ーーチェラム家、それは神々に選ばれし世界への供物。
人柱と言い換えても差し支えない。
彼等はいずれ来る厄災に備え、備蓄されていくだけの消耗品。
潰えることは許されず、しかして死ぬ為に積み上げられる負の連鎖。
断ち切るには、人であることを止める他ない。
シガイは寄生虫である。
生物を温床とするタチの悪い寄生虫はあろうことかその生物の心臓や脳さえも食い潰す。
死してなお動かされ続ける哀れな死骸を人々は"シガイ"と呼び、化け物として忌避してきた。
それは紀元前から存在する、神々でさえ手の出せない腫れ物だった。
さらに寄生虫は、星そのものに寄生している。
シガイの発する黒色の粒子は光を喰らう。
天に昇った粒子が暗幕のように空を隠してしまうのだ。
粒子の流動や厚さによって、二度と陽の光を拝めなくなるだろう。
しかし、ある一族の中に特異な才を持つ若者が現れた。
寄生虫に食い潰されることなく、その身に取り込んでしまう異常な才だ。
神々は、否、剣神バハムートはあることを思いついた。
そうだ。
こいつに大量のシガイを取り込ませ、殺そう。
剣神は若者を唆した。
甘い誘惑のような慈悲の言葉を紡ぐ神の声。
彼の行動を全面的に肯定し、彼の一族を褒め讃え、人々を救うべき救世主であると繰り返した。
元々、献身のきらいがある若者はどんどんシガイを取り込み、身を滅ぼした。
神の御使いとも言われた許嫁の神凪の言葉さえも無視し、献身を続けた。
自分の体が化け物へと変容し続ける苦しみに耐えながら。
神凪を利用してもっとシガイを取り込ませようとしたが、あれはだめだった。
あの女は若者を愛しすぎている。
きっとこちら側の言葉よりも彼の言葉を信じる。
剣神は悩む。
コレを誰に始末させよう。
ああ、そういえば弟がいたな。
愚かな兄を救おうと手を差し伸べ、ことごとくから回る哀れな弟が。
アレに始末させよう。
しかし、事はそう単純ではなかった。
弟の方は盲目的に神に従うのではなく、剣神の言葉に懐疑的だった。
何故兄があんなことになってしまったのか。
その一端を担ったのは、そうさせたのは剣神バハムートではないのだろうか。
あの神は何か、自分達にとんでもない業を背負わせようとしてはいないだろうか。
彼は確実に核心へと迫る。
あの兄を想いすぎるほど愛している弟に勘づかれては計画が御破算だ。
きっと全ての真実を知れば、かの弟は神々から授かった魔法で神殺しを為してみせる。
それは最悪のシナリオだ。
神は、弟の感情を魔法を使うことで捻じ曲げることにした。
清らかな家族への想いを歪な形にし、洗脳に近い言葉を落とす。
所詮人間だ。
神の力がこもった言葉に逆らえる筈もない。
君の兄を助けたいと思わないか?
彼は不浄の存在だ。
彼は神々に最も近い素晴らしい人間だ。
しかし彼は病に長く浸かり過ぎた。
このままでは彼はもがき苦しみながら死を迎えるだろう。
そうなる前に楽にしてやろうとは思わないか。
君の手で兄の首を落とすのだ。
そうすれば、彼は苦しまずに安らかに眠れる。
病に身体を蹂躙された可哀想な子だ。
その優しさ故に彼は幸せを掴めない。
苦しさや辛さを感じる前に、どうか楽にしてやってはくれないか。
弟は悩みながらも拒んだ。
兄の首を落とす?
病に侵されてた人々と兄は違う。
殺すなんてありえない。
兄は正常で、今尚人々を助け続けている。
しかし、病に侵されているのは確かだ。
休養を十全に取ってほしい。
また再び元気になるまで守り通すから。
ずっと、側で。
この手の中で。
剣神は弟の暗い感情に気がついていた。
少しでもシガイに侵されようものなら死体の山を積み上げ、燃やし、村一つ無くすような無常さを持ち合わせる弟が、何故兄にあんなにも執着するのか。
今まで燃やしてきたどの人間よりもシガイに侵されている兄を何故生かそうとするのか。
人間とは無駄が好きな生き物だとつくづく思う。
家族と他人の差など過ごしてきた時間と血の繋がりだけだというのに。
剣神は提案した。
君達二人を世界最初の王にしようと思う。
その際、聖石に触れることで己の身の潔白を証明する必要がある。
君の兄は弾かれるだろう。
当然だ。
彼は誰よりも汚れているのだから。
不浄、もはや浄化することもままならない存在として聖石には認められない。
必然的に君が王になるだろう。
君は弾かれた彼を殺すのだ。
もし邪魔するものがいるのなら殺せ。
多くの民の前で処刑を。
なおも拒もうとする弟に剣神は言葉を重ねる。
彼は星の病の大元になりつつある。
殺すにはまだ力が足りない。
今の人々には彼を殺す力がない。
しかし彼は可哀想な存在だ。
その献身により多くの人々を救ってきた。
我々も慈悲を与えたい。
彼を誰も知らない場所に隔離するのだ。
我々と君しか知らない場所へ。
神凪さえも、知らぬ場所へ。
弟は息をのんだ。
その瞳に動揺が走る。
願ってもいない申し出だろう。
これでどこへなりともふらふら行ってしまう愛しい兄を繋ぎ止めておける。
あの目障りな幼馴染の女に取られる心配もない。
暗い感情を満たせる場所。
剣神はほくそ笑む。
人間は愛だとか家族だとか友情だとか、そういった類の誘惑にめっぽう弱い。
この弟、ソムヌス・ルシス・チェラムとて例外ではなかった。
ーー若者は処刑され、人知れず隔離された。
冷たい石の牢に張り付けにされ、永き時を過ごす。
時折訪れては、自分が犯した過ちに懺悔の言葉と涙を流す弟を見ることもなく、虚空を眺めて。
彼らは神に騙された。
弟は欲しかった誰かを手に入れることもできず。
兄は愛した女性を殺され、聞きたくもない弟の言葉から目を背ける。
剣神バハムートは王になった弟に語りかける。
本当の意味で兄を楽にするには聖石に選ばれし真の王を産み落とす必要がある。
代を重ね、時を重ね、その時を待て。
我々は出来うる限りの助力をしよう。
まだ、病との戦いは始まったばかりなのだから。
真の王が行うのは、数千年に渡って積み重なった黒い粒子を吹き飛ばす魔法だ。
それらは儀式によって行われるが、余りにも大きな魔法により使用者は確実に死亡する。
誰がやってもそこに例外はない。
まずは一番強大なシガイである元凶を打ち倒し、活路を見出す。
儀式は元凶を倒さないことには成功しない。
苦しい戦いになるだろう。
文字通り死ぬ為の戦いだ。
相手だって本気でかかってくる。
けれど、やらなければ人類に未来はない。
「話せて良かった。」
聖石クリスタルの中で見た断片的な記憶と自分が為すべきことを話し、ノクティスは嬉しそうに笑う。
時を重ねた体と比例しない二十歳だった頃の精神がより一層、彼の不遇を際立たせる。
強く握りしめた拳を、遣る瀬無い気持ちのままに振り上げたグラディオラスは、イグニスに咎められ力無く下ろした。
今ここで怒りを表したとて現状が改善するわけでもない。
従わなければ待っているのは光なき世界の永続と人と神の敗北だ。
「ねぇ、ノクト。この事、メディは知ってたんだよね?最初から全部。」
「…ああ。」
「あの人なら、ノクトが生き残る道を考えてるんじゃ!」
「他の道なんてない。最後は結局誰かの命を犠牲にしないと、この儀式は成り立たない。」
「そんな…。そんなことって…。」
神が干渉する儀式を改変するのは容易ではない。
例えば、神と同等かそれ以上の力があれば多少の改変は可能かも知れない。
人間が行うには余りにも傲慢な行為ではあるが、できないと言い切れない。
誰も試したことがなく、誰も成功したことのない事例であるからこそわからないことが多い。
だからと言って"できる"と断言もできない。
そんな僅かな可能性に賭けるのは兄らしくない。
恐らく、無謀なことはしないだろう。
一つ目を見事終えた彼の最後の使命はルシス王家を存続すること。
どちらも死ぬ可能性が高い行為は避ける筈だ。
だからこそ"体の殆どをシガイに浸しても核である心臓だけは人間のまま留めている"のだろうから。
何かしらの対策を練って決断した筈だ。
「それにさ。今なら分かるんだ。兄貴の見えない慟哭が。俺は王に相応しくないって言った意味が。」
真の王を代わってやりたい。
忌々しげに吐いた言葉の意味が今なら理解できる。
家族を助けたいと言うただ一つの願いと共にそれすらも出来ない自分への嫌悪が込められた言葉だった。
もし自分が兄の立場だったらきっと気が触れてしまうだろう。
心に深々と剣を刺したまま、拷問のような日々送る事になる。
「今でも代わりたい、なんて。思ってくれてんの?」
不意にノクティスが背後の扉に向けて質問を投げかけた。
コツリと軽い靴が壁に当たる音が鳴り、観念したように静かに扉が開く。
苦笑いを浮かべたメディウムの後ろにはレイヴスとアラネアの姿があった。
十年の間に歳を重ねた彼らはそっと友の背中を押し、部屋に入ることなく去っていく。
一瞬ノクティスと目があったが、彼らは何も言わなかった。
メディウムは二人を振り返り、短く息を吐く。
送り出してくれた友から仲間達へと向き直り、薄く笑った。
束の間の逢瀬の邪魔をしたくないからわざわざ外で話が途切れるのを待っていたのに。
軽く頬をかきながら返答の言葉を口にする。
「思っている。代われるのならいつでも代わってやろうと準備してたんだけどなぁ。結局無駄になっちまった。」
疲れた。
肩をぐるぐる回し、一つだけ空いていた席に腰をかける。
話せること、話したいこと。
それらを全てとは言わないが話せるだけ話したのだろう。
スッキリした面持ちのノクティスに反して周囲は暗い。
「俺と星の病は二十年…いや、三十年家族だった。間違いなく、親子だった。…これから俺は親殺しに向かう訳だ。お前が悪いんだって神様の無茶苦茶な理論振りかざしてな。」
プロンプトが顔を上げた。
親殺し。
その言葉をアーデンに投げつけられたことがある。
自分を作った遺伝子上親である人を撃った時に、罵るために使われた言葉だ。
あの人はプロンプトにとって育ての親でもなく顔を知っているわけでもない赤の他人だった。
だが、メディウムは違う。
二十年の長い歳月を共にし、顔を突き合わせずとも十年を親子として捉えてきた。
血の繋がりがあまりにも遠くても関係があった。
本当の意味での"親殺し"になるのだ。
「んで、弟も殺しに行く。見殺しにする為に俺は親を殺す。手を伸ばせば届くのに俺は手を下ろしたまま見送る。」
グラディオラスが唇を噛む。
護れる力を、家族を守りたいと思う気持ちをよく理解している。
だからこそ辛い。
だからこそ苦しい。
許されないことだと言われて、自分は家族を見殺しにできるだろうか。
たとえそれが世界のためだったとしても。
「俺は残った王座にすっぽり。まるでハイエナだ。屍肉を貪って生きる。何が王様だ。何が相応しい器だ。ただ頭が回るだけの、誰も助けられない愚か者に世界のお守りなんて出来るわけねぇのに。」
イグニスがそっと目を伏せた。
知恵でも発想でも優しさでも、何も手に入らない。
何も守れない。
一手二手三手とことの先を見据えても答えは出てこない。
最初から決まっている模範解答に別解など存在しない。
その別解を導き出せる誰かもこの有様だ。
「自分は優雅に余生を過ごして、子供もうけて、死ぬ。愛する人もいねぇのに。俺だけが生き残る。」
ルナフレーナが真っ直ぐ見つめる。
それでも運命なのだから。
人々が救えるのだから。
嘆いても仕方がないのだ。
喚いても変えられないのだ。
事実として、必要なこととして受け入れなければならない。
「あーあ…。」
何か口にしようと薄く開けた唇は静かに閉じられた。
言いかけた言葉を飲み込み、皆を見る。
初めてこぼしたどうしようもないことへの愚痴の数々を聞き、何故か彼らは顔を上げていた。
それぞれの想いを胸に、彼らはただ静かに。
苦しさに価値などつけられない。
そんなものに差は存在しない。
でも確かに、この場で一番嘆きたいのは誰なのかを考えてしまう。
誰よりも遣る瀬無く、誰よりも苦しく、誰よりも喚きたいのは誰か。
間違いなく、それは三十年という時を経て助けることも変えることもできなかったメディウムだろう。
その彼が口を噤んだ。
その先の言葉を言いかけてやめた。
吐き出したくても飲み込んだ。
なれば、自分達も飲み込もう。
誰よりも吐き出したい彼よりも先にその言葉を口にしてはならない。
「なあ、兄貴。」
「なんだ。」
「このあとすぐ王都に行くだろ?」
「その予定だ。距離が距離だからどこかで一晩過ごすことにはなるだろうが。」
「じゃあさ。」
キャンプしたい。
ノクティスの言葉にその場にいた全員が笑う。
じゃあ、キャンプするか。
あの楽しかった旅路みたいに。