本編より一層御都合主義が増しておりますがあらかじめご了承ください。
メディウム・ルシス・チェラムは実に自由である。
ルシス王国第一王子の身でありながら一年の殆どを外の世界で過ごす。
王都に帰還しても一日足らずでまた外の世界へと旅立つ。
ルシス王国内でかの第一王子の実態を知る者はほぼいないに等しい。
そんな中、彼が一度だけ公の場に出たことがあった。
それはまだノクティス第二王子が幼すぎるが故に起こった一つの思い出である。
「花見…ですか。」
「王都内で満開になった桜を見ようとね。」
「たしかに庭園散策は我が国伝統の行事ではございますが、私が出る必要性は…。」
「ノクティスはまだ幼い。共に連れ立つつもりではあるがメディウムがいた方が気負いしなくていいだろう。」
「ふむ。陛下のご命令であれば従います。」
メディウムが十九歳で王都に帰還した年。
たまたま春が訪れた季節で、たまたま花が満開になり、たまたま時期が重なり、たまたま滞在期間が三日に伸びた時。
そして偶然にもメディウムが花見がしたいと願った年であった。
恐るべし魔法の力。
彼が望む通りに帰還から二日目の間の日に花見が決まった。
今年でノクティスは十三歳。
調子に乗り始めた中学生の生意気さでは公務にならないとメディウムが引っ張られた。
最低限のマナーはノクティスにも守ってもらうつもりだが、記者への質疑応答やレギス王をリードする役目はメディウムの仕事である。
まだしっかりと己の足で立てるが、魔法障壁の影響でかなり弱っている王の護衛も含めていた。
「当日の護衛について相談してまいります。衣装はどのように。」
「ルシス王の礼服を用意している。当日はそれと小冠を。レガリアで移動するが運転はコルに。」
こうしてルシス王族総出の花見が決まった。
ルシス王の礼服を身に纏ったメディウムと選ばれし王の衣装に身を包んだレギスが並ぶ姿に、同じく花見をしに来た国民がザワザワと騒ぎ出す。
マスコミが付きっ切りで取材をしようとマイクを向けてくるが、予定時間にはまだ早い。
やんわりとメディウムがレギス王との間に立ち塞がり、騒々しさを遠ざけた。
細やかな気遣いにレギスは穏やかに微笑み、反対の手でまだ幼いノクティスの手を引く。
中学生になりたてでかなり気恥ずかしそうだが、滅多に表に出ないメディウムが民衆の場に姿を現した今ルシス王家の仲の良さをアピールしておきたい。
王家が穏やかに、しかし威厳溢れるように構えていると国民も穏やかに過ごせることだろう。
「満開だな。どうだメディ。たまには花見もいいだろう。」
「はい。お父様。見事なものです。管理人さんの手入れの賜物でございましょう。」
庭園の説明をする管理人がメディウムの褒め言葉に誇らしく胸を張る。
毎年王族に褒めてもらいたいがためにこの庭園の草花の面倒を見ている奇特な人だ。
今回初めて第一王子が花見にやってくると連絡をもらってから一日中スーツに悩んだという。
「…絵とか描かないの。」
「しばらくしたら描かせてもらうよ。ほらノクト、兄さんとも手をつないでおくれ。」
「今日だけだからな。」
護衛たちの陣営がちょうどよくなる頃合いにノクティスを真ん中にレギスとメディウムが両脇に手を繋ぐ。
よく見る親子の光景だが、母代わりのようにメディウムがその手を優しく握った。
いつも片手だけ寂しかったのが今日限りはとても暖かく、女性でもない無骨な手だが妙に優しい。
花でも舞っているのかと思うほど上機嫌なノクティスを見て両脇の保護者が涙ぐみながらもニコニコと笑う。
微笑ましさしかない王族の姿に花見客がこぞって笑顔を浮かべた。
「メディウム様は絵をお描きになられるのですか?」
「ええ。習い事というわけではなく趣味ですが。」
「あに…兄様の絵はすごく綺麗…です。」
慣れない敬語でもつっかえながら管理人と話そうとするノクティスのふわふわの頭を撫でて後で好きな絵を描いてあげよう、と朗らかに約束をした。
少し離れたところでイグニスとグラディオラスが心配そうにノクティスを見ていたが、メディウムに褒められたのだろうと解釈して少しホッとしているのが見えた。
小さな保護者が後二人はいるようだ。
クスクスと笑ってコルに合図を送る。
予定の場所につきそうだ。
「メディがいると何もかもがスムーズに進むな。」
「王の為に我らができることをしているまでです。ノクトを彼らに預けて来ますね。」
「ああ。ジャレットによろしく頼むと伝えてくれ。」
「承知いたしました。行こう、ノクト。」
記者たちやカメラマンがいい場所を取ろうと騒々しく動く中、ノクティスをジャレット率いる小さな保護者に預けに行く。
彼らにももちろん護衛が付いているがすぐに助けに入れる距離にいる私服の王都警護隊だ。
一人一人に片手を上げて密かに挨拶をしつつ、抱え上げたノクティスを三人の前に下ろした。
「兄さんはこれから仕事をしてくる。終わったら四人でお父様のところにおいで。」
「帰ってゲームしたい。」
「なんだ。せっかく兄さん手作りのお弁当があるのに食べたくないのか。」
そういうだろうと思って仕込んで置いた秘密兵器を意地悪くバラす。
してやられたという顔で睨みながらも、嬉しそうにノクティスが首を振った。
「…そうはいってない。」
「うん。いい子だ。グラディオラス、イグニス、ジャレット。ノクトを頼んだ。」
フラッシュ厳禁の取材場所にメディウムは当たり前のように歩いていく。
全く物怖じせず、まっすぐとした姿勢の第一王子は一斉にカメラを向けられた。
父と兄の仕事ぶりを少し離れたところでノクティス達が見ていた。
「メディウム様って全然テレビとか出てねぇけど、手慣れたもんだな。」
「外交官を務めつつ帝都にて潜入任務もこなしてらっしゃる。第一王子の名に恥じないお方だ。」
「兄貴だしな。」
自分のことのように自慢げに言うノクティスを三人が和やかに見る。
しかし、お目付役イグニスはその程度で満足しない。
「ノクトも少しは見習ったらどうだ?」
「うっせぇよ。」
お小言を言われて若干機嫌が悪くなったが、いつもよりも穏やかだ。
普段王城でしか会わない兄と花見。
しかも兄の手作り弁当付き。
憧れの兄にそこまでされてテンションの上がらない弟ではない。
冗談抜きに鼻歌でも歌いそうなノクティスの嬉しそうな顔。
それを見て和む周囲。
いい風景のはずなのに、そこに水を差す輩がいた。
「こんにちは、ノクティス王子。ちょっとお話し聞いてもいいかな。」
声をかけて来たのは記者らしき男だった。
ノクティスは保護者なしはカメラNGのためメモ帳とペンしか持っていない。
周りの警護がピリピリとした空気を出すが、男はどうってことないとでも言うように話を続けた。
「メディウム様が表に出たのってこれが初めてでしょう。普段はどんな仕事してる人なの?」
「…知らない。」
「へぇ。兄弟なのに知らないんだ。もしかしてそれってヤバい仕事だったり?王都にいるって話も聞かないじゃん?素行不良とか…。」
「兄貴はそんな人じゃない!」
おそらくメディウムのスキャンダル狙いだったのだろう。
有る事無い事聞き出そうとノクティスに近づいた。
遠回しに聞けばいいものを幼いと思って直球に聞いてしまったのが運の尽きだった。
なおも男がノクティスに詰め寄ろうとした瞬間男の目と鼻の先に氷の壁が現れる。
驚いて後ろに下がろうとした男はドンッと何かに当たってそちらに振り向いた。
足元から凍った地面。
怒りを表すように全身を駆け巡る雷と揺らめく火の粉。
あまりの事態に民衆が少しずつ後ずさり、警護隊が冷や汗をかきながらノクティスを保護する。
「国民に手をあげることはできないのでこうさせてもらった。ふむ。カメラNGではなく取材NGにするべきであったな。以後気をつけよう。警護の者共!」
びくりと何人かの男女がその肩を跳ねさせる。
冷たい氷のような黒い瞳に確実に射抜かれ、肩身を縮こまらせた。
「将軍らにその性根を叩き直してもらおう。ノクティスに怖い思いをさせた罪は…分かっているな。」
首がちぎれるかと言うほど頷くしかなかった。
その際全身全霊の敬礼も忘れない。
今回機を見誤って止めに入らなかった警護たちにも非がある。
それにしたって怒りすぎだと思うが。
氷を背にして崩れ落ちた男を見下したメディウムは和やかな顔は何処へやら。
鬼のような形相でその男への処罰を言い聞かせた。
「愚かな国民よ。君が所属しているテレビ局のカメラは押収する。今回の取材のデータを削除したらキチンとお返ししよう。今後一切、王族の取材は禁止する。」
「そ、それは流石にやりすぎじゃぁ…!」
「あろうことか王子に不敬を働いて異議を唱えようと?ほう。それはご大層なことだ。では弁明してみよ。」
男は黙り込んだ。
これがただの子供ならば親を黙らせればなんとかなるかもしれないが相手は王族である。
若さゆえに舐めてかかったのが原因である。
「不敬罪で逮捕しないだけまだいいと思え。連れて行け。」
バタバタと護衛たちが男を連行する。
庭園の外まで追い出してくれることだろう。
メディウムは身に纏った魔法を解いて庭園を元どおりにする。
凍らせたものは氷をとけば何事もなかったかのように綺麗な庭に戻った。
驚いて無言になってしまった民衆に密かに眉を寄せ、ひとまずノクティスの安否を確認する。
「大事無いか?」
「…別に。なんともない。」
「嫌なら嫌だと言え。兄さんはいつでもノクトを助けに来る。」
「…うん。ごめんなさい。」
「何もないならいい。お前は何も悪くないのだから謝るな。よしよし、よく泣かなかったな。」
「子供扱いするな!」
撫でようとした手をパシリと払われ、少ししょんぼりしたメディウムにあわあわとイグニスとグラディオラスが慌てる。
兄弟の風景に民衆も少しずつ調子を取り戻し始めた。
「ごめんな。お昼ご飯にしよう。」
拗ねたノクティスの手をメディウムが引く。
翌日の新聞記事の一面は王族三人の穏やかな笑顔で埋め尽くされていた。