兄として
王都インソムニアの陥落。
ガーディナ渡船場にて知った情報の真偽を確かめるべく、ノクティス達は王都インソムニアへの道を引き返していた。
「何があったんだよ!」
「わからないから確かめに行くんだ。」
苛立ちを隠せないノクティスに運転席のイグニスが焦るように言葉を吐く。
助手席にいるプロンプトも窓に叩きつけられる雨を不安そうに眺めノクティスの隣に座るグラディオラスは険しい顔でフロントガラスの先を見据える。
車のラジオから父と兄、ノクティスも死んだと報じられ一行の不安は大きくなる。
騙された家族への怒り、生存すらわからない悲しみ。
名前をつけることもできない感情と確かに感じる焦りを募らせた。
調印式が行われた場で騒ぎが起こり、ルシス国王陛下であるレギス、メディウム、ノクティス、ルナフレーナが死亡。
同時に条約の締結は無期限で延期という知らせも続いていた。
「繋がらねぇ...!」
「メディウム様は帝都に旅立つと仰っていた、調印式に出ていたとは考えにくい。」
「帝国が情報を操作している可能性か。」
父と兄は無事なのか。
そもそも同じオルティシエに向かっていたはずのルナフレーナはどうして王都にいたのか。わからないことだらけで何も思考がまとまらない。
頭がこんがらがりすぎて、逆に何も考えていないような顔で外を睨みつける。
「冗談だろ……」
「そうなら、良いのに。」
呆然としたノクティスの言葉にプロンプトは縋るようにこぼす。
笑顔で見送られたあの日、メディウムもレギスも何も言わなかった。
生存も危ういレギス、生きていても敵地にいるかもしれないメディウム。
苛立ちはさらに募る。
「騙されたのかよ、親父も兄貴も…!」
「陛下もメディウム様もそんな人じゃないってわかってんだろ。」
「わかってるよ!」
グラディオラスの言葉にただ悪態を吐くことしかできない。
彼らはそんな愚鈍ではない。
ルシスを支えてきたレギスは言うまでもなく、メディウムの先読みは神々の啓示とまで歌われた。
そもそも国外情勢については実際に目にしているはず。
メディウムが騙されることなど。
だというのに新聞では両者の死が報じられている。
そして一行の中でノクティスの怒りを受け止められるものはいない。
放つことのできない怒りでぐるぐると頭が回る。
インソムニアへつながる橋が見えてきたところで、イグニスはレガリアを止めた。
「ダメだ。王都への橋が封鎖されている。」
「準備が良すぎる。最初から罠だったってのか。」
ニフルハイム帝国の魔導兵と魔導アーマーの大群がずらりと並び橋への道を封鎖している。
王都へ向かおうとした車を魔導兵が確認しているようだ。
この数を四人で切り抜けるのは不可能に近く、切り抜けたところで王都への道は遠い。
「脇に高台があったはずだ。そこからなら王都の様子を確認できる。」
グラディオラスの提案にイグニスは脇道にレガリアを止める。
高台にはレガリアでは向かえないため、徒歩で行くことになる。
レガリアを降りると冷たい雨がノクティスたちの頬を濡らす。
急かされる気持ちと無事を祈る思いで我先にと走り出す。
「ここにも魔導兵...。」
レガリアでは溜め込むしかなかった怒りを込めて、シフト魔法で次々と打ち倒していく。
イグニスたちが援護に回るよりも早くその剣を投げつけていくのだった。
質より量を体現した兵器、魔導兵。
ニフルハイム帝国が研究を進め、大量生産を可能とし人型の自立駆動のロボット。
ある程度の判断能力と食事も補給もほぼ不要で物理的に破壊されない限りは半永久的に動き続ける。
これ自体は確かに常人より大きな出力があるものの、ルシス王国の精鋭の敵ではない。
彼らの強みは無補給であることと質より量の戦術。
たとえ相手が一騎当千の猛者だとしても、万で襲いかかればあっけなく砕かれる。
言い換えれば、彼らの強みを十全に発揮するには数を揃える必要がある。
今のような不意打ちのように高台を駆け上がるルシスの王族と精鋭達の敵ではない。
「ノクト!突っ走るな!」
グラディオラスの大剣が魔導兵の頭を吹き飛ばすと同時に先へと進むノクティスに怒鳴りつける。
後ろではイグニスが双短剣を魔導兵に突き刺し、プロンプトが足を撃ち抜いている。
前を行くノクティスは魔力残量など気にもとめず、シフト魔法を駆使し高台で狙い撃たんとする魔導兵を各個撃破していく。
本気で暴れまわる王族に追いつくことは、生身のグラディオラスには不可能。
しかし、家族を心配して焦る気持ちは同じ。
王の盾たる父、クレイラスは。
守るべき王に置いてかれる王の盾など笑い話にもならない。
もしも。
レギス陛下の死が確かなものであるならば。
身体だけでなく王の心も守ることを誓った父は既に。
ノクティスが家族の安否を心配する中、グラディオラスもまた家族への不安とこれから自分とノクティスにかかるであろう責任に想いを馳せた。
王都が見える丘に到着し、見えた王都の状況は目をそらしたくなるような光景。
王城は見えないが、立ち上る黒煙と群がるように王都へと向かう揚陸艇や飛空挺の数がルシスの状況を何よりも物語っていた。
プロンプトは手元のスマートフォンを弄り、ラジオに接続し生存の確認はできていないのかと音量を上げる。
しかし流れてくるのは新聞で得られた情報と変わりはしない。
そんな中、ノクティスの電話がある人物に通じる。
コル・レオニス。
王子であるノクティスが小さい頃からレギスに仕えており、あの見送りの日はいなかった人物だ。
「ーーノクティス王子か。」
電話越しの声は寡黙な声であり、同時に悔やむような色をにじませる。
「どうなってんだよ!なんで王都がっ!」
「ーーいま、どこにいる。」
「外だよ。そっちに戻れない!」
「ーーなら、意味はあったのか。」
「何言ってんだよ!」
安堵したようなため息が電話越しに聞こえ、蚊帳の外に置かれているノクティスは苛立つ。
父と兄が死んだかもしれない。
そんな一大事にのうのうと仲間達と外を楽しんできた自分に何の意味があったと言うのか。
「何もかもわかんねえ、これはどうなってんだよ親父、兄貴、ルーナはどうなってんだ!」
「ーーオレの知りうる情報は全て話す。一度ハンマーヘッドに向かえ。」
「はぁ? 何言ってっ!」
「ーー陛下は、亡くなられた。」
無力感と後悔。
血反吐を吐くようなコルの声に言葉も出ない。
ノクティスは実感など沸かぬままに、王都を見据える。
帰ることの叶わなくなった故郷を見つめ、今最も頼れるであろう人物の安否を問う。
「兄貴は。」
「ーーわからない。情報も含めわからないことも必ず全て教える。だから王子、一度安全な場所に。」
「ああ...。」
「ーーどうか無事で。必ず、また会おう。」
電話が切られ、ノクティスはただただ襲いくる虚無感に揺られていた。
状況がわからない苛立ちと怒りは落ち着いたがそれ以上に家族を失った心の傷が大きい。
足を動かす気力もない。
こんな時に、いつも助けてくれた兄の番号に何度も何度も掛け直す。
だが、繋がることはなかった。
仲間達に促され、レガリアの元へと戻る。
コルに指定されたハンマーヘッドへと向かっていった。
ハンマーヘッドへと向かう途中のレガリアの中でピロリッとノクティスの携帯が鳴る。
慌てたように確認すると、一通のメールが届いていた。
送信元のメールアドレスはわからないが件名が誰からなのかを物語っている。
「兄貴...!」
「メディウム様から!?」
「無事なのか!」
「ノクト、読み上げてくれ。」
思わず声をあげると、助手席に座るプロンプトが後部座席に身を乗り出し隣に座るグラディオラスが携帯を覗き込む。
運転していて画面が見られないイグニスの要求に短く返事をして内容を読み上げた。
「"親愛なる我が弟とその仲間達へ。このメールは王都での出来事が落ち着くおおよその時間に自動送信するように設定されている。リアルタイムでの送信ではない。俺を心配しているであろう君らをおちょくるためだけに作成した長文メールなのである。生きていると思って期待しちゃった?残念でしたー。まだ教えませーん。怒った?ねぇ怒った?"」
イラッ。この心配して損したと思わせる内容はまさしくメディウムのもの。
しかし、重要な情報があるかもしれないと読み続ける。
「"おそらくイラつくだけで終わるであろう良い子ちゃんの君たちに、良い情報と悪い情報がある。気分的に悪い情報から。一つ、レギス陛下は確実に助からない。これは確定事項であり、どんなに手を尽くしても変えられない未来であり現在であり過去だ。残念ながらルシス王家は俺とノクトの二人だけになった。"」
無機質な文字ではっきりと綴られる父の死。
携帯を握る手が強くなるがこれを書き記した兄はどんな気持ちで書いていたのだろうか。
手を尽くしても変えられない。
ルシス王家は兄と自分だけ。
未来すらも見通せると言われた兄は誰よりも先に気づいてしまったことだろう。
誰よりも長く悲しみ、責任を重く感じているだろう。
「"次の王はノクティスとなる。正式な儀式や式典などはないが今この文を読んだ時から王であると心得ておけ。そしてグラディオラス、王の盾としてノクティスをよろしく頼む。なぜ俺が王になれないかはコル将軍が教えてくれることだろう。全ては教えられない。だが必ず教えるその時まで待ってほしい。"」
責任の重さを伝えるような文に身を硬ばらせるが、申し訳ないというより今は知るべきではないと首を振り悲しそうに眉を下げる兄が眼に浮かぶ。
「"そして良い情報。ルナフレーナ様は無事だ。これはレギス陛下と同じく確定事項。揺るぎないものである。さらに帰ることはできないが、君らは壁の外。旅を続けることができる。希望と未来は潰えていない。"」
ルーナは無事。
その一文だけで沈みかけた気分が浮上する。
リアルタイムの情報ではないが、帝国が情報規制をする中でメディウムの先読みほど信頼できるものはない。
そして旅はできるという言葉。
まだ未来はあり、希望はその手にある。
「"さあ、情報の整理もついて来たか?気分も落ち着いて来ただろう?ではここからは軍師殿と新王にお知らせだ。他の者も心に留めておくように。"」
軍師への要点は二つ。
一つ、クリスタルはすでにニフルハイム帝国の手に渡っているが、光耀の指輪がなければ機能しないこと。
二つ、ニフルハイム帝国皇帝の狙いは指輪に絞られていること。
ニフルハイム帝国の意識は、バラバラであり決して一枚岩ではない。
魔導兵や准将を避けられればルシス国内では逃げ切れる。
「"最後に新王へ。我が弟よ。重く捉えることなかれ。お前の周りには三人も仲間がいる。悩みを共有できる友がいる。頼れ。お前たちはルシス王国を背負っているのだと知れ。以上。追伸、コル将軍の言うことをきちんと聞くように。"」
最後の最後に茶化すように余計なことを。
先ほどまでの暗く重い雰囲気はどこかへと消えていた。
俯いていた顔はいつのまにか前を見据えている。
メディウムは理解しろとは書かなかった。
ただ知っていてほしい。その肩には国そのものが乗っていることを。
だからといって一人で背負っては欲しくない。
仲間がいることを、支えてくれる人を知れ。
大事な時に最も頼れる兄の言葉は状況を理解する冷静さを取り戻させ、未来を見据える気力をくれた。
彼の安否はまだわからない。
しかし、彼は今も一人で戦っている。そんな気がした。