書いては消して、書いては消してを繰り返した結果このザマでございます。
許して…許して…。
三十年の歳月を共に過ごし、大事に懐に忍ばせてきたネックレスを、命よりも大切にしてきた弟に託した。
十五年前に下賜されてから、二十一年共に死線を潜り抜け、振るい続けた友は終わりの時までその力を借り受ける。
生まれついた体とはかけ離れてしまった容姿も、あとほんの数時間で二度と見ることはなくなるだろう。
仮の住まいとして何年か過ごしたこの前線基地にも、世界最大の都市となってしまったレスタルムにも、王家の重要書類を収容する隠れ家として使用していたカエムの岬にも、残すものはない。
相棒のクラレントと仲間を引き連れ、身一つで最後の戦場へと立つことが神様を裏切って行われる最後の我が儘だ。
「作戦はない。相手が何をしてくるか予想できない戦いになる。時には、仲間をおいてでも前に進むことになるだろう。」
誰一人として絶望を前にしても、終焉の時が迫っていても、取り乱したりはしなかった。
この先が地獄であろうとも、アーデンを討ち果たし、ノクティスを玉座へと送り届けることが今回の最終目標だ。
もし、一度でもしくじれば未来はないと断言できる。
後戻りもできない、やめることもできない戦いが始まる。
半分が瓦礫に埋もれ、かろうじて残った鉄柵の扉に手をかける。
重苦しい音を響かせて開いた扉の先には、長らく遠めから見ることしかできなかったかつての我が家が見える。
ああ、帰ってきた。
誰もがそう実感する中に、場違いにも明るい声が届く。
「やっと来てくれたんだ?」
ニタリ、と諸悪の根源が嗤う。
光など灯さなくなって久しい街頭の上に立ち、悠々と人間を見下ろす。
一瞬だけメディウムを見て目尻を緩め、優しく笑ったような気がしたが、次に目を瞬いた時にはあくどい笑みが張り付いていた。
「ようこそ、我が王都インソムニアへ。随分、時間が掛かったねぇ?」
「アーデン…!」
ふわり、とわずかながらに魔力の流れを感じる。
予めこの場所に限って仕掛けられた魔法だったのだろうか、いやに強大な力だ。
「それじゃあ、おもてなしをしなきゃね!」
指を鳴らす音と共に、降り注ぐ星々。
あれは古代魔法メテオだ。
今なお被害にあい続ける都市にメテオが降り注ぐと同時に、王城には魔法障壁が張り巡らされていく。
ノクティス達にとって父にあたる人が己の命を削って発動していた忌々しき魔法であると同時に民草を護る絶対の障壁だ。
増幅装置の必要ない範囲でアーデンに発動されると容易には砕けない。
「簡単に王城に入って欲しくないからさ。"君達"の父上を真似てみたんだけど、どうかな?うまくできているだろう?」
あれはただノクティスの憎しみの炎に薪をくべているだけだ。
怒りさえも力に変えて、討ち果たしに来いと。
わざとメディウムを家族ではなく王子として呼ぶその傲慢さ。
今更、その存在を突き放す優しさ。
その意を酌めぬほどメディウムは愚かではないが、わざわざ言うことを聞くほど従順でもない。
「ノクト。グラディオ。イグニス。プロンプト。」
「分かってる。ぶちかましてこい。」
「思いっきり噛みついて来いよ。」
「全力で行け。」
「すぐに追いつくから。」
皆に背中を押される。
アーデンは心底不思議そうだが、メディウムは構わず武器召喚でクラレントを呼び出した。
切っ先を突き付けられた養父は薄ら笑いを浮かべる。
聞き分けのない子供を諭すかのように、穏やかな顔で。
「決別を無駄にする気?」
「その問いには否と答えよう。我が父に二十年の意趣遺恨を聞き届けて頂きたく、戦地を駆けて参りました。」
「うっわ。堅苦しい。王族なりのケジメ?ウザいから止めてくれる?」
「ほう?二十年の恨み言をよもやケジメと受け取る?感謝でもされると思っているのか?」
「まっさかぁ。殺されるとは思っているけどねぇ。」
逃げるが勝ちとでも言いたげにアーデンが街頭から飛び降りた。
追い掛けるメディウム達の足を止めるためにシガイのケルベロスを呼び出したが、それで立ち止まったのはノクティス達だけだ。
メディウムだけは炎を吐くケルベロスを避け、まっすぐにアーデンを狙い続ける。
これはあらかじめノクティスと相談して決めていたことだ。
必ず、アーデンに一発ぶち込んでやると。
「本当にしつこいんだけど!」
「観念して真っ向勝負を受けろ!父さん!…ノクト!必ずついて来いよ!!」
「任せろ!先にぶちのめすなよ!俺だって一発殴りたい!」
「応とも!!」
一直線に魔法障壁へと走る逃げ足の速い父を追いかけるべく、クラレントに魔力を込める。
この日のために人としての命まで投げ出した覚悟をこんな忌々しい魔法ごときで封じられてなるものか!
「ちょ、ちょっと!?マジで殺る気!?同族になった君じゃあ俺を殺せないよ!」
「それがどうした!不老不死、何するものぞ!!この怒り、この嘆き!聞き届けるまで追い縋る!バハムート!断ち切る刃に神々の威光を!!」
ノクティスへの道を切り開くための一撃に、あの剣神が手を貸さぬ道理はない。
全身全霊をもって魔法障壁を打ち砕く一手。
これが未来を切り開くための狼煙にならんことを。
「大人しく!!俺に!!殴られろ!!」
光り輝くクラレントを魔法障壁に容赦なく斬りつける。
凄まじい金属音をあげながら懸命にその役割を果たそうとする障壁も流石に神々の力には抗えないようだ。
悲鳴じみた甲高い破裂音と共に、魔法障壁が一部分だけ砕けた。
急いで修復を図ろうとするアーデンに追撃のクラレントをぶち込む。
「死なないなら気が済むまで殺されとけ!!」
「首輪のついていない狂犬が!頭に乗るなよ!」
「その狂犬を育てたおっさんがよく言うわ!!」
ガンガンッ!!と音が響き渡るほど次々と出来上がる魔法障壁にクラレントを叩きつける。
時折ケルベロスの豪炎がこちらに飛んでくるが、そんなものに構っている暇はない。
背中に直撃しながらも、クラレントの猛攻は淀むことを知らない。
「飼い主の言うこと聞けよ!なんで俺のところ真っ直ぐ来るんだよ!後ろの王様ケルベロスと殺り合ってるじゃん!」
「聞かない!もう二度と従わない!!」
必死の形相で何度も打ち付ける。
徐々に魔法障壁そのものにひびが走り始めた。
このまま続ければ王城を覆う障壁ごと砕けるかもしれない。
アーデンは何度も離れるように言い含めてくる。
構ってないで後ろの王様を助けろと、何度でも。
でもそれ以上に、メディウムが傷を負う姿を見たくないのだろう。
炎に焼かれるたびに泣きそうな顔をしている。
長年待ちわびた時を迎える日になって忘れていた聖者の本質が現れるとはとんだお笑い草だ。
「お前は不老不死じゃないんだ!決着の前に死にかけるぞ!」
「怨敵の一族が死ぬ瞬間だぜ!もっと喜べ!!」
「喜べない!!」
悲痛な叫びだった。
思わず手が止まりそうになるが、その迷いも一瞬だ。
そうだ。その本質をもっと呼び起せ。
その魂の叫びが見つけ出すための一筋の光になるのだ。
家族の魂を救うために目指す、暖かな光に。
「君だけは!助けられなかった彼女の分も生きて欲しいんだ!!」
「うるせぇ!!」
魔法障壁がガシャンッ!とガラスが砕けたような音を立てて崩れ去る。
王城そのものを覆っていた全ての障壁がクラレントの猛攻により許容量を超えたのだ。
神々の力を何十回と叩きつけられれば執念で破壊できる。
無茶苦茶だが、確かに成し遂げた偉業だ。
声を張り上げたメディウムは漸く届いたアーデンの手を掴んだ。
「俺に生きて欲しいだ!?冗談じゃねぇ!俺はやりたいことやって盛大に死ぬんだ!!アンタに今死ぬとか今生きていろとか決められる謂れはねぇ!!」
まじろぐアーデンに頭突きをかまし、あまりの衝撃によろけたところに鳩尾を殴った。
今まで一切反撃しなかったメディウムの全力の殴打はかなり効いたのだろう。
咳き込みながら尻餅をついて倒れ伏した。
それと同時にケルベロスと戦っていたノクティス達が決着をつけたらしい。
巨体を傾けて消えていく地獄の番犬が見えた。
「イフリート!!」
アーデンにもその姿が見えていたのだろう。
我に返ったように神の名を呼び、王城の奥へ逃げ果せようと走り出す。
ノクティス達の前に立ちはだかったイフリートを見て小さく舌打ちをし、かの炎神にとって天敵である神の名を呼んだ。
この戦いの前に親友と一緒に説得した甲斐がある。
「氷神シヴァ!後は任せた!!」
背後に凍えるような冷気を感じながら王城へ、かつての実家へと走り出す。
アーデンが呼んだのであろうシガイの群れを斬り捨てながら、エレベーターへ飛び乗った。
中は電気が通っているらしいが、レスタルムから通電させた覚えはない。
玉座のある階層へのボタンを押すと、スムーズに動き出した。
随分と手間をかけたものだ。
「これで、最期だ」
魂を賭けた救済のために、この剣を届けてみせる。
兄を送り出したノクティス達はシヴァの力を借りることでイフリートと難なく渡り合えている。
徐々に氷に覆われていったイフリートは、次第にその動きを止め始めた。
その隙に先へ行けと、シヴァが魔法障壁の砕けた王城を指さす。
あとは我々の問題だと言いたげだ。
深く頷いたノクティス達は、兄に続くべく先を急ぐ。
復讐と殺意に燃えたメディウムが道を切り開いたおかげで、あとはエレベーターにのって玉座へ行くのみであった。
途中に砕けた鎧やまだ燻っているシガイの残骸などが見受けられたため、彼が斬り捨てたのだろう。
それほど激しい攻防を繰り広げているのだ。
「メディ、大丈夫かな。」
「あの人のことだ。きっと大丈夫だろう。」
「結局最後まで道を示してもらっちまっているからな。最後ぐらい役に立たねぇと。」
玉座への階層へそっと足を踏み入れる。
どこもかしこもこの階層だけは綺麗だが、玉座の間への道に一筋の血痕が続いている。
どちらの血かわからないソレは、閉ざされた扉の向こう側の熾烈さを伝えていた。
受け取った銀色のネックレスと、いつか渡された金色のネックレス。
そして光耀の指輪を身に着け、王城の扉へと手をかけるとプロンプトが制止の声をかけた。
「待って。その前に、コレ。」
「写真?」
「うん。旅の思い出を持って行って欲しくて。」
手渡された写真はカエムの岬で撮った集合写真だった。
まだ己の使命も知らず、兄と初めて兄弟喧嘩をした後に撮った写真は何となく兄との距離が開いている。
ノクティスにとってこの十年は微睡の中で時を越えたようなものなのに、何故か酷く懐かしいと感じてしまうのは郷愁の念に駆られている今だからだろうか。
運命とは酷く残酷だ。
お膳立てして道を示して王が訪れるのを待つあの兄は永遠にも感じる苦しみを与えられ、何もせず何も知らず、一瞬の幸せを味わった弟はただ道を歩き、命を捧げる。
どっちが楽かなど聞く必要もないほど両極端な彼等はお互いの苦しみを解らない。
けれど、その手を重ね合わせて前へと進む。
手を引く兄の背を追って。
前へと進む弟の手を引いて。
かつての王達が成し得なかった”二人だけの苦しみ”を分かち合うために。
旅立ちの日にそうしたように、ゆっくりと荘厳な扉を開けた。
途端に激しい剣技の音が鼓膜を震わせる。
穢れを知らぬような人ならざる真っ白な体をした二人の化け物が、真っ黒な液体をまき散らして慟哭を叫ぶ。
今までの旅でも子供であった時でさえも人前で涙を流さなかった兄が漆黒の涙を止めどなく溢れさせている。
まるで対峙する父の代わりに泣いているようだ。
「クソ親父!なんで!分かってくれねぇんだよ!!こんの!分からず屋!!意地っ張り!!二千うん十歳児!!」
「号泣してるバカ息子に言われたくないよ!!暴言のレベルが小学生だね!!その程度の知能で宰相の補佐官やってたわけ!?笑っちゃうねぇ!!」
「アンタの代わりに泣いてんだよ!!寂しいなら寂しいって言えよ!!あと!育てたのお前だからなぁ!?」
アレは最初で最後の親子喧嘩だ。
真赤なファントムソードが油断も隙も無くお互いを相殺し合う。
メディウムは燃え盛る身体を庇いながら、もはや痛みすらも感じないのか全身が火傷を負っても剣を振るう。
時折、アーデンから赤い血が滴る。
廊下に続いていた人間らしい血痕は彼のものだったのだろう。
「一人になんかさせない!!俺だけはアンタの手を離さない!!」
「息子が父親より先に死ぬとかありえないね!!我儘言わないで生き抜けよ!!」
彼等の闘いはメディウムが優勢だ。
筋力も魔力も圧倒的にアーデンの方が勝っているはずだが、決定打を与えられずにいる。
まるでためらうように急所を避けるのだ。
これ幸いと言わんばかりに猛攻を仕掛けるメディウムに圧されている。
「っていうか!言いたいことは全部あの夜に言ってたじゃん!!なんで今更暴言はいてくるわけ!?横暴でしょ!!信念はどこへ投げ捨てたの!!」
「はぁ!?ンなこと言ったら神はどうなんだよ!!あいつ等よりかは横暴じゃねぇだろ!!当然の怒りを正しい矛先に向けているだけのこと!!」
「神殺しにその話題を持ち出すのは厳禁だって知っているかい!?」
アーデンが振り下ろした羅刹の剣がメディウムの左腕を切り落とした。
吹き飛ぶ左腕はすぐさま液体になり、断面に吸収される。
急速に再生された左腕には雷球が握りこまれており、がら空きの腹部へ容赦なく殴りつけた。
衝撃に吹き飛んだアーデンに続いて、メディウムの片足が崩れ去る。
不老ではあるが不死ではない彼の体はここが限界なのだろう。
「クソッ!クソッ!!戻れよ!まだ殴り足りねぇのに!!」
「ゲホッ、ゴホッ…馬鹿だね。丁度いいからそこで大人しくしてなよ。君の弟の方相手にするからさ。」
「おい待てよ!!まだ決着がついてなッ…!」
残った足で立ち上がろうとしたが、そちらも風に攫われるかのように消えていった。
伸ばした手もひび割れていて、生きていることすらも怪しい状態だ。
クラレントは転がり落ち、血だまりに伏せる。
ノクティス達を一瞥したラスボスはメディウムを抱え上げ、上を目指した。
どれだけ暴れても降ろしてもらえず、無慈悲にも座りたくもない玉座に降ろされた。
「…後でね。」
「こんの!!…父さん!!」
後なんてやってこない。
そんなことは誰よりも彼が知っているはずだ。
待ち望んだこの時を因縁で固めたまま去っていくとでも言うのか。
暴れ続けようと腕を伸ばす前に、父の顔が近づいた。
コツン、と優しい頭突きを食らう。
父は悲しみで歪む息子の瞳をぬぐい、再生するだけの力を分け与えた。
直ぐにとはいかないが元通りの形にはなるだろう。
優しくて愛しい我が子にしか聞こえない小さな言葉を残すぐらいは、神様も許してくれる。
「ごめんね。ありがとう。君と過ごした家族の時間は楽しかったよ。」
そっと被っていた帽子を黒と赤の頭にかぶせた。
再生のために意図しない眠りへ落ちる我が子から離れ、真の王へと振り返る。
偽りの王が玉座につくことまで見越してその呼称を考えたのなら、神様はとことん悪趣味だ。
ルシス王家を皆殺しにして、神様は万々歳なんて笑えないシナリオまで用意しているのが余計気に食わない。
子孫まで苦しめたソムヌスはつくづく馬鹿だと思う。
結果的にあの時一番苦しんだのは未来を憂いたお前だったじゃないか。
「お待たせ。王様。親子喧嘩って初めてだからさ。」
「兄貴から予め聞いてたからいいよ。それより。」
「そうだね。始めようか。」
世界の終わりを賭けた殺し合いを。
真の王と偽りの王が交じり合う。
一対四であることを感じさせない風格がある。
これこそがラスボスというものだろう。
「まずはお仲間を伸してあげよう。そのあと王様と遊んであげる。」
「上等!」
羅刹の剣に対になる夜叉王の刀剣を構えるノクティスを見て、薄ら笑いを浮かべた。
――本当、皆馬鹿だよね。
全員、命を懸けて世界を護ろうとしているのに復讐に見せかけた殺し合いなんか始めて。
堪えきれない心根を吐露したあの子がどれほど真っ直ぐで正直だったか良く分かる。
憎しみきれない子孫達に殺してもらうしかない亡霊がどれほど愚かなのか身を以て知った。
命を懸けてもらわねばならぬほど存在が大きくなった自分が嫌になる。
隠さないで大声で叫べたらいいのに。
どうせ後戻りはできないのだから、後悔に意味はない。
でも、でも。
確かに世界を、人々を救いたいと思った時があったのだ。
弟も彼女も民も世界も。
大好きだったから。
「もう、忘れちゃったけどね。」
この憎しみがある限り、その思いを正しいと認められない。
早く眠らせて欲しい。
何も考えなくていい静かな時間を与えて欲しい。
ほんの少しでいいから、安らぎが欲しい。
ねえ、王様。
漸く当たり前に眠れる日が来るんだよ。
嬉しくて、とてつもなく嬉しくて、泣いちゃうよね。
誰に知られることもなく、赤い液体が落ちる。
息子からもらった人らしい心臓が嫌に痛む。
この暖かさを抱いて眠れるのなら、悔いのない全力を出したい。
それがこの二千年とちょっとへ贖罪だから。