綾も自分と同じ境遇・・・浪人しているのではないか、花名は確かめたい衝動に駆られる。
だが一方、触れてはいけない事ではないかと花名は考える・・・自分にとってそうである様に。
突然黙ってアルバムを見つめるだけになった花名を綾は気になって覗き込んでくる。
そして花名が名簿を、綾の生年月日を見ている事に気付く、そして彼女が何を考えているのかを。
「・・・それは間違っていませんよ、私も他の娘達のものも。」
綾の言葉に花名は驚いて顔を上げる。
「私は・・・病気で一年入学が遅れているんです、まあ中学浪人ですね。」
半陰陽を病気と言えるかは一概に言えないかもしれないが綾はそう説明する。
「と言っても昔の事ですし、私は気にしてませんが、だから一之瀬さんも・・・」
「違うんです!」
何でも無い様に話す綾を遮る様に花名は声を上げる。
「私も・・・私も浪人して、いるんです。」
花名は自分の境遇を綾に話す、おたふく風邪で受験出来ず浪人し、母親の進めで志温の元に来た事を。
「なるほどそう言う事でしたか・・・嫌な事を思い出させてしまった様ですね。」
綾はすまなそうに言うが、花名は微笑んで答える。
「いえ大丈夫です、それに私だって・・・」
綾に話させてしまったのは自分だから、気にしないでと花名は思う。
「・・・分かりました、それにしても身近に自分と同じ境遇の人が居るとは思いませんでしたね。」
花名の気持ちを察し綾も微笑えむと感嘆した様に話す。
「私もです・・・こう言う事ってあるんですね。」
花名も同じ気持ちだった、こんな身近に同じ境遇の人間が居るとは思いもしなかったと。
ふと花名はある事が気になってきた、綾は浪人の事を周りの人に・・・
「あの・・・神城さんは浪人の事は皆には話しているんですか?」
特に綾が友人と言った古庄 薫にその事を話しているのか、が花名は気になった。
「ええ話していますよ薫に、今回の様に偶然知られてしまった時にですが。」
横須賀女子に提出する書類に添付されていた戸籍抄本を薫に見られた時に気付かれてしまった。
ちなみに綾の戸籍抄本は女性になった際に作り変えられていたので、性別は最初から『女性』になっている。
「それで・・・古庄さんは・・・何と?」
花名は栄依子達の顔を思い浮かべながら聞く。
「何も・・・まあ今まで隠していた事は責められましたが、あっけなく受け入られました。」
肩を竦めて綾は言う、それは薫だけでなく、それを聞いた他の友人達も同様だった。
「そうだったんですね。」
人の事とはいえ花名は安堵感に包まれる。
「ただ余りにも簡単に受け入れてくれたので、後日薫に聞いてみたのですが・・・」
『別にそんな事気にしていないわ・・・それに綾には悪いけど私は良かったと思っているもの。』
「良かったですか?」
花名は薫のその言葉に驚く、彼女にとって何が良かったと言うのだろうかと思って。
「私が一年遅れたからこそ出会えて友人になれたから・・・と言う事らしいですね。」
綾は各女子海洋学校への入学が年毎違う事を話す、だから綾が普通に受験すれば横須賀女子を受ける事は無かったのだから(それ以前に女子海洋学校への入学なんか出来なかっただろうが)。
「そう言う事だったんですね・・・遅れてから出会えた。」
花名は深い感動に震える、浪人はけっしてマイナスばかりじゃない、こんな素敵な出会いを生むのだと。
「でもそれは一之瀬さんも同じでしょう。」
「え?」
綾の言葉に花名は驚いた表情を浮かべる。
「一之瀬さんも遅れたからこそ今の学校に入学出来た、そして今の友人を得られたのでしょ?」
確かに考えてみればもし花名がちゃんと受験していたら、栄依子達と知り合う事など無かった筈だ。
自分にとっても浪人はマイナスじゃなかったんだ、花名はそう思った。
「でもそうだとすると私も神城さんみたいに話した方が良いんでしょうか?」
「無理をする必要は無いと思いますよ、私だって皆に話すのに1年掛かりましたから。」
花名の悩みに綾はそう答える。
「自分のペースでやるのが一番ですからね。」
綾の励ましに花名は涙を浮かべて頷く。
「はいそうします・・・でも少しは焦らないとずっとこのままじゃないかと心配なんですが。」
「・・・そうですね、分かりますよその気持ち。」
「今日はおじゃましたうえに色々話を聞いてもらえて、ありがとうございました。」
玄関で花名はそう言って頭を下げながらお礼を言う。
「いえ、私も楽しかったですよ、何しろこれ程親近感を持てる相手は初めてでしたから。」
綾はそう言って微笑んで答える。
「私もです、こんな風に浪人の事を気楽に話せる人は始めてで。」
花名はそう言うと俯き暫らく黙っていたが、再び顔を上げる。
「あの・・・ご迷惑でなければまたお話に来ても良いですか?あと、綾さんとお呼びしても・・・」
「ええ、まあその位は。」
綾としても花名と話す事自体は別に問題は無いと思っている、名前で呼ばれるのは恥かしいが。
「良かった・・・それじゃ綾さんも私の事を花名と呼んで下さいね、その方が嬉しいですから、それじゃまた今度。」
「え、ちょっと待って。」
花名の言葉に慌てて呼び止めるが、彼女は嬉しそうな表情を浮かべ帰っていった。
それを見て綾は深い溜息を付く、女性として長年過ごして来たが相変わらず距離感が掴めないなと思いながら。
前にも書いたと思いますが、花名と綾はその境遇が似ていて、クロス作品に最適でした。
そえでは。