まあ設定を変えていますが。
「うん、相変わらず美味しいですね。」
古いが趣のある調度品で飾られた喫茶店で綾はコーヒーを楽しんでいた。
「それは何よりです綾さん。」
そんな綾の席に喫茶店の店員である少女が近付いてきて言う。
薄水色のストレートロングヘアをしたその少女は店の看板娘である香風 智乃だった。
だが店員と言う割にはまだ幼い容姿なのだが、それは彼女がまだ中学生だからだ。
一見クールな物言いの少女だが、本当は歳相応に感情豊か事は短い付き合いだが綾は理解している。
綾がこの喫茶店、ラビットハウスを度々訪れる様になったのは幾つかの偶然が重なったからだ。
まず木組みの家と石畳の街にある基地が飛行船の部品や整備機材を扱っている為、若宮がよく寄港する事があった。
そして綾が気まぐれに街を散策しようと考えた事、それまでは基地の外に出るなど考えもしなかったのに。
当然初めての街だった為道に迷い、道を聞くついでに喉を潤そうと入ったお店が、智乃が居た『ラビットハウス』だったと言う訳だ。
『も、もしかしてブルーマーメイドの方ですか?』
店に入った瞬間、店員に『いらっしゃいませ。』でなく、そう言われ綾はかなり驚かされた。
その店員が今綾の傍に立っている智乃だったのだ。
どうやら智乃はブルーマーメイドに憧れているらしく、制服姿の綾を見て我を忘れてしまったのだ。
まあそれがきっかけで智乃と親しくなり、そして綾がここのコーヒーを気に入った事もあり、それ以後若宮が寄港するたびにラビットハウスに来る様になったのだ。
一方智乃と綾のそんな関係に危惧を抱いているのが、智乃の姉を自認する保登 心愛だった。
妹として智乃を愛している心愛にとって綾はライバルと言っていい存在だ。
綾がラビットハウスに来る度に今の様に親しげにしているのだから心愛としては心穏やかではいられない。
「そう言えばこの前の進路調査で女子海洋学校を第一希望で出しました、一応学力は問題ありませでした・・・あとは体力試験の方を何とかすれば。」
「確かに女子海洋学校入学には学力の他にそれもありますから、私も苦労させられました。」
心愛にしてみればこれも心穏やかで居られない理由だ、智乃は女子海洋学校に入学しブルーマーメイドになるつもりなのだ。
心愛がラビットハウスで働き始めた頃は、祖父の後を継いでバリスタになると言っていたのだが、綾に出会った事で諦めかけていたブルーマーメイドへの憧れが再燃したのだ。
父親にも「お前の人生だ、どちらに決めても反対はしない。」と言う言葉もあり、智乃は女子海洋学校への進学を決めてしまったのだ。
なお、ラビットハウスのオーナーであり、智乃の祖父であるティッピーも心愛同様ショックを受け、息子である父親と揉めたのだが結局押し切られてしまった。
今も智乃の頭の上で「私の後を継いでくれると言っていたのに・・・」と嘆いている。
とは言え愛する孫娘が自分で決めた事だ、反対するのは忍びない、ティッピーこと祖父は半ば諦めていた。
これは心愛も同様で、「自分の通っている高校に来て欲しいのに・・・」、でも愛する妹が決めた事だし・・・と。
まあそれもあり綾はラビットハウスに来る度にティッピーと心愛の恨みと羨望の視線に晒される羽目に陥っていた。
「えっとチノちゃん、1人のお客様にずっと付いていたらまずいんじゃないかな。」
綾と智乃の親密そうな姿に耐えられなくなったのか心愛が引きつった表情で話し掛けてくるのだが。
「・・・他のお客さんなんて今居ませんから問題ありません、ココアさん邪魔しないで下さい。」
残念ながら一発で撃沈され心愛は深く落ち込みながらカウンターに戻って行った。
「うんココアにとっては致命的な一撃だったな。」
ラビットハウスでアルバイトをしている天々座 理世が苦笑しつつ言う。
まあ理世にしてみれば心愛の気持ちは分からないでも無かったが、智乃が自分で決めた事なのだから、姉と言うなら見守ってやれば良いと思っている。
「まあそう落ち込むなココア、チノはあれでもお前を結構頼りにしてるんだぞ。」
落ち込みながらカウンターに戻って来た心愛の肩を叩いて言う。
「それは分かっているんだけど・・・やっぱり寂しい。」
カウンターに顔を付けて心愛はぼやく。
「まったく・・・そう言えばココア、お前のお姉さんそろそろ来るんじゃないのか。」
「はっ・・・そうだ、ああまたライバルが増える。」
心愛の姉である保登 モカ、有り余る姉オーラで智乃を虜にする(笑)存在。
綾と共に智乃をめぐってのライバルだと認識しているのだ。
そして何でも自分より旨く出来てしまう姉に心愛は昔からコンプレックスを感じさせられていた。
もちろん心愛だってモカが自分の事を大切にしてくれて居る事は分かってはいるのだが。
「久しぶりにあの姉オーラが見られるな。」
「もうリゼったら人事みたいに・・」
文句を言おうとした心愛の言葉は次の瞬間ラビットハウスに進入してきた人物によって遮られた。
「ココアちゃん、お姉ちゃんが来ましたよ!!」
「え、お姉ちゃん?ってきゃあ!」
言葉を遮られてだけでなく、突然抱きしめられ心愛は悲鳴を上げてしまう。
ちなみに誰も助けようとはしない、こうなったらモカが満足するまで決して心愛を離さない事はラビットハウスの人間は知っているからだ、しかし今日は様子が違った。
「保登主計科長?」
「え?・・・か、神城艦長なんでここに?」
綾がモカに掛けた言葉によって。
「いやまさか艦長がラビットハウスの常連だっとは驚きました。」
「私も主計科長がココアさんのお姉さんだったとは思いませんでしたよ。」
衝撃の出会いの後、保登主計科長ことモカは、神城艦長こと綾の座っていたテーブルに居た。
最初は艦長と同席なんてとモカは躊躇したが、綾が今は若宮の上では無いので気にしなくても良いと言って座らしたのだ。
艦長らしいなとモカは心が温かくなる、彼女にとって綾は深い敬愛の対象なのだ。
「まあ私は幾つかの偶然の結果ですよ、でも良いお店に素晴らしいコーヒー、店員さんも可愛いですしね。」
そう言って綾は笑う。
「そうですね私もその点は同意します、一押しの店員はココアちゃんですね。」
モカも笑ってそう続ける。
「それにしてもお2人が同じ艦の上司と部下だったなんて驚きました。」
綾にお代わりのコーヒー、モカに注文の紅茶を運んできた智乃が2人に声を掛ける。
「まあ確かに、こんな偶然なかなかありませんね。」
「はい艦長。」
綾とモカは顔を見合わせて微笑む。
「・・・ところでココアさん、何でお姉さんがブルーマーメイドの隊員だって教えてくれなかったんですか?」
冷たい視線と声で、綾とモカの傍らにいた心愛に質問する智乃。
「・・・!」
思わず姿勢を正してしまう心愛、視線が彷徨い汗がどっと噴出してしまうのを抑えられなかった。
「ココアさん?」
「ひっ御免なさい、その隠す積もりは無かったのよ・・・」
心愛にしてみれば自分の姉までブルーマーメイドの人間だと知られたら益々智乃を取られそうだと思ったのだ。
智乃の責めに心愛は此処から早く逃げたい心境だったが、残念ながら彼女への責めはそれだけでは無かった。
「そうだ、ココアちゃん、何で艦長がラビットハウスの常連って教えてくれなかったの?」
今度は姉であるモカから責められるのだった。
「えっと忘れていました御免なさい。」
その点について言えば心愛の弁解は嘘では無かった、本当に忘れていたのだ、姉が若宮の乗員だったと言う事を。
本来だったら綾が若宮の艦長だと知った時点で思い出せばよかったのだが、智乃の事で頭が一杯だった心愛はすっかり失念してしまっていたのだ。
「まあ2人共、ココアさんだって反省している様ですしそのその位で許してあげたらどうですか?」
綾が苦笑しながら智乃とモカを宥める。
「艦長がそうおっしゃるなら。」
「綾さんがそう言われるのなら。」
何で2人は綾の言葉なら素直に聞くの?心愛は心の中で涙を流すのだった。
ラビットハウス、木組みの家と石畳の街にあるお店。
そこで繰り広げられる物語り。