より一層ご都合主義が強くなりますがご了承ください。
銀色のネックレスが穏やかな風に揺られる。
両手に持ったジールと魔法で作った氷の花の花束。
母の墓所は、歴代の妃達が眠る場所。
無感情の少年と懐かしむような父親がその名が刻まれた真新しい墓石に花束を贈った。
初めて王都に帰った時から、必ず帰った時に行っている墓参り。
この時ばかりは父王の隣。
対等の立場で歩みを進める。
妻と言う生涯のパートナー。
母と言う一人きりの親。
違いはあれど"家族"という何者にも変えがたい繋がりで、質素な墓に毎年花を届ける。
毎年必ずジールの花と氷の花のセットで、十本ずつ増えていく。
五度目の墓参りともなれば五十本の大きな花が贈られた。
ジールの花はレイヴスに頼み込んでフェネスタラ宮殿のルナフレーナが世話をした花を貰っている。
最初は特に理由を告げずとも笑顔で了承してくれてきたルナフレーナも毎年十本ずつ増えていく花の要求に不思議に思った。
ついに去年、レイヴスに何に使うのだと聞かれたと言っていた。
友人が年に一度の母親の墓参りに使うだけだと答えれば今年は例年よりはるかに美しく咲いたジールの花が届けられた。
誰の母親の墓とは言っていないらしいが、そんなに大事なことなら早く言ってくれとぷりぷり怒っていたという。
彼女の暖かさが垣間見える。
メディウム自身はこの墓参り自体に思うことはない。
通過儀礼的に、子が親を思っている姿を知らしめるためのプロパガンダ。
花を増やすのもただなんとなく、そうしなければならない気がしただけ。
墓の前に立つたびに崩れそうになる顔を真面目な顔で取り繕いながら、墓石を撫でた。
「ただいま戻りました。お母様。」
レギスは毎月花こそないが墓参りに来ている。
この時ばかりは護衛は墓所の入り口に待っていてもらっていた。
母の命日はメディウムの誕生日前日。
我が子の六歳の誕生日を迎える前にその命の帳を下ろした。
まだ生まれたばかりのノクティスは顔も覚えていないだろう。
レギスと共に墓参りに来ても何処か微妙な気持ちで来ているようだった。
最近打ち解けはじめた弟を思い浮かべ、母に近況を報告する。
詳しくは言えないが毎年そうしていた。
「今年も無事に使命をこなせています。怪我や病もなく、ノクティスと打ち解けはじめました。このまま普通の兄弟のようになれたらと思います。」
後ろに立つレギスにも向けた近況報告は外の世界の話で埋め尽くされる。
母は王都から出て暮らしたことがあるらしいが、あまり話はしてくれなかった。
そも、会話すら怪しかった。
優しくて聡明で暖かくて厳しくて。
好きか嫌いかと言われれば好きな人間で、母親だった。
少しだけ王族という立場が邪魔をして親子の壁を作ってしまったが、立場も使命もなければきっと素晴らしい親子になれただろう。
優しい父親としっかり者の母親と悪戯好きの長男とちょっとひねくれた可愛い次男。
仕事のできる父親はたくさんの友人がいて、歳の近い子供同士で仲良く。
最年長であるメディウムが年下を引っ張って、近所の学校に行く。
王都では当たり前に見る親子の風景なはずなのに。
叶わない夢物語になってしまう。
「本日一日を王都で過ごしたら、また外へと向かいます。心配しないでください。貴女の息子は必ずや神のご意向に沿うよう全力を尽くします。」
小一時間ほどの近況報告の締めくくり。
いつもの決まり文句を口にする。
後ろに立つレギスが、拳を握りしめる音がした。
「この命に代えても。未来を王と民の手に。」
レギスはこの言葉を聞くたびに拳を握りしめる。
我が子の命と引き換えに手に入れた未来など認められないだろうが、彼が背負っているのは何千万というイオスという世界に住む民。
天秤に乗せてはならない二つを神という存在が勝手に乗せて勝手に傾けた。
それだけシガイは強大であり、あの食えないおじさんの魔の手が大きくなりすぎてしまったのである。
タネを蒔いたのはご先祖でも尻拭いをするのは子孫。
どうにも遣る瀬無い。
我々に罪はないのに。
そしてなんの因果なのか嫌な役目はいつも兄の肩書きに回ってくる。
アーデンも、メディウムも。
辿って来た手順は違えど道は大して変わらない。
結局同じ穴の狢。
弟を殺したいほど憎みつつ家族として愛するか。
弟に死ねと遠回しに言いながら生きて欲しいと心から願うか。
その違いしかないのだ。
いつもの口上を終えたメディウムは、屈んでいた体勢から立ち上がる。
来た時と同じように暮石の前にきっちりと頭を下げた。
母親と子の溝は父親とは比べられないほどに大きかった。
これからまた会議があるレギスに続いて会議室に行くと既に重鎮達が集まっていた。
皆が皆、王に仕え国を支える意思を持っている。
しかし、所詮は第二魔法障壁内にいる者達。
既にアーデン流教育の課程を終え、幅広い分野を齧りながら世界の情勢をこの目で見て来たメディウムとは時代の流れに関する常識と認識が違う。
相手を迎え撃つので精一杯なのは分かるが、多少は偵察に回しても情報が第一優先だろうに。
こうしてメディウムが持って来た報告書を大人しく席に座って待つことしかできないのが今の重鎮の現状だった。
あれだけ王に相応しくないと幼少期に詰っていた連中が、今や首輪をつけられた犬同然である。
熱い手のひら返しに拍手を送ってやりたい。
体裁があるのでやらないが。
一番奥の上座に座ったレギスを見届けてから、重鎮達と並んで座るイグニスの目の前に座った。
ノクティスやメディウムは立場上、レギスに最も近い席に座るべきなのだがまだ幼いノクティスは欠席。
代理にイグニスを立てているとは言え彼を上座には座らせられない。
ではメディウムはというとレギスの近くはクレイラスという心から信頼できる部下の席だと認識しているため辞退した。
王の近くの席が一年のうち一度しか使われないのも具合が悪かろうという理由もあった。
不定期参加のメディウムはイグニスの目の前に座ること早五回目。
正確にメモを取る姿を横目に世界情勢についての説明と今後起こりうる出来事を的確に説明する作業が始まった。
重鎮達にこれでもかというほど褒めそやされて皮肉なのかと勘ぐりながらぐったりしたメディウムはさっさと会議室を後にし、ノクティスの元へ向かおうとイグニスに声をかけようと手を伸ばしたところでポンっと肩を叩かれた。
何者かと後ろを見ると王の剣の制服と重鎮用に繕われたケープを身につけたドラットー将軍が立っていた。
メディウムはレギスのツノのような王冠と同じような短いツノの小冠を身分証としてつけているので一目見れば誰だがすぐわかる。
明らかに仕えるべき存在に対して取る態度ではない。
不敬などというつもりはないが、その真意を測りかねた。
会議で何度かその顔を見かけたが話しかけられたのは今回が初めてである。
「お初にお目にかかります。タイタス・ドラットー将軍。なにか御用が?」
ドラットーは何も言わずに一枚の紙を取り出した。
白紙の紙で何も書かれていない。
これに何があるというのかと凝視していると魔力の波動を感じた。
ハッときた時には時すでに遅し。
パキリと音を立てて何かが浮かび上がってくる。
とても見覚えのある達筆なサイン。
アーデン・イズニアの直筆サインであった。
これは色彩認証を利用したもので、目の色彩を判別する魔法である。
どんなに変装していても魔法を貫通して使用される為本人確認にはもってこいだとアーデンと二人で何の意味もなく作ったもの。
よもや自分の魔法で本人確認されるとは。
半信半疑ではあるようだが、一先ずアーデンの言葉を信じたかのように一度うなずいたドラットー将軍は"個人的な話がある"と王の剣訓練施設へとメディウムを誘った。
王の剣用に作られた訓練施設にはドラットー将軍のデスクもある。
執務室といって相違ないその部屋に通され、椅子に座ってコーヒーを勧められた。
即死級の毒でなければ効かないようにある程度訓練している為普通に飲むことにした。
実際ただの紅茶だったが。
「単刀直入に聞く。ディザストロ・イズニアだな。」
疑問形ですらない問いに肩をすくめ、諦めたように魔法でニフルハイム帝国の副官クラスの軍服を身にまとう。
その際ネックレスの魔法を発動するのも忘れない。
ディザストロ・イズニアの定義としてアーデン・イズニアと同系色であり、副官の軍服を着ていることが条件である。
ここにジグナタス要塞に監禁というステータスが追加されると完璧。
換装魔法と呼ばれるもので、メディウムオリジナルではあるがアーデンの手が加えられている。
幼少期に必要に迫られて作った為、初心者構成で燃費がすこぶる悪かったのが原因だ。
現在は改良に改良を重ね、綺麗に出来上がっている。
それはさておき、ドラットーが一瞬だけ眉をひそめて先程の魔法がかかったサインの紙を出してきた。
「帝国の宰相からお前に"こちら側"で会うように言われた。まさか…。」
「メディウム王子だとは思わなかった、でしょうか。ええ。まさか戦争中の両国中枢に内通者が自分以外にいるとは思わないでしょう。」
そうやすやすと潜入することができないからである。
さらに言えばドラットーもメディウムも偽名を使ってルシス王国から帝国に潜入している。
どちらの国についているからまた別の話にはなるが条件はほぼ一緒。
お互いに経歴が出ない偽名で帝国の信頼を勝ち取っている。
アーデンという帝国の宰相の息がかかっているのもまた。
お互いに共通点があるはずなのに帝国につく側なのかルシス王国につく側なのかを測りかねたドラットーは大いに敵視した。
メディウムとしてはどちらに付こうが世界が闇に沈む事象はアーデンがいる限り免れないのを知っている。
昼がなくなるなどという摩訶不思議な現象を、ドラットーは想定していない。
"故郷に誇りを""故郷の誇りに"という言葉の通り今の世界での故郷を愛する気持ちしかないだろう。
故に、レギスを裏切る決断をしてしまっているのである。
彼にはすでに仮決定ではあるが停戦協定の内容が開示されている。
そのままルシス王国が亡国一歩手前となるところまで。
その後の自治権などなく、さらに生活が困窮する羽目になるのは知る由もないだろう。
木を見て森を見ず。
甘い誘惑に誘われて乗ってしまうからそうなるのである。
全てを知っている上で未来を選んだディザストロと言う名のメディウムはドラットーに余裕のある態度で言葉を返した。
「我々の関係においてお互いに邪魔をしないことが優先でしょう。貴方は国より、故郷を選んだようですし。」
「貴方は故郷を選んだのか。」
「私には故郷などありません。強いて言うなら王都ですが、思い入れもありません。」
「であれば国か。」
「国に仕えることはもはやできませんな。私が今支えているのは王と宰相だけですので。」
「…では何のために身を危険にさらす。」
「世界と未来のために。」
国か故郷かの選択肢で運命を決めたドラットーの鋭い視線を受け流しながら、母親の墓場がある方角を見る。
戦争は嫌いだと言う博愛主義者でも自国が勝つほうが喜ぶだろう。
守るならば大きな国か小さな故郷かと言われれば大半が故郷を選ぶだろう。
人の想いは土地に根付く。
その根付く土地がないのが、王族というものなのだ。
彼らは国に根付く。
彼らの居場所は国。
それ以外は断じて認められない。
身分や名を偽り、姿形を変えれば話が違ってくるが。
そしてルシス王家は国と世界に根付く。
世界をクリスタルとともに守護することこそがメディウムを含めた者達の使命なのである。
その大前提を忘れていないならば、戦争などかなぐり捨ててでもしなければならないことを理解できるはずだ。
ドラットーに言ってもわからないだろうが、そういうものなのだ。
何か言いたげなドラットーを無視して紅茶を飲み、もう一度提案した。
「私は貴方の邪魔はしません。タイタス准将。私は私。貴方は貴方。仕事を全うするように。そうすれば敵にはならないでしょう。」
ガチャリとカップを置いてドラットーを見る。
"あちら側"を言い当てられて若干怯んでいるがようやくわかった。
ドラットーの口癖である"故郷の誇りに"という言葉を何度か帝都で耳にした。
最初は地方特有の言葉だと思っていたが彼自身の信念であった。
最初に発言したのは現在准将のタイタス。
将軍になることが約束された男がまさかルシス王国でも将軍とは優秀で何より。
皮肉以外の何者でもないが。
「では、私はお暇させていただきます。仕事がございますので。」
メディウムが立ち上がると同時に魔法が解ける。
ドラットーの判事も待たずに部屋を出て行った。
残されたドラットーはメディウムの出て行った扉を数秒見つめ、長いため息をついたという。