唐突ではあるが"時間"という概念を深く考えたことはあるだろうか。
日が昇り始めれば朝で太陽が真上を向いていれば正午で沈めば夜。
大まかに三種類に分けて一日を測り、あらゆる機関で認識のズレがないよう二十四時間で区切る。
利便上そうなっているだけの作られた時間。
大抵の人間で最も身近なのは"二十四時間と決められた"時間だろう。
しかし、時間の概念はそれだけではない。
不確定でも確定でもあらゆる物事が進む様も"時間"と表す。
たとえ二十四時間の枠組みで測れなくても、世界の中で進み続ける概念そのものを時間というのである。
さて、なぜこのような話になったのか。
それはとある男が無意識に行使してしまっている"魔法"が関係している。
もはや特殊能力と言っても過言ではないそれは、文字通り"未確定な未来を強制的に決定"できる力があった。
無意識の発動が多いせいか、彼自身が実感しているわけではないし周りも平和ボケしていてまさかそんな魔法があるとは思いもしていない。
だが彼の養父だけは違った。
彼自身が特殊な時間に関する魔法を扱える。
故に、気付くまでそう時間はかからなかった。
男の魔法は非常に限定的で"実現可能"なレベルで"不確定な未来"を魔力によって確定できる魔法である。
実現可能でなければ発動しないし、不確定な未来だとあらかじめ予測されなければピクリとも反応しない。
不確定な未来という名のいくつかのパラレルワールドが発生する時空、つまりあらゆる人間の未来の起点になる事象の中で最も望むものを強制的に決定できる魔法といって差し支えない。
そんな大規模な魔法が果たして扱えるのかと言われればほぼ不可能である。
どんなに天才的でも魔法は神が成せる技に遠く及ばないように設定されている。
では、なぜそんなものが扱えるのか。
この男が世界にとって文字通り贄だからなのか、真になるべき王の器だったのか、それともーー
「見事に破けているね。」
「包帯って破けるんだな。」
「普通はこうならないよ。」
「大人しくしてたのになぁ。」
メディウムの利き手である右手に巻かれた包帯が、見事にビリビリに破けていた。
魔力の動きを遮断して魔法を強制的に使えなくする包帯をわざわざ作ったのだが、戦闘にも耐えられるようにかなりの強度を誇っていたはず。
なんせ作ったのはアーデン。
生半可な攻撃ではこうならない。
アラネアの跳躍攻撃やマジックボトルの爆風にさえ耐えられるほど強度がある。
今目の前にあるのは無残に破けた包帯だが。
一応替えをいくつか作っておいて正解であった。
破けた包帯を乱暴に剥いで新しいものを巻き直す。
魔力量は減らず増え続ける一方の筈なのに少しだけ減っているのを感じるが、もしかしたら"また"無意識の未来決定を使ってしまったのかもしれない。
最近は使用頻度が高くて厄介だ。
もう少し遮断能力を強めなければならなくなった。
当の本人はなんでだろうと呑気に首を傾げ、見えない視界の中でパチクリと瞬きをしていた。
「何をしていたの。」
「んー、アラネアに連絡した。スチリフの社の前にメルロの森に行くかなーって思ってアラネアが森から出てくる時間を計算して電話かけた。」
「…はぁ。」
「え、なんでため息ついてんの。」
今の内容だけで二つも未来決定を行っていた。
数人分の未来決定なのでそこまで魔力が減らなかったようだが、一歩間違えれば大惨事である。
スチリフの社に行く前にメルロの森に行く未来決定。
メルロの森から出てくる時間の未来決定。
そのような細かい事象は人間の気分屋なところを利用して不確定事象であることが多い。
容易に変えやすいのである。
だからと言ってポンポン変えていたらその人物の未来ごと破滅に追い込める魔法なのだ。
今回は向かう場所と時間指定が無理のない程度で、向こう側も違和感がなかっただろう。
妙な焦燥感に駆られたりして戦闘中に事故を起こしたら目も当てられない。
もう魔法ごと封印してしまいたいのだが、そうするとこの男は一生起き上がれない体になる。
確かに寿命は伸びるだろうが、外に出ることも叶わず病人のようにベッド生活を強いらなければならない。
利用するために生かしているのに本末転倒である。
戦闘を補助するはずの魔法が宿主本人を蝕む事例など一度もなかった。
自分の容量を超えて魔法を宿すことができないようにこれまた設定されているから。
こともなげに設定をぶち破って未来すら書き換える魔力量を有すこの男は非常に利用価値がある。
弟が真の王になるという未来決定は既に六歳の時にこの男自らが無意識にやっている。
アーデンが計画を話せばそれは絶対に成功すると思い込ませ、ジグナタス要塞の外に連れ出したタイミングで計画を話せば勝手に"成功した"未来決定を作る。
そう、大いに利用させてもらったがそろそろ潮時。
この男の魔法以外にも戦闘面でまだ役立てる。
これ以上はこの男の魔力が暴走する要因になりかねない。
ルシス王国ではこの男のことを預言者だとか賢者だとか称賛するがタネを明かせばなんてことない。
全部男の魔法が勝手に決めたのだ。
最初から外れるわけがないのである。
可能性がある上で願えばなんでもできる阿保みたいな魔法が使える天才は、ニコニコ笑いながら戦争によってあらゆる人間を地獄に叩き落としあらゆる人間を救い上げた。
そして未だにアーデンの計画が完璧だからだと信じきっている。
どうしようもない大馬鹿者だが、二十年も同じ時を過ごした仮初めの子供。
大事にしたいのが本音であった。
「今日はもう寝なよ。色々あったし。」
「あんたが優しいと気持ち悪いな…。」
ニヨニヨと口を歪めて軽口を叩きながら、言われた通りにベッドへと潜って行く。
気づかぬうちに利用されるだけ利用され、その命尽きるまで人として懸命に生きようとする人間らしい道具。
残った篝火はその身を燃料に業火と化した。
身を焦がしながら死にゆく時を待てないこの道具はいつも危ない橋を渡る。
魔法が使えなくなって軋むようになった身体を引きずりながら死んでいるのか生きているのかわからない顔で眠る姿に、なぜか胸のあたりが痛んだ気がした。
ふと、メディウムが眠る前に言葉をこぼす。
「スチリフの社じゃあ、プロンプトがシガイにびびらされているだろうなぁ。」
「…あーあ。」
今の発言も魔力の流れを感じた。
変えられない運命が今、決定した。
ご愁傷様。
スチリフの社前。
日がすっかり暮れて遺跡の外壁に綴られた不思議な文字がほんのりと赤く発光していた。
遺跡が開いている合図である。
アラネアの指示に従って、遺跡の最奥まで進むことになった。
「うわぁ、真っ暗だね。」
「ライトをつけよう。」
「私もライトあるからつけるわ。」
「プロンプト、足元気をつけろよ。」
遺跡内部はかなり入り組んでいるが順路を通って最下層まで行くのが目的。
どこもかしこもシガイだらけで気分が萎えそうになるが、少し進んだところで雰囲気が一変した。
「え?なにあれ!?水?」
「魚も泳いでる!?」
「すごいな…これは。」
スチリフの社入り口付近。
天井一面ガラス張りなのか、水の光が遺跡の内部を照らす。
月明かりに反射してそれなりに明るく見えた。
「ヴェスペル湖の地下に作られた遺跡だからね。ほら、この場所の一番下が目的地よ。」
「飛び降りられそうにないね。」
目的地と思われる場所は帝国兵もあまり踏み入らない場所で現在地から地下四階までに様々なギミックをクリアしなければならない。
アラネアは一度降りたことがあるらしく道を把握している。
今回も案内役ありで進めそうだ。
しかし、飛び降りる方が早そうだとプロンプトが冗談でいう。
「俺はいけるぞ。」
「私も。」
「参考にならないな…。」
真顔で返されても困る。
最新鋭の帝国軍技術とルシスの魔法と生身の人間二人を比べてはいけない。
スチリフの社にはケツァルコアトルというバンダースナッチと同じ神話に登場する野獣が生息している。
戦うためだけに用意されたような地下四階まで行けば相見えることになる。
メルロの森よりは苦戦するかもしれないがその巨体と浮遊する羽の取り扱いに困るだけで力自体は大したことはないらしい。
ここに住まうシガイがノクティス達にとって取るに足らない相手なのも、ボスと同じぐらいの強さを持つシガイが集まる傾向のおかげかせいか。
ギミックに困ること以外は暗さにビビることぐらいだった。
ビビるといえばこの男の出番である。
「ええぇぇぇ!?うっそぉぉぉ!?」
「クッソまたかっ!?」
なぜか恐ろしいほど狙われるプロンプト。
ふざけてメディウムが放った言葉は魔法によって現実になっていた。
理由はどうあれ全てのシガイが第一にプロンプトを狙う。
遠距離のプロンプトに接近戦はまずいと、何度も引き剥がすために前線へとでる三人を無視して一直線に狙っていくのである。
シガイの強さが大したことないので処理はできているが、このままでは身がもたない。
何より心臓がもたない。
現在地地下三階。
シガイから逃げ惑うプロンプトを追って気がつけばここまで来てしまったが、ジリジリと体力がなくなってきている。
一旦休憩できる場所はないのかとアラネアに聞くと今まさに歩いているボタン式の床を踏んで扉を開けるギミックの先に橋があり、その先はシガイ達も入らないセーフエリアになっているという。
そのセーフエリアまで行けば一旦休息が取れる。
「スイッチは全部踏んだわ!急いでセーフエリアまで走るよ!」
なぜだかわからないが必ず驚かせるように登場するシガイ達など真っ平御免とばかりにアラネアが叫んだ。
肩で息をするプロンプトに一旦落ち着くようにイグニスがつき、補助にノクティスが回る。
遺跡で繰り広げられる大量のシガイとの鬼ごっこは急いで駆け抜けて四人が滑り込んだ小部屋で幕を閉じた。
スチリフの社は本来入り組んでいて、あると思った橋が落ちたり直ったりスイッチ踏んだりシガイと連戦したりと色々あるはずなのだ。
ルシス国内屈指のダンジョンのはずなのだ。
それら全てを全部全力疾走で駆け抜けて、ぜーぜーと肩で息をしながら倒れ伏した。
全て軽率な発言をしたメディウムの所為なのだが彼らは知る由も無い。
セーフエリアでぐったりした四人はある意味最速でこれたな、とポジティブに捉えてボス戦に備える。
ケツァルコアトルの情報は様々あるがメルロの森の時と同じように初撃をアラネアに任せてノクティスが追撃を入れるのが無難であった。
イグニスが雷のエンチャントで、プロンプトが銃で対抗する。
ここにたどり着くまでに一時間ほどしかかかっていないためボス戦という気がしないが、駆け抜ければこんなものである。
とんでもない目にあったが早くメディウムを迎えに行きたかったノクティスには好都合だ。
「よし。アラネア、頼んだ。」
「任せて。」
だいぶ仲良くなった四人はアラネアを先頭に、階段を降りて地下四階へと足を踏み入れる。
ケツァルコアトルは、なぜか可哀想なものを見る目でプロンプトを見ていた。
大人しい野獣のようだが戦意と殺気は大いに感じられる。
やるからには手加減しない、と言ったところか。
問答無用で跳躍したアラネアは、ケツァルコアトルめがけて槍を突き立てる。
巨体ゆえに俊敏な動きができないケツァルコアトルはもろにその一撃を食らったが、完全に倒れることなく翼を広げた。
すぐさまノクティスの追撃が入り、プロンプトとイグニスも応戦する。
負担がかかるためにそう何度も落下攻撃ができないアラネアも加勢した。
翼で弾かんと広げ、体を振り回すケツァルコアトルだがノクティス達には当たっていない。
最初の一撃でかなり弱ったのかフラフラ状態だった。
そう苦労せずともケツァルコアトルの体はやがて地に伏し、その命を落とした。
ここ最近の連戦は総じてあっけなく終わっている。
マルマレーヌの森が異常だったのだが、ほとんどの野獣が弱いような気がしていた。
「一丁上がり。」
「ぱぱぱぱーんぱんぱん、ぱんぱ、パァーンッ!」
「豪快なファンファーレだな。」
しかし、思いっきり走らされて違う意味で疲労したノクティスは深く考えずにアラネアの指示に従ってミスリルを採掘してさっさとスチリフの社から出ることにした。
ーーここで深く考えなかったことをノクティスは後々後悔することになる。
もう少し先の話。
ノクティス達のレベル。
ノクティス → 55 +??
プロンプト → 55
イグニス →57
グラディオラス → ??
メディウム → 65
アラネア → 65