第百六話 結晶
「樹里姉様待って〜」
「ここまでおいで〜。」
「樹里姉様、魔法を使って登るのはズルいです降りてきてください!」
「やだ、捕まえたかったらここまで登っておいで。」
楽しそうな声が裏庭から聞こえてくる。その様子を縁側からリーナは微笑ましそうにだが少し不満そうに見つめていた。
「リーナどうしたの?ため息なんかついて。」
「あらミユキ、仕事はいいの?」
「今日は少なかったから少し休憩をね。」
声をかけてきたのは四葉家現当主の深雪だった。五年前とまったく容姿が変わらないので少しばかり嫉妬してしまう。だが同時に自分は大人びたと言われるようになった。それは前が幼すぎたということだろうか褒め言葉であっても素直に喜んでいいのか微妙なところだ。
「不満そうね。」
「分かるの?」
「なんとなくだけど。」
これが「女の勘」というものだろうか。それは男性にも女性にも通用する科学的に証明できないものだが侮れないのは事実である。
「そんなに会いたいの?」
「そりゃ会いたいわよもう半年も会ってないのよ?我慢の限界よ。」
最後に「いろいろ」という言葉が聞こえてきた。それを深雪は敏感に聞き取っていたがどう声をかければいいのか悩んでしまった。
{それってそういうことも含まれるのかしら。}
深雪自身も達也を亡くして五年あまりご無沙汰だがそう思ったことはない。それはやるべきことが多いからだろうかそれとも樹里がいるから心が満たされているのだろうか。
そこらへんは深雪に聞くべきだが聞いた瞬間に氷付けにされのがオチだ。もしくは深雪自身もその答えは出ていないのかもしれない。
そんなことを考えていたからだろうか笑みを浮かべてしまいリーナに睨まれる。
「何よ。」
「ううん、リーナがそれだけ想ってくれて嬉しいの。」
「お、想う!?」
何故か顔を真っ赤にさせて悶える様子は嗜虐心をそそられてしまいます。だからリーナはみんなから弄られやすいのでしょう。
「事実でしょう?」
「否定したら問題ありよね。」
「そうでしょうね。」
リーナは紅潮させているのとは対照的に深雪は笑顔を浮かべとても楽しいそうだ。悪女の適性があると見た者がいればそう表現したことだろう。手をあごの下に置き「オホホホホ」と言えば尚近づく。
まあ、深雪はそんな捻くれた性格はしてないし単純にリーナの初々しい反応が可愛くてもっと見たいという感情に苛まれているだけだ。
「恋愛経験が少ないのも考えものね。」
「絶対にしなければならないという強制はないから仕方ないと思うわ。貴女の場合生まれ育ったのが国外だもの。ここに来なければ経験はできなかったでしょう?」
「うん、ある意味『レプグナンティア』には感謝してる。」
リーナは視線を深雪の娘と戯れている愛娘へと移す。髪は自分とは違い漆黒だが眼は蒼色であるため親の遺伝子を双方から受け継いでいるのが分かる。
魔法を使って逃げ続ける樹里を魔法を使わ(まだ使え)ず追いかける娘は元気に満ち溢れている。そんな様子を見ると素晴らしい旦那と巡り会えたと思う。
だがそれでも恨みはある。祖国を追われた元凶の『レプグナンティア』は生涯の伴侶を見つける手助けをしてくれたがバランス大佐やカノープス少佐を信頼していた人物と永遠の別れを強制的にさせられたのだ。負の感情を抱かないはずがない。
それを発散させてくれたのは今の旦那だ。祖国から追い出した連中ではなかったが『レプグナンティア』の日本支部を壊滅させる手助けをしてくれた。完璧には払拭できてはいないが気にならない程度には減少した。だが忘れはしない二人を殺した奴らの犯した罪の重さを。
「いつ帰ってくるの?」
「あと、一週間くらいだと思うわ。今は大亜連合が存在した土地を開発する仕事をしているから案外すぐに帰ってくるかもね。」
その言葉を聞きリーナは恋する少女のように顔を紅潮させた。時折独り言で「また襲ってあげる、夜は寝かせないわ」という娘が聞いていないとはいえ口にすべきでない言葉を発しているので深雪は引きつった笑みを浮かべている。
リーナは好きな人とそういうことをしたいという気持ちが強い人間性らしく旦那が帰ってくる度にそんなことをしている。相手も嫌がってはいないので深雪も口を挟まずにいる。
挟んでしまえばリーナから何を言われるか分からないし言われたくもない。
自分の体を自分の腕で抱きしめながら悶えているリーナをその場に残し外で遊んでいる二人を呼ぶ。
「そろそろお昼にしましょうお家に入りなさい。」
「はい、お母様!優姫(ゆうき)、行きましょう。」
「はい!樹里姉様。」
木から魔法を使って降りた樹里はリーナの娘である優姫と手を繋いでこちらに走ってくる。二つしか歳が変わらないからか同じ女の子だからか二人はいつも仲良く遊んでいる。
冬には文弥にも子供が生まれる予定なので四葉家だけではなく黒羽家も穏やかな時を過ごすことができるだろう。
「達也お兄様見ておられますか?お兄様が残した命は輝きを放ち続けるばかりです。」
深雪は空に向かってどこからか見ているであろう達也に向かってる声をかける。
魔法がお伽話の産物ではなく現実のものとして体系化された今でも「死者の国」はあると信じられている。仏教を重んじる四葉家だがこれといった宗派に属してはいない。
何故なら仏教の宗派によっては考え方が根本的に違うものもありそれぞれが信仰する宗派を選ぶというしきたりになっているからである。
吉田家は精霊魔法及び神祗魔法なので神道である。だからといって相容れない関係ではないので仲違いはない。現代においても日本人は文化に無頓着である。十月三十一日はハロウィンで渋谷のスクランブル交差点は昔から変わらず仮装した若者で溢れかえる。
十二月二十五日はクリスマスでケーキやプレゼントを恋人や友人たちと食べたり交換したりして楽しむ。
それは克也や深雪も例外ではない。仏教の行事も行いながらもそういった学生の頃に楽しんだ異国の風習も気にせず開催しているため毎年みんなが楽しみにしている。
一週間後、車の音が聞こえる度にリーナは窓から外を覗く。待ち遠しくて昨日はあまり寝ていられなかったが眠気は全くないむしろ冴えているそんな状態だ。
深雪たちは落ち着きがなくそわそわしているリーナを微笑ましげに見ている。三十路になっても付き合いはじめのような初々しい行動をとっていれば和んでしまう。
何度目かもしれない残念感を抱いていたリーナだが玄関の引き戸が開けられる音を聞き駆け出した。
そして引き戸を開け入ってきた想い人に抱きつく。半年前に会って以来顔も見れず声も聞けなかった寂しさを取り戻すかのようにすがりつく。
「お帰りなさいませ。」
深雪の淑やかな礼に微笑み自分に抱きついている妻の背中を軽く叩きながら返事をする。
「ただいま深雪、リーナ。」
優しい笑みを浮かべる克也に深雪も華のような笑みを浮かべた。
次話で完結するだろうと思いますお楽しみに。