FFXV 泡沫の王   作:急須

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Chapter 12.5 闇に抗う世界
王のいない世界


異様な光景がクリスタル格納庫で繰り広げられていた。

 

クリスタルを背にアーデンがメディウムを褒め称えている。

これでもかというほど撫で回し、惜しみない賞賛の言葉をおくる。

流石自分の育てた子だと。

自慢の息子だと歓喜の声を上げる。

 

褒め称えられている息子は虚空を見つめ、反応を返さない。

人形かと疑うほどピクリとも動かずされるがままになっている。

そこに彼の意思があるのかは見当もつかない。

 

「メディ!ノクトが!ノクトがクリスタルに!!」

「いやノクトの心配もだがメディもヤバそうだぜ…。」

 

メディウムが動かないということはノクティスの方は今すぐ危ない、というわけではなさそうだ。

アーデンの目的がノクティスの殺害ではないからこそメディウムは口をあまり出さず言う通りにしていたはずだ。

であれば今真っ先に救出すべきはメディウム。

 

そう判断したレイヴスが二人ににじり寄った。

 

「アーデン。もうメディに用はないはずだ。お前の目的は最終段階まで突入した。もし用があるのだとしたら、それは。」

「殺さないよ。でもこの子を生かす必要がある。だからまだ用がある。」

「何…?」

 

君達の恩人を助けるためなのさ。

 

そう言ってメディウムの喉に両手をあてがう。

一切の抵抗もしない守るべき人は魔法がかけられていた。

意識があったのは彼の執念のおかげ。

途中から意識が落ちてしまい、アーデンの呼びかけでここまでフラフラと歩かされていたようだ。

 

「今はいつも通りだっちゅうの。アーデンがうぜぇから黙ってただけだ。」

「ああ、おはよう。お迎えが来てるけど、どうする?」

「答えるまでもない。」

「そう。じゃあここでさようならだ。」

 

案外あっさり解放されたメディウムが眠たそうに目を開く。

二人にしかわからない会話をしたと思えば、アーデンは外へ歩いていく。

待ち構えていたイグニス、グラディオラス、プロンプトが武器を構えるが、メディウムの制止の声が掛かり手を出すに出せぬまま見送ることとなってしまった。

 

「今のあいつに攻撃しても無意味だ。神の加護を与えられたものは神の加護でしか対抗できん。」

「え?あの人、神の加護があるの!?」

「おっとお口が滑った。忘れてくれ。」

 

メディウムは二千年前のことも今のこともこれからのことも口にする権利がない。

指示を出せたとしても説明するには自力で結論を導き出してもらわねばならない。

メディウムに与えられたのはアーデンへの心の弔いともう一つの使命、王のいない世界を保ち、王が崩御した後ルシス王家を存続させることなのだから。

 

「ほんと、病をなんとかするために俺たちを選んだくせにまだ苦しめってんだから神様もひでぇもんだ。」

「メディ、ノクトがクリスタルに飲み込まれていたがあれはなんなのだ。」

「そういう星のお導き。今ノクトはクリスタルの中で剣神バハムートの最後の啓示を行なってる。その後色々教わって、覚悟ができたら外に出てくるはずだ。」

「では危険というわけではないのだな。」

「むしろ世界一安全さ。」

 

胸を撫で下ろしたイグニスはふと疑問に思って首を傾げた。

覚悟を決めたら出てくるということはノクティスは何かしらの選択を迫られるということだ。

神は一体ノクティスに何を望むのだろうか。

 

「覚悟とは早々に決まるものなのか?」

「最短で五年は見ておいた方がいいだろうな。」

「五年!?その間ずっとクリスタルの中ってこと!?」

「覚悟も決まらないうちに出すわけにはいかない。それだけ重要なことだ。」

 

メディウムがクリスタルを見つめる。紫に光る瞳が神との交信を告げていた。

 

 

 

 

 

 

ノクティスがクリスタルに飲み込まれてから、メディウムの行動は早かった。

 

はじめに行ったのはニフルハイム帝国を亡国と認定するべくアコルド自由都市連合と協定を結び、テネブラエ王国の一時独立を宣言。

日が落ちる速度を学者たちに計算させ、現発電所をフル稼働させて電気の備蓄を確保。

エレメントの回収を最優先にメテオ発電所があるルシスの都市、レスタルムを最重要拠点とした。

 

さらに王の剣と王都警護隊を連携組織とし、コル・リオニス将軍を双方の統括に任命。

補佐にイグニスとグラディオラスを据えた。

アラネア率いる傭兵とも契約を結び、レイヴスとルナフレーナ率いるテネブラエ王国の一時的軍として配備。

アコルド自由都市連合の軍とも渡り合えるほどだ。

 

それだけには止まらず、王の剣に志願するものには魔法を与えた。

かつてレギス王が命を削って分け与えていたのと同じ方法である。

野獣やシガイの除去と共に世界の学術的調査のためサンプルの採取も任務の一つ。

 

シガイ避けとして現存している王の墓の回収も命じられた。

主要都市にいくつもあればもし日が上らなくなってもシガイの進軍率はぐんと下がる。

そう提唱し、少数精鋭で着実に行われている。

 

自らは第百十四代ルシス国王、ノクティス・ルシス・チェラムの代理として摂政扱いだ。

人々は彼のことを誰が広めたのか"泡沫の王"と呼び始め、王座に就くこともなくただ本物の王を待ちわびる幻影の存在と揶揄された。

人脈と信頼を駆使し、未来視と謳われた頭脳で丸で世界大戦でも起こすつもりなのかと疑うほど何かに備えている。

 

まるで能面のように表情が動かないかの王を冷徹だと人々は恐れた。

最初は国を再建するつもりなのかと思われたが、備えるのは戦ごとばかり。

彼は復讐に囚われたのだと一部のメディアが報道すれば、乗っかるように周囲が彼を糾弾する。

 

そんな彼を擁護し、彼の言葉を鵜呑みにする各国の首脳も能無しだと人々が思い込む中、転機が訪れる。

 

今までの備えはこのためだったのかと人々が気がつくのはそれから数ヶ月後。

日の登る時間が五時間を切ってから一週間経ったある日。

 

異常とも言える世界の状況に人々が不安を覚える中、日が沈み再び登るまでの十九時間。

シガイが一斉に街を襲ったのだ。

 

幸いなことに既に配備されていた軍や傭兵、応援に駆けつけ対応策を練った軍師により誰一人欠けることなく乗り越え、神凪の作ったシガイ避けの結界をさらに強固にすることでカタがついた。

しかし、もし誰も備えていなければ各国でいくつもの街が消えていたことが容易に想像できるほど悲惨な猛攻。

 

人々は震え上がり、各国の代表達は今までこれに備えていたのだと知った。

そして戦慄することになる。

日はまだ短くなり続け、シガイの脅威が去ることはない。

襲いくる悪夢に寝ても覚めても震える日々が着実に近づいているのだと。

 

 

 

 

 

 

「殿下。神影島への定期巡回の報告とシガイについての報告です。」

「そうか。」

「メディウム殿下。軍の配備状況と援軍要請の承諾を。」

「ああ。」

「メディ…ウム殿下!レイヴスからの報告書、です!」

「分かった。」

 

イグニスから受け取った書類を捌きながらグラディオラスにどれを承諾するべきか伝え、プロンプトの書類にサインを添える。

ノクティスが眠りについてからずっとこのような調子で、各国との会談も頭の固い年寄りの相手も全てメディウムが行ってきた。

 

雄弁に語るのはそのような時ばかりで、普段は一言でも言葉を発せばいい方だ。

返事はしてくれても自らの意思表示は一切行わなくなった。

今でこそメディウムが指揮を行なっているが、そのうち他の誰かに任せられるようになったらどこかへ消えてしまうかもしれないと誰もが危惧している。

 

メディウムがいなければ世界が立ち行かない。

彼は光を失いつつあるこの世界の要なのだ。

 

「なあ、メディ。働き過ぎだぜ。ノクトのことは分かったし、準備が必要なのも理解してるけどよ。あんたが全部やることないんだぜ。」

「グラディオの言う通りだ。もう少し俺達を頼ってくれ。」

「うん。もう六ヶ月も経つし、不備は今の所ない。メディが少し休んだって誰も怒らないよ。」

 

友としてのこの懇願も何度目だろうか。

二ヶ月をたった頃から一週間に一回は行われる仲間達による説得には返事すらしない。

 

黒いコートの内ポケットにびっしり詰まった短剣やポーション類。

いつでも武器召喚ができるように常に空けられる右腕。

黒い手袋で覆い隠された左腕。

増えた火傷の跡。

 

肝心要のメディウムが傷つき続けては世界がもたない。

友人としても許容できない。

しかし彼は言葉を紡がなくなってしまった。

心の内など誰にも測れない。

 

「メディウム殿下。レイヴス様が御目通りを願い出ています。」

「ニックス、出かける。」

「お供させていただきます。グラディオラス准将。軍師殿、プロンプトさん。失礼致します。」

 

ルナフレーナの護衛についたニックス・ウリックがメディウムの護衛を時たまするようになったのもここ最近の話だ。

心配のあまりルナフレーナに差し障りがないレベルで様子見に派遣されていると言い換えるべきか。

兎にも角にも皆が連合の主を心配しているのに、当の本人は知らんぷり。

 

食事はこちらで用意したものを食べるし、就寝もきちんとしてくれる。

なのに仕事だけは毎日きっかり決まって休みなく行うのだ。

終日休みだったことはここ数ヶ月の間一度たりとてない。

 

 

まるでこちらへ耳を貸さない姿勢に全員がお手上げ状態になったところに名乗り出た人物が一人いた。

 

 

その名もジャレッド・ハスタ。

王の盾たるアミシティア家に仕える執事である。

優れた諜報能力と膨大な情報量もさることながらアミシティア家を従えるルシス王家にも心から忠誠を捧げている得難い忠臣だ。

 

ある日、メディウムへ大事な話があるとレスタルムに用意されたアミシティア家の新しい住まいに彼を呼び出したのだ。

世界の代表とも言える大物を呼び出す度胸もさる事ながら、誰も文句ひとつ言わずメディウムも自ら出向いて行くのだから彼の信頼性が伺える。

 

手土産を持って現れたメディウムは護衛一人つけることなく、アミシティア家の戸を叩く。

まるで分かっていたかのように素早く開いた扉はメディウムが入った途端気にならない速度で素早く閉められ、暗殺の可能性が少ない奥の部屋へと通される。

実に手際が良い。

 

無言で通された応接間の上座に座ると、飲みやすい温度で紅茶とケーキが出された。

それに一切口をつけず、メディウムはジャレッドを見据える。

話はなんだ、と言わんばかりだ。

けれど、ジャレッドはにこやかにするばかり。

 

これは一度口をつけないと話を始めてくれないのだと察したメディウムはさっさとケーキを放り込んだ。

流し込むのも行儀が悪い。

ゆっくり紅茶を喉へ下し、素早くケーキを食べきってさあ話せと促す前に今度はコーヒーを出されてしまった。

 

何なのだとジャレッドを見てもやはり笑うばかりで説明はない。

再び飲み込んみ、今度は半分ほどでコップを置いた。

 

「ジャレッド。」

「はい。お申し付けがあればなんなりと。」

「…大事な話とはなんだ。」

「はい。ケーキが焼きあがりましたので、是非メディウム様に食べて頂きたかったのです。」

「…それだけか?」

「はい。それだけです。」

 

盛大に眉間にしわを寄せたメディウムが脱力したように背もたれに寄りかかる。

あの優秀なジャレッドが呼び出すものだから何かことが起こったのかと身構えて損をした気分だった。

こんなことなら別にアミシティア家のご令嬢たるイリスでも良かったはずだ。

 

態々メディウムをお茶に誘うとはどう言う了見なのか。

いや、ジャレッドに悪意はない。

彼の忠誠心を疑ったことなど一度もない。

今回も彼なりに考えてのことだろう、とかぶりを振ってメディウムは席を立とうとした。

 

「メディウム様は味覚を失ってしまわれたのですね。」

 

ピタリと、メディウムの動きが止まった。

立ち上がろうと足に込めていた力が更に強くなる。

睨みつけるように鋭い眼光を放つ彼を気に留めることなく、ジャレッドはにこやかに微笑む。

 

「実は先ほどのケーキにはちょっとしたいたずらで、とびきり甘くしてあるのです。胸焼けするほど、甘く。このコーヒーは逆に塩を入れてあります。どちらも普通なら口に入れられたものではないでしょう。」

 

匂いや見た目でわからないように細工がしてあった。

メディウムほどの慧眼があれば毒でさえ直感で悟ってしまう。

故にバレない範囲でちょっとした不快感を与える味つけでメディウムを試したのだ。

 

味覚があれば失敗したと誤魔化せば良いし、そうでなければすぐさま見分けがつく。

全くもって優秀な部下を持ってしまったものだ。

 

「何故、黙っていたのですか。」

 

途端に真剣な顔へと変えたジャレッドに答えを返しはしない。

頑固なところは父親似だ。

 

「これからも、ずっとそうやって黙っているおつもりですか。」

 

目線すら合わせない。

 

「黙っていて得られるものが今まであったのでしょうか。」

 

顔をうつ向けた。

 

「…ノクティス様が失望なさいますよ。」

 

右手に強く爪を立てた。

 

「メディウム様。貴方は頑張り過ぎなのです。弱音を吐いてしまうから、口を閉ざしてしまったのでしょう。」

 

メディウムが顔を上げた。

顔の半分を覆う火傷を隠す為に左側の髪を切らなくなってこの数ヶ月。

金色の瞳を再び眼帯で隠し初め、赤毛の混じる黒い髪を定期的に染め出した。

まるで理想のメディウム・ルシス・チェラムを求めるかのように、連合の盟主足り得るよう己を隠してきた。

 

思えば、彼は昔から一切弱音を吐かなかった。

本音すら吐いたとしてもノクティスの前でしかないと、グラディオラス達が零していた。

彼は心の拠り所を失ってしまったのだ。

 

「グラディオラス様にお聞きいたしました。貴方は、ニフルハイム帝国の宰相に育てられたのだと。その宰相も事件以降、目撃情報がありません。おそらくメディウム様もご存知ないでしょう。もし知っていれば、何度か貴方が失踪する事件が起こっているはずですから。」

 

泡沫の王の名に恥じぬメディウムは誰にも悟られず人知れぬ場所まで逃亡することなど容易だ。

既にアーデン以外に魔法を扱える人間は王の剣とメディウムしかいない。

創作魔法となれば最早メディウムの独壇場だ。

魔法に疎い護衛など振り切ってしまう。

 

宰相が何者なのかは調べている。

イグニス主導でグラディオラスとプロンプト、レイヴスの協力も含め秘密裏に情報収集が行われている。

アミシティア家の従者であるジャレッドやまだ幼いがやる気だけはあるタルコットも協力していた。

 

勿論秘密裏である為メディウムは知らない前程だ。

けれど、全員薄々分かっている。

おくびにも出さないけれどこの予知すら実現してみせる盟主に気がつかれずに行動など現実的に不可能だと。

あえて泳がされている自覚を持ちながら、心底ヒヤヒヤしながら真実を知るべく動いているのだ。

 

更に難関なことに文献には一切記されていない。

あったとしても石碑などに掘られているか。

しらみつぶしに探そうにも全ての石碑の場所さえ分からない。

分かっている場所は最近できたものか、昔から受け継がれているものばかり。

そんなところに書いてあるはずがない。

 

何か一つでも養父のことが分かれば、メディウムは口を開き、そうでなくても世界の真実に少しでも迫れる。

そう信じて探す他無い。

しかし、黙認されている所以とも思えるほど情報は集まらない。

これでは、先にメディウムの方が壊れてしまう恐れがあった。

そのための、ジャレッド・ハスタである。

 

「メディウム様。私はそんなにも難しいことを、貴方に頼んでしまっているのでしょうか?」

 

皆一様に心配している。

世界が傾いていくこの現状も、ルシス王家が重い荷を背負わされる事実もメディウムが望んで招いたことではない。

けれど加担してしまった罪がある。

メディウムが口を閉ざした理由はそこにあった。

 

「…罪を、誰が赦してくれると思う。」

「私には分かりません。」

「人間でない俺には最早赦しを乞うことすら許されない。」

 

死ぬまで赦しを乞うことなく世界に尽くす。

 

最後に下したメディウムの決断はそれだった。

ノクティスがクリスタルで覚悟を決めるまで果たして何年かかるかわからない。

体は外界と同等に時を刻む故に数百年とは行かずとも、数十年はかかる。

 

その時を、メディウムは全て尽くす為に使うつもりだった。

休むなどあり得ない。

 

「今戦わなければのちにガタがくる。今が踏ん張りどきなのだ。」

 

止めないでほしい。

世界を守りたいのなら。




ここからChapter 12.5 残された人々の戦いとなります。とはさほど長く綴ることなくさくさくっとChapter 13に移行いたします。エンディングが…みえ、みえ、みえて…きた…のか?

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