飛行船支援母艦若宮   作:h.hokura

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古庄 薫と神城 綾

「攻撃目標晴風。」

私は何をしようとしているの、その艦は教え子の乗った艦なのに・・・

「本艦は攻撃を受け・・・晴風は反乱を企て・・・」

違う、攻撃を仕掛けたのは私の方、晴風は悪くない、何でそんな事を・・・

止めて。

止めて。

止めて。

ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ・・・・・

「・・・!?」

気付くと私はここ何日で見慣れてしまった天井をぼんやりと見ていた。

暫らく混乱した状態が続いたが、それが収まってくると私は深い溜息を付く。

ここは病院、海洋実習中に意識が途絶え、気付けばここに居た、そして蘇る忌まわしい記憶。

自分の教え子を攻撃し、反乱の汚名を着せた。

上半身を起こし、汗まみれになった身体を自身で抱きしめた、湧き上がってくる震えを抑える為に。

私の名は古庄 薫、横須賀女子海洋学校の指導教官だ。

 

あの日、海洋実習の為に集合地点の西之島新島沖に私は教官艦さるしまの艦長として居た。

それは何時もと変わらない海洋実習だった、海洋研究機関の人間が同行している事を除けばだが。

連中は西之島新島に上陸後、何かを回収して来た様だったが、その内容は機密と言う事で教えてくれなかった。

異変が起こり始めたのは晴風が遅刻するとい連絡が来てからだった。

その辺りから私は意識がはっきりしなくなっていった、いや副長や他の乗員達も同様だった。

まるで自分が自分で無いような感覚、やがて私は一つの考えに支配されてゆく。

遅刻するなど許しがたい、晴風に罰を、痛みを与なければならない・・・

心の奥で間違っていると思っているのに私はその考えから逃れられなくなっていた。

そして乗員の晴風接近の報告に躊躇う事無くこう命じた。

「攻撃目標晴風。」

さるしまの砲撃に必死に回避運動をする晴風、止め様としても、身体も意識も私には従ってくれなかった。

そして凄まじい衝撃、沈み始めたさるしま、そこで私の記憶は途切れる。

私は自身を抱きしめていた腕を外すと病室の外を見る。

 

ここで目覚めたからも私の地獄は続いた。

まず来たのは海上安全整備局の人間達、執拗に何があったのか、それだけを尋問された。

彼らは私の質問をまったく受付なかった、晴風が他の教育艦どうなったのか、答えてはくれなかった。

時間も日付の感覚も失われ、悪夢に苛まれるだけが続いていたある日。

私の元を訪れたのは、宗谷 真霜一等保安監督官だった。

彼女は私の後輩で、今はブルーマーメイド安全監督室情報調査室所属の人間だった。

宗谷一等保安監督官のお蔭でようやく私は状況を知ったのだが、正直言って悪夢が酷くなっただけだった。

武蔵を始め海洋実習に参加した艦艇の殆どが行方不明、晴風は未だに反乱の疑いを掛けられたまま。

唯一救われたのはさるしまの乗員が全員救助されていた事だろう、ただ何処に居るかは教えて貰えなかったが。

あと、私を救助してくれたのが若宮だと言う事も知った。

そうか彼女の艦に助けられたのか、私は横須賀女子海洋学校時代からの親友の顔を思い出す。

 

ふと病室の時計を見ると、宗谷一等保安監督官が帰ってから2時間立っている事に気付く。

少し横になっているつもりが眠ってしまい、あんな記憶を夢の中で思い出していたらしい。

その時だった、病室のドアがノックされ、私は思わず緊張させられる。

ここ何日か整備局の尋問は無かった、どうも宗谷一等保安監督官ははっきり言ってくれなかったが、裏で色々な動きがあり、私の尋問どころでは無くなっているらしい。

「どうぞ・・・」

取りあえず私は中に入ってもらう事にする。

扉が開き入ってくる相手を見て私は驚かされた、まあそれは良い意味でだったけど。

だって私の病室に入って来たのが、先程思い出していた親友、飛行船支援母艦若宮の艦長である神城 綾二等保安監督官だったからだ。

 

「身体の方はどうですか?」

ベット横に置いた椅子に座った綾が聞いてくる。

「何とか動けるという所かしら、まあ病室以外行く所なんてないんだけどね。」

上半身を起こし枕を背もたれにして私は綾と会話する。

「ああ、そういえば救助してくれたのは貴女の艦だったのよね、お礼が遅れて御免なさいね。」

「いえ、自分の責務を果たしただけですよ。」

私の礼に綾はそう言って笑う、なるほど彼女らしい答えだ。

「それよりもっと早く来たかったのですが、帰港予定が延びてしまって。」

「・・・・・」

申し訳ない様に言う綾の言葉に私は押し黙る、多分それは・・・

海上安全整備局により綾と乗員達は海上に隔離されたのだ、私を救助した為に。

聡明な綾の事だ、事情は察しているだろうが、それに気付かないふりをしているのは

私を思ってくれての事だろう、この辺も彼女らしいと言える。

「気にしなくても良いわ、来てくれたんだからね、でも驚いたでしょ私を救助した時は。」

「ええ救助者が古、薫だったから驚きましたよ。」

私が軽く睨むと綾は言い直す、まったく女子海洋学校時代から変わっていない。

他人行儀になるからと何度も言っているのだけど。

そんな彼女に状況を忘れつい意地悪な事を言ってしまう私だった。

「今日はセンス良い服ね・・・誰に見立ててもらったの?」

「誰って、自分で・・・」

「あ・や。」

「休暇で学校時代の友人に会いに行くと言ったら、乗員の皆に色々と・・・何でああも張り切るんだか。」

鬱そうに言う彼女に私は思わず噴出してしまう。

同性である私でも思わず見惚れてしまう美人な綾だが、致命的な欠点がある。

それが服装のセンスだ、女子海洋学校時代に初めて乗員の皆と外出する為に集合した場所に来た綾の服装に、私達は急遽その日の予定を全てキャンセルし、彼女を洋服店に連行した。

そして半日近く掛けて綾に服装についてレクチャーしたのだった、もっとも後半は着せ替え人形扱いになってしまったけど。

その時涙目になってしまった綾を見て、私達が新しい趣味に目覚めかけたのは、彼女には絶対秘密である。

まあそれでも卒業までに改善したとは言えず、今も綾のセンスは相変わらずだ。

それを若宮の乗員達も心配して色々しているのだろう・・・玩具扱いと言うのも否定出来ないが。

「いいじゃない、それだけ皆に慕われているって事でしょ。」

まあ彼女には話さない方がいいだろうと思いそう言っておいた・・・けっしてその方が面白いと思った訳は無い、多分。

「・・・まあいいです、それより大分顔色が良くなってきた見たいですね、良かった。」

「そう・・・かしら?」

確かに先程までの重苦しさが多少和らいでいる事に私は気付き目の前の親友を見る。

きっと綾のお蔭だろう、本人には悪いが目の前の変わらない親友を見て安心したのかもしれない。

「何笑ってるんですか?人の顔を見て・・・」

どうやら私は笑っていたらしい、綾はそれを見て拗ねた様に睨みつけるが、彼女の場合余り様にならないのはご愛嬌だ。

「くす・・・綾貴女はこれからも変わらないいてね。」

「えっと、どう言う意味・・・」

「綾はそのままが良いという事よ。」

「何ですかそれ?」

1人納得した私に綾は困った表情を浮かべて溜息を付くのだった。

その後暫らく話をして綾は帰って行った、今度は洋上で会おうと約束して。

 

数週間後、私達は約束通り洋上で再会する、晴風を救援に向かう途上で。

 


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