その後を語る、幸福だけの時間。
大遅刻
華やぐ街並み、装飾された王城への街道。
魔法障壁が消え、澄み切った青空が見守るルシス王国王都インソムニア。
世界に陽の光が戻って二年の歳月が経った今日、第百十四代目ルシス王ノクティス・ルシス・チェラムと現神凪、ルナフレーナ・ノックス・フルーレの結婚式が執り行われることになったのだ。
世界各国から集まった人々が口々にお祝いの言葉を述べて披露宴が行われる王城へ足を向ける中を、二人の男が慌てたように走り抜けていく。
一人は一目で高級だと分かるスーツを着込み、それに見合わない薄汚れたマントを羽織った赤毛と黒毛が混じる男。
もう一人は同じように高級なスーツを身に着け、少し長い赤毛を結んだ大柄な男だ。
二人ともなぜか、顔に真っ白な仮面をつけている。
人々が奇異の視線を向けても気にも留めず、二人は一直線に王城へ向かって走っている。
「ああクソっ!予定より大幅に遅れちまった!もう本当、神様なんてこりごりだ!」
「ねぇ、俺も行かなきゃダメなの?どうしても?」
「当たり前だ!家族だろうが!」
「遠すぎてもう他人レベルだって。」
「つべこべ言わずに走りやがれ!!」
往来で大の大人が喧嘩し合う姿は祝いの日には合わない光景だろう。
タクシーも拾えない人の多さに疲弊しながら、何とかたどり着いた王城前にはテネブラエ王国国王となった男、レイヴス・ノックス・フルーレその人が、従者として雇ったアラネア達を連れて仁王立ちしていた。
新しく組織された王都警護隊の何人かに囲まれた彼が、白い仮面をつけた二人を見つけると軽く片手をあげる。
「遅い。」
「ごめん!手配は?」
「済ませている。アラネアの傭兵部隊にも手を回してもらった。」
「ビッグスとウェッジが統率してるから何とかなるでしょう。それより、二十四使様が同僚を探していたわよ。」
「そっちの手配も終わったみたいだね。んじゃ、俺行ってくるから。自分の神凪様から離れないでよ!神様にその辺歩かれると大変なんだから!」
「はいはい!分かってるよ!」
現在進行形で準備されているサプライズ。
披露宴にてテネブラエが提案したちょっとした演目だ。
内容は市民にも王達にも伝わっていない。
危ないことはしないという条件で親族たるテネブラエ王国だからこそ許されたサプライズだ。
王妃になるルナフレーナが愛したジールの花に彩られた王城前広場に大きくとられたスペースにて行われる演目を心待ちにしている人々も多い。
テレビ中継も行われ、大々的に報道される予定だ。
復興から二年、順調に世を立て直す国々が改めて平和の象徴を作ることで結束力を増す。
政治的理由の政略結婚のようなものだが、彼等の愛は本物だ。
良い夫婦になるだろう、と世間では好評である。
結婚まで十二年もかかってしまった所為か、彼等の真実の愛を応援する人は少なくない。
歴史が修正され、様々な変革が訪れた中、二人が手を取り合って導いた。
正に平和の象徴にふさわしい夜明けの王と神凪の結婚に世界中が湧いているのだ。
「まったく。やっと帰ってきたと思ったら偉くなっちゃって。」
「誇らしい限りだ。寂しくもあるがな。」
「なぁに言ってんだよ。顔見せた瞬間にぶん殴ってきたくせによぉ。」
世界規模となった傭兵団の団長アラネア・ハイウィンドと崩壊したニフルハイム帝国を管理しながら歴史深く厳かなテネブラエ王国国王の座に就いたレイヴス・ノックス・フルーレに対して臆することなく、まるで旧友のように話しかける男に周囲は内心冷や汗だ。
かの夜明けの王と対等に会話をできる大物二人が、むしろ敬うような態度をとっているのはどういうことなのだろうか。
周囲の心配をよそに、三人は広場へと向かう。
広場には既に多くの人が集まっていた。
時間は十二時ピッタリ。
天の恵みが最も高い時間に、長い階段を下りて新郎新婦が現れた。
最も敬愛された夜明けの王ノクティス・ルシス・チェラムと愛されし神凪ルナフレーナ・ノックス・フルーレ。
沸き立つ民達に笑顔で手振る彼等がこの日のために用意された広場を見る。
サプライズの時間だ。
王城側にある来賓席へと向かったアラネアとレイヴスと別れ、男は広場の中央へと足を進める。
彼は警護を務めていたビッグスとウェッジにハイタッチをし、堂々と広場の真ん中に立つ。
突如現れた謎の男はスクリーンに大きく映し出された。
ざわめく民衆に深々とお辞儀をし、コツンと踵を鳴らす。
「ふふふ、ふーん、ふんふん、ふんふふーん。」
調子が外れどこか気の抜けるファンファーレ。
ピンマイクから流れる音声に聞き覚えのある者達が驚きに目を見開く。
まるで魔法のように彼の足元からジールの花が舞い上がり、広場を取り囲むように現れたのは、神々だ。
巨神タイタン、雷神ラムウ、水神リヴァイアサン、氷神シヴァ、かの裏切り者である炎神イフリートまでもがその場に厳かに立つ。
一体彼は何者なのだと人々が男を見つめる中、弾けた様に夜明けの王と神凪が中央に立つ男の下へ走り出した。
必死に手を伸ばし、何かを叫ぼうと口にする前に、仮面をとった男が笑う。
金と黒の瞳を柔らかく歪め、剣で出来た翼を宙に浮かばせる。
誰もが思った。
あれは剣神か、と。
「人々よ。聞こえるか。」
六神が一人、ルシス王国主神、剣神バハムート。
人の姿をした彼は駆け寄るルシス王から逃れるようにくるくると踊る。
「我が名は剣神バハムート…の、魂を食らった新生バハムート。」
その手を掴もうと情けなくも必死になるルシス王に微笑み続ける男は剣神バハムートを語った。
かの神は一年前に一人の人間に殺されたこと。
神殺しを行った人間こそが自分であり、剣神バハムートは人の魂と混ざり合って新生したと。
この度、神々を引き摺って大切な家族の結婚式に現れたこと。
「我が真名はメディウム・ルシス・チェラム。我が弟を盛大に祝いに来た。」
二年前に崩御した幻の第百十五代目ルシス国王であり、闇の十年間を支えた盟主。
泡沫の王と呼ばれた男が、両手を広げ、飛び込んでくる弟と体当たりをしてきたかわいい義妹を抱きしめた。
「結婚おめでとう!」
二年の時を経て、闇に囚われた男が太陽の下へ帰ってきたのだ。
王から神へと姿を変えてでも約束を果たすために。
世界の最果てから意地でも故郷へ戻ってきた。
「最高のサプライズだろう!」
「おせぇよ!クソ兄貴!」
「お義兄様!この時をどれほど待ちわびたことか!」
ジールの花が風に攫われて舞う。
運命に逆らった大馬鹿野郎は、当たり前にはなれなかったけれど。
愛する誰かを笑顔にした。
大切な人達を守れた。
胸を張って生きた。
流星の如き人の生を過ごし、誇れる軌跡を辿った。
二年越しの勝鬨を上げる時だ。
「全部に、打ち勝ってやった!」
ただで死んでやらない。
言うことを聞くだけの人生なんて真っ平ごめんだ。
幸せは自分の手で掴むものだ。
どんな結果でも選んだ答えに悔いがないように、一瞬を灯す。
灰になろうとも、泡となって消えようとも、この手の温もりが尊いから。
彼等の元に帰れるのなら、憎んだ神にもなろう。
幸せを彩れるのなら、世界に縛られよう。
今度は、いや、今度も一人じゃない。
堪えきれずに駆け寄ってきたかつての仲間達。
ここまで内緒にして、サプライズに協力してくれた親友達。
最後の時まで大人として見守ってくれた協力者達。
「ただいま!みんな!」
――おかえり!
晴れやかな日に、人々が笑う。
これほどまでに幸せと言える世界が実現できたのは、誰のおかげだろうか。
ああ、褒めて欲しいものだ。
こんなにも頑張ったのだから、誰よりも讃えてくれ!
興奮冷めやらぬ披露宴の後、王城へと集まったのはかつての関係者達だ。
ノクティス、ルナフレーナ、レイヴス、アラネア、グラディオラス、イグニス、プロンプト。
友と呼べる者達だけを会議室に集めた。
今日ばかりは立場も関係ない。
メディウムを中心に、今までの話を聞くこととなった。
「みんなはどこまで知ってる?」
「兄貴が剣神に喧嘩吹っ掛けに行ったところまで。」
「うんうん。じゃあその続きからな。」
彼が言うには、剣神バハムートとの戦いは現実世界の一年に渡ったらしい。
シガイの力と剣技のみで神と戦い続けたメディウムは自らの崩れた魂を少しずつバハムートに埋め込み、侵食した。
完全に意識を奪うのにさらに半年の時間を要したのだ。
はっきり言って神相手にやることがえぐい。
「最初は乗っ取った後に自分で死んでおしまい!って思ってたんだけど、ほら、帰る約束しちゃったじゃん?これ、帰れませんってなったらノクティスがマジで怒るだろうなって思って、思い止まった。」
「やっぱり帰る予定なかったんじゃねぇか!ふざけんな!」
「ああ待って!結局帰ってきたんだからいいじゃんか!怒るなよ!」
仕方がなく、神として完成された存在になるべくバハムートの魂と自らの魂を融合させ、世界に新生した。
その際、二十四使を一人選ぶか新たに造るかを他の神々に迫られたらしい。
リーダー格たる剣神がいきなり新生し、真の王の兄が現れれば神々だってビビる。
監視役として二十四使をつけることで、神々はメディウムの参入を許した。
ただ、ここで神々はメディウムという存在を見誤った。
あろうことか、イフリートを下し、眠りについたシガイの王を叩き起こしに向かったのである。
それはもう激怒した男を説得するのにさらに半年、神々をビビらせて満足したメディウムの下に弟の結婚式の話が来たのは一週間前。
無茶なサプライズを土下座する勢いでレイヴスに頼み込みに行ったのが四日前。
披露宴までに他の神々に協力を取り付けたのが一日前。
そして今に至るという。
「ん?今シガイの王を叩き起こしたって言わなかった?」
「おい、プロンプト。やめろ。そこに突っ込むと兄貴が…。」
「よぉおおくぞ聞いてくれました!」
「…あーあ。」
あの人の疲れた顔が目に浮かぶ。
タイミングよく、会議室の扉にノック音が響いた。
向こう側からゲンティアナの声が聞こえる。
ルナフレーナが入室を許可すると、彼女がとても見覚えのある男を連れてやってきた。
「剣神バハムート、連れてきましたよ。」
「ありがとう!ゲンティアナ!」
「…マジでほんとこのバカ息子どうにかしてくれる人いないかな。」
今回のサプライズのために炎神イフリートと氷神シヴァの仲を取り持つ非常に面倒くさい役割を押し付けられ、やっと眠れたと思った安眠からたたき起こされた男。
世界を闇に沈めた張本人にして初代ルシス王の兄、アーデン・ルシス・チェラムが今にも白目をむきそうな顔でそこに立っていた。
いつか見た暑苦しい服装は変わらず、トレードマークの帽子も忘れていない。
「じゃーん!俺の二十四使、つまるところ下僕となった無様な悪党!アーデンでーす!」
「お前の勝手な都合で起こされるこっちの身にもなってくれる?控えめに言って死んで?」
「一人だけ安眠とか許される訳ねぇよなぁ?散々こき使っといて?ええ?」
「うっわ私怨かよ。マジふざけんな。単刀直入に滅んで。」
和解した弟と婚約者に頼み込まれ、しぶしぶ息子の意見を飲んだのが半年前。
正直早まったと後悔している、と彼は天を仰ぐ。
彼の苦労はまだ続くらしい。
ただ、神々の思惑より息子に振り回される方が楽しいようだ。
満更でもない顔が、今の幸せを物語っている。
「っていうか、結婚祝い渡すって張り切ってたのにまだ渡してないの?」
「あっ!そうだった、忘れそうになってた。」
ポケットから取り出されたのは、銀と金のネックレス。
必ず返すと約束した、両親の形見だ。
前と少し違うのは、綺麗に磨かれ、中心に小さな魔方陣が描かれている。
金をノクティスへ、銀をルナフレーナへと手渡した。
「二人がいつまでも幸せであるようにって、気休めだけれど自前の術式を彫った。効果は分からん!」
未来を築いていく新たな王へ、ご先祖様と兄からの餞別。
三十年を共に歩んだ、導きのお守り。
「元気な甥っ子、楽しみにしてるからな!」
「ま、まだ早い!!」
シスコンの悲痛な叫びに皆が一斉に笑う。
ああ、なんて幸せなんだろう!