オルティシエの観光という名の釣りチームと買い出しチームに分かれたメンバーは、思う存分に満喫しリウエイホテルでゆっくり休んだ。
メディウムを除いた五人はなるべく綺麗にした服に身を包み、首相官邸へと向かっていった。
午後までやることのないメディウムは昨日聞いた伝言を思い出し、一人で車椅子は面倒だと車椅子の生成をやめて人気のない道を緩やかに歩いた。
浮遊せずとも歩けるぐらいには回復したのである。
アップダウンのあるオルティシエの街を進む事数十分。
フードを被りながら進む黒い服装の人間は目立つためかなり気を使ってたどり着いた場所は、外に椅子とパラソルを設置して作られたレストラン。
中でも食事が可能だが街並みを見ながら食べる食事も一興であろう。
かなり端のほうで植え込みに紛れて気がつき辛い場所に、同じように目立つ黒い服装の赤毛の男がコーヒーを飲んでいた。
ディザストロへと姿を変え、大股で男の目の前に座る。
「相席しても?」
「もうしているじゃないか。」
「呼んだのは親父殿だ。で?ご用件は?」
場所が明確に伝えられていない中でここにたどり着いたのは、事前にメールが届いていたからである。
突然の呼び立てに困ったものだが都合のいいことに空き時間ができた。
首相官邸が目の前にあるのが若干恐ろしいが、そうすぐにでてくるわけでもない。
さっさと要件を話せと、赤毛の男ことアーデンを小突いた。
「そちらは順調かなって。誓約はできそう?」
「出来なければ困るのはお互い様だ。」
「優秀な副官で何より。報酬は…ね?」
「神凪、ルナフレーナ・ノックス・フルーレとレイヴス・ノックス・フルーレの命。不足金はこの命で支払う所存だ。」
「物分りが良くて助かるよ。テネブラエまでご案内してあげてね。可愛い俺の子。」
今までと変わらない。
この戦いが終わればメディウムもディザストロも関係なくアーデンの駒になる。
言うことだけを聞いていればいい正真正銘の武器となるのだ。
この男に直接振り回されるのは自分一人で十分だ。
ルナフレーナとレイヴスの命には変えられない。
「それでね、君には重傷を負ってほしいわけだけど体が使い物にならなくなるのは困るんだよ。」
「治る程度に損傷してほしいと。」
「そう。ちょうどいいのがあるよね?」
トンッと胸を人差し指で押される。
さらに付け加えるようにその手を前に出した。
「頑張っている可愛い子にはさらにサービス。ほら。」
軽いノリで出されたのは目を見開く代物だった。
なぜこれをアーデンが持っているのか。
一体どこに隠し持っていたのか。
それは亡き前王レギスの愛剣。
ファントムソードとなった父の剣だ。
「これをどこで!!」
「レイヴス君が君にあげようとしていたから預かっておいたのさ。」
「ファントムソードだぞ!?お前まさかこれも!」
慌ててアーデンの手から奪い取った黒い剣を大事に抱え、悲鳴じみた声を上げているとアーデンは胡散臭かった笑顔を一瞬で取り消した。
久々に見るなんの色もない顔にヒュッと喉がおかしな音を立てる。
憎悪しか宿さない顔でアーデンははっきりと告げた。
「それは俺のものにしてない。」
「で、でもこれはファントムソード…だし。」
たじろぎつつも疑問は止まない。
戦力としてはファントムソードというだけで申し分ない。
徹底的に叩きのめすという意味で父王の剣をうってつけの武器だ。
わざわざ模倣しないのはどういうつもりなのか。
パッと切り替わるテレビのように胡散臭さが戻ったアーデンはやれやれと態とらしげに肩をすぼめる。
「それは君にとって"父王の剣"でしょ?なんか負けた気がするんだよね。」
「へ?負ける?何に?」
「"父親として"ね。」
なんだかよくわからないが、父王のファントムソードが無事ならばそれでいいとディザストロは急遽模倣の魔法を使用して自らのファントムソードに加え武器召喚で剣を飛ばす。
見えづらい位置にある席のため、誰の目にも止まらなかった。
アーデンの言葉の意味は彼にしては珍しく、そのままの意味だ。
父親として最低とまではいかないが酷いものであったレギスよりも存分に愛情と教育を与えたアーデンが、未だに養ってくれたおじさん扱いだ。
父王の剣を持って仕舞えば、自分がレギスに負けたようで嫌だった。
即席で現れたこの剣一本如きハンデだ。
「ちゃんと仕事するんだよ。メディウム王子。」
自分と同じ赤い髪を宿したディザストロの姿で王子の名を口にしながら、アーデンは席を立つ。
追いかけることもできずその場で見送ることしかできなかったディザストロの前に空っぽのカップだけ残された。
一方その頃。
カメリアによって行われた話し合いは、ほぼ現場確認のような状態になっていた。
理由は単純明快。
メディウムの提案に付け加える部分もなく、ノクティスは避難を優先するべきだと主張した。
この時点でカメリアは水神の誓約と啓示をさせてもいいと思っていたが、付け加えて避難誘導に仲間たち三人を貸すと言ってきた。
言われた三人も全く動じることなくノクティスの決定に従う心算のようだ。
その代わりにルナフレーナを誓約と啓示の時まで保護してほしいと。
断る理由もなかった。
神凪というものは世界中の人々の心の支え。
生きているというだけで世界に希望を与える存在を蔑ろにするなど、国民の期待を裏切るに等しい。
話し合いはスムーズに進んでいく。
「では、貴方と神凪で儀式を行うと。帝国軍の横槍は避けられない。私たちは手を出せないけれどそれでもいいと言うのね?」
「こちらが一方的に迷惑をかけている状態で、更に手伝ってくれとは言えない。…国民とその土地を大切に思う気持ちは俺にもあんたにもある。人命が何よりも大事で、街並みもなるべく破壊しないように努力するつもりだ。」
街は人がいれば何度でも立て直せる。
優先順位は人々、街、神凪の順だ。
帝国軍の横槍は避難援助に向かう仲間たち三人が何とかしつつも自分は啓示を貰うために訴えるしかない。
すんなりもらえないとは、事前にルナフレーナを通して聞き及んだが巨神よりも酷いとはどの程度なのか。
神とは凄まじいものだとつくづく思う。
ノクティスの真っ直ぐな顔を見てカメリアは少し微笑むと、ノクティスに手を差し出した。
「貴方が父親そっくりに育ってくれて本当に良かったと思うわ。ルシスの新王。」
「俺も、あんたがこの国の首相で良かったと思う。国民は幸せだな。」
その手を取ってノクティスは力強く握手をする。
お膳立てされた交渉ではあったがカメリアはたしかにノクティスの奥底に王としての資質を見出した。
知恵でも力でもない。
たしかに人々を、民草を愛する王の顔。
護るべきものが自分ではなく国民であることをまだ甘いながらも理解し始めたノクティスをカメリアは好ましいと思った。
なるほど、メディウムが弟を推すのがよくわかる。
「神凪はこちらで保護するわ。避難誘導の作戦概要を別の部屋で聞いてちょうだい。決行は全てが整う三日後。」
カメリアの指示で部下らしき人に連れられてノクティス一行が部屋を出る中、ルナフレーナはカメリアに呼ばれてこの部屋に残る。
ここで彼らとはお別れ。
儀式の時にまた会うことになる。
数分ほどいくつかの書類をまとめて持ちながら、カメリアの先導でルナフレーナは隣の部屋に移動すると湯気のたった紅茶と応接セットがセッティングされていた。
丸テーブルに向かい合うように三つの椅子が置かれ、二人がそれぞれ席に着いた頃に三人目があらわれる。
言わずもがなメディウムであった。
「おや。お待たせしてしまったか。」
「時間の十分前よ。私達が早すぎただけ。」
「お話し合いはそれだけ順調だったと。」
椅子を引いて座ったメディウムは、まだ暖かい紅茶に角砂糖を二つほど入れてミルクをたっぷり注ぎ込む。
甘ったるいミルクティーに頬を緩めながら、カメリアから渡された書類に目を通した。
手慣れたようにパラパラと流し読みすると、無言でその紙をチリ一つ残さず燃やし尽くした。
呆気にとられたルナフレーナと澄まし顔のカメリアを冷たく一瞥する。
「下らん。」
「"現実的で最高な未来"でしょう。貴方達"親子"が導き出した答えとしてとても平和的な案だわ。」
「レギス様とメディウム様が?」
「いいえ、違う。彼とアーデン宰相のことを私は親子と言ったの。」
目を見開いたルナフレーナがメディウムを見つめる。
光すらも映さない濁った瞳でカメリアを見つめるメディウムはまるで別人のようであった。
その瞳にルナフレーナは見覚えがある。
「それは…まさか。」
「聡明な神凪ならすぐにわかるでしょう。もう隠さなくていいわよメディウム…ディザストロと呼んだようが適切かしら。」
カメリアが呼んだ瞬間にメディウムの姿が変わる。
いつのまにか変わった服装はニフルハイム帝国政府首脳部副官の制服。
ご丁寧に白い外陰を羽織、胸元にいくつものバッジをつけている。
完璧な外交時の服装。
赤毛と橙の瞳がギラギラと映る。
理性と本能の狭間を悠々と渡り歩き、目の奥に静かな黒を濁らせる様は恐ろしいとしか言い表せない。
「理解に苦しむ。神凪に俺の顔を見せる必要があるか?」
「不誠実じゃないかしら。今までずっと騙していたなんて。」
「何を馬鹿なことを。隠していたのであった騙したのではない。」
「カメリア様は知って…!」
「いいえ。確信を持ったのは昨日。入国の時の話よ。うまく騙されたものだわ。」
入国審査官の報告はディザストロ・イズニアが入国したという話だった。
それに付随して五人ほど入国したと聞いたが、それで確信した。
元々匂わすようなそぶりがいくつもあった。
答えにたどり着くまで随分かかったが彼にとって今が潮時なのだろう。
わざわざ掴みやすい尻尾を出してきた。
ルナフレーナは戦慄した。
まさかテネブラエを侵略し、シガイの温床と化したニフルハイム帝国の中でも最もシガイの王に近いディザストロ・イズニアがメディウム・ルシス・チェラムと同一人物だったとは。
「黙っていたのは悪かった。だがこちらも致し方ないことだったのだ。なにせ"使命"なのだからな。」
「私に語った使命は嘘だったと言うのですか!?」
「いや。本当だ。しかしまあ。全部は話していないな。俺に与えられた使命は二つ。神凪なら聞き及んだことがあるのではないか?」
ルナフレーナの顔が真っ青になる。
使命とは通常一つしか与えられないものだが、稀に二つ与えられることがある。
最初はルシスの第二王子だった。
数百年前に第一王子が王となり、王弟は神々に王を支える使命ともう一つ使命を与えられた。
その内容は誰にも語られることなく王弟は消え、一ヶ月後に見るにも無残な姿で発見された。
悲しみに打ちひしがられた王は神々に使命を問い詰めたが答えてもらえず、結局王自身も魔法障壁に寿命を削られて亡くなった。
その次は神凪の一族の次女だった。
神凪に就任した姉と仲睦まじく過ごしていた少女に神々が使命を与えた。
姉を支える使命とともにもう一つ。
かなり長期の使命だったらしく、テネブラエを出て二年ほどしてから少女は帰ってきた。
まるで人形のように反応しなくなった酷い姿で。
精神が崩壊した少女はのちに狂ったように叫びながら自殺した。
姉の神凪は妹の分までシガイに襲われた人々を治療し続け、無理が祟って若くして亡くなった。
そのどちらもが同じ使命を負わされていたと聞く。
後に何人かが同じ使命を背負わされ、誰もが無残な死を遂げた。
例にもれないならばメディウムもまた。
真っ青になりながらも唇をかみしめてメディウムを見つめた。
今にも泣きそうな顔である。
「…何を聞いたのかは知らないが概ねその予想であっている。誰よりも長くその使命を続けられているのは不思議だがな。」
「その潮時が、今なのね。」
「少し違う。一区切りといったところだ。クライマックスへはまだまだ先。この酷い使命は俺で最後になることを願うしかない。」
神達は酷い。
人の気持ちを汲み取ろうなどと毛ほども思わない。
その結果がこれなのだから笑えてくる。
神などと手を切ってしまえればどれほど良かっただろうか。
「この選択に後悔はしてないけどな。たとえ裏切りであろうとも、あいつは。シガイの王は俺の育ての親なんだ。」
アーデンは酷く荒れている。
メディウムと同じような使命を与えられた先代は彼に気に入られなかった。
好きなようにしても全く抵抗しない神の使いなど憎悪の対象でしかないだろう。
その手口は代を重ねるにつれて悪化している。
だが皆一様にシガイになることを強要されていた。
アーデンは、心のどこかで同じ存在を求めていたのかもしれない。
メディウムも最初に要求された。
「…黙っていて悪かった。俺はシガイの王と同類だ。身体の中にシガイを取り込める。才能が、見つかった。」
メディウムがアーデンに家族として認められた理由がそれだった。
二千年と数十年前に一人だけ現れたシガイの王になれる才能。
今までアーデンが黙っていたが、メディウムの体を治療する際にボソッと爆弾を投下してきた。
体にシガイの病こそいないが、いつでも後継になれるほど完璧だと言う。
「この使命は程のいい厄介払いだ。邪魔なものを神の名の下に殺していく。たまたま俺が生き残ったのは世界の厄災になれる才能があったからだ。」
ディザストロという名に嘘偽りはない。
まごうことなき厄災。
誰もかばうことのできない負の始まりがこの体だと、メディウムは悲しんだ。
もし才能がなければ今頃先代達と同じ末路を辿っていたことだろう。
死にたくても殺してもらえず、逃げたくても逃げられない。
挙句何もかもを諦めて心すらも消えていく。
「…死んでいればよかったのだと何度も神々に言われた。だが俺はただで死にたくはない。人として行きられないならば愚かな獣らしく、道具らしく無様に足掻くつもりで生きている。」
今を生きていけるのは自分が世界を無茶苦茶にできる才能があるから。
世界を守るルシス王家は反対に壊すこともできる。
その最たる例がアーデンであり、芽となるのがメディウムだった。
相反する力を持ち続ける体は次第に崩壊へと向かっていく。
立っているのですらやっとの体は、もはや回復の見込みがない。
もう二度と走れない体になってしまった。
「俺はどちらも救いたい。シガイの王とて…親父殿だって被害者だ。その責任を全て親父殿に押し付けた神々を俺は許しはしない。断じてだ。あいつらの思い通りなんかにはさせない。誰も!死なせたくなんてない!」
テーブルに叩きつけられた拳に揺られてガチャンッとカップが音を立てる。
傷跡だらけの無骨な手をルナフレーナがそっと撫でた。
誰もが生きている間に何度でも地獄を味わう。
メディウムの地獄は産まれた時からずっと続いている。
外に美しい世界があることを知らない。
優しい人々を理解できない。
けれど、同じように地獄を歩む人々に朧げに見える出口を案内する。
彼らが外の世界で知らない何かに出会えることを願って。
「メディウム様。どうするおつもりなのですか。既に誓約も啓示も半分が終わってしまいました。ファントムソードも、私の鉾と帝国領にあるもの、レギス様のもののみ。」
「今までと変わらない。神々の言う通りに進んで最後に盛大にどんでん返ししてやるのさ。俺の恨みつらみ全部込めてな。」
落ち着いたメディウムはもう一度椅子に座り直し、ルナフレーナの手をそっと外す。
静かに聞くだけだったカメリアが軽く息を吐いて頷いた。
「事情はわかったわ。つまり貴方はどちらでもない。ルシスでもなければ帝国でもない。第三勢力。ルシスに付く方が万人が幸せになるから付いていると。」
「身もふたもない言い方をすればそうだ。ニフルハイム帝国政府首脳部ではあるが、チクったりはしない。」
「ならいいわ。貴方を信頼できない状況にしたくない。厄介すぎる。」
カメリアがディザストロとメディウムの同一化を図ったのはどちらの顔が本当なのかを探るため。
蓋を開けてみればどちらの顔も作り物で、三つ目の顔は世界のために奔走する勇気ある青年だ。
彼と敵対する意味もない。
ならば話は終わりだと、カメリアは紅茶を飲み干す。
彼女はメディウムが敵か味方か測りたかっただけだ。
騙す騙されるの余計な単語を足したのはメディウムの本心と計画を聞くためである。
怪我ばかりする友人が珍しく気持ちを吐露する姿は新鮮だが、同時に助けたいと思う姿だった。
「困ったことがあったらできるだけ言いなさい。なんとかしてあげるわ。」
「助かるカメリアさん。」
「少しは誰かを頼りなさい。見返りはきちんと後で請求してあげるわ。」
「キッチリしてんなぁ。」
「今回の見返りの話を詰めるわよ。神凪、よく聞いていなさい。」
大々的に民衆を味方につけるには神凪の存在は必須。
儀式の損害を省みて出した提案にはもう一文提案が書かれていた。
「神凪ルナフレーナによるスピーチ。期待してるよ?」
「え!?」
世界に勇気を与えるのはルナフレーナの役目だろう?
※あとがき補足
オルティシエでレイヴスとルナフレーナが話している時、ルナフレーナは「体がうまく動かせない。」と語りましたが、本作ではまだまだ元気です。
常人より疲れやすい程度で体に支障をきたす程ではない。
その代わり主人公はもはや走れなくなっています。
魔法や魔力を駆使すれば走るどころか音速で駆け抜けられますが、果たしてそれがいいことなのか悪いことなのか。
エピソードイグニスプレイ済みのためオルティシエでは裏方目線で進みます。
ネタバレが多々あるかもしれません…この機会に是非エピソードイグニスを…来年はエピソードアラネア、ノクティス、ルナフレーナ、アーデンもでるらしいので是非…!