武蔵乗員を助ける妖精。
そんな噂が始まったのは綾達が卒業し、次年度の乗員達が乗るようになった頃だった。
その日、航海科のミスで武蔵の様な大型艦にとっては航行が危険な海域に入り込んでしまっていた。
だが当直に付いていた者は確認を怠り、その事に気付かない、そのままでは座礁しかねない状態だった。
「このまま進んでは危険です、進路を変えて下さい。」
艦橋でその時舵を握っていた生徒は突然艦橋に入って来た生徒にそう言われる。
「へっそれは・・・?」
突然そんな事を言われ驚く生徒達だったが、慌てて航路を確認する。
「何でこんな進路を?このままだと座礁してしまうわ。」
ようやく彼女達もミスに気付き進路を変える、間一髪で武蔵は座礁を回避出来た。
「まったく航路設定した娘は何をやっていやのかしら・・・兎に角助かったわ、ってあれ?」
ほっとして教えてくれた生徒に礼を言おうとした娘は肝心の彼女がもう居ない事に気付く。
「あれあの娘?」
もう1人の生徒に聞くが、聞かれた方も首を捻っている。
「そう言えば何時の間に?って言うか彼女誰なのかしら、見た事が無いのだけど。」
そう危険を知らせてくれた少女を2人はまったく見た記憶がなかったのだ。
既に洋上生活を数ヶ月していて、乗っている乗員については顔も名前も知らない者は居ないのに。
2人が見たその生徒は、三つ網で牛乳瓶の底みたいな眼鏡を掛け、膝下丈のスカート姿だった。
報告を聞いた艦長は航海科の生徒を注意すると共に乗員全員に確認した、誰が航路のミスに気付き、当直の者に知らせたのかと。
だが誰もそんな事をしたと言う者が居なかったのだ、当時他の場所に居た者の中に。
武蔵乗員達が恐怖と困惑に襲われたのは当然の事だ、このまま航海を続けるべきでは無いと言いだす者まで現れる状態だった。
そんな状況を変えたのが、現艦長が去年卒業した先代艦長の残した航海日誌を確認した時だった。
そこに武蔵乗員を救った、同じ容姿の生徒を記述した文章を見つけたのだ。
もちろんそれは綾の存在を隠す為に当時の艦長が捏造した話だったのだが、現在の武蔵乗員達は航法ミスの件で事実と認識してしまったのだ。
船乗りと言うのは結構信心深い者が多い、だから武蔵乗員達は意図も簡単に信じてしまった。
唯これがその時だけの話であれば直ぐに消えてしまう都市伝説の類だったのだが、不思議な事に似た様な話しはその後の武蔵乗員達の間でも起こり続ける。
結果、武蔵には乗員達を助ける少女の姿をした妖精が居ると言う伝説が生まれたのだった。
ちなみにこの伝説は武蔵乗員達の間だけの秘密とされ、同期や親しい者にさえ話す事はタブーとされた。
そしてこの伝説にRATtウィルス事件に遭遇した知名 もえか、そして彼女と共に感染をせず済んだ2人の乗員達もまた遭遇していたのだった。
乗員達がウィルスに感染してしまったのは、武蔵が回収したRATtが原因だった。
実はもえかは艦長としてそのRATtを検分する予定だったのだが、直前に乗員の娘に「相談したい事があります。」と呼び止められたのだ。
乗員の事を第一に考えるもえかは検分を副長に任せ、自分は後で艦長室に来ると言うその乗員を待ったのだが結局彼女は来なかったのだ。
そしてもえかはその時点で相談があると言って来た乗員の娘を見た事が無い事に気付いた。
艦長としてもえかは乗員の顔と名前は全て記憶していたのだが、その中にその娘は存在しなかったのだ。
2人の乗員達もまた同じだった、物珍しさで検分に立ち会おうとしていたら他の乗員に「艦長が呼んでます。」と言われ、もえかの所に行ったのだが。
「私はそんな伝言はしてませんが。」
当惑するもえかに2人もまた顔を見合わせて当惑するのだった。
「そう言えばあの娘だれだっけ?」
「あっ・・・確かに見覚えの無い娘だったわ。」
そう2人もまたその時点で自分達に艦長の伝言だと言って来た乗員が誰だったか知らない事に気付いたのだ。
「私の伝言と言ったのはどんな娘だったの?」
その質問に答えた2人の言葉にもえかは驚愕させられてしまった。
「三つ網で牛乳瓶の底みたいな眼鏡を掛けて、膝下丈のスカートを履いていた娘です。」
それはもえかに相談があると言って、結局現れなかったあの娘と同じだったからだ。
図らずも3人が武蔵の伝説に遭遇してしまった瞬間だった。