綾は何を語るのか?
「識別不明船ですか?」
明乃はそう言って首を傾げる、当然秀子もだが。
「まあブルーマーメイド内での正式名、様は役所用語と言うわね。」
薫はコーヒーを一口飲むと明乃と秀子に教官として解説する。
一応国際機関であるブルーマーメイドがオカルトマニアが使うような用語を使えないと言うのもある。
『識別不明船』なら密輸船や海賊も含めるから体面を保てる訳だ、もちろんこんな話しは明乃達学生には話せないが。
「貴女達が遭遇したものはそんな船の一つだと思って下さい・・・海の上では見たくも無い物をこらからは嫌と言うほど見る事になりますから。」
綾の言葉に明乃と秀子は顔を見合わせる。
「それほど深刻に考えなくても今は構いませんよ、ただ心構えだけはしておいて下さい、貴女達がこれから生き、守り、往く海は様々なものをその中に隠しているのだと言う事を。」
諭すように綾は明乃と秀子に微笑みながら話す。
「他に聞きたい事がありますか?」
「あの・・・神城艦長は今までにそんな船を見た事があるんでしょうか?」
明乃が躊躇いがちに綾に聞いてくる。
「そうですね・・・」
暫し考え込んでいた綾が話し始める。
「前方を横切っているのが見えるのに終始レーダーに映らなかった船とか、すれ違った船の船名を後で照会したらもう何年も前から沈没・失踪のリストに載っていたものだったとか。」
「「・・・・・」」
思わず明乃と秀子は身体を震わせ言葉が出ない。
「ブルーマーメイドのデータベースにも載ってますから後で見てみると良いですよ、では本日の講義は終了です。」
「結構貴女も意地が悪いわね、さっきの話ってブルーマーメイド内では有名なやつよね・・・」
話がまだ有るからと言って明乃と秀子を先に帰し、残った薫は2人きりになるとそう言って綾を見る。
「まあそうですけどね・・・私も艦長になった直後に散々聞かされ脅されたものです。」
種を明かせば、前者はレーダーシステムの故障が原因で、後者は密輸組織が偽装の為使用した、と言うのが真相だ。
今頃明乃達はデータベースの記述を見て憮然とした表情で居るかもしれないと綾は苦笑する。
まあこれは先達から後に続く者達へのささやかなエールと心構えを教える為の逸話なのだ。
「確かに私も先輩の教官から散々聞かされたけどね。」
薫はそう言って肩を竦める、ある意味ブルーマーメイド内の伝統みたいなものなのだ。
「でも・・・あの娘達が見た物については貴女旨く話を逸らしたわね。」
「流石に薫は誤魔化せなかった様ですね、そうです彼女達の見た物は先程の話とは別なんです。」
薫の指摘に綾は真剣な表情で答える。
「例の『帆船』実はこの海域では結構有名な『識別不明船』なんです、民間の船舶はもちろんブルーマーメイドやホワイトドルフィンの艦艇にも目撃例があるんです。」
艦長室に何とも言えない沈黙が落ちる、綾と薫は暫し持っているコーヒーカップの中身を凝視する。
「あまりにも多発するので一度ブルーマーメイドとホワイトドルフィンが共同で調査した事があります。」
そう言って深い溜息を付く綾を見て薫が尋ねる。
「それで・・・?」
「何の手掛かりも掴めませんでした、それどころか調査終了直後にまた目撃されて・・・」
綾と薫の間にまた沈黙が落ちる、艦長室に置かれた時計の時を刻む音だけが響く。
「そう言えば若宮もこの海域をよく通るんでしょ、目撃した事あるのかしら?」
薫の問い掛けに綾は複雑な表情を浮かべて答える。
「実は今まで一度も無かったんです、それが今回晴風の娘達を乗せた航海で遭遇ですからね、しかも発見したのが晴風の航海管制員。」
その意味する事に気付き薫もまた複雑な表情を浮かべる。
「あの艦には幸運と不幸で両極端な境遇の娘達が乗ってるからかしらね。」
何事も幸運で切り抜ける明乃と常に不幸に苛まれるましろが晴風に乗艦しているからと薫。
「それはまた・・・でもそれがあれを呼び寄せたと言うのは説得力がありますね。」
そう綾が呟いた後、2人は暫らく黙ってコーヒーを飲み続けるのだった。
「くそこんな夜に見張とは付いていないぜ。」
見張りに立っている男の船員はそう言って愚痴る。
夜の闇と深い霧につつまれた海域を船員の載った船は航行していた。
「早く変わって欲しいぜ・・・何だあれ?」
双眼鏡を覗いていた船員は思わず呟く、何かが船の前方を横切って・・・
「おかしいな他の船の接近なんて連絡ないぜ・・・ってあ、あれは!?}
船員はそれが帆船である事に気付き叫ぶとその場に腰を抜かしてしまう。
「で、出たああ!!」
霧の海を人知れずその帆船は行く・・・今日も。
前に書いた様に私はこう言った海のミステリーものは好きです。
でも実際に海で生活している方々はそんな事を言っていられないでしょうが。
もしはいふりの世界で『幽霊船』が出たらどんな対応を取るか興味がありますね。
それでは。