魔法科高校の劣等生~双子の運命~   作:ジーザス

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1ヶ月ぶりの投稿です。MEMORYIES編ではありませんが楽しんでもらえれば嬉しいです。


if編
~市原鈴音が婚約者~


「そういえば克也君、市原先輩とはどうなの?」

 

昼食中に突然エリカがそんなことを聞いてきた。口に入っていたものを飲み込んでいたから良かったものの、残っていれば吹き出してエリカから叱咤されていたことだろう。

 

それだけの破壊力をもった言葉だった。

 

「いきなりだなエリカ。そこまで気になるか?」

「そりゃね。克也君の初恋の相手だもん気にならない方がおかしいよ」

「みんなもそう思うのか?」

「もちろんだ」

「そうだね」

「もちろんです!」

「もちろん」

「もちろんです」

 

レオ、幹比古、ほのか、雫、美月の順の反応だ。

 

確かに鈴音と付き合っているという噂は付き合い始めてからすぐに広まりクラスメイトはいざ知らず、何故か上級生から敵意のある視線を向けられた。

 

その時に鈴音が上級生の間でも人気な女子生徒だと初めて知った。

 

それを本人に伝えると「その程度で噂をするような男性は嫌いです」とはっきりと申されていた。美人な鈴音が噂の的になるのは仕方ないが噂とは渡り歩く間に、尾ひれがつき一人歩きすることだってざらにある。

 

そういうのが鈴音にとって腹立たしいのだろう。

 

「そういえばここ四ヶ月の間何もないな。久しぶりに電話でもしてみるよ」

「どうなったか教えてね」

「誰が教えるかよ」

 

互いに茶化し合って昼食に戻った。

 

 

 

 

その日の夜、俺は自室の映像電話から鈴音へ連絡を取っていた。

 

『お久しぶりですね』

「怒ってる?」

『若干ですが』

「ごめん」

『それは仕方ないことです。私は受験生で貴方は四葉家次期当主候補であり【吸血鬼事件】の対策。これだけ忙しければ会えなくても連絡が取れなくても』

 

悲しげに眼を伏せる鈴音に申し訳なくなってしまう。それだけ我慢していたのだろう俺もエリカに気付かされてから会いたくてたまらなくなった。

 

「久しぶりに会わないか?」

『デートですか?』

「そうだな。俺と鈴音がお互いに初めてのデートだ嫌だったか?」

『滅相もない!』

「おお…」

 

画面越しにも感じてしまった鈴音の行きたい欲が凄かった。

 

「いつがいい?」

『学校はほぼ自由登校なのでいつでも大丈夫です』

「じゃあ、明後日の土曜日の午後からでいいか?俺は学校帰りだから制服だけど」

『構いません。久しぶりに貴方の制服姿を見たいので』

「じゃあ俺も鈴音にお願いするよ。制服でよろしく」

『本気ですか?』

「ん?ダメだったか?鈴音の可愛い制服姿が見たかったんだが残念だ」

『あう…///』

 

今回の判定、克也の勝利というわけではなく唯単に鈴音は嬉しかっただけだ。克也は本心を打ち明けただけだったがそこまで鈴音の心を考えていなかった。やはり克也は朴念仁である。

 

「じゃあ、明後日コミューター乗り場一高前でよろしく」

『はい!』

 

鈴音の心から嬉しそうな笑顔を見て克也は自分の疲れた体が癒やされる気がした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日の吸血鬼の捜索もいつも通り空振りに終わった俺だったがそれほど気にせず、次の日に学校へ少しばかり気分が高揚させて行った。

 

午前の授業が終わると俺は速攻で教室を出てコミューター乗り場の一高前へと駆けていった。学校が終わってから10分後、俺は乗り場で大切な人の捜索をしていた。

 

数分後、柱に寄りかかって周囲に視線を向けて誰かを探している一高の制服を着た女子生徒を発見した。

 

少しばかり脅かそうと思い背後から忍び寄り左手で口元を押さえて、耳元で普段出さないような低い声音で呟く。

 

「動くな。動けば殺す」

 

そう行った瞬間、鈴音の体が強ばり首を激しく振り始める。そして左手に何か生暖かい液体が触れるのを感じたので少しばかり覗き込み手の平を見てみると濡れていた。

 

本気で怖いのだろう涙が頬を伝っている。

 

「というのは冗談だ。久しぶりだな鈴音」

「克也さんはひどすぎます!本当に怖かったんですよ!?」

「いや、そこまで怖がられるとは思ってなかった。俺だと認識して貰えると思ったんだけど」

「克也さんは他人を演じるのが病的に上手いんですからいくら私でも気付けません!」

「病的って…ひどいな」

 

どちらかというと本気で泣かした克也の方が酷いのだが病的と言われてうなだれる様子を見ると克也が一方的に悪いとは言えなくなってしまう。

 

「じゃあ、前置きはこれぐらいにしてデートを始めようか」

「…今のが前置きですか?今ので心底疲弊したんですけど」

「じゃあ今日は無し?」

「行きます!」

 

克也の悪戯少年のような微笑みに鈴音は顔を真っ赤にして叫んだ。

 

その様子を見て克也は嬉しそうな笑みを浮かべて鈴音の左手を優しく握り目的地へと向かうためにコミューターに乗り込んだ。

 

そのときの鈴音は恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうだった。

 

 

 

その日、帰宅した達也と深雪の家に真夜がどこかに失踪したと慌てた葉山から連絡が届いていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

鈴音が卒業してからほぼ一年が経とうという頃、叔母の真夜から衝撃な言葉を言い渡された。

 

『来年の慶春会に市原鈴音さんを連れてきなさい』

「は?」

『言葉通りよ拒否はありませんから。それとこちらに来るときは達也さんと深雪さんとは別に来て貰います。2人が直系だと知らせるのはそのときです』

「…わかりました」

 

項垂れながら克也は頷いた。

 

 

 

「…ということなんだが問題ないか?」

『……四葉家本家からの要請ですか?』

「というより強制だな叔母上の口調からすると。嫌だったか?」

『嫌ではなく怖いんです』

 

そりゃ怖いだろう「四(死)の研究所」と呼ばれる場所に赴くのだから。

 

俺が四葉家の直系であると知って付き合っていたとしても、悪としか言い様がない噂が流れている場所に行くのだ。

 

頭で行かなければならないと分かっていても心が危険だと、行ってはならないと危険を知らせているのだと映像越しでも困惑している表情でわかる。

 

「すまない迷惑をかけて」

『謝らないでください。わかりました両親には友人と旅行に行ってくると伝えますので気にしないでください』

「ありがとう。19日に迎えに行くよ」

 

笑顔で電話を切った。

 

 

 

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本家に赴く日に達也と深雪を先に送り出した後、花菱兵庫さんが運転を務めるセダンで本家に向かった。

 

隣には緊張で顔が強張っている鈴音の右手を左手で優しく包み込むと涙をうっすらと浮かべている顔を俺にむけてきた。

 

不安を取り除くように優しい笑みを浮かべると鈴音は少し気が休まったのか周囲の景色に視線を向けている。

 

小淵沢駅から山に向かって走る。山を抜けるための唯一の道にあるトンネル内の分岐点に俺が無系統の特定波形の想子波をある地点で放つ。

 

するとどこからともなくゲートが開き別の道が現れた。

 

「今のは想子波を放ったのですか?」

「大正解。特定の無系統波形をある一定の範囲内で正確に撃ち込まない限り本家に行くことはできないよ。それに四葉家本家は住所が存在しないからある意味陸の孤島だ」

 

花菱さんが運転するセダンはトンネルの途中に開いたゲートを通り抜ける。しばらくは普通のトンネルと同じような色と形でトンネルを抜けた先には村があった。

 

だがこれは「創られた村」であり四葉家本家を隠すための一角である。それぞれの家の地下には今も稼働している研究所があり四葉家関係者のみしか知らない。

 

研究者たちは四葉家に恐怖を覚えさせられているのでここでの研究内容を外部へ流出させるようなことはしない。

 

握っている鈴音の右手が僅かに強張った。

 

「感じたのか?」

「なんとなくですが…」

 

克也は「何を?」とは聞かなかったが鈴音はそれをしっかりと理解していた。それは聡明な鈴音だからこそ気付けたのであって他の人物では何も感じなかっただろう。

 

「怖がらせてごめん。今でも残っているからあまり見せたい物ではないんだ」

「覚悟してきたんですこれぐらい大丈夫です」

 

言葉はしっかりとしているが顔は怯えている。今すぐこれに慣れるような精神力を持った魔法師はそうそういないだろう。

 

 

 

車庫に車を止めた後も鈴音の顔色はさえなかった。克也や達也、深雪は幼い頃からここで生まれ育っているため感じることがあっても精神的に病むことはない。

 

克也と鈴音は達也と深雪とは違う部屋に通されしばしの間心を落ち着かせていた。水波は達也と深雪とともに本家に入っているためここにはおらず、おそらく使用人として今頃走り回っていることだろう。

 

温かいお茶を飲んだことで落ち着いた鈴音の顔には血の気が戻りいつものような笑みを浮かべていた。

 

「克也様、鈴音様。お食事の準備が整いました奥の食堂にご案内いたします」

 

しばらくしてから水波が俺たちを叔母が客人と食事をする部屋に案内してくれた。

 

「四葉家当主様とご対面ですか?」

「そうだけどそこまで萎縮しなくていいよ。叔母上は雰囲気が恐れ多いけど人としては優しい方だから」

 

再びの緊張で足取りが重い鈴音の肩を優しく叩いてやる。おそらく一番緊張しているのは鈴音だろう。

 

他の次期当主候補たちはいざ知らず、達也はそんな感情とは疎遠だし深雪も困惑はすれど何度も対面しているから慣れている。

 

「極東の魔王」や「夜の女王」と称される四葉真夜と本家で対面するのだ。いくら同世代の魔法師より肝が据わっている鈴音といえど本能的な恐怖を覚える。

 

少しばかり歩くと大きな扉が目の前に現れその中に水波の指示通り入っていく。

 

 

 

 

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「深雪さん、貴女を次期当主に指名します。期待を裏切らないよう頑張りなさい」

「…はい。期待を裏切らないように誠心誠意精進して参りますのでよろしくお願いします」

 

深雪、達也、克也、鈴音に残るよう指示しそれ以外の次期当主候補たちは退席していった。それを確認後、真夜は真面目な顔を深雪に向ける。

 

「深雪さん、次期当主ともなれば婚約者を決めなくてはなりません。十師族の一角を担う四葉家としては自由な恋愛をさせてあげることはできません。結婚相手を伝える前に大切なことを伝えます。これは深雪さんも達也さんも克也、鈴音さんも例外ではありませんよ」

 

その言葉に4人が背筋を正す。

 

「克也と達也さんは本当の兄ではありません」

 

衝撃の告白に全員が驚愕する。今の今まで血の繋がった兄妹だと信じていたのにそう言われると疑ってしまう。

 

「叔母上、それは事実なのですか?」

「ええ、だって貴方たちは私の実の息子なのだから」

「…後ほど詳しくお聞かせ願えますか?」

「ええ、親子水入らずで話し合いましょう。深雪さん、貴女の結婚相手は達也さんです克也は補佐として仕えてあげて下さい」

「わかりました」

 

喜びに満ちあふれ涙を流している深雪を白川夫人に連れられて退室し、達也も一時期的に退室を命じられたので今食堂にいるのは鈴音を含む3人だけとなった。

 

「市原鈴音さんいえ、『一花』鈴音さん貴女は何故ここに呼ばれたかおわかりですね?」

「…克也さんの結婚相手としてですか?」

 

疑問系ではあるが答えを出した鈴音に真夜は満足そうに頷いた。克也もそれは予想していたのでそれほど驚くことはなかった。

 

「私がエクストラ(数字落ち)だと何故知っているのですか?」

「四葉家の情報網を駆使すれば容易いわ。ご両親には許可を頂いています。克也の婚約者を受け入れて貰えるということでいいですか?」

「はい、これからよろしくお願いします」

 

真夜が失踪したと葉山が慌てていたのは鈴音の婚約を許可して貰うために真夜自らが市原家に赴いていたことだった。

 

「受け入れてから聞くのは筋違いだと思いますが私でいいのでしょうか?」

「今更ですね。貴女も克也も離れるつもりはないのでしょう?」

 

真夜の言葉に鈴音と克也は同時に頷く。

 

「無理矢理引き離す必要はありませんから」

「叔母上は先程自由な恋愛は認められないと仰いませんでしたか?」

「それは深雪さんが次期当主だからです」

「それだけとは思えません。強力な魔法師は多くの子孫を残すことが求められています。それならば深雪の婚約者が達也ではなくても良かったのでは?達也が深雪を手放すという本来有り得ない条件でですが」

 

別に鈴音と婚約したくないわけではなく深雪と達也が婚約することが妬ましいわけでもない。魔法師は世間体を気にする。

 

それは強力な魔法師を抱える家系に多いそれも十師族にこの傾向が強い。師補十八家やナンバーズも例外ではない。

 

「叔母上に不幸があったのも原因であるかもしれませんが今の四葉家は血筋が少ないです。深雪はとても強力な魔法師でありますから達也との婚約に異議を唱える輩がでてくるかと思います」

「出てくるでしょうね間違いなく。でも心を鬼にしてまで2人の関係を破棄しようとは思っていませんよ。私が経験出来なかったことを2人には経験してもらいたい。幸せとはなんなのか知ってほしい私のような不幸を味わってほしくないから」

「お気持ち理解しました。節度を弁えぬ言動の数々お許し下さい」

「気にしていないわ克也の疑問は当たり前のことだもの。さて鈴音さん、慶春会で貴女と克也の婚約を発表しますので今日から自分自身を磨きなさい。普段から美人ですけどそれ以上に輝きをもって参加者の度肝を抜いてやりましょう」

 

話の後の変わりように鈴音は一瞬眼を見開いたがすぐに我に返り水波に連れられて鈴音は食堂をあとにした。

 

その後、克也は外で待機していた達也と共に真実を聞きに真夜のプライベートスペースへと向かった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

真夜の言葉が虚実だったことが達也の能力でわかったことで克也は少しばかり安堵して部屋へと戻っていた。

 

何故安堵したのかは自分でもわからない。遺伝子に手を加えられているとはいえ、どちらとも同じ遺伝子から生まれた血の繋がった兄妹であるということだけでいい。

 

それだけの理由があれば深雪の兄として生きられるのなら遺伝子レベルで離れていようと心は繋がっている。

 

本家に来たときに通された部屋に入り寝室を覗き込むと固まった。

 

{達也よこれは一体なんだ?}

{そっちもか克也。これはなんだろうな}

{仲良くしろってことだろう}

{…そういうことをしろと?}

{アホか、慶春会前にそんなことをしてみろ笑われるぞ。おそらく叔母上は俺たちが困惑するのが見たいんだろうさ}

{…なかなか良い性格をされているよ。深雪が来たから切るぞ}

{了解、鈴音が帰って来たから俺も切る}

 

「念話」を切ると鈴音がドアを開けて入って来た。

 

「遅くなってすいません…っこれは!」

「言っとくけどこれは…っ!」

 

鈴音は寝室に布団が一枚と枕が二つあるのを見て、克也は風呂上がりの鈴音の姿を見て固まった。

 

布団が一枚と枕が二つということは同じ布団で近くで寝るということである。いくら交際して婚約許可をもらった鈴音と言えどその日にこれがくるとは思っていなかった。

 

何人もの使用感に磨かれたであろう鈴音は普段から美人であったが今は五割増しだ。湯が暑かったのかうなじや頬が少し紅く真冬の部屋であっても単衣で寒くなさそうだ。

 

「…言っておくがこれは俺が敷いたんじゃないからな。来たらこうなっていたんだ」

「…いえ、疑ってはいません」

「「…」」

 

その後どちらも無言となり何を話せば良いのかわからず沈黙してしまう。気まずい沈黙は数分間続き互いにどうにかして話しかけようとするがどう声をかければ良いのかわからず言う直前で止まってしまう。

 

「テ、テレビでも見るか?」

「え、ええ」

 

へたれか!と突っ込まれそうな言葉をどうにかして紡ぎ出した俺は返事を聞いてすぐにテレビのリモコンを押した。

 

「なっ!」

「っ!」

 

まさか付けた瞬間の映像がドラマのベッドシーンとは思わず、寝室にある敷き布団一枚と枕二つを思い出してしまう。鈴音を見ると顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

刺激が強すぎたのかもう声をかけるのも茨の道に思えてきた。

 

「…俺はソファーで寝るから布団は鈴音が使いなよ」

「一緒に寝ませんか?」

「…ん?」

 

聞き間違えだろうか「一緒に寝よう」?俺の耳が可笑しくなったのだろうかそこまで耳を酷使したつもりはないのだが。まさか一年の頃の将輝の「偏倚解放」の後遺症が今頃出てきたのだろうか。

 

「俺の耳可笑しくなったかな一緒に寝ようって聞こえたんだけど?」

「聞き間違えではありませんそう言いましたから。…思い出させないでくれませんか?とても恥ずかしいのですけど」

「ごめんなさい」

 

深々と謝ると鈴音は悪戯が成功して喜んでいる無邪気な子供の笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、そんな姿を見れるとは思いませんでしたね」

「…狙ったのか?」

「偶然と言ってほしいですね」

「誘導尋問の間違いだろう?」

「どちらでしょうね」

 

一歩近づくと同じように一歩下がる。もう一度。もう一度。

 

何度繰り返しても結果は一緒。そうこうしているうちに鈴音の背後は寝室の入り口に到達していた。寝室は和室なので襖が開け閉めするのだが今は誰も寝ていないので絶賛開放中である。

 

襖があるのでもちろんレールがある。そこは僅かに段差があるのだが今の鈴音と克也は目の前のことに精一杯(二重の意味)でその事を忘れている。

 

「観念してもらおうか鈴音さん」

「しないと言えばどうしますか?」

「力尽くでも謝罪させる」

「そう上手くいくでしょうか」

「どうだろうな。相手は九校戦の作戦部長だから容易ではないと考えている」

 

克也がもう一歩踏み出すと鈴音は一歩後ろに下がり件の段差に足を乗せる。すると鈴音が体勢を崩した。

 

「きゃっ!」

「鈴音!」

 

倒れそうになった鈴音を助けようと克也は腰に手を回し抱きとめようとしたが鈴音が克也の首に両手を回してきた。

 

「なっ!」

 

予想外の行動に体勢を崩した克也は鈴音を下にした状態で寝室の布団に倒れ込んでしまう。

 

倒れた瞬間顔が柔らかい物に当たった気がしたので視線を向けてそれを見た克也は硬直する。

 

チラッ

 

克也は視線をその上に向けたのだがまたしても体を硬直させた。

 

「…何故笑っている?」

「計画通りだったので」

「全部こうなることを予測していたのか?」

「そうでなければあの言い方はしませんよ?」

 

上手く誘導されたものだと克也は脱帽する。それよりも疑問に思うのは今の体勢だ。倒れたことで単衣がはだけてあられもない姿になっている。

 

普段は制服越しで見えない鈴音の肌に克也は若干赤面する。同じように自分の積極的すぎる行動に鈴音は顔を紅くしている。

 

「続きしますか?」

「…本気で言っているのか?」

「貴方にしかこんなことは言いません。いえ、この言い方は本音とは違いますね。貴方だからこそこんなことを言えるんです」

 

鈴音の眼は本気だ。顔が紅くとも眼はいつもの鈴音の眼の光を放っている。

 

「その気持ちは無きにしも非ずだが今は抑えておこう。学生の鈴音になにかあれば困る」

「優しいんですね」

「鈴音を大切にしたいからな」

 

そう伝えると涙を流しながら俺をそっと抱き寄せた。その涙が喜びからくるものであると俺は察していたので何故涙を流しているのを聞かなかった。

 

頬を流れていく涙を左の人差し指でぬぐい右頬をその手で触れる。

 

暖かい。

 

それは体温からくるものではなく心の強さからくるものであると直感した。鈴音の心の強さが誰よりも強固なものであることを知っているから気付けたのかもしれない。

 

「私は貴方とこれからを歩めるのが嬉しくてしょうがないです」

「それは俺も同じだ。愛してる鈴音」

「私もです克也」

 

どちらからともなく互いの唇が近付き触れるだけの口付けをする。僅かに触れる密着面から互いの体温を感じお互いがどれほど想っているのかを認識する。

 

「おやすみなさい克也」

「おやすみ鈴音」

 

一つの布団の中に入り二つの枕を寄せて互いの顔を見合いながら言葉を交わす。

 

互いが互いを認識することで満たされる。それは一種の独占欲であり依存欲であるが適度な割合であれば生きる糧となる。

 

二人はそれを無意識のうちに理解し必要な言葉だけを伝えている。

 

本当に想いのこもった「言葉」とは短いものである。長々と気持ちを伝えるより単体で率直に伝える方が相手にはその気持ちの強さが伝わる。

 

「短い言葉」はそれに想いが集中しているからこそ伝わる。長々と語られてはどこに本音があるのか理解し難い。全てにこもっていたしとしても伝わらなければ意味はない。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「この度司波深雪さんを次期当主に決定いたしました。それにともない『私の息子』である達也を婚約者とします。また『私の息子』の克也が市原鈴音さんと婚約しました。暖かく未来を見守っていきましょう」

「当主様『私の息子』とはどう意味でしょうか?」

「そうでしたね。いい機会ですからみなさんにお伝えしましょう」

 

真夜は分家の一家からの質問にテヘッと言いそうな表情で応える。

 

「『あの事件』が起こる前に私から採取していた卵子を遺伝子提供を元に姉の深夜を代理母として生まれたのが克也と達也です。遺伝上は深雪さんとは従兄妹同士となりますね」

 

真夜の説明に納得したのか質問者は頷き席に座った。だが真夜の説明は嘘が混じっている。

 

一つは克也と達也が真夜の実子ではないこと、深雪と二人が従兄妹同士ではないということ。

 

この二つが分家にも明かしていない秘密である。それを分家や四葉関係者が知ることは決して訪れないだろう。何故ならば五人がそのことを最重要機密として心の奥底に封印したからだ。

 

 

 

慶春会後、四葉家から魔法協会に対して新年の挨拶とともに「次期当主の決定と婚約」、「次期当主補佐の決定と婚約」を正式に師補十八家だけではなく百家及びナンバーズにも伝えられた。

 

 

 

「まさか二人が四葉家の直系だとは思いもしませんでした」

 

自宅に帰る前日にそう嘆息するのは晴れて克也の婚約者となった鈴音だ。知ったのは婚約の許可をもらった日のことだったが今それを克也に話しているのは機会がなかったからだ。

 

次の日からは慶春会のために作法や服装選びなどでそのことを考える暇がなかったからだ。

 

「なんとなくは予想してたんじゃないのか?」

「司波君はともかく司波さんは可能性があると思っていました。あれだけの魔法力ですから」

「だろうな。誰にも引けを取らない圧倒的な魔法力あれを目の当たりにすれば否応無くそう思うよ。むしろそれに疑問を持たない方が不思議だ」

 

二人はソファーに並んで座っている。鈴音は克也の左手に抱き寄せられた状態であるため少しばかり顔が紅い。

 

「学校が始まれば大変だろうが頑張ってくれ。可能な限りは迎えに行くから」

「無理しないでくださいね?どうせ帰宅すれば会えるんですから」

 

克也と鈴音は明日から二人だけの家で暮らすことになっている。克也が今まで住んでいた家からはそれほど離れた場所ではないので何かあれば互いに連絡を取りすぐに応援に駆けつけることができる。

 

双方ともに自宅を行き交うことを許可し合っているからどちらかの家に泊まっても問題はない。

 

 

水波は克也のガーディアンの任を解任されているのでフリーである。だが本人は克也から離れる予定はないつもりらしくついてくるらしい。

 

そこで克也は水波を鈴音のガーディアンにすることを決めた。

 

戦闘能力で言えば水波の方が優れている。といっても鈴音は科学者志望のこともあるし、水波は防御担当ということもあるので戦闘能力を比べるのは少しばかり無理がある。

 

二人の関係は今のところ良好だ。鈴音は水波を妹だと思って可愛がっているし水波は鈴音を姉と思って慕っている。

 

「水波はお前のことを姉と思っているからたまには二人で出かけてあげろよ?」

「もちろんです」

 

鈴音は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「おめでとうリンちゃん!」

「その呼び方はやめないんですね真由美は。でもありがとう」

 

大学の授業が始まった初日の昼食時に鈴音は真由美からお祝いの言葉をもらっていた。照れながらもどこか嬉しそうな表情でお礼を言っていた。

 

「十文字君もお祝い言いたがってたけど家の事情があるからって午前中の授業終わったら帰っちゃった」

「仕方ないですよ十文字家の次期当主ですから忙しいのは重々承知しています」

「それもそうよね高校の頃からの付き合いだもん事情は知ってるからね。それでこれからはどうするの?」

「どうするとは?」

「この先よ。克也君はまだ高校生だしリンちゃんは大学生だし学生結婚って大変よ?」

 

魔法師は多くの子孫を残すことを強く求められる。さらにそれは強力な魔法師に強い傾向があり日本社会に影響を及ぼす家系はそれに苦しんでいる。

 

それに比べれば克也と鈴音は幸運だと言えよう互いの望む相手と添い遂げる道を得ることが出来たのだから。

 

「そうですねでもどんなことがあってもやっていけますよ」

「まったくラブラブなんだから。羨ましいなそんな恋愛できて」

 

真由美は十師族の一角七草家の長女であるために自由な恋愛などさせてもらうことはできなかった。したい気持ちはあるが相手がいないということで特に何も経験は無かった。だから親友が婚約したとなって話を聞きたくなったのだ。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「ええ」

 

二人して校内のカフェテリアを出て校門を出る。明日からは通常通りのカリキュラムに入るために新年最初の登校だけがのんびりと話せる時間というわけだ。

 

「また明日ね」

「ええ、また明日」

 

鈴音の自宅と真由美の自宅は真逆にあるために正門を出ればそこでお別れとなる。魔法大学の厚壁沿いに歩いて行くと思わぬ人物に出会う。

 

「来てくれたんですか?」

「今日は学校がないからな。それに新年最初の学校となるとマスコミが殺到するのと興味本位で聞きに来る奴らもいると思ったから見に来た。その表情と周囲を見ると心配は無用だったわけだが」

「注意することに越したことはないですから」

 

鈴音が笑いかけると克也は同じように笑みを浮かべ、鈴音の右手を優しく左手で包み込む。その手を握り返して鈴音は克也の左肩に頭を預ける。

 

そのままの体勢で2人はコミューター乗り場へと歩いて行った。




そこまでこった話ではありませんがあの美人の鈴音が本心を覗かせている行動はどこか儚いく感じますね。

次話がMEMORYIES編なのかif編なのかはわかりませんので気長に待っていただけるとありがたいです。

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