魔法科高校の劣等生~双子の運命~   作:ジーザス

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第百一話 天燐

戦争と言えば銃弾が辺り構わず風を切って飛び回り銃声が鳴り響く。指示の声や痛みを堪える呻き声などを想像するだろうがここは魔法が飛び交う戦場であり銃は深雪の魔法によって無効化されているため使用したくても使用できない状態だ。

 

達也とリーナ、文弥が使う魔法が血を流さず敵を無力化する魔法であるが故に血なまぐさい戦場になっていないのも要因の一つだ。

 

対象物を原子レベルまで分解する達也の固有魔法兼戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』、重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲にプラズマを散撒くリーナの戦略級魔法『ヘヴィー・メタル・バースト』、二人には威力も規模も格段に落ちるがそれでも対人戦闘では強力な魔法で相手の精神に直接痛みを与える文弥の『ダイレクト・ペイン』。

 

戦闘級魔法:戦術級魔法:戦略級魔法:これは一回の威力を基準にしているため文弥の精神干渉魔法はそもそも大規模な範囲に作用させる魔法ではないためこの基準には当てはまらない。精神干渉魔法で戦略級魔法になり得る魔法はまだ見つかっておらず四葉家も模索中だ。

 

最も精神干渉魔法で戦略級魔法になり得るのは深雪の『コキュートス』か克也の『癒し』だろう。だが深雪は戦略級魔法師になるのは望んでいないだろうし克也も二つの戦略級魔法を所持するなど断るだろう。だが同時に世界の抑止力であるのは事実だ。本人達の心とは裏腹に…。

 

 

 

北東からの風が吹く戦場は言いしれぬ空気の中での戦闘だった。そもそも北東は「鬼門」災いを運ぶ方角であるため古来より古式魔法師には嫌われてきた。古式魔法の伝承者であり忍術使いの九重八雲の教えを受けた達也、古式魔法を題材に作り上げた『パレード』を使う九島家の血を引くリーナ、仏教を重んじる(結婚式は何故か洋風…)四葉の分家の文弥は悲劇の前触れだと感じていた。

 

「達也兄さん、何か嫌な予感がします。」

「ワタシもよタツヤ、何か胸の内をくすぐるみたいな不快な何かを。」

 

達也も何かが起こるそんな疑惑に囚われていた。自分、リーナ、文弥を含む半径五十m以内の魔法師の想子の流れを読み取るが誰も想子の流れに異常は見られない。精神干渉魔法を受けていれば想子の流れが乱れるため達也の「眼」であれば知覚可能だ。

 

精神干渉魔法と言えば四葉家というイメージだが強力な精神干渉魔法を使うのが四葉家であり大小問わず精神干渉魔法を使える魔法師はいる。大陸にも日本国内にも使用者は少なからずいるからだ。

 

 

 

克也は左手に握る{ブラッディー・ローズ}を弘一に向けながら語りかける。

 

「純粋な魔法師だけを残してどうするつもりだ?」

「あとから造られただけの紛い物にこの世界を任せておけるわけがなかろう。」

「では俺が水波と婚約した際に婚約解消を求めたのは何故だ?」

「貴方のような優秀な遺伝子を調整体などという呪われし汚物に渡すわけにはいかん。」

 

弘一の言いように深雪は冷気を体中から吐き出すが克也が身じろぎせず佇んでいるのを見て数秒で自制した。だが深雪は克也に怒りを感じた。何故ここまで言われて文句を言わず無表情にいられるのか何故水波のことを馬鹿にされて感情を露わにしないのか。

 

深雪は少しだけ克也の横顔をのぞき込み右眼を見て身を震わせ後退りした。克也の眼は碧眼ではなく紅い紅蓮の色に変わっていた。それが何故の変化なのか深雪には分からなかった。

 

 

 

一度の瞬きの間に俺は弘一の書斎ではなく『異空間』とも呼べる場所に来ていた。巨大な水晶の柱左右に六柱、計十二柱が陳列しそれが屋根を支えている。周りは雲に囲まれどこまでも蒼穹が広がっている。まるでギリシャにあるパルテノン神殿だと思ってしまった。

 

石畳を歩きながら周囲を見渡す。服装は先程と変わらないので不釣り合いな服装だが別にずっとここにいるわけではないので気にしたら負けだ。

 

【我、世を統べる者なり 汝は何故ここオリュンポスに存ずる?】

 

何処からか腹に響く重々しく且つ威厳を感じる大地を従わせる声音が鼓膜をつついた。

 

{オリュンポス、ギリシア神話に登場する全能の神ゼウス以下神々が住まう宮殿があると言われる霊峰この柱は十二神を表していたか。}

 

【我の問いに答えよ 汝は何故ここに存ずる?】

『こっちが聞きたいんだが全能の神ゼウス。』

 

呼び捨てにした瞬間背後からビリビリと音が聞こえ続いて放たれた雷をサイドステップで避ける。その距離十m。

 

【我の『雷霆』を避けるか。何故距離を取る?】

『あんたがその気になればこの【空間】を消し去ることは容易い。だが俺がいることでそれはできない何故なら俺の両隣にはあんたにとって大切な娘と息子を祀る柱があるからだ。それにあれは俺の力量を測るための奇襲だろう?わざわざ雷が起こる予兆を気付かせたのだから。』

 

返事は返ってこないが笑っているのだろう空気が柔らかくなった。

 

【クハハハハハ!やりおるわさすがこの『空間』に辿り着いただけはある。良かろう我の姿をとくと見よ!】

 

ゼウスは高らかに名乗り俺の前の玉座に落雷が発生しそこから王冠をかぶった男が現れた。その佇まいはすべての神の頂点に立つ存在であることを如実に示すように威厳がこもっていた。

 

{誰も姿を現せとは言ってないんだがな。まあいいか自分から現れてくれるならそれでいい。}

 

全能の神ゼウスに対してとんでもなく失礼な態度をするが気にした様子がないのでそのままでいよう決めた。

 

【それで何故ここに来た?】

『それを知りたいのは俺の方だ。気付いたらここにいたのだからというより知っているんだろ?俺がここにいる理由を。』

【何故そう思う?】

『さっきあんたが言っただろ?【何故ここに存ずる】と。あれは俺をここへ連れてくることができたことに対する俺への質問だろう?』

 

ゼウスは真剣な顔から優秀な生徒を褒めるようににかっと笑い答えた。

 

【洞察力は我が見てきた人間の中で群を抜いておる褒めて使わす。まあ、我が其方をここに連れて来たのは我の〈魔法〉を使えると確信したからだ。四葉零を知っておるだろう?】

『別次元の俺だよく知っていたな。』

【我は全能の神ぞ知らぬことなどない。】

 

何故か胸を張るので「全能の神」という肩書きとのギャップがあり白けてしまう。ここに来たときの話し方は演技なのだろうかこちらが素なのかもしれない。まあ、その方が話しやすいので気にはならないからいいが。

 

『で、【雷霆】を使えと言うのか?悪いが俺は教えて貰う気はない。』

 

ゼウスは片眉を上げ不思議そうに問うてきた。

 

【このゼウス直々の教えを断ると申すか?】

『俺は自分の力で復讐を果たす只それだけだ。』

【傲りは身を滅ぼすぞ?】

『元からそのつもりだ。俺の命で自国の魔法師を救えるならそれでいい。』

【其方は再従妹に『死ぬ気なら来るな』と言わなかったか?】

『元々これは個人的な復讐だ俺以外が死ぬ必要はない。』

 

玉座に左の肘をつきながら問う全能の神を俺は冷ややかに見返す。碧眼と紅眼の視線がぶつかり合い火花を散らしているようだ。ゼウスは右手に持った木製の杖で二度床をつつく。

 

するとゼウスの両脇に女神が二人現れた。

 

克也に対して右側に立つ甲冑をかぶり槍を持つ勝ち気な美しい女性。左側に立つ銀髪に碧眼の清楚でお淑やかな女性。

 

『【戦い(戦争)と武勇の女神】アテナ【狩猟・貞操の女神】アルテミス。貴女方もよく存じ上げています。』

【父上、この男は一体何者ですか?このような神聖たる場所に人間を入れるなど許されはしません。】

【何故男がこのようなところに。そして神の頂点に立つ方への話し方ではありません。】

 

美しく厳しい声音のアテナ、柔らかく穏やかな声音のアルテミスだがどちらも俺がここにいることを良しとはしてくれないようだ。

 

【そう言うな二人とも彼はここに至れる力を備えている。】

【まさかそのような人間がいるなど。試させていただきます父上。】

 

アテナは槍を構え猛烈な突きを繰り出し突風が吹き抜ける。克也の顔に直撃し背後に抜けるが克也は微動だにせず眉を動かさずさらには瞬きさえしなかった。

 

【…私の突風を受けても立っているとはなかなかです。ではこれはどうですか!?】

 

アテナは槍の先に火球を二つ作り出し僅かな時間差を付けて放った。克也はステップで避けるが克也の立っていた場所を越えた瞬間Uターンして着地したばかりの克也を狙う。

 

紙一重で避けた克也だが右頬が焦げ髪も一房持っていかれた。

 

【さすがの貴方でも避けるのが精一杯のようね。】 

 

アテナは口元に手を当て楽しそうに笑う。克也は避け続けるがどこまでも追い掛けてくる。どうやらホーミング(追尾)機能を搭載しているようでどこまでも追い掛けてくる。互いをぶつからせようとしてもすり抜けてしまう。

 

{互いには不干渉、対象物以外にはダメージを与えないか。}

 

実際、克也は柱に背を預けるように追い込まれ火球がぶつかる瞬間自己加速魔法でその場を離脱したのだがその火球は柱を透過し傷一つ与えなかったのだ。

 

見た瞬間は柱に何か仕込まれていると思ったのだが火球同士の衝突を見る限り特殊なのは火球のようだ。

 

上から火球が迫り俺は後ろに飛んだ。その時偶然足下にあった石の破片を蹴り上げてしまい火球にぶつかり燃滅したのを見た。そして俺はある仮説を立てた。

 

{ぶっつけ本番だがやるしかない。}

 

俺は再度大きく距離を取り仁王立ちになる。

 

【諦めたの?そのまま燃え尽きなさい!】

 

アテナは俺が逃げ切れないと諦めたように見えたらしいがこれは待っているだけだ。「眼」で視界を広げ火球の中心部分を視る。中心部分に核のような塊を見つけたので左の掌を突き出す。

 

そして掌から想子の奔流が飛び出し二つの火球を呑み込み互いに相殺し合った。僅かな拮抗の後双方共に消え去りアテナは驚愕の表情を浮かべた。神である自分の力が一人の人間に越えられたのを受け入れられていないようだ。

 

【…私の〈力〉が相殺された?】

【ゼウス様が評価するだけの〈力〉はあるようですね。】

 

アルテミスは驚くより喜びを感じたように笑みを浮かべている。アテナとは対照的な感情だが何故か俺にはそれが対極の感情ではなく同じ感情を表しているように見えた。

 

『ゼウス、俺は一刻も早く〈現実世界〉に戻りたいのだが。』

【楽しみはこれからだったんだがなまあよい戻してやる。】

 

ゼウスは杖を俺に向ける。

 

『最後に一つだけ、何故俺をここに呼んだ?』

【我の興味本位だ。】

 

ゼウスは威厳のある顔を笑みで染めにかっと笑った。2095年の九校戦で九島閣下の魔法を見破った俺達に向けたイタズラの成功した少年のような笑みだった。

 

『勘弁してくれ。』

 

苦笑しながら呟くと俺の体は光に包まれた。

 

 

 

【宜しいのですか父上?】

【何が言いたいアテナ。】

 

ゼウスはアテナを見ず先程まで克也の立っていた場所を見ている。

 

【人間をこの〈空間〉に連れて来たことです。そもそも〈神の領域〉にも満たない者が何故存在することが出来たのですか?】

【奴の眼を見ただろう?あれは《紅眼(プロメテウス)》と言ってな〈神の力〉を継ぎ具現化することができる者だけに現れる。】

【つまり彼には〈神の血〉が流れていると?】

 

アルテミスは有り得ないとでも言いたげな答を出すとゼウスはご名答という風に頷いた。

 

【彼の一族は元より〈神の血〉を継ぐ一族だ。遠い昔の話であるからそれを知る者はおらんがね。】

 

二人はゼウスの説明に納得し光の粒子となって消えた。その場に一人残ったゼウスは未だにその場所を見つめる。

 

【アテナの〈魔法〉を相殺するか。互いに本気ではないとはいえ恐ろしい力だな。やはり〈伊邪那岐〉と〈伊邪那美〉の末裔だしっかりと受け継いでおるわ。】

 

ゼウスは嬉しそうに呟き雷となってその場を去った。

 

 

 

四葉家が精神干渉魔法と他家にはない強力でユニークな魔法を使うのは日本の原形〈大八島国(おおやしまのくに)〉を作り出した〈伊邪那岐命〉と〈伊邪那美命〉の血を引いているが故である。

 

そもそも精神干渉魔法など人間の内側に干渉するのは普通であれば不可能なのだ。〈精神〉というものがあると科学的に証明されていてもどこに存在していてどのような形で固体なのか気体なのか定義が定まっていないものに対して力を作用させるなど〈神の力〉そのものだ。

 

〈感情〉の度合いや種類によって魔法にどのような影響を及ぼすか四葉家でさえ完璧に掴めないのは神々がその根本を知られたくないからである。

 

四葉家に流れる〈血〉が本人に気付かないよう認識をずらすのだ。それは達也でも克也でも気付かない僅かなしかし確かな認識のズレこれが鍵なのだ。

 

そしてそれは克也達の子供にも引き継がれる。ある意味《呪い》や《枷》と言ってもいい怨まれし罪。

 

 

 

克也の意識が《異空間》にあったのは〈現実世界〉からすれば一瞬であり意識が戻った頃に亜夜子を含む魔法師に危険が迫っていた。だが弘一を除き誰もそれに気付いていなかった。


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