飛行船支援母艦若宮   作:h.hokura

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季節外れ?
いや対象があれだけにそれは無いかと思うのですが。



乗艦体験学習5

何処までも霧が続いている。

「酷い霧ね・・・」

若宮の臨時左舷航海管制員、見張りに就いた山下 秀子が呟く。

体験学習の一環で晴風の乗員達はそれぞれの科で業務を担当していた。

と言っても正規の乗員ではないのであくまで補助だが。

秀子も正規の航海管制員と共に見張りに立っていたのだが、正規の乗員に呼び出しがあり、艦内に戻ってしまたったので今は一時的に彼女1人だけであった。

まあ晴風の航海管制員としての経験があるので秀子はそれほど緊張はしていなかった。

「ははは、何か出そうな雰囲気・・・って縁起でもない。」

双眼鏡を覗き込みながら秀子は呟く、どうも1人だと変な考えをしてしまうと苦笑しながら。

頭を振って再び双眼鏡を覗き込む秀子の視界に何かが入ってくる。

「えっ・・・?」

それは船の様だった、しかしそれなら知らせが入る筈だ、秀子は首を捻る。

改めてよく対象を見ると、中型の帆船だった、ただ船体が霧に覆われているせいで詳しい特徴はもちろん船名すら判別出来ない。

躊躇していたの一瞬で、秀子は直ぐにインカムを通して艦橋に一報を入れる。

「こちら左舷管制、距離6百に船舶を発見、方位020、本艦とすれ違う進路を取りつつあり。」

『こちら艦橋、確認します、距離6百に船舶、間違いありませんか?』

艦橋でこの時間帯に当直に就いている乗員から確認の連絡が入る。

「はい、間違い・・・あ、あれ?」

もう一度確認しようとした秀子の視界からその帆船は消えてしまった。

『左舷管制、報告は明瞭に願います、間違いありませんか?』

「その・・・対象の船舶を見失いました、確認出来ません。」

呆然となりつつも、管制員として状況を報告する秀子。

『了解しました・・・山下管制員は正規管制員が戻りしだい艦橋へ出頭して下さい。』

「了解です。」

何となくもやっとした気持ちを抱きながら秀子は答える。

そして正規管制員戻って来くると秀子は艦橋に向かう。

 

「ご苦労様です、状況をもう一度説明してもらえますか?」

艦橋に着いた秀子を待っていたのは、艦長の綾と副長の天音だった。

これには秀子はかなり動揺させられた、もちろん事情を聞かれると思っていたが、艦長と副長まで出て来るほどとは思っていなかったからだ。

時間的に言えば艦長と副長の当直時間は終わっている、つまり2人は呼び出されたと言う事になる。

秀子もこれはかなり大事になっていると思い顔を青くしつつ報告をする。

「0440、距離6百に船舶を発見、船種は中型の帆船と思われますが、船名は不明、艦橋へ報告中に見失いました。」

報告を聞いた綾は乗員の1人に顔を向ける。

「その時間の前後に若宮の周囲に他の船舶は確認していません。」

レーダー担当の乗員らしい女性が答える。

これってまずいんじゃないかと秀子は益々顔を青くする、不適切な報告をしたと言う事で何か言われると・・・

「分かりました、山下管制員ご苦労様でした、下がって下さい。」

「えっ・・・?」

だが綾から言われた言葉は秀子の想像したものとは違った。

「あの・・・良いんでしょうか?」

思わず聞き返す秀子を綾は静かに見つめ返す、なまじ美人なだけに妙に迫力があり思わず固まる。

「山下管制員、貴女が海洋学校で管制員として最初に教官に教えられた事を覚えていますか?」

意外な問い掛けに秀子は答えられない。

「見たものを素早く、正確に伝える、それが何かを考えるのは上の仕事だと、教わった筈です。」

確かに秀子はそう教わった事を思い出す、そしてこう付け加えられた事も。

『それを忘れた者は大きな錯誤を起こす。』と・・・

「・・・そう言う事です、理解して頂けましたか?」

「はい・・・失礼します。」

秀子はそれ以上何も言えず、敬礼をすると艦橋を出て行く。

「少しきつかったでしょうか?」

それを見送りながら綾深い溜息を付くと傍らの天音に問い掛ける。

「どうでしょうか?人によっては叱責する様ですから、艦長はまだ良いほうだと思いますが。」

天音はそう言って肩を竦める。

「それにしても・・・初めてで遭遇するとは彼女達は運が良いのか悪いのか分かりませんね。」

「確かにそれは微妙なところですね。」

綾と天音は苦笑する。

「ところで艦長、部屋にお戻りになられますか?」

天音が時計を確認すると聞いて来る、2人共就寝中に呼び出されたのだ。

「いえ、こうなってはもう寝られませんし、このまま待機しているつもりです、副長は下がっても構いませんが。」

懐中時計を見て綾は答える、とても眠る気にはなれなかったからだ、ただ天音を付き合わせる程では無いと思って彼女には下がる様に言ったのだが。

「艦長が待機なされるのなら副長の私もそうします、まあ眠れないのは同じですし。」

どうやら下がる気は無いらしい、生真面目な彼女らしいと綾は微笑む。

「分かりました・・・では眠気覚ましのコーヒーが欲しいですね、もちろん副長の分も。」

「了解です、直ぐに手配を・・・」

天音も微笑んで頷くと艦内通話器を取り上げて主計科に連絡を、いや出前を頼む。

それを横目に見ながら綾は艦長席に座りなおし目を瞑る、別に眠くなった訳では無かった。

これからの事を考える為にだ・・・厄介事はこれで終わりでは無いだろうから。




海は様々な神秘があると思うのですが、まあこれもその一つかと。
まあある動画を見て思いついた話なのですが。

それでは。

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