レスタルム
「なにやってんだよ、兄貴のやつ。」
「あの人そういう面にはとことんお堅い人だと思っていたが、メディウム様も男だったんだな。」
「なんか、誤解っぽいけどね…。」
「メディウム様に限って不誠実なことはしないだろう。ノリが軽いように見えてキッチリしているお方だ。」
「イグニス、メガネ割れるぞそれ。」
切られた電話を見つめながら、無事を喜ぶより呆れが勝ったノクティスのつぶやきが落ちる。
女性関係は全くといいほどないと思って居たグラディオラスはなにやら安心したようにつぶやき、プロンプトは察したように咎める。
イグニスは動揺のあまり眼鏡を上げる癖をしつつも指が大いに震え、ガチャガチャと音を上げている。
流石にノクティスが突っ込んだ。
ルナフレーナとメディウムが一緒にいて大丈夫なのか心配になって来たが、緊急事態でのメディウムが失態を晒すとは思えない。
ノクティス達は当初の予定通りレスタルムに向かい、兄の助言通り王の墓へと進むことにした。
レスタルム。
神話の時代に飛来した大型隕石、メテオの恩恵を最も強く受けている王都を除いた壁の外のルシス最大の街。
今なお燃え続ける隕石の熱を利用した火力発電により、常に強い明かりを提供できるというシガイが絶対によらない街だ。
強い明かりが出せるというのは夜であろうともシガイの脅威がないと言うこと。
野獣の心配もあるが明るい安全な街を求めて人が集まる。
その人々からの稼ぎを求めてハンターも集まるためうまいこと回っていた。
しかし、メテオというものは隕石である以前に常に炎を出し続けるものである。
そんなものを扱う街を作ってしまったら当然。
「ーーあっつい…。」
「やめてノクト…声に出すと余計あつい…。」
暑い街になってしまうのである。
発電所が立つ方向からの熱風による暑さだが、本当に同じルシス国内なのか疑いたくなるほどの気温の差がある。
その分住民の活気の強さも大きい。
王都ほどの人の多さではないが十分に賑わう街だ。
「リウエイホテルにイリスたちがいるのか?」
「らしいな。他にも何人かの使用人と一緒とか。」
表向きは平和な調印式、停戦への歴史的瞬間。
王都で戦争をするということも大々的に報じる訳にもいかず先んじて逃すにしても騒ぎが起こってすぐでなければ帝国側に感づかれてしまう恐れがあった。
メディウム、否ディザストロが帝国側を操作しつつコル将軍が先導してもギリギリになってしまった。
事情をしらないノクティス達はメインストリートから小道を抜け、ホテルの入口へと進んでいく。
途中にあったレストランや出店が立ち並ぶバザールのような場所でイグニスが足を止めそうになるが、妹を心配するグラディオラスにせっつかれリウエイホテルへと着いた。
この街で唯一泊まれる宿泊施設。
キャンプはこりごりのノクティスとプロンプトは冷房の効いたホテルのロビーに気分が上がる。
「今日はこのままリウエイホテルに泊まろう。」
「イリスの話も聞いておきたいしな。」
グラディオラスがホテルの受付にイリスの名前を告げて待っていると、しばらくして階段を降りる足音が聞こえてくる。
「みんな生きてる!足あるね!」
「イリス!」
軽い冗談のように朗らかにやってくるグラディオラスの妹イリス。
実際に目で見て安心したのか、グラディオラスの声がいつになく大きく柔らかいものになっていた。
「元気そうでよかった!」
「みんなもね!今日はここに泊まるんでしょ?」
「ああ。時間取れ。色々聞きたい。」
兄に会えたことで嬉しそうに、しかしどこか辛そうに頷くイリスにノクティスたちもようやく警護隊以外の王都の人間に会えたことに安堵しなにがあったのかを聞くためにとホテルの部屋へと向かった。
ノクティスたちが部屋で一息入れると、イリスが二人の人間を連れてくる。
一人は杖をついた老人。もう一人はどこか緊張した面持ちの幼い子供だ。
「ジャレッド!タルコット!二人も無事だったか。」
「コル将軍や警備隊の人たちが安全な道でここまで連れて来てくださいました。」
老人、アミシティア家に使える執事のジャレッドが朗らかに答えると孫の幼い子供、タルコットがギクシャクとしながらも目を輝かせてノクティスの前に一歩出る。
「ノクティス様!イリスたちは俺が守ってます!!」
「そっか、これからも守ってやってくれ。」
「はい!」
いつか見たメディウムの優しい笑顔を思い出しながらタルコットの頭を撫でる。
今あの時の兄と同じような顔になっていることだろう。
憧れる王子に頭を撫でられたことが相当嬉しいのか頬を赤くしスキップでもするかのように歩くタルコットをジャレッドが先導して部屋を出て行った。
微笑ましい子供の姿がなくなったところで、五人の空気が重いものに変わる。
誰も口に出せないことを、ノクティスが慎重に聞く。
「…王都は、どうなってた。」
「ごめん、私も王の剣の人たちに連れ出してもらったから、そこまで詳しくはなくって…。」
「そっか。わかることだけでいいんだ。」
ゆっくりと目を閉じて思い出すように何度か頷き、イリスは見た光景を語る。
「お城の辺りとか、その近くはひどかった。なんかものすごい大きなモンスターみたいなのがいて…。」
我が物顔で王都を闊歩しおもちゃのように街を破壊していった。
その光景を見ることはなかったがノクティス達の胸に悔しさと怒りが募る。
「お城近く以外は襲われなかったみたい。殆どの市民は逃げ出せたけど…。」
「…目的は王族の殺害と光耀の指輪、クリスタルの奪取。メディウム様の言う通りだな。」
和平条約は最初からなかった。
逃げるイリスが目視してなお大きいモンスターと思うようなものを帝国が用意しているという事実が何よりも、その意思を示していた。
ノクティスは固く拳を握りしめて改めて誓う。
絶対に取り返す。
奪われたクリスタルも王都も玉座も。
「メディウム様?」
「そうか、イリスはあったことなかったか。」
イグニスの口から出た名前に疑問を呈するイリスの声にノクティスは思考を切り替える。
十五歳のイリスとは十一も違うメディウムを名前として聞いてはいるがほとんど忘れかけているイリスに仕方がないと苦笑いをこぼすノクティス。
従者の家系としてどうなんだと呆れるグラディオラス。
メディウムももうすぐ合流するかもしれないのにルシス国民として王の盾の一族として知りませんと言わせる訳にはいかない。
「これはメディウム様の御功績を聞かせるいい機会だ。ノクトもよく聞いておけ。」
「はぁ!?なんで俺も!」
「あ!それ俺も聞きたい!」
「ほら、イリス。しっかり聞いておけよ。」
イグニスによる熱い講習が突如開催されてしまったがイリスは楽しげに笑う。
王都での辛いことが多かったが兄が無事で知り合いの顔ぶれも無事。
王子から王へとなるノクティスもどこか大人びた顔つきにはなったが以前と変わらない笑顔だ。
なら今はそれでいい。
どんどん熱量を増していくイグニスの講習を聞きながらイリスはそう思った。
止まらないイグニスの講習を夜遅いという理由で一旦切り上げ、イリスが出ていくのを見送りノクティスたちは改めて一息ついた。
「難しいな、王様って。」
「だろうよ。"らしい"振る舞いってのは早々できるもんじゃねぇ。」
自ら動くということをあまりしないノクティスが辛いことながらも積極的に質問し得たい情報を得ることができた。
王というものを父王しか知らないノクティスが少しでも前向きに王を考えている。
その事実だけで従者であるイグニスとグラディオラスは褒めるべき事柄だと思っていた。
だが、ノクティスはできないことを重く受け止める。
「兄貴なら、簡単にやり遂げるだろうなってつい考えちまう。」
「メディウム様とお前は違うだろ。背負ってるもんも歩いてきた道も。」
超えられない背中がノクティスの前に立ちはだかっている。
暖かな背中は高く厚く優しいものなのだと今更気づいた。
子供のようにイタズラを仕掛け、笑いながら自分と遊び、過酷な外をたった一人で進んでいた。
本来ならば王位を継ぐのはメディウムになったことだろう。
優秀な兄ならば民に慕われ、善政を敷き、良き王と謳われる、そんな王になれたことだろう。
だが、ルシス王家の仕組みの中では歴代王に認められないメディウムは出来損ないだった。
後から生まれたノクティスは無条件で歴代王に認められ真の王となり、多くの人に守られ健やかに育っていった。
自分とは違う弟。自分に与えられなかったものを奪っていった弟。
そう思われていてもおかしくはなかった。
だがメディウムは理不尽な怒りをむけたりはしなかった。
それは真の王の意味を知っているからという理由だけではない。
単純な話、可愛らしかったのだ。
十一歳のメディウムが久方ぶりに王都へと帰った時、真の王に選ばれたノクティスという弟を目の当たりにした。
まだ五歳のノクティスはイグニスと共にやってきて、はじめての兄という存在にぎこちないながらも家族として受け入れた。
家族というものを長いこと忘れどうしたらいいかわからなかったメディウムは幼いながらにノクティスに誓った。
ーー王になるその時まで、健やかなる弟を兄として守ろう。ーー
はじめて捨てられない愛をくれた弟を今でも家族として可愛がる兄の心情をノクティスは知らない。
「じゃあさ、メディウム様に会った時聞いてみようよ!」
ノクティスの親友として思ったことを口にするプロンプトに視線が集まる。
「メディウム様の思ういい王様ってどんな人ですか、とか!」
「そいつはいいや。世界を見てきているからな。いろんなの知ってんだろ。」
「そうだな。知恵をお借りするのはいい案だ。」
「でしょう!ノクトも一人で考えないで、みんなで考えよう。王様って一人で慣れるものじゃないと思う。俺たちがいるんだしさ!」
プロンプトの提案に賛同したグラディオラスとイグニスがその通りだとうなずき合い聞きたいことを次々に言い合う様を見てノクティスは落ち着いたように笑う。
プロンプトの言う通りだ、レギスだって一人で国を支えていたわけではない。
今の自分には頼れる仲間が三人もいる。
今はいないが兄のメディウムも支えてくれるルナフレーナもいる。
ノクティスは照れ臭そうに、しかしいつになく素直に笑う。
「そうだな。お前らも考えといてくれ。俺がなれそうな王様。」
「ゲームの王様とかになりそう。」
「どっちかっていうと釣りじゃないか。」
「フィッシング王?」
「食料自給率がたかそうな王様だ。」
「魚しか食えねぇな。」
素直な顔を見せた途端にこれである。
真剣に考えてくれるどころか茶化すように好き勝手言う。
趣味の釣りができると知った途端のノクティスのテンションの上がり具合は異常かもしれないが今それをネタにするところか。
「おー!まー!えー!らー!」
「わぁ!ノクトが怒った!」
王には程遠い彼らの旅はまだ始まったばかりである。