところをついて来る。
アーデンがシガイの王でありディザストロの使命がどんなものであるか知っているレイヴスは我が王となるべく二人きりにさせたくはなかった。
しかし、今までアーデンがディザストロに致命傷を与えたこともなければ時折守るような行動をする。
フードをかぶり続けることもその一環に見えていた。
レイヴスを仮眠室において執務室でなにか話をする気なのであろう二人に溜息をつき、自分が忠誠を誓う王を見る。
妹と並べることはできないが守りたいと思う存在が自分の身を案じてくれている。
その好意を無下にはできない。
アーデンもここでディザストロをどうこうする気は無いだろう。
「だが、休むことにする。」
「…そうしてくれ。右側のこのベッドなら使ってないだろう。」
「分かるのか?」
「そっちのはシーツが右に寄りすぎ。育ちの良さと雑さは比例しないな。アーデン。」
「さぁてね。」
何故だかお互いをよく知り合うような会話をされると腹がたつ気がするレイヴスは目の前に立つディザストロを睨む。
危険人物と仲良く過ごす主人など見過ごせないのだろうなと思ったディザストロはレイヴスに笑いかけて部屋を出た。
残されたレイヴスは言われた通り横になったが二人は執務室へと移動する。
「一人でも寝ることがあるんだな。」
「遠征中に人間らしい生活してないと、怪しまれるからね。」
「二千年で学んだことの一つか?」
「二千年と数十年だよ。外見年齢も足さないとね。」
「予想は三十路過ぎから四十代後半。」
「覚えてないから教えないよ。」
何気ない会話をしながら執務室に入っていくがディザストロはどこか懐かしい気がしていた。
王都襲撃の首謀者とのんびり会話をするルシスの王子。
心に小さな棘でも刺さったのかと思うような小さな痛みが走る。
二十年も感じられなかった名称の感情が少しばかりの家族と祖国の人間との旅で少しずつ自覚するような、そんな気配。
ディザストロ自身にはいらない感情を自覚することはあまりいい予兆ではない。
忘れた感情を思い出すとはすなわち今の状況に疑念と憎悪を感じることだ。
それに心が耐えられなければ堕ちる未来しかない。
ならば気づかぬふりを処世術として覚えたディザストロは危機感を覚えていた。
アーデンに仕えることを疑問に思ってはいけないのだ。
なにも疑問に持たずただアーデンにしたがう。
そんな今の状況を遠い昔のように思ってはいけない。
今も昔もかわらない。それがディザストロ・イズニアに必要なことなのだ。
「ディア。」
「…ああ。なんだ。」
思考の海に落ちかけた脳を現在に浮上させる。
いつもと変わらない飄々としたアーデンは執務室に設置され鍵のかかった引き出しを開ける。
何枚かの報告書のようだ。
「ルシス王族と神凪の処分についてと、神殺しの結果報告。水神の討伐計画もね。」
渡された三枚の紙を見る。
水神討伐はレイヴスとアーデン指導でオルティシエに多くの兵と兵器を動員する気のようだ。
神殺しに関しては間近で見ていたディザストロがよく知っている。
雷神に関しては討伐自体を諦めたらしい。
そして王族と神凪の処分。
「一先ず捕縛…。メディウムだけ生死問わずか。」
「皇帝は殺害をご所望なんだけどね。メディウムはいらないけど他は実験サンプルと妹ってことで研究機関と軍が反対してくれたよ。」
「ヴァーサタイルか…。」
「仲良しだからね。」
「ロクでもない交友関係だ。」
渡された報告書を突き返し執務室を見渡す。
これといって急ぎの仕事も見当たらないということは帝都の方は普通に動いているのだろう。
軍と首脳部が一騒ぎというところか。
「ここに君たちの車があるわけだけど、やっぱり取り返しに来るでしょ。」
「当たり前だ。あれがなければファントムソード集めもままならない。なんだ。…あの車に興味があるのか。」
「無いよ。俺の愛車の購入理由知ってるでしょ。」
ディザストロは渋い顔をする。
白のラインが特徴的な赤いオープンカーはディザストロが二十歳を超えた頃に購入された。
理由は運転して仕事に行くためである。
つまりただの趣味。
揚陸艦で向かえばいいのにわざわざディザストロに運転させてそのまま仕事もさせる。
最初の二年ほどはディザストロが運転だったのだがある日を境にアーデンと乗るときは運転禁止となった。
その日を思い出したのかディザストロは嫌そうな顔で執務室の椅子に座った。
「では持っていっても構わないと。」
「ついでに軍を下げる準備もしようか。奇襲は今夜でしょ。どうせ。」
「仕事の早い魔導兵達相手だとそうだろうな。レイヴスはあの調子でいてもらう。」
「裏で手を回してもらって相手にも知られている奇襲ってのはただのゲリラ戦だよね。」
「真正面からぶつからない限り容認された奇襲だろう。」
真の王というからどれだけ強いのかと思えばただの実力ならディザストロに劣る。
剣の扱いも魔力量も小手先の器用さも土壇場の強さもディザストロに劣る真の王など力もない今は相手する価値もなかった。
どれだけ弱くても全ての力を手に入れてこそ潰し甲斐があるのだ。
「はやく作ってよ。君の弟君。」
「これでも早い方なんだ。もうしばらく待ってくれ。」
備え付けられていたドリッパーでコーヒーを淹れてアーデンに渡しながらディザストロは目を伏せる。
忠実な部下はもうしばらく共に旅を続けられる可能性に頭を巡らせた。