罪と罰
達也がこの世を去ってまだ半年。当主の夫であり四葉家のジョーカーまたは国の抑止力でもあった達也の損失は非常に大きかった。
この機を狙って四葉家を陥れるような輩は現れなかったが『グレート・ボム』の使用者がこれまでの戦闘に参加していないことを知った大亜連合や新ソ連は侵攻を開始した。
達也が『グレート・ボム』の使用者だと看破されてはいなかったがある程度の予測はついているようだった。
大きな水柱が上がり多くの艦隊が海原から消え去った。水柱を起こした本人は対馬要塞からその場所を見つめている。
「これで5つ目か一体いつまでこんなことを続ければならないのか。」
自分の口から溜息が漏れる。表情も暗く無残に命を奪うことを忌避しているかのようだがこれは命令であるため従わないわけにはいかない。従わなければ国が焼け野原になり自分の大切なものまで失くすことになる。
それだけは阻止しなければならないそれが自分がここにいる理由だ。
「そう悲嘆に暮れる必要はないと思うけどね。」
声をかけてきたのは真田少佐だった。彼は今作戦主任を任されているため実質的に俺へ『レーヴァテイン』の発動を命じる司令官でもある。
「自ら人を殺しているんです心を病んでも仕方ありません。」
そう、自分の手で殺しているのは敵とはいえ命令に従って進軍してくる魔法師または軍人なのだ。半年前の復讐とは違い完全な敵(条約を破られている時点で敵だが…)とは言えない相手を跡形もなく消滅させるのは心にくるものがある。
「それは致し方がないこと。君が望んで人を葬っているわけではなく上からの命令だ君が悔やむ必要はない。」
「どちらにせよ命を奪っていることには変わりありません。」
俺が今受けている命令は『感知可能範囲に敵艦が接近次第消滅させよ』という無慈悲極まるものだ。国家公認戦略級魔法師である俺は国に従わなければならない義務がある。
国を守り敵を払拭するそれが俺の存在意義だ。『実名と写真を公表しない代わりに国の要請には必ず従う』これが四葉家が国と交わした密約。俺の意思は無視され何があっても国から命令が下れば従わなければならない。
たとえ新しい命を宿した妻を不安にさせることになっても。
もちろん四葉家当主は反対したが国は折れなかった。四葉家が日本にいられるのは政府が認めているからであり十師族の一角を担う四葉家でも逆らうことはできない。逆らえば国家反逆罪の罪に問われるため渋々要求を受け入れた。
だがそれは達也つまり『大黒竜也』の欠損が大きかったことを如実に示している。自分以外の公認戦略級魔法師である『五輪澪』は体が弱いため多くの場合自分が出征させられらのは予測していた。たが自分が公認戦略級魔法師として報道されてからは彼女は一度たりとも出征していない。
それはついに魔法行使の反動に体が耐えられなくなったということである。だから三人いたはずの戦略級魔法師は俺一人となるため多くの場合俺が赴くことになる。
『レーヴァテイン』がまた一つ、大亜連合の艦隊を燃滅させた。これで六発もの『レーヴァテイン』を発動させているが疲労はない。どちらかというと敵戦力を潰す方が精神的なダメージを与えている。
「敵艦隊撤退を開始しました!」
部下の命令を聞いた真田は的確に指示を出し『神代要』に声をかける。
「神代特尉、任務完了です。」
「了解しました。」
返事をし{ムーバル・スーツ}のヘルメットを外す。風が頬を撫でるがそれは消え去った命を自分に吹きかけているように感じられた。
艦隊を半分ほど壊滅させ撤退した大亜連合の今後は統合幕僚会議での決議によって決定されるため俺は一時的な帰宅を許可された。
統合幕僚会議は二日後に開始され三日間の日程で行われる。大亜連合本土への攻撃は作戦立案や準備があることを踏まえると二週間後までの間に自分に報告され赴くことになるだろう。
新ソ連の攻撃は佐渡島で九島家と一条家の両当主を含む義勇軍が海軍と共に応戦している。俺が大亜連合を直接叩くかは分からないが終了次第援軍と共に派遣されるのは決定事項だ。
『パレード』と『爆裂』を以てしてでも広範囲の魔法ではないため殲滅は不可能であり戦いが長期化する。軍の特殊長距離ミサイルも効果はないことはないがやはり決定打に欠ける。だから俺が赴かなければならない。
本家に帰るのは三ヶ月ぶりであるからか安堵感が溢れてくる。だが、この気持ちは嫌いではないむしろ好きな感情だ。自分の家だと思える大切な居場所があることは当たり前ではない。現に俺の友人である将輝の参謀の吉祥寺には自分の家はないのだから。
それも新ソ連佐渡島侵攻(新ソ連は今でも否定しているが…)によるものなので成敗しなければならない。
入り口の引き戸を開けると懐かしい四葉家特有の芳香の香りがした。今は昼食の時間帯であるため迎えは来ず静かだ。廊下を歩きながらまず会わなければならない女性(ひと)に会いに行く。
「ただいまリーナ。」
プライベートスペースのドアを開け名前を呼ぶと抱きつかれた。
「カツヤ!」
あまりの勢いに数歩後退ってしまうが可能な限り衝撃和らげ受け止める。
「あまり走るなよお腹の子に悪影響だ。」
「安定期だから少しぐらいは大丈夫よ。」
三ヶ月前と変わらない気の強い性格は今でも健在なようだ。健康であるならば文句は言えない。
肩を抱きながらソファーに誘導し腰を下ろすとリーナはゆっくりと体を横たえ俺の膝に頭を乗せる。三ヶ月前も帰ってからこのような膝枕をしているので恒例行事だ。
愛しい相手(ひと)とのボディータッチは心が一番安まる時であるから拒否はしないし喜んで受け入れる。絹のような肌触りの良い黄金の髪を一本ずつ見て回り枝毛や極端に短いものを探す。
魔法を使えばこの程度すぐ終わるがお腹の子に悪影響になるかもしれないし何よりこうやって近くで細かい作業をするのが克也の最近の趣味だ。
「枝毛多いぞシルヴィーさんにしてもらわなかったのか?」
「カツヤにして欲しかったから残してたの、悪い?」
字面では怒っているようだが人の悪い笑みを浮かべながら聞いてくる様子は怒る気になれない。
「ありがとうと言っておくよ。」
苦笑しながら答えるとリーナは嬉しそうに頬を染める。リーナは感情が表に出やすいがそれはリーナの心が自制できていないのではなく自制できること以上の感情が溢れているだけだ。
それに最愛の人に喜んでもらえること以上に嬉しいことはないのだから今ぐらい爆発させてもいいだろう。
リーナは両手を克也の頬に添え無理矢理引っ張った。すると互いの唇自体が互いを求めるかのように接近し長い口添えが終わる。
唇を話した二人の顔は少し赤い。それは羞恥からなのかそれともまた別の感情からなのだろうか。
思いのほか長いリーナとの団らんを終えた克也は次に会うべき人の部屋へと向かった。途中使用人と遭遇し会釈を交わし目的地へと歩を進める。
ノックをして許可が下り中へと入る。そこには娘を横に寝かせながら事務処理をしている妹の姿があった。
「お帰りなさいませ克也お兄様。」
「ただいま深雪、たつ…。」
昔からの癖で深雪の名前の後に今は亡き弟の名前を呼んでしまいそうになる。長年の癖はなかなか抜けてくれずこうして微妙な空気になってしまう。
「久々に帰ると落ち着くな。」
「もちろん私達の『帰る場所』ですから。」
何事もなかったかのように振る舞う克也に深雪も合わせて答える。空気の変化を感じ取ったのか樹里がぐずり始めたので深雪は抱き上げるが一向に泣き止まない。仕方なく克也に預けると先程までの泣きが嘘のように止まり克也に笑顔を向ける。
「ぱ~ぁぱ。」
まさかの言葉に克也は驚き深雪を見る。
「話せるようになったのか?」
「ええ、先月。克也お兄様のことを父と思っているようですね。」
「困ったな血縁的には叔父なんだけど。」
この歳で叔父という立場はほんの少し違和感があるが魔法師の間では珍しいことではない。四葉家が特殊だったのもあるので克也達が戸惑うのは普通のことだ。
頭を優しく撫でてやると安心したのかあくびをして再度寝てしまった。すぐ眠りに落ちてしまった愛娘を見て深雪は苦笑するしかなかった。
深雪自身も克也に頭を撫でてもらって眠りやすくなったことがあるので気持ちが分かるのだ。だがそれは小学生の頃の話でありここまで幼くはなかったので克也は何かしら特異体質なのかと疑問に思ってしまう。
「いつ戻られるのですか?」
「未定だが二週間の間に連絡は来るだろうねだからこの間にリーナとイチャイチャしとくよ。」
大事な話だというのに惚気る克也を見て深雪はげんなりするより喜びを感じていた。達也を失った哀しみは深雪も感じたが克也も深雪と同等かそれ以上に悔しさを感じているのだ。
達也が亡くなってからしばらくは落ち込んでいた克也だったがその克也を立ち直らせたのは他でもないリーナだった。深雪は達也が残した命「樹里」がいたから喪失感は少なかった。
リーナの底なしの明るさに助けられたことで克也にもリーナを愛する感情が湧いたのだ。もしかしたら克也が言っていた「水波以上に愛せる女性は現れない」という言葉は間違っていたのかもしれない。
克也は気付いていないかもしれないがリーナに向ける愛は水波に向けていたものと比重は変わらない。もしかしたら克也は愛した女性への気持ちは「同等に愛する」という人を比較しないということなのかもしれない。
アイデアが浮かばず苦戦しています。あとどれくらい続くのか検討もつきませんww。