キャラ崩壊や御都合主義などが一層濃くなりますがあらかじめご了承ください。
「あんたさ、休暇ちゃんともらってる?」
「あ?唐突になんだよ。」
帝都の中にある小洒落たカフェ。
ジグナタス要塞に住まうディザストロが私用でほとんど帝都に出たことはないとこぼしたことを心配し気分転換と名付けて連れ出したはいいが要塞と変わらず書類とにらめっこする彼にアラネア・ハイウィンドはそう言及した。
げっそりとやせ細り、色素が沈殿するのではないかと疑うほどクマができたディザストロ。二十二歳。
一ヶ月ほど前の軍事会議でアーデンの傍に控えていたのを目にした時はここまでではなかったのだが一体何があったのか。
流石に栄養失調の疑いがあるのではとせめて気分転換に連れ出しても変わらぬ姿勢。
体を休めること自体を知らないかのようなディザストロの行動に思わずこぼしてしまった一言であった。
「軍人は休めるときに休むのが基本だよ。戦争中とはいえ休暇ぐらい取れるでしょう?」
「俺は軍人じゃなくて宰相の副官。それに、休暇は一応もらってる。今は忙しいから連勤でカップラーメンばっかりになってるが...。」
運ばれて来たカフェモカをのみ、首を傾げたかと思うと懐からメモを取り出してなにやら書き綴っていく。
コーヒーの味や奥のカウンター席から見えるコーヒーの淹れ方などをメモしているようだ。
「軍人じゃなくても人間休まなきゃダメよ。明日にでも一日しっかり休みなよ?」
「ああ、文官は休暇の日だったか。しかし俺だけ帰ってもな。」
「宰相と一緒に住んでるんだっけ。よくあんな暗ったい要塞に住みつけるもんだね。」
「他に住むところもない。帝都への外出だって本当は親父殿に禁止されてる。」
「それ監禁よね。」
「軟禁だ。制限はあるが要塞内は歩き回れる。仕事ではあるがやることもある。」
今まさにその禁止行為を行っているが、まともな栄養も取れず永遠と仕事をしているディザストロの感覚は麻痺していた。
深夜テンションを通り過ぎて一旦冷静になり悟り始めた頃合いである。
睡眠時間が連日三時間を切るといいことはない。
アラネアはディザストロの生活が心配になって来た。
四年前から宰相専属の副官として就任した彼は表舞台に立つことはなくても、宰相の副官として完璧に仕事をこなし続けている。
しかし、若いディザストロに対して馬鹿にするような輩や宰相公認ではないが息子と思われる彼を嫌うものも多い。
アラネア自身は肉体言語で語り合い、お互いに友人というぐらいには仲がいいと自負しているがここ最近は目に見えて仕事を詰め込んでいる。
嫌味な連中に押し付けられ、積まれているのもあるだろうがそれでもこの量はおかしい。
日に日に増えているような気もする。
「部屋には帰ってるの?」
「三日に一度掃除しに帰っている。あとは仮眠室か執務室に篭りっきりになるな。」
「マメなことね。いつからそんな生活してるのよ。」
「前の軍事会議からだな。あの日から親父殿が出張。帝都に出られたのもバレないからだな。」
なんでもないことのように言っているが二十歳を超えた男が軟禁されて抗議もしないものなのか。
親子という噂もあったが彼自身から書類上であり実際の血縁はとても遠いと言っていた。
幼い頃からジグナタス要塞に住んでいたという証言をすり合わせると一体どれだけの軟禁生活を。
「あんたらの生活だから言えることはないけど、休みなよ。そんな顔じゃ帝都に連れ出すのも憚られる。」
「今連れ出してるだろうが。まあ肝に命じておく。」
目頭を押さえて、目がしばしばするなどとつぶやきながら持ってきた鞄へと書類を詰め込んでいく。
休む気になったのか冷めてしまったコーヒーを写真に収め、飲み干す。
何度か携帯をいじるとそのまま鞄に放り込みぐったりと机に突っ伏した。
「ここのコーヒーはうまいな。テネブラエのか。」
「そう見たいね。コーヒー好きなの?」
「よく飲む輩がな。自分で淹れないくせにこれはうまいだこれはまずいだうるさい。」
追加で頼んでいたサンドウィッチをもそもそと食べながら眉をひそめる。
相当コーヒーにうるさい輩を相手にしているのだろう。
ここの豆買って帰るかとつぶやき、サンドウィッチの最後の一切れを放り込む。
「これもうまい。いい店知ってるもんだ。」
「帝都に出てくるならいくらでも案内するよ。」
「助かる。ジグナタス要塞から出ると迷子になる。」
「あんたが迷子ってなかなか面白いわね。」
なんでもこなせる副官が街で迷子。
想像しただけで吹き出したアラネアに冗談ではないと苦笑いする。
方向音痴ではなく単純な土地勘のなさなのだが二十歳を過ぎた男が迷子など目も当てられない。
「昔一度あったんだ。要塞を出て迷子になったことが。」
幼い時の事故のようなものだが今尚外出禁止なのはその事故が原因であると言える。
生きるか死ぬかの瀬戸際とはいえ十何年も一緒に住めば愛着も湧く。
過保護なのか鬼畜なのかわからない書類上の親父殿を思い浮かべてくすりと笑った。
なかなか見られないレアな微笑みは目の下のクマで台無しである。
そのかわり、少しまともな食事をしたおかげか顔色はマシになっている。
殺伐とし、どんどんおかしくなっていく帝国でも癒しになるような場所はある。
これからもこっそり帝都に誘おうかと、仕事人間の友人に微笑んだ瞬間。
目の前に座るディザストロがぶるりと全身を震わせ、周りを確かめるように慎重に見回す。
自分の笑顔がそんなに嫌かと一瞬勘違いをしたがそうではない様子に何事かとアラネアも周囲を探るが、これといって違和感はない。
毛並みが逆立つ猫を彷彿とさせるディザストロは穏やかな雰囲気から一変、燻んだ橙色の瞳を爛々と輝かせて外を睨みつける。
外に何かあるのかとアラネアも見やるが何もないし何もいない。
「アラネア、連れ出してくれてありがとう。すまないが、お迎えが来たみたいだ。支払いはこちらでしておく。」
右足首に巻きつけたホルダーの中を確かめてから席を立ち宣言通りさっさと勘定を済ませようとするディザストロを慌てて追いかける。
迎えが来たというにしては敵が来たような構え方の友人を放っては置けない。
ついでにレジ付近に置かれたコーヒー豆を買ったディザストロに続く。
カランっと音を立てるドアベルを聴きながら静かな空間から喧騒が溢れかえる大通りへ。
ジッとどこかを見てからゆったりと頭を下げるディザストロのそばで、影が揺らいだ。
「ーーいつまでたっても言いつけを守らない子だなぁ。ディアは。」
瞬きした次の瞬間には、下げた頭に自らの帽子をかぶせる男ーーアーデン・イズニアの姿があった。
咄嗟に拳を構えるが一応上官であり軍を動かさないとはいえ先日准将になったばかりのアラネアには手を出すこともできない。
いや、手を出す必要があるのかも疑問だが戦地に身を置くアラネアですら気づかない気配に気づいたディザストロに驚愕した。
戦地に立たない彼でも殺伐とした雰囲気の軍では嫌でも敵視や凝視といった視線には敏感になる。
しかしここは街中。
敵視ならわかるがただ見られているだけではわからないこともある。
それを察知し何者かを捉え取るべき行動へと移る速度は軍人のそれ。
気配を感じさせない宰相はアラネアに普通に話しかける。
「君が連れ出したの?」
凍えるような気配に一歩身を引く。
面識があるのは宰相としての顔。
ディザストロのことになるとこうまで変わるものか。
返答できないアラネアの前にさっと影が割ってはいる。
「気分転換に誘ってくれた。あんたが帰らないから仕事を詰め込んでこの面だ。」
「悪い癖つけちゃったかもね。ごめんね、面倒ごとがどんどん増えて時間かかっちゃった。一人部屋は寂しいよね。」
よしよしと帽子の上から撫でられているのに小馬鹿にしたような雰囲気を醸し出すアーデンを斬りつけたい衝動を押さえ込んで耐える。
仕事を詰め込んでアラネアに心配をかけ、鈍った判断力のまま帝都に繰り出したのは自分である。
悪い癖というのは趣味になっている絵描きとは別にやることがないと仕事をし続ける癖。
部屋にも帰らないのはアーデンがいなければわざわざ部屋にいる意味はないと思い込んでいるのが原因だった。
「アラネアはまだ街にいるのか。」
「え、ええ。まだ買い物したいし。」
「そうか。許可が取れたらまた連れ出してくれ。」
さっさと要塞に戻ろうと、アラネアに手を振って片手でアーデンを引っ張る。
帰り道しかわからない帝都に次出られるのはいつになるか。
「俺がいないときに出るとか確信犯でしょ。」
無言で要塞まで帰り、昨日掃除したばかりの部屋を進み一番奥のアーデンの私室を遠慮なく開ける。
十五歳を過ぎてから使われてない隣に自室が設けられたのだがベッドと本棚、洋服ダンスしかない。
そこに向かう気も起きずほとんど使用しないアーデンのベッドへとダイブ。
堅苦しいブーツと白い軍服を脱ぎ捨ててインナー姿になっている。
だらしないディザストロを見ながらベッドに近づきお小言を漏らすアーデンにやる気のない返事。
「まあな。バレないってのと、もしかしたら帰ってくるかもなと思って。俺が悪いことするとからかいにわざわざ来るだろ、アーデンは。」
ごろごろとダブルベッドを転げまわったかと思えば真ん中でぴったり止まって欠伸をする。
もぞもぞと布団の中に入りそのまま寝る体制に入ってしまった。
帰ってくると思ってわざわざ言いつけを破る様は構って欲しくて悪事を働く子供のようだ。
滅ぼすつもりのルシス王家の正当な王子がこの体たらく。
敵の前で呑気に惰眠を貪り始めたディザストロの首を撫でる。
無防備にも急所を晒している憎き王族を殺す気にはならない。
「寂しかった?ディア。」
「...寂しかったかもな。一ヶ月はちと長い。」
眠そうな声でそれだけ言って本気で寝始めた。
アラネアという友人ができる前はほとんど一人でジグナタス要塞に篭っていた。
一人でいることに不満はなかったが会話がないというのは精神衛生上よろしくはない。
人である以上、人と関わらなければ生きていけないのである。
なんのしがらみもなくとはいかないが正体を気にすることなく関われるのはアーデンのみ。
もう一人いるのだがは滅多に関わらない。
首から手を離し、ソファーへと着ていた服を掛けた。
寝ているディザストロを見ていると夜に生きるシガイの王であることを忘れて人の生活をしたくなる。
人のベッドで寝こけるディザストロを抱え込むようにして、目を閉じる。
暖かい人肌は冷たい心を満たすに足るものかもしれない。
睡眠不足で昼間から翌朝まで寝こけたディザストロはその日のことをアラネアに問われ、死んだ魚の目でこう語った。
ーーおっさんの添い寝とか悪夢か。