同僚と
ノクティス一行が撤退している頃。
魔法で強化した腕でレイヴスを持ち上げ、仮眠室のベッドに叩きつける。
反射的に取った受け身と柔らかなマットのおかげでほとんど痛みもないだろうが精神的に追い詰められていた。
今まで見たことのないような怒りの表情。
憎悪や冷たさで放つ怒りではなく、純粋な激怒だった。
「お前は頭が足りないのか?主君の弟がどんなに間抜けでも誠意すら見せられないのか?弟を溺愛していることすらお前には理解できなかったのか?」
押し黙るしかない。
レイヴスとて妹のルナフレーナに剣を突き立てるディザストロの姿を見てしまったら怒りのあまり目の前が真っ赤になるだろう。
どんなに王に相応しくなくても守り通したい最後の家族。
資格など関係なく守りたいから守る存在をレイヴスは蔑ろにし、傷つけようとした。
その事実を重く受け止めねばならない。
俯いたレイヴスにディザストロは片手で顔を覆う。
弟に死ねと告げ続けている自分が怒りを感じるのはお門違いかもしれない。
しかし、目の前で敵意をむき出しにして襲いかかるレイヴスを見たとき真っ先にアサルトライフルで頭を狙おうとしてしまった。
寸前のところで射線をずらしたが確実に殺そうとしてしまったという自らの行為にディザストロは激しく動揺。
当たり散らすように怒鳴ってしまった。
「…はぁ。頭冷やしてくる。」
白い外套を翻して仮眠室を去るディザストロをレイヴスは引き止めなかった。
仮眠室から出て少し先の廊下。
様々なところに連絡していたアーデンは面倒な処理が終わったのか、壁に寄りかかり片手を上げてにっこりと笑う。
先ほどは被っていなかった帽子を片手でくるくる回していた。
常に視野を広げて見るのが仕事の筈なのに冷静でいられなかったディザストロはバツが悪く、まともに目を合わせようとはしない。
副官として、王を支える存在として失格。
自らを強く罰するディザストロにアーデンは気づかないほどの溜息をついて、脱いでいた帽子をかぶせた。
普段ならば嫌そうな顔で退けようとする筈が何もせず、ただジッとしている。
他人から見れば大して怒っていないように見えるかもしれないがディザストロは今までにないほどの怒りを感じ、戸惑っている。
二十年共に過ごした中では感じ得ない感情とそれを制御できなかった未熟さが表に出た発砲。
ディザストロという存在はアーデンの命令を絶対遵守する副官。
メディウムという存在はルシス王家としてノクティスに支える家臣。
そのどちらともつかない"兄"の行動。
どれだけ律しても家族として守りたいと願うことを止めることは人間には不可能。
しかし二十年も離れて過ごしたディザストロには不可能であるという結論には達していない。
制御できる。
本心からそう思っていたことが覆された。
二十年培ってきたものが役に立たない現象に大いに戸惑いを見せていた。
アーデンとて弟がいた。
その存在は自分を処刑して全てをなかったことにしようとした憎む対象だが、弟を守りたいという気持ちは理解できなくもない。
その思いを制御できない理由はもはや本能としか言えないがそれが決して悪いことであるとは言い切れない。
忘れてしまった感覚を思い出して迷子の子供のように困惑し親友を殺そうとしてしまったことに傷つく部下。
アーデンなりにディザストロを慰めようとしていた。
「執務室、行こうか。」
「…うん。」
子供の頃以来の返事の仕方に相当参っているだろうな、と。
頭から手を退けていたアーデンは珍しく苦笑いを作った。
執務室に備え付けられた簡易椅子に腰掛けさせ、コーヒーを適当に淹れる。
普段ディザストロに淹れさせているせいか自分で淹れたコーヒーを不味く感じる。
実際味は変わらない筈なのに。
「馬鹿みたいだな。ああいう場面はこれからいっぱい見る筈なのに。殺そうとするなんて。」
王に歯向かおうとするものは必ず現れる。
王都でさえ、守られていることも助けられていることも忘れて恩を仇で返す反逆者はいた。
それら全てを相手取りレイヴスだからこそ制御できた射殺を行い続けていたらディザストロは、メディウムは殺戮者に成り果てる。
その時の最善で穏便な手を考えるのが仕事だというのに。
「難しいな。立場って。」
世間からすれば王は王で家臣は家臣。
たとえそれが王族同士で兄弟だったとしても世間一般的な兄弟とは扱いが異なるだろう。
アーデンに言われるがままされるがままでいたディザストロは初めて王族という立場を学んだ。
失敗しそうになっても瞬時に立て直し、その時の最善を尽くす。
終わった後に良い機会だったと考えられるディザストロは存外早く立ち直っていた。
しかし、アーデンは見逃さない。
明らかに疲れ果てている。
肉体面は確かに健康そのものだろうが精神面が非常に脆い。
普段この程度の失敗はすぐに対処し立ち直る筈が倍以上の時間がかかっている。
王子一行のサポートによる疲労なのは容易に想像できた。
常に頭をフル稼働させることはできないのである。
「少し休んだら?」
「あんたの口から優しい言葉が出るとはな。何年ぶり?」
「いつも優しいでしょ。ほらこっち。」
柔らかく笑うディザストロの表情とは合わない軽口に適当に返すと背もたれのある椅子に座って膝を片手で叩く。
仮眠室に行くのが一番だがレイヴスがまだいるだろう。
追い出しても良いが今は顔も合わせたくないだろう、という配慮。
だから膝の上に来いというのもどうかと思うが、判断力が落ちているディザストロは言われるがままに膝に座った。
幼い頃はよく行っていたため抵抗感がないとも言う。
「重くなった?」
「成長しているからな。」
背もたれを傾けて座るアーデンの膝の上に遠慮なく座り、ぐったりと寄りかかる。
そのまま机に置かれた報告書を漁り、読み始めた。
ディザストロにとっての精神安定剤は死ぬほど山積みにされた仕事と無茶振り上司アーデンの姿がすぐ近くにあること。
今までの環境がそうであったため自然と安心する。
突然の環境変化と気の抜けない生活に疲れ果てたディザストロにとって今の状況は落ち着く状態と言えた。
「夜が明け次第、アラネアと合流してヴォラレ基地に向かう。その際、何かあるか。」
「特にこれといって頼みごとはないかなぁ。この基地で明日の昼頃まで補給させることぐらいで。」
「…それまでこうしていても良いか。」
「後一時間して仮眠室に移動するなら良いよ。」
武器召喚の使用方法である亜空間収納でホルスターと一緒にアサルトライフルとハンドガンを消し、白い外套も武器召喚と関連付けする。
武器召喚はその名の通り武器しか召喚できないのだがとある魔法を使えば関連付けされた武器と同時に収納、召喚が可能になる。
案外面倒臭い上に一緒に出てしまうため緊急時に使う武器にはオススメされない収納法だった。
とりあえず身軽になったディザストロは浮かせていた背中をもう一度密着させ、書類も放り投げて目を閉じる。
精神的な休息と身体的な休息を取り始めたディザストロの柔らかい髪の毛を掬い、いじりながらアーデンも目を閉じた。
ゆったりとしたまどろみの中ディザストロが目を覚ましたのは既に昼ごろを過ぎた時だった。
執務室ではなく仮眠室のベッドに横たえられ、アーデンがいつも着ているコートを大事そうに抱えて眠っていた。
本人は自覚なし。
持ち主は隣のベッドに腰掛け、何が面白いのかニヤニヤと起き抜けの顔を凝視して来る。
割と寝起きはすっきりしているディザストロはその顔に苛立ち、ひくりと頬をひくつかせてアーデンに物申した。
「寝顔の何がそんなに面白いんだ。」
「いやぁ、愛されてるなぁってね。」
起きてもコートから手を離さないディザストロにさらに笑みを深める。
自分の行動に気づかない本人は意味がわからないとコートを手にしたまま寝台から降りた。
そこで漸く、何か重いものを持っていると把握し視線を下げて手の中の革のコートを見る。
寝ぼけていて気にしていなかったがコートを着ていない。
ディザストロは頭をフル回転させて今の状況を箇条書きでまとめ始めた。
自分が手に持っている。
愛されている発言。
まるで大事なもののようにコートを抱える自分。
なるほど。把握した。
「いっぺん頭の中を病院で診てもらえ。」
「えぇ?酷いなぁ。掴んで離さなかったのはディアだよ?」
「革のコートが大事だったんだな。高いし。」
言外にアーデンは全く大事ではないと主張するがなしのつぶて。
ニヤニヤと笑い続けるその顔にさらに苛立ち、重い革のコートを全力で投げつけた。
簡単に掴まれてそのまま着られてしまったが見て見ぬ振り。
都合の悪いことは早々に忘れるべきである。
「今は昼でアラネア准将が到着済み。レイヴス将軍は移動基地でこれから帝都に帰る予定だからさっさと移動するよ。」
「あんたも帰るんじゃないのか。」
「まだお仕事あるし、ちょっかい出し足りないからね。予定変更。」
「うわ、最低。」
「お褒めに預かり光栄。」
「褒めてねぇよ。」
レイヴスとの和解はしていないがアーデンの様子から察するに会うのは不可能そうだ。
心に不安要素が残ったがこればかりは自分の責任だと反省。
移動基地内にある仮眠室から早々に出て、アラケオル基地簡易拠点へと移動。
真っ赤な揚陸艇が移動中の視界に映ったがアラネア・ハイウィンドが所有する彼女専用機体。
モデリングはアラネア本人がしていたが内部に搭載された機能はディザストロが助言していた。
因みにアーデンは初号機揚陸艇を魔改造し、一番頑丈にした機体を所有していた。
今は愛車で移動しているため補給基地にはないが。
どうでも良いことを考えながらディザストロはルシス領を見て回るというアーデンと簡易拠点前で一旦別れることになった。
「目立つことはするなよ。宰相様。」
「俺がいつ目立つことしたっていうのさ。」
「いっつも。」
軽口を言ってみたが軽く頭を撫でられ、次の瞬間には愛車で去って行っていた。
相変わらず理解不能な魔法を使う。
瞬間移動魔法か、はたまた時間停止魔法か。
上司が巻き起こす超常現象はさておき、簡易拠点に向き直る。
赤い機体の所有者が大人しく簡易拠点にいるとは思えなかったが軽くノックして適当に入ると補給のときぐらいはしおらしく報告書を書いていた。
昨日読んでおじゃんにした挙句書き直したシガイサンプル集め結果報告書だろう。
「ノックしたなら返事待ちなさいよ。」
「見られてまずいものは軍の反逆行為ぐらいじゃないか。それとも女性扱いがお好みで?」
「されて嫌なものでもないけどあんたにやられるとムカつくわ。」
「だろうな。親しい仲にいきなりされると馬鹿にされていると感じるものだ。」
軍に属する者に性別の境目はないがある程度の配慮は求められる。
そういった意味ではディザストロの行動は無遠慮だが、旧知の仲には大した問題ではない。
鎧をまとった彼女は女性扱いされるより戦士として扱われる方が気楽だということも理由に挙げられる。
「それと、電話したのに無視したでしょ。」
「極秘任務中でな。着信通知を宰相に限らせていた。」
「まーた悪いことしてるのね。」
「失敬な。悪いことしているのは上司だろう。」
「同じ穴の狢よ。」
バッサリと切り捨てられた。
言い返せずジト目でアラネアを見るが報告書から目を離さない。
しかし、ディザストロを案ずるような優しい声で言葉を続けた。
「あんまり危ないことしちゃダメよ。まだ若いんだから。未来を潰すようなことはダメ。」
「…その未来のために戦っているんだがなぁ。」
「帝国の未来とは別よ。」
「分かっているよ…分かり過ぎているよ。」
純粋に傷だらけのディザストロを見ていられないアラネアらしい心配の言葉だが、ルシス王族としての情を呼び起こされたディザストロは泣きそうな顔でその言葉を噛みしめる。
個人の未来を潰して繋げる世界の未来。
代償が大きいか小さいかは、誰にもわからない。
報告書から顔を上げたアラネアはあまりの光景に思考が停止した。
年下の友人が泣きそうな顔をしていることなどほとんどない。
いつも飄々としたあの宰相のように薄ら笑いを浮かべ、淡々と政務をこなし平等へと導く。
そのディザストロが。
あまりの衝撃にアラネアはフリーズしたが、何か失言があったのかと自分の発言を省みる。
しかしこれといっておかしなことを言ったつもりはない。
未来ある若者に助言をしただけ。
心当たりはあるがもしやとアラネアは眉を寄せる。
人には重すぎるものを抱えているのではと思っていたが、あの宰相にとんでもないものを背負わされているのでは。
「その顔はあの宰相の所為?私今からぶん殴りに行って良い?」
「は?俺そんな変な顔しているか?」
「いまにも泣きそう。やっぱりちょっとぶん殴りに行くわ。」
「まっ、待て待て!違う!いや違わないし無関係でもないが殴りに行くのは待て!!」
鎧のまま、壁に立てかけてあった魔導ブースター付きの槍を手に取ったアラネアを制止する。
本気で殴りに行く前に槍で一刺ししそうだ。
死にたくても死ねない輩なので問題ないかもしれないが見栄えと立場的に問題がある。
必死の制止にやっぱり関係あるじゃないのと青筋を立てるが何か理由があるのだろうとアラネアも一旦着席。
槍は手放さないが。
「つくづく思っていたのよ。宰相はディアがなーんでもいうこと聞くからって甘えすぎよ。その上こんな泣きそうな顔させるなんて。信じらんない。」
「甘えているのではないと思うが…というかその泣きそうな顔とやらの記憶は早々に抹消してくれお願いだから。」
「いやよ。レアものなのに。写真撮ればよかった。」
ぷんすか怒ってはいるがとりあえず落ち着いたアラネアがぐちぐちと文句を垂れ流す。
二千なんぼほど歳上の人間をボロボロに貶すアラネアに勇気あるなと本気で感心しているディザストロは他人事のよう。
全部自分に降りかかった災難のはずだがへーという薄い反応にアラネアの怒りが再熱する。
「へー、とか、ふーん、とかじゃないわよ!ぜーんぶあんたのことよ!?」
「そんなこともあったよなぁ。二十年一緒にいりゃあるあるじゃないか。」
「殺し合いが!?セクハラが!?軟禁が!?」
「…まあ、あるんじゃないか?」
「ないわよ!そんな家なら家出するわ!」
「ジグナタス要塞の時点で逃げ出すだろ。下手すれば悲鳴あがるんだぜ?」
「そう言うとこは常識的なのね。」
逆に冷静になって来たアラネアは槍を手放す。
この友人はいつも放って置けない。
危ないところに一人で行って一人で帰ってくる。
気がついた時には隣に戻って来て傷の治療をして、困った時にその場にいる。
お礼のつもりでお茶や食事に誘っても宰相が邪魔をするし、ならば仕事でと向かえばやはり宰相が壁になる。
殺伐とした帝国内で守っているように見えて閉じ込めるように囲い込むアーデンをアラネアは敵視していた。
今関われているのもアラネア自身がバッサリとした性格で嘘はつかない、詮索もしない、部下として扱いやすいからと言う点があるから。
それがなくなればレイヴスのみの関わり合いで止まっていただろう。
彼は彼で関われる強い理由があるらしいとあたりをつけていた。
おかしいことだらけでもそう言うことだからと流すディザストロにアラネアは長く重いため息をついた。
ディザストロとておかしいのは承知しているがだからと言って解決策もない。
アラネアのため息に乾いた笑いを返した。
「まあいいわ。泣き顔はばっちり覚えとくってので勘弁してあげる。」
「そこは忘れといてくれないか。」
「夜すぎたらオールドレスタに向けて出るわよ。準備しといて。」
「忘れてくれねぇのね…。」
さらりと流され、無駄な黒歴史を作ったディザストロはガックリとうなだれた。