つるりとした少し重い小冠を鏡の前で撫でる。
王に最も近い証とも言える角はこの大一番に相応しい。
本日はルナフレーナの演説とメディウム・ルシス・チェラムの演説がオルティシエの首相官邸前で行われるとあって、世界中の人間がラジオやテレビに注目していた。
行方不明であり安否を気遣われていたルナフレーナは勿論のこと、王都の一戦以来今まで沈黙し続けていたルシス王国の代表とも言える第一王子の登場は世界で波紋を呼んでいる。
ニフルハイム帝国により死亡を通告されていたのが尚更動揺を広めていた。
亡国になりかけているルシス王国に新しき王が台頭するのを今か今かと待っている国民には朗報だ。
「――ノクト、配置についたか。」
「――ああ。演説台がよく見える。」
「――いよいよだね。」
「――スタートの合図は任せたぞ。兄王様。」
「任された。皆気張っていけよ。これは決戦前の前哨戦だ。負けは許されない。俺に恥をかかせるな。」
「「「「――了解!」」」」
耳につけたインカムの向こうで仲間達が呼応する。
これ程までに頼もしい者達はいない。
緊張の面持ちで出番を待つルナフレーナが力強く頷いた。
「二人共。出番よ。」
時間は午前十時ジャスト。
呼びに来たカメリアの言葉とともに椅子を立ち上がる。
「行こう。ルナフレーナ。」
「はい。未来のために。」
ブレーキのない列車が動き始めた。
演説の場へと現れたルナフレーナに多くの民衆が歓喜した。
平和の象徴たる神凪は水神と対話するにあたり、オルティシエの人々に助力を願い出たのである。
街が破壊されるかもしれない危険な儀式に皆一様に不安そうな顔をした。
避難しなければならないと言われても帰ってきたら家が壊れていた、なんてことになったら最悪だ。
しかし、神凪に協力したいと思う者もいる。
そこでメディウムとルナフレーナは考えた。
その協力者たちをルナフレーナの演説で波に乗せて、一度に流して仕舞おうと。
祈るように手を組んだルナフレーナに人々は静まる。
「これから発する私の言葉が、世界中の人達に届くことを祈ってやみません。」
ルナフレーナの言葉を世界に。
いくつものマイクとたくさんのメディア。
現地に集まったオルティシエの人々。
全てに届くように。
「世界は今、光を失いつつあります。このままでは世界が闇に覆い尽くされてしまうでしょう。」
神々に世界を託された我々が奮闘していることを民衆は知らない。
悲痛に濡れた神凪の声を不安そうに聞く。
「闇は人の心に争いや悲しみを生みます。ルシスで起きた、あの日の惨劇のように。」
停戦協定も結べなかった。
多くの人が散っていった日。
記憶に新しい悲劇の日に皆一様に俯く。
「でも、どうかご安心ください。私達には大いなる神々のご加護があります。闇を払い。星々の光を甦らせる。神々の御力があるのです。」
果たしてその神々は信頼できるのだろうか。
我々を、戦う道へと突き落とした理不尽な神々。
いかにも神らしいあれらは味方と言い切れるのだろうか。
忌々しいことだが民衆にとって神とは絶対的なものだ。
メディウムにとって厄災だとしても民が安心できるのならそれはまさしく救いの神だ。
「私は、オルティシエに眠る荒ぶる水神。リヴァイアサンの御力をお貸しいただくために参りました。」
あの病の元凶が望むならば神でもなんでも利用してやらねばならない。
ルナフレーナは、知らないだろうけれど。
「これから、水神との対話の儀に臨みます。そして今、ここに御約束します。」
ああ、美しき姫君よ。
これが君の最後の戦いとならんことを。
「神凪の誇りにかけて世界から闇を払い、失われた光を取り戻すことを!」
同調した民衆が声をあげた。
小さく震えたルナフレーナは愛すべき王様に向かって小さくお辞儀をし、後ろへと下がってきた。
盛り上げた空気を氷点下まで下げる自信のあるメディウムはあまりハードルを上げないでくれと苦笑いとともに肩をすくめた。
「お義兄様の番です。」
「ほお。イイとこ見せなきゃな。」
完全武装の王族はこの上なく凛々しいものだ。
ルナフレーナと入れ替わりで立ったメディウムに民衆がザワザワと沸き立つ。
滅多に表に出てこないメディウム・ルシス・チェラムその人のご登場である。
軽く深呼吸をし、そっと携帯に魔力を流した。
「ルシスの民達よ。世界の人々よ。聞こえるか。私は生きている。あの日、あの王都で弟とルナフレーナと数名の護衛と生き延び今この場に立っている。」
王都にいたのはルナフレーナとメディウムだけだが、ノクティスの生存も報道するべく共にいたと嘘を吐いた。
今や確認する手立てもない。
嘘でもなんでも言える言葉を吐けばいい。
ルナフレーナよりもずる賢い物がメディウムにとって真にたる言葉なのだから。
「王都は壊滅した。多くの民が巻き込まれた。多くの兵が犠牲になった。――家族が、帰らぬ人となった。」
上がっていた顔がだんだんと俯く。
喪ったのは国民だけではない。
王子とて同じように大切なものをあの王都に置いてきてしまった。
二度と取りには戻れない、あの地へ。
「だが国は生きている。国がまだ生きている。多くの民が生きようともがいている。私達王族は民を守る為に一早く第百十四代目国王を決めた。」
何よりも重要なことを。
「新しき王は私の弟。ノクティス・ルシス・チェラムがその座へとつく。」
メディウムではないのかと周囲がざわついた。
帝国に狙われるかもしれない表舞台に出てきた彼が王にならない事があり得ないのだろう。
当事者からしてみれば演説なんて危険なもの命知らずの捨て駒がやれば良い。
王自らが出向くのは決戦の時と全てが片付いてからだ。
「国は存続していけるがニフルハイム帝国に沢山のものを奪われた。停戦協定?平和への道?そんなものあちら側がぶち壊した!」
あくまでルシスが戦争する気満々だったのは伏せておく。
敗戦国など不利以外の何者でもない。
事実は全部隠して仕舞えば良い。
帝国がぶち壊してしまった平和と共に。
「貴殿らが壊したものがどれだけ尊きものか知らなかったのか?我々は国のほとんどを喪う決断までした!平和のために!その結果どうだ?何もかもが崩れ去った!!」
怒りに震えろ。
憎悪にもがけ。
闇落ちする勢いで訴えろ。
メディウム・ルシス・チェラムは国の代表。
国民の声を口に出せ。
「我らが民達よ!答えよ!喪った物を数えよ!在るものを目で捉えよ!平和など、どこにある!望んだ未来はどこにあるのだ!」
悲痛な叫びが世界の人々を揺らす。
そこに佇むのは全てを失った嘆き。
惨劇の日に叫んだ人々の苦痛に歪む悲鳴の合唱。
携帯に通した魔力は電波を伝ってルシスの人々に繋がっている。
それら全てマイクに繋がるように電線のごとく魔法を施した。
声をあげられなかった民達が口々に声を出しては驚く。
「――平和なんでどっかにいっちまった。」
「――やっと戦争なんて終わると思ったのに。」
「――帝国のせいでみんななくなっちゃった。」
それら全て、世界の人々が聞いている。
声を揃えて言うのだ。
ニフルハイム帝国に奪われた事実を。
無くしてしまった悲しみを。
声に出して今こそ。
「神凪は言った。世界は闇に覆われつつあると。」
全てを正当化しろ。
ルシスは悪くないのだと波に乗せろ。
民衆が気付く前に叩き潰せ。
押し付けてゴリ押せ!
出せるだけ不満を口にしろ!
その全てを"本当の意味で正しく"してやる!
メディウムという人間は父親を殺されて故郷とも呼ばぬその地を壊されて淡々としていた。
けれどそれでも。
怒っているんだ!
忌々しい神どもに!
侵略してきた帝国に!
全てに加担し何もできなかった自分に!
血管がブチ切れそうなほど怒っているんだ!!
「闇とはなんだ?その定義は誰が決める?」
ガキンッ!とクラレントの切っ先が地をえぐる。
インカム越しに声が届く。
怒るどころではないお前らの分も叫び上げてやるのさ!
「決められないならば私が決めてやろう!世界の闇とはニフルハイム帝国に他ならない!!」
怒れ!
嘆け!
喚け!
ルシス王国と言う名の我々を敵に回しておいてタダで帰れると思うなよ!
「帝国よ!大義名分でもあるなら申してみるが良い!我々は復讐など悲しい理由は掲げない!人々を不幸にする言葉など必要ない!」
メディウムの言葉は悲しみと怒りに彩られながらも確かな活力で心を満たす。
ただ怒っても敵は倒せない。
ただ嘆いても時は過ぎていくだけだ。
最初に望んだものを見失ってはならない。
結局最後は笑った者が勝ちなのだから。
「沈黙の時はやめだ!我らは一貫して平和を望む!奪ったクリスタルのツケ!散らした命の対価!悲しませた人々への利息!全て奴等に払わせてやる!」
皆は知らなかっただろう?
ルシス王国の第一王子は――。
「耳揃えて!返してもらうぞ!!」
意外と野蛮で怒りっぽいんだ。
クラレントを天高く掲げ、ファントムソードを身に纏う。
雄叫びをあげる民の声が電波と魔法を通って世界に響き渡る。
思わずオルティシエの人々も声をあげた。
この人が王でないのが不思議でならないほどに、威厳が溢れていた。
落ち着くのを待たず声を張り上げる。
今が畳み掛け時だ。
この雰囲気で流して仕舞え。
「ルシス王国は神凪の導きと神々と共に闇と戦う。最後に平和を掲げられるように!」
その為に水神リヴァイアサンの力がいるのは既に理解したのかオルティシエの人々は避難誘導の説明もきちんと聞いてくれていた。
あとは後任に任せても大丈夫そうだ。
インカムに慌ただしそうな音声が聞こえ始める。
もういいか、と儀式に付き添うために後ろを向く直前ノクティスと目が合った。
インカムに声が届く。
「――やっぱ兄貴ってすげぇわ。」
「ばーか。その内お前のほうが凄くなるんだよ。王様。」
だって夜明けをもたらすのは王様だろう?
だから早く上がってこい。
階段を堂々と踏みしめて。
ルナフレーナが待つ祭壇への足が震える。
これからの戦いで死ぬほどの大怪我を負って終わることへの恐怖か。
裏切りが露見することへの懺悔か。
あんな大見得切ってデカイこと言っておいてこのザマか。
自分が踏みしめられ無いんじゃ世話ないな、と空を仰いだ。