泡沫の王
世界の最果て。
世界の中心。
言い方はなんだっていいのだろう。
生命の銀河、その心臓部にてノクティスは最後の戦いに挑んだ。
光耀の指輪に籠められた歴代王の力を解放し、星に巣食う悪を討つ。
当初の予定通り悪は塵となり消え、ノクティスは使命から解放された。
滅び行く肉体に薄れ行く視界。
全てが終わったと、短く息を吐く。
これで世界が救われる。
あとはあの兄が何とかしてくれるだろうと、目を瞑った。
走馬灯が見せる幻影に手を伸ばしたはずの、その手を掴まれるまでは。
「…ここは?」
目が覚めると、小麦畑に倒れ込んでいた。
どこを見渡しても黄金に輝くばかりの土地で、全く見覚えがない。
消えたはずの体もまるで何事もなかったかのように綺麗で、理解し切れていない頭が混乱に揺れた。
悪を滅ぼし、魂は消え、眠りつくのではなかったのだろうか。
「おいおい。弟よぉ。ソレマジで信じてたのか。バハムートに毒され過ぎじゃねぇ?」
「兄…貴?なんでここに?てかここは?」
「”連れてって”…そういっただろ。文字通り!俺も連れてってもらいました!」
いえーい!とブイサインを作るメディウムに意味が分からない。
確かに、連れて行けというからクラレントも連れて行ったが、兄の魂まで引き連れた覚えはない。
こんな小麦畑に飛ばされる理由もさっぱりわからない。
「俺の話は込み入っているから、とりあえずここがどこかだけ。ここはクリスタルの中。アーデンのために用意された安息の地。要は、彼の故郷を完全再現した寝殿だ。」
ほら、と指さされた先には三つの魂が寄り添って木の下で眠っている。
一つは初代ルシス王、ソムヌス・ルシス・チェラム。
もう一つは初代神凪、エイラ・ミルス・フルーレ。
そして、二つの魂に抱き込まれて眠るアーデン・ルシス・チェラム。
長きに渡り戦いを強いられた三人が眠る為だけに用意された空間。
それがこの場だという。
三人から離れるように手を引かれ、どこかへと誘われる。
向かう場所が分かっているかのような動きに首をかしげるが、あの兄ならそういうこともあるのかもしれない。
クリスタルと取引でもしたのだろうか。
「んで、俺とお前は最後の別れをするためにここを一時的に借りたわけだ。クリスタルにもアーデンにも了承を得ている。お前が目覚める前にちょちょいっとね。」
最後の別れ、とは何だろうか。
既に別れは済ませたつもりだったが、何か足りなかったのだろうか。
首をかしげるノクティスの手を引いて歩くメディウムは、振り返らずに話を続けた。
「俺ね、死ぬんだ。」
「は?」
意味が分からなかった。
死ぬとはどういうことなのか。
メディウムは己の使命を果たさずして死ぬというのだろうか。
「ノクトの身代わりになった。」
「は!?身代わり!?」
「そう。実はそのネックレスには死ぬと発動する魔法がかかっていてな?魂を犠牲にする代わりに魂を修復する魔法をかけたんだ。」
死するものを蘇らせることは禁忌だ。
概念を崩壊させる魔法は発動そのものが不可能になっている。
ただ、古代魔法レイズは違う。
ただ蘇らせるのではなく術者の魂を食らうのだ。
魂の崩壊を入れ替え、あたかも蘇らせたかのように見せかける。
それが古代魔法レイズ。
一度きりしか使えない、犠牲と想いの籠った魔法。
「だから、ここを抜けたらノクトは現実に帰れる。お前がルシス王家を継いでいくんだ。」
「待てよ!それじゃあ兄貴はどうなるんだ!帰るなら一緒に…!!」
守りたいから死を受け入れたのに。
兄が苦しんだ分生きられるのなら怖くないと戦ったのに。
結局兄を助けることはできないというのだ。
どうして、どうしてそんな選択を。
「…納得できない?」
「当たり前だ!」
「でも、俺もどうしてもやりたいことがあるんだ。納得してくれないと困る。」
「やりたいこと…?」
ひずみのような場所が見えてきた。
眩い光が零れさすあの向こう側が、現実なのだろう。
クリスタルの中は酷く暖かいのに、ここだけ少し寒い。
「バハムートを殺す。」
衝撃的な一言だった。
六神の中でも別格と言っていい剣神バハムートを殺す?
ルシス王家が与えられてきた加護全てを投げ捨てて人の身で戦うというのか。
「無理だ。バハムートを殺すなんて不可能だって。」
「いいや、やる。俺はやると言ったらやる。絶対。」
振り返った兄の目は本気だった。
「俺達を、ルシス王家を二千年も苦しめてくれた代償を払ってもらわなきゃ気が済まない。」
「そんなこと…言ったって…」
剣神は確かに非情だが、アレは人類全てを思ってのことなのだ。
ルシス王家、小さな一族が苦しむのと全人類が滅びるのを天秤にかければ、誰もがバハムートと同じ選択を選ぶだろう。
誰だって、苦しみを味わいたいとは思わない。
押し付けられるのなら、誰かに押し付けたくなる。
「大丈夫。終わったらちゃんと帰るって。」
「信用できるかよ!兄貴の大丈夫は絶対大丈夫じゃない!」
「じゃあ我儘!最後の我儘だと思って聞いてくれ!」
「絶対に嫌だ!兄貴が帰らないなら俺も帰らない!」
「頑固だなぁもう!」
小麦畑の中でぎゃいぎゃいと押し問答が続く。
やっと守れた家族を見殺しにしろと言うのか。
家族がいないのなら、現実に帰りたくない。
もう、失いたくないのに。
「一人に、すんなよ…。」
「…ごめん。」
分かっている。
今こうやって押し問答をしたところで、結果は変わらない。
もう既にノクティスは救われた後で、兄は蘇らない。
身代わり魔法は発動され、取り消せない。
「本当に、帰ってくるんだろうな。」
「今回だけは本当。俺は悲しい別れとか、しない主義。バハムートの野郎ぶち殺したら皆のところに戻るよ。」
「…嘘だったら、許さねぇからな。」
ずる賢い兄は本当にどうしようもない。
止められると分かっていたから、ずっと黙っていたのだろう。
もうどうしようもないところまで行ってから、白状する。
飲み込まなければならないこっちの気も知らないで。
「約束。コレ、兄貴に預ける。絶対返しに来いよ。」
最後の最後まで守ってくれた金色と銀色のネックレスを兄の手に押し付ける。
もう何の力も残っていないものだが、思い出だけはたくさん詰まっている。
父親と母親の暖かさが宿っている。
きっと帰るとき、家族の下へ手を引いてくれるはずだ。
光に手をかけ、兄に振り返る。
早く行け、と尊大に振り払う仕草をした兄に押され、穴に落ちて行った。
遠のいていく最後の家族に、大声で叫んだ。
「十年でも!百年でも!千年でも!待ってるから!」
「おう!待ってろ!すぐに戻ってやるよ!」
数多の剣に攫われていく兄は何度も見た、綺麗な笑顔。
戻ったら、兄の亡骸を連れて仲間の元に戻ろう。
戦う彼に朝日を見せて、自慢してやるのだ。
随分と空気が読める剣神様だ、と世界の中心に居座るバハムートを見上げた。
最後の別れぐらいは今までの功績で許してくれたのだろうか。
その不遜な態度に吠え面かかせてやるのが今回のメディウムのやりたいこと、なのだが。
――人よ。
「人で悪かったな。」
――何故使命を放棄した。
「放棄?俺はちゃんと言う通りにルシス王家を継いだぜ?十年だけ。」
わざとらしく肩をすくめてもバハムートの冷たい視線が刺さるだけだ。
神殺しの話も、ノクティスを生かす話も全て見えていたくせに、文句を言わずに放置したのはこのバハムートだ。
侮られているのか、人は神には勝てないとまだ信じているのか知らないが、あまりにも人間をなめすぎている。
「全てはアンタを殺すために。」
ここに招いたが運の尽き。
シガイの心臓を手に入れ、崩れた魂を持った人間がどうやって神殺しをするのか教えてやろう。
二千年の苦しみをとくと味わうがいい。
「従順な犬は死んだ。最後に飼い主の首を噛み千切ってな!」
魔法でも、機械でもない。
一本の剣と沢山の苦しみを背負って初めて行われる神殺し。
生きていたかった。
死にたくなどなかった。
また皆で笑いたい。
帰ると言ったけれど、本当は帰り方なんて分からない。
でも、約束した。
待ってくれると叫んだ家族に誓った。
帰るんだ。
憎しみをここに置いて。
呪いをこの時代で終わらせるために。
勝てるはずのない戦いに、挑まれた側は笑うしかない。
――愚かな。
「最後に良いこと教えてやるよ!」
こういう人間のことは、大馬鹿野郎って言うんだよ!
世は光に満ちた。
闇に包まれた時代は終わった。
光に生きた王は闇に散った亡骸を抱え、人々に言った。
――新しい時代を作ろう。いつか誰かが帰ってきた時、故郷を思い出せるように。
歴史は修正される。
時代は変革される。
失くしたものは取り戻せない。
でも、新しく作ることはできる。
思い出を背負って、忘れないように新しい形を。
朝日が昇る。
この日をどれほどの人々が待ちわびただろうか。
黒い粒子となって天に、泡沫のように消えていく家族。
残された命が天に剣を突き刺した。
――世界を救ってやったぞ!だからぶちのめして早く帰ってこい!クソ兄貴!
帰る場所で待って居よう。
いつまでも、いつまでも。
※読まなくてもいいあとがき
これにてゲーム本編内容は完結となります。
最後はとても短かくなってしまいましたが、何とか完結までこぎつけられました。
二年もの長い間お付き合いいただきありがとうございました。
とはいっても、私が書きたかった話はここから。
この後もちょっとだけお話が続きます。
実はこの後の数話の為だけに80話もゲーム本編を長々と綴っていたり。
自分でも馬鹿なんじゃないかと思いましたが、やりたかったんだからしょうがない。
やっぱりハッピーエンドで終わらないと、抗ったって感じしないでしょう?(持論)