「ようこそ。我が家へ。」
現れたメディウムに表情はない。
金色に輝く瞳と渦巻くような黒、血濡れた怨念おも感じさせる色合いに寒気すら覚える。
なによりも長すぎる片腕の袖の中に異形な気配を感じる。
あれは人ならざるものなのだろうか。
「そのテープはただのメモリアルだが、なんとなくここでの生活の様子は知れただろう。」
「ああ。兄貴にとっちゃ王城なんかよりよっぽど自分の家だったわけだな。…嫌味じゃない。本当にここが家なんだって思ってんだろ?」
「住めば都さ。俺の部屋だってある。」
廊下の奥を指差したメディウムはどこか寂しげだ。
ここを離れなければならないと最後のビデオテープで語っていた。
今日限りでここを去らなければならないのは事実だろう。
彼はこれからディザストロを捨てメディウムになるのだから。
「なんてことない家だろう。内側だけなら一般家庭にしか見えない。」
「良い家だ。家の外を考えなくて良いならな。」
「…考えなければダメだ。生きている限り俺達は罪に問われ続ける。」
目線を下げたメディウムが二人を手招きする。
部屋を自由に見せてくれるようだ。
だが、ノクティスは首を横に振った。
過去は時に懐かしむことも必要だ。
けれど振り返る必要も足を踏み入れる必要もない。
立ち止まる理由をわざわざ作ることはない。
「進もう。兄貴、案内してくれるんだろ。」
「逞しくなったものだ。」
ピクリとも顔を動かさないメディウムは、部屋から出て長い廊下を振り向くことなく進んでいく。
レイヴスもノクティスもその後に続いた。
彼が言うには、グラディオラスとイグニスの二人ペアとの合流地点に向かっているらしい。
鍵を渡したから最速でここに来るはずだと。
プロンプトは彼らに任せてあるので、待っているだけで問題ないと言う。
アーデンが何を考えているのかいまだにはっきりしないけれど、何か裏があるのは確かだ。
シガイの王が誰なのかもイマイチわからないまま。
察していても納得できない。
敷かれたレールの上に分からないように絨毯を引いて、あたかも何もないかのように誰かに手を引かれる。
ここは迷いやすいから案内してあげると言わんばかりの親切心に騙されてレールの上をどんどん進まされて。
ノクティスにはレールの長さも分からない。
「この先は人間兵用の休憩室。セーフルームだ。しばしここで待て。」
二段ベッドが立ち並ぶこぢんまりとした部屋へ促され、中で仲間を待つことになった。
無言で待つこと数十分。
外で小走りに近づいてくる足音が三人分。
重さからするとグラディオラスを先頭にプロンプトを挟んで移動してきたようだ。
憔悴仕切っている仲間を庇うように部屋へと入ってきた三人は先客に目を瞬かせた。
「ノクト!レイヴス!メディもいるじゃねぇか!」
「ベッドを一つ開けてくれ。プロンプトを寝かせたい。」
目立った外傷のない代わりに疲弊した様子のプロンプトを寝かせるためにレイヴスが腰を上げ、グラディオラスとイグニスが寝かしつけた。
ポーションと非常食を食べさせ、しばらく休憩だ。
この状態のプロンプトを動かすのはあまり好ましくない。
ノクティスが二人の無事を喜び、プロンプトの容態を心配そうに見守る中、渦中のプロンプトは薄く目を開けてジッとメディウムを見る。
合流してから一度も表情を変えない彼を気にしているようだ。
左腕の袖をベッドの上に乗せて目を瞑るその姿に意を決して声をかける。
「メディ…あの、さ。」
「当時戸籍なし。父はヴァーサタイル・ベスティア。母に関しての記述なし。出生地、第一魔導兵生産基地。旧名、検体番号05953234。」
「兄貴?突然どうした?」
プロンプトが声をかけたのとほぼ同時に言葉の羅列を淡々と並べる。
どんどん顔を色が悪くなるプロンプトと対照的にメディウムは瞬きすらしない。
周りが不審に思って首をかしげる間もメディウムの言葉は続く。
「シガイ培養体としての身体強度に問題あり。遺伝子操作上の失敗作と見られたが管理続行。イレギュラーにより回収され現在行方不明。紛失ナンバー登録済み。」
「メディ…待って…メディ!」
「アーデン・イズニアにより回収され、一年間ディザストロ・イズニアにより飼育。その後再びアーデンの手により回収。遊び半分に王の剣へ養子に出される。ーー現在はプロンプト・アージェンダムと名乗っている。」
「メディウムッ!!」
プロンプトの悲痛な叫びと共に周囲は息を飲んだ。
彼の出生地については多くが謎に包まれていた。
明確なことは本人も知らず、ただ自分はニフルハイム帝国から養子に出されルシスに来た。
それだけが自分の出自の手がかり。
まさか魔導兵にする為に作られた量産型の試験管ベビーなど誰が予想できただろうか。
「魔導兵のコアは試験管ベビーだ。成人まで成長した彼らを高純度のシガイの中に浸して作り上げる。制御装置も忘れず取り付けてな。」
「試験管ベビーとはいえ人間を材料にしてたってのか!?」
「アホ王ノクト、問題はそこではない。そこにいるプロンプト・アージェンダムがその一人であり、ニフルハイム帝国の出身者であることが問題なのだ。彼自身が気にしているようにな。」
皆がプロンプトを見る。
恐れていたことがバレてしまったプロンプトは縮み上がり、すっかりベッドの隅へと逃げてしまった。
震える彼に声をかけることも躊躇われ、皆黙ってしまう中。
爆弾を落とした張本人は能面顔で先を続ける。
「俺は君に嘘をついた。知っているといった君の過去は間違いだった。本当の過去を俺は自分の部屋に戻ってから知った。一歳だった君を一年面倒見た。そのことについてしか、俺は知らない。」
「いいよ…そんなこと…もう、いいよ…。」
「謝罪しよう。すまなかった。」
「もういいってばっ!!」
煽るような発言をすればするほどプロンプトは自らの殻へと閉じこもる。
わざとそうさせているのだろう。
非難めいた目線がメディウムに集まり出す前に、ノクティスが動いた。
「…プロンプト。お前さ、ずっと気にしてたのか?」
問いに答えはない。
怯えたような顔と沈黙ばかりが落ちる。
彼は前へ進むと決めた。
ここで彼が顔を上げなければ一体誰がこの場を収められるというのか。
話をなかったことにはできない。
はっきりさせなければならない。
「なあ。プロンプト。俺が王子だって遠目に見られてた時さ、話しかけてくれたのはお前だったろ。」
そう。
はっきりさせなければならないのだ。
「俺は嬉しかった。生まれも育ちも関係なく、友達になろうって側に来てくれたのが、すっごく嬉しかった。」
少しばかりプロンプトが顔を上げた。
冷静になって考えてみれば、王族の周りに集まる人間の身辺調査をしないとは思えない。
彼らはとっくのとうにプロンプトがニフルハイム帝国出身だと知っていた。
"密偵かもしれない。"
当時身辺調査を報告してきたイグニスはそういった。
"罠かもしれない。"
書類を見てグラディオラスが険しい顔をした。
しかし、ノクティスはそのどちらの可能性にも首を振った。
理由は単純なことだ。
「俺はお前と友達だって、親友だって思ってる。どこの生まれだとか誰の思惑だとか関係ない。」
プロンプトの過去が知れてよかった。
これでお互い知らないところは殆どないぐらい親友だ。
嬉しそうに笑ったノクティスの側にイグニスとグラディオラスも寄ってきた。
誰一人として先程の話を聞いて態度も顔色も変えなかった。
「それにさ。生まれとかお前が一番気にしてねぇじゃん。何今更気にしてんだよ。このヤロー!」
「うわっ!ちょっ!ノクト!」
「そーだそーだ!バカは難しいこと考えねぇでバカやってればいいんだよ!生意気な奴だ!」
「こら、二人とも。怪我人に荒っぽいことはするな。」
思い切り擽られて思わず笑ってしまうプロンプトの中にもう暗いものは無かった。
本当は自分で言い出さなければならない過去を踏み出せない自分の代わりにメディウムが言ってくれたのだ。
やり方は悪かったかも知れないが彼に感謝こそすれ恨みはしない。
メディウムに声をかけようと皆がそちらを向くと、既に彼はその場にいなかった。
どこへ行ったのかと視線を巡らせれば、部屋を出て行くところ。
慌てて止めようとする前に扉が閉まってしまった。
「兄貴!待てよ!一人で先に行くな!!」
立ち上がったノクティスが追いかけて行く。
プロンプトも起き上がり、全員で小さくなって行く背を追いかけた。
蛍光灯が灯る狭い通路をスイスイ進んでいく彼を見失わないよう、駆け足で夢中になっているうちに広い部屋に出てきてしまった。
格納庫と思われる広さに何匹かのシガイが徘徊している。
メディウムは全く気にすることなくその奥へと進み、何故かシガイもメディウムを気にしない。
一体どうなっているのか。
進むべきか二の足を踏んでいる間にもどんどんシガイが溢れている。
簡易エレベーターのようなものに乗り込んだメディウムを追いかけるため、ノクティスは致し方なくマップシフトで閉まる扉に身を滑り込ませ、仲間に叫んだ。
「悪りぃ!!後は任せた!!」
「分かった!すぐそちらへ向かう!!」
動き出したエレベーターはすぐに止まり、またメディウムは一人で進んでしまう。
一言も発さない兄に痺れを切らしたノクティスが右手をつかもうと手を伸ばす。
しかし、スルリと躱され触れることもままならない。
「兄貴!どうしたんだよ!兄貴!」
合流してから様子はおかしかったけれど、ますますおかしくなっている。
両の瞳がある一点を見つめて、何かに操られるように一箇所の場所を目指して歩き続ける。
何を目指しているのか、何を探しているのか。
「待てよ!兄貴!」
シガイが溢れ出す通路を歩いているはずなのにかなり速い速度で進むメディウムを追いかけるので精一杯だ。
いつも優しげな表情をする顔はやはり動くことなく、その唇も固くつぐまれたまま。
ただ進む兄について行くことしかできない。
「早いって!」
連絡通路のように狭い場所を通り抜け、蛍光灯から電球へと変わった強固な壁が目立つ球体の部屋へと入る。
途中から灯すらないにもかかわらず美しい光で満たされる空間に懐かしさを覚えた。
父と共に訪れたことのある、あのクリスタルのある部屋。
似たような光。
「クリスタル…!」
広々とした球体の部屋は真っ黒な鋼鉄で重苦しい。
鎖で幾重にも繋がれたクリスタルは淡い光を放ち、ノクティスへ呼びかけているようだった。
取り戻そうと懸命に探していたクリスタルに駆け寄り、どうするべきか迷っていると。
不意に後ろから、強く背中を押された。
「うわ…!?」
ことは一瞬だった。
思わず手をついて触れたノクティスの腕を、クリスタルが飲み込んだのだ。
痛みもない。
怪我も出血もない。
しかし飲み込まれている異様な光景にノクティスは足掻き、足をついて抜こうとしたその足さえも飲み込まれる。
あっという間に両の足と片腕をクリスタルに取り込まれたノクティスは助けを求めてメディウムに手を伸ばす。
しかし、救いの手の代わりに誰かの手によってはたき落とされた。
「やっぱり触れるんだね。さすが真の王様。」
「アーデン!?」
メディウムの頭に手を置き、良くやったと褒め称えるアーデンは冷ややかな目でノクティスをみる。
兄は我が子のように可愛がるのに弟にはゴミを見る目だ。
当の兄はやはり何も映さない瞳で虚構を見つめる。
これからのことを憂いるような、そんな瞳だ。
「きっと剣神バハムートが適当に説明してくれるから精々覚悟を決めるんだね。なるべく早く、ね。」
アーデンは結局何者なんだ、とか。
メディウムはどうしてしまったんだ、とか。
仲間達は大丈夫なのか、とか。
聞きたいことは山のようにある。
このクリスタルさえなんとかできないかと必死に抵抗しても両手すら絡め取られ、もはや鎖骨から上しか外に出られていない。
「兄貴…!」
「ノクト。お前の帰りを待っている。世界は俺に任せておけ。」
お前は全てを知るだろう。
その一言と通路から走り寄ってくる仲間たちを最後に、ノクティスはクリスタルへと飲み込まれていった。
星の海の中でノクティスは知ることになる。
兄の苦悩、星の運命、神々の意思、己の使命、命の使い道、病の根源。
剣神バハムートはノクティスに迫る。
「世の為に命を捨てる覚悟を決めよ。」
それはかつて、六歳の兄に向かってかの神が告げたあまりにも残酷な一言。
弟にも同じ言葉をかける。
全ては世界のために。