体もだいぶ軽くなりレイヴスのお墨付きをもらって、メディウムは食堂車を訪れていた。
片時もメディウムのそばを離れないレイヴスも一緒だ。
いい加減個人行動をしても良いのではないかと提案したがなしのつぶてだった。
二十四時間監視体制のようでジグナタス要塞を思い出す。
コンテナに引きこもっていると余計に気が滅入りそうで、食堂車まで出てきた。
食べられそうな果物をもそもそ食していると向かい側の扉からグラディオラスが顔を見せた。
「お、メディとレイヴス。おやつか?」
「さっぱりしていて甘いぞ。一個どうぞ。」
背もたれのあるボックス席に向かい合って座っていたメディウムとレイヴスの元へ当たり前のように近づいてくれるのは今のところノクティスとグラディオラスだけだ。
最近はイグニスも努力が見られるがまだ堅苦しい。
プロンプトはレイヴスにビビってこちらが申し訳なく思うほどカッチカチになってしまう。
メディウムの隣に座ったグラディオラスにフォークに刺さったリンゴを差し出すと迷いなく口にした。
「甘いな。水分たっぷりだ。食が細くなっているメディにはぴったりだな。」
そう言いながら手に持っていたスポーツドリンクを差し出す。
グラディオラスも水分補給用に買ってきていたようだ。
寝たきりの時間が長いと心配させてしまっていた。
「見舞いの品と思ったんだが、優秀な盾がいるみたいで良かった。」
「優秀な
貰ったスポーツドリンクを開けると比較的飲みやすいタイプのものだ。
風邪をひくとたくさん水分を取れ、なんて言われるものだが寝たきりで飲みたがらないメディウムもそれに当てはまるだろうか。
何はともあれ様子を見に来てくれるだけで嬉しい。
グラディオラスは巨人戦以来、心からの信頼を預けてくれている。
不必要な接触はしてこないし王の盾としての心構えも立派なものだ。
それ故に煮え切らないノクティスに苛立つこともあっただろうに。
イグニスのような庇護する優しさではない、共に並び立ち兄貴分として少し先を先導してくれている。
「俺がいなくなっても、兄貴がいるから大丈夫だな…。」
ピクリとグラディオラスが肩を揺らす。
小さく言ったつもりが聞こえてしまったようだ。
険しい顔をしたグラディオラスが静かにメディウムを見る。
「…メディが何をしても俺達にやめさせる権利はない。実際助かっているし先に繋がることもたくさんあった。どこかで死んじまったって俺達は何にも出来ない。」
事実だった。
死んでしまう前に助けると言われたらぶん殴っているところだったけれどグラディオラスはその辺をきっちりわきまえている。
彼はノクティスの盾だ。
メディウムの盾じゃない。
彼らの目の届かないところでレイヴスですら守りきれず生き絶えた時、どうしようもないことだと片付けなければならない。
イグニスやグラディオラスは簡単とは言わずとも折り合いがつけられるだろう。
けれど、ノクティスは?
プロンプトは?
きっと、折り合いなどつけられない。
自分がそばにいなかったからと一生罪の意識に苛まれる。
「メディウムとレイヴスを見て知った。盾ってのは王の体を守るものじゃねぇって。王そのものを守るものだ。肉体も精神も。」
体だけを守ればいいわけではないのだと、メディウムに甲斐甲斐しく世話を焼くレイヴスを見て知った。
王の盾として生まれたわけでもない神凪一族のレイヴスがメディウムの為に命を捨てる決断にどれほどの覚悟が必要だったろうか。
命を宿した時から言われ続けることも辛いことだ。
しかし己での決断も辛く苦しく葛藤があったことだろう。
レイヴスは常にメディウムの為だけに体を頭を、動かす。
最優先事項だと言わんばかりにぴったりとくっついて離れない。
イグニスがいるから大丈夫、なんて甘ったれた考えをしていたのが恥ずかしいほどに。
彼は彼の最善でメディウムに仕える。
その分メディウムはレイヴスに応える。
その関係は尊ぶべき信頼なのだと外に出て知った。
ぬるま湯に浸かったままでは知らない過酷な外を見たからこそ。
「ノクトはメディを支えに今を頑張っている。精神面も守りたいなら俺もメディを守るべきなんだ。でも俺には二人も守れる自信がねぇ。だからレイヴス。」
「…なんだ。」
「メディウム殿下を、よろしく頼む。」
グラディオラスが頭を下げた。
真摯に少し前まで敵対していたはずのレイヴスに向かって。
驚くべきは真っ直ぐ見つめ返したレイヴスだ。
罵詈雑言を浴びせるでもなく鼻で笑うでもなく呆れるでもない。
きちんと、受け止めるようにグラディオラスへ向き直った。
「心得た。この命に代えても殿下をお守りしよう。」
「ああ。感謝する。」
盾としてお互いに通じ合うものでもあるのだろうか。
頷き合った二人に確固たる信念が見え隠れする。
蚊帳の外に出された気分のメディウムが少しだけむくれ、すぐに浅く笑った。
仲良きことは素晴らしきことかな。
美しき友情というには死が付きまとう死地の匂いが濃すぎて淀んでしまっているが良いことは良いことだ。
「それと、まだ元気があればでいいんだがこれから向かうケスティーノ鉱山について聞きたい。」
「構わないよ。」
ケスティーノ鉱山。
ニフルハイム帝国領に存在する鉱山。
元々は稼働していたのだが凶暴な怪物が住み着いたせいで誰も近寄らない廃墟になった。
最後のファントムソードとなる王の墓がある。
何故ニフルハイム帝国領に王の墓があるのかというと、戦争のない時代まで遡らなければならない。
イドラ皇帝がアーデンの毒牙にかかる前の平和な時代。
荒廃してしまってその辺が不明になりつつあるが、主な理由はシガイ除けのため。
王の墓は神凪一族の加護によりシガイの被害を受けない。
その加護を持った墓を最奥地に建設することで鉱夫達をシガイから守ろうという算段だったとか。
「廃墟になってから王の墓がどうなっているか誰も知らない。実は俺も立ち入ったことはないんだ。レイヴスはどうだ。」
「中についての噂なら聞いたことがある。なんでも、有毒ガスに類するほどの異臭がするとか。」
「マジかよ。」
「てな訳で危険なのは変わりないね。もちろん野獣もいるし。」
苦笑いを禁じ得ない状態になっていないことを祈ろう。
歴代の王達は好き勝手に墓を作りすぎなのだ。
平和だった時代だろうが戦時中だろうが場所が判明している場所は赴くのが決まり。
もう少し分かりやすい場所に置く案はなかったのか。
「さらに悲報も重ねていいかな。」
「あんまり聞きたくねぇが、どうぞ。」
眉を寄せたグラディオラスへ向けてつけていた眼帯を取る。
そこに鎮座している瞳は夕日を思わせる橙色。
ギョロリと動く眼球に違和感を抱く。
なんだかとても不安な動きだ。
左右で違う方向を向いているような、虚ろなような。
「片目が見えなくなった。」
「はぁ!?」
「まあまて。落ち着け。正確には視力がガタ落ちした。」
元々メディウムの視力は全くと言っていいほどない。
それを魔力でなんとかしていたのだが、とある事情により魔力の使用を最小限にまで減らしてしまった。
お陰で耳も遠く視力もほぼなく、身体中がガタガタ。
メガネを作るにも時間も街もない。
そんな中考案されたのが"片目に視力を集中させる魔法"だ。
「片側に筋力を集中させることで反対側は完全に機能を停止する。代わりに人並みまで片目の視力が戻るわけだ。」
「つまり?」
「片側の視界がブラックアウト。実は耳も片側だけほとんど聞こえない。腕も、足も。一点集中する代わりにどこかを機能停止させる。一度発動して仕舞えば魔力をほとんど消費せずに使える優れものだ。」
ずっと耳鳴りがするような感覚がして少し気持ちが悪い、と戯けるメディウムをさておきグラディオラスがレイヴスを見た。
険しい顔で深く頷いている。
どうやら真実のようだ。
「魔法だけじゃなくて半身の不随とか…マジかよ…。」
「む。赤子の手も握れない男が戦闘に参加できるというだけで儲け物だと思うぜ。」
「メディ、グラディオラスは無理を押してまで戦闘に参加しようとするその姿勢に唖然としているのだ。なによりお前の戦力は極めて高い。それが半減どころかお荷物とは嘆かわしい、とな。」
「いやほんと申し訳ない。だからって留守番はしないけどさ。」
眼帯をつけ直し、魔法を緩める。
一番酷いのは視力で他は強力な攻撃の切り札として使うつもりだ。
そう決めなければ反動が大きすぎて本当の意味で動けなくなってしまう。
この状況に決して少なくはないストレスを感じているのか、黒髪には白髪が混じり始めた。
ここ数日で一気に老け込んでしまっただろう。
「俺はまだ戦える。戦わなくちゃならない。」
「この旅が終わったらメディウム殿下は長い休暇と緊急入院だな。王族の護衛としてすごく心が締め付けられる。」
「グラディオラスの意見には同感…だがそれは不可能だ。」
「ごめんな。俺はこの身が燃え尽きるその時まで、骨の髄まで灰と化すその日まで足を止められないんだ。」
死ぬまで止まらない列車旅。
燃料に炎が引火し列車そのものを全て燃やし切るまで決して終わらない。
旅の終点は帝都グラレア、ジグナタス要塞。
でも、本当にそうなのか?
旅はそこで本当に終わるのか?
答えは否。
世界を救う真の王と打ち果たされるシガイの王。
その二人が舞台に上がる時まで脇役達が劇を続ける。
血塗られた真っ黒な劇を永遠に。
劇を先導するのは準主役のメディウム殿下。
剣を握って血反吐を吐いて思いの丈を叫び、本編の始まりを待ちわびる。
「俺はまだ灰になってない。ならまだ戦うべきだ。生きるべきだ。終わりを見届けるべきだ。だから、グラディオ。俺がおかしな挙動をしてもレイヴスに任せて何も言わないでくれ。イグニスにもそう伝えてくれると嬉しい。」
唇を噛んだグラディオラスが澄まし顔のレイヴスを睨みつけた。
この命に代えても守ると約束したばかりなのに、守られるメディウムは完全に死ぬ気だ。
生き急いでいるといってもいい。
何故止めないのかと眼で訴える強き意志をレイヴスは受け止めた。
「メディが灰になる時はもう大丈夫、と思える時だ。時が来れば俺も共に燃え尽きよう。それまでは命に代えても守る。それだけだ。」
「レイヴスを責めないでやってくれ。…お前達と俺達じゃ見てきたものも感じてきたものも違う。」
悪い部分ばかり見てきた。
良い部分を踏みにじられてきた。
故郷を蹂躙された。
心が擦り切れた。
でもまだ立てる。
まだ戦える。
剣を持てる。
ならば、戦わなければならない。
メディウムとレイヴスにとって休むなど言語道断。
生きている限り剣を握り続け、復讐と愛憎に身を焦がす。
何もかもが狂って嘆いて悲惨になったぐちゃぐちゃの世界を走り抜ける。
暖かな世界を知っているグラディオラスやノクティス、イグニスもプロンプトも思い浮かばないような血なまぐさい未来。
目的が果たせるのなら、望みが叶うのなら手段など選べない。
「だから考え方も違うと?人の生き死には考え方の違いとかじゃねぇだろ!守るって約束したばっかじゃねぇか!」
「グラディオラス。」
静かな、波打つ海が突然静まるようなひどく落ち着いた声。
「目的がある限り殿下は死なないし死なせない。目的を妨害すれば別の手段に出てそのままもっと危険なことを始めるかもしれない。なら相談しながらも進んでくれる今が一番安全かつ簡単な道のりだ。」
「でも!!」
「殿下を、お護りするのは、俺だ。」
一言一言区切るように。
守るを護ると強く変えるように。
「殿下の隣に立つのは、お前じゃない。…任せてくれ。」
黙り込んだグラディオラスに肩をすくめる。
命を尊ぶことも大事だが時には天秤にかける必要がある。
生きていれば何にでもなれる。
命があればできることが多くなる。
そんな綺麗事で救えた命が本当にあったのか?
救われたのは自分の命だろう?
お綺麗な偽善に満足した精神に陶酔でもするのか?
こんな数年も生きられないような脆い命などいらない。
安い命一つで救える数千万の人々がいるのならメディウムは迷いなく捨てる。
レイヴスもその決断を止めはいない。
代わりに、共に死ぬだけだ。
今はまだ二人とも死ぬべき時ではない。
生きて戦う時だから。
「ごめんな。俺達が無茶苦茶なこと言ってるのも自覚してる。支離滅裂なのも。」
けれどそれが人間だ。
いっていることもやっていることもめちゃくちゃで自分勝手。
人間とは己の欲でしか動けない少し頭が動くだけの獣の名に過ぎない。
メディウムとレイヴスにしか理解できない世界がある。
グラディオラスにしか理解できない世界がある。
そういう、ものなのだ。
「なんだよ…それ。無茶苦茶過ぎんだろ…。」
「目的のためだ。」
「目的ってなんなんだ。魔法を使わない理由もわからねぇし、帝都に進むにつれて二人共どんどんおかしくなっていってるし。なぁ、この先に何があるっていうんだよ!」
人間的におかしいわけではない。
考え方がどんどん無情に冷たくなっていっているとグラディオラスは指摘した。
人の生死はどんな人間でも動揺する話だ。
けれどメディウムもレイヴスも全く気にしてすらいない。
気が狂っているのかと疑う程だ。
「地獄だ。」
はっきりと、メディウムが告げた。
もう始まっているのかすでに終わっているのかは知らない。
しかし確実に地獄がそこにある。
誰にとっての、なのかは判断つきかねるが。
「…この話はやめよう。もっと別の話をしよう。暗いことはなるべく口にしないほうがいい。」
「もうだいぶいっちゃったけどね。でも分かった。グラディオもそれでいいね。」
「…聞いても答えねぇんだろ?強制じゃねぇか。」
これから向かう先のケスティーノ鉱山。
旅の終着点になる帝都グラレア。
何もかもが予想できない未来。
どれも不安を煽るものばかりだ。
それら全てに蓋をして当たり障りのない会話をメディウムが選ぶ。
何もかもが不明のまま話を切られ不安だけを残したグラディオラスが険しい顔のまま己で買ってきたスポーツドリンクに口をつけた。