雫と藤林さんの縁談はあまり気乗りしないものであり破談したいのだが二人を蔑ろにできないのもまた事実。敵討ちといい縁談といい後手に回りすぎている。
結局縁談の話は先延ばしになった。なぜなら真夜から有意義な情報がもたらさせれたからである。そこで前当主真夜と現当主深雪、達也、克也、リーナ、文弥の四葉重鎮が勢揃いし重くも軽くもない空気が会議室には溢れていた。
四葉を完全に敵に回した馬鹿を殲滅できる可能性が出てきたのだ復讐が出来る。だが真夜が得た情報が真実だとは限らない。真夜を疑っているわけではなく情報が数多溢れるこの世界で嘘の情報は有り得ないほど蔓延しているので入手経路によっては的外れと言っても過言ではない。
「七草家は秘密裏に大亜連合との契約を結んでいたわ。内容は『日本の魔法師を排除し純粋な魔法師だけを残す』というもの。仲介役は新ソ連おそらくここから『パーフェクト・キューブ』の起動式をもらったようね。」
「何故一個人が大国と同盟を結べたのでしょう。」
「完全な同盟ではなく利害の一致だろうね。」
深雪は何故七草家が同盟を結べたのか気になっていたようだが俺はそれより気になるのは叔母の入手経路だ。何故そこまで詳しく知ることができなのか気になる。
「叔母上、一体どうやってその情報を得たのですか?黒羽家でさえ掴めていなかったというのに。」
「文弥さん以外は知っているはずよ『フリズスキャルヴ』を。」
まさかの言葉に文弥を除く俺達は驚きを隠せない。『フリズスキャルヴ』「エシュロンIII」に組み込まれているハッキングシステムであり「七賢人」と呼ばれる人物だけが使用可能な機械である。
「七賢人」と名乗っているのはレイモンド・S・クラークだけであり他のオペレーターは使わない。そもそも「七賢人」はレイモンドが使うハンドルネームのようなものである。
まさか叔母上がそのうちの一人だとはこんなに近くにいたのに知らなかった。だが同時に深く納得できる。協力を要請して僅か数日で要望を達成するあの行動力、そして普通なら知り得ることのない情報提供。それらすべては『フリズスキャルヴ』によるものだったのだ。
「これで敵は七草家だと決まったわけですがどうやって攻め込みますか?」
「克也、実力行使前提なのか?」
「それ以外に何がある。水波と辰巳が殺されてるんだそれなりの報復は必須だ。」
克也の言葉には怒りが含まれているのを全員が嫌でも気付かされた。
「気持ちはわかる俺たちだってそうしたい。だがまずは弘一がこの情報を見てどんな対応するかによる。」
「甘いな。」
「何?」
まさかの突き放しに達也は苛つき臨戦態勢になる。深雪とリーナが慌てて達也を抑えにかかるが克也は尚も煽る。
「実力行使しかないんだよ話し合いなんて時間の無駄だ。」
「命を失ってもいいのか?」
「構わないそれだけの覚悟だ。じゃあ、一つ聞くが達也は深雪が水波と同じ立場になったらどうしてた?自分が言うように話し合いで解決できたか?」
「っそれは…。」
さすがの達也も否定は出来なかった。小学生の頃に人造魔法実験を受け唯一の感情「家族愛」克也と深雪にしか愛情を抱くことが出来ない人間にされた自分がどちらかを失った瞬間世界を破壊することを理解している。
だから克也に問われたときに即答できなかったのだ「話し合いで解決する」と。
「達也様、私も克也お兄様の考えに賛成します。」
「深雪?」
「ワタシもよタツヤ。」
「リーナまで…。」
達也は深雪はともかくリーナまで賛成するとは思っていなかった。むしろ克也を止めにくるとそう思っていた。リーナの行動は自分を保護し家族同然のように扱ってくれる四葉家に対する感謝と亡命時に自分と仲良くしてくれた水波の敵を取りたいという気持ちが重なった結果だ。
「達也さん、貴方の言い分は分かるけど今回ばかりは私も我慢できないわ。七草家に日本に四葉家の怖さを今一度示すときです。」
「…分かりました。」
真夜の元当主としての威厳に圧倒され達也は受け入れるしかなかった。水波の敵を取りたいという気持ちは達也自身にもある。自分を信頼し恐れを抱くこともなく慕い兄の克也が愛した女性をこの世界から奪った奴らを許せるわけがない。
言葉では表せないほどの怒り、悲しみが溢れるが達也自身それがどんなものなのかわからない。こういうときに「感情」というものが理解できないのが悔しい。だがこれだけは分かる。誰よりもっとも辛い思いをしたのは克也だと。
自分の力で守れなかった。敵はいないと油断していた自分への怒り、憤り、恨み。負の感情に押し潰されたが故に克也は生と死の狭間を彷徨った。しかし、克也は生きる道を選んだ。死んで水波と同じ世界に行くことを望まず水波が生きたこの世界を守るために現実世界に戻ってきた。
ならばその克也が覚悟を決めたのであれば自分が反対せず後ろから支えるべきだ。
「克也、俺が間違っていた。対話など甘すぎる。命は命を以て償わせるそれが命を預かる俺達の生き様だ。」
こうして会議室で行われた話し合いは七草家を七草弘一を暗殺ではなく正面からつぶすことを決定した。
「ねえシルヴィー、本当に七草家が間接的にミナミを殺したと思う?」
その日の夜、自室で下着だけになったリーナはベッドに寝転がりながら窓を拭いているシルヴィーに何気なく聞いた。シルヴィーは雑巾をバケツにかけてから振り返った。
「リーナは疑っているのですか?」
「疑っているわけじゃないけど信じられないだけ。あの有名な七草家当主がこんな強攻策を立てていたなんて思う?」
シルヴィーはため息をつきリーナに説明を始めた。
「そもそも七草弘一殿は純粋な魔法師だけの国を作りたがっていたようですがそれは高校生までの話です。当主の座を継いでからは日本の魔法師に分け隔てなく接することを望んでいたようです。」
「何がきっかけで学生の頃の野望を思い出したの?」
「憶測ですがおそらく2095年度の九校戦での深雪様、達也様、克也様の活躍から燻っていた火種に火が付いたのでしょう。」
九校戦のことは克也達から聞いていたのでどんなものなのかは知っている。だがそれだけではないとリーナは直感していた。シルヴィーの次の言葉でそれが正しかったのだとわかった。
「九校戦程度で済めば今頃このようなことにはならなかったでしょう。しかしお三方の婚約発表で吹っ切れたのでしょうね。自分の娘二人を陽動に使い魔法師の意識をそちらに向けている間にその火種は大きくなり自分では抑えきれなくなった。そこで日本の敵である大亜連合と新ソ連に協力を要請したのでしょう。」
「リスクを考えなかったのでしょうか。」
「考える必要は無かったのです。何故なら成功すれば自分の野望が叶い失敗すれば情報が片方または双方から漏れるか漏らされるかのどちらかですから。」
「リスクを補うリターンがほぼ皆無です。」
確かにリーナの言葉は正しい。だがそれでも弘一は野望を叶えたかった。目がくらんでいたのだ。欲に取り付かれた人間がどのような道をたどってきたのか一番知っているはずの自分が実は一番欲に取り付かれていた。
「自分を見失っていたのでしょうね。それも大きく魔法師として人としての道を。」
シルヴィーはそう締めくくるとリーナの部屋から出て行った。まるで「あとは自分で考えろ」と言うように。その後もリーナはシルヴィーの言葉を自分なりに解釈していた。結局自分では答えが出せないと気付いたのは考え始めてから一時間後だった。
四葉家は七草家当主 七草弘一に対して自ら起こした行いを師族会議で話すよう命じる文を克也達と少なからず関わりのある真由美から届けてもらった。
翌日の返事はもちろん否であり四葉家は宣戦布告を正式に魔法協会本部を通じて七草弘一個人に送った。
そのことを日本のナンバーズや有力家は四葉家に思い留まるように促したが四葉家は受け入れず十師族でさえ止めることは出来なかった。
こうして四葉家と七草弘一の全面戦争が始まろうとしていた。
『復讐は蜜の味』
この言葉の意味を知る者は四葉家にはいなかった。いや知りたくないと言った方がいいだろう。