「克也お兄様、達也お兄様深雪です。入ってもよろしいですか?」
「ちょうど良かった入って」
夜9時を過ぎた時間に深雪が飲み物を持ってくるのは日課だ。普段はすまなさそうに礼を言う達也だが、今回は明らかに自分を待っていたので深雪は喜びながらも不思議に思った。
深雪が地下室に入る。
「ちょうど呼びに行こうと思って…」
達也は途中で言葉を途切れさせ、克也に至ってはあんぐりと口を開けていた。深雪は思考停止させる2人の兄に、小悪魔的な笑顔でスカートの裾を少し持ち上げ膝を折り一礼した。
「フェアリー・ダンスのコスチュームか?」
「それにジャストタイミングだ」
「正解ですさすがお兄様方。ありがとうございます?」
深雪が一礼すると克也と達也の足があるべきところになかった。2人は足を組みながら空中に浮き普段と同じ位置に顔がある。
「《飛行術式》…。常駐型重力制御魔法が完成したのですね!」
克也と達也の手を取り歓声を上げた。
「おめでとうございますお兄様方!お兄様方はまたしても不可能を可能にされました!お兄様方の妹であることを私は誇りに思います!」
克也と達也は本気で喜んでくれる妹に笑みを浮かべていた。
「「ありがとう深雪」」
「これでまた目標に一歩近づくことが出来たよ。といっても克也が起動式を限界まで小さくしてくなかったら実現しなかった。深雪試してくれないか?」
「喜んで!」
深雪は達也のお願いに快く引き受けた。
「始めます」
深雪は彼女にしては珍しく興奮していた。仕方が無いことだろう。なにしろ自分が初めて兄たち以外に空を飛ぶのだから。《飛行術式》が組み込まれたCADのスイッチを押すと、想子が吸収されていくのが分かった。
しかしそれは日常で発している想子に毛が生えた程度で、意識しなければ気付かないほどの微量だ。
魔法式が構築され起動式が展開する。すると足が床から離れ体が宙に浮く。空を飛ぶことを人間は昔から望んでいた。
二世紀前には違う形で成功させたがそれは大きな機械を用いての成功であり、今回のはそれとは比べものにならないほどの小さき物で空を飛んでいる。
興奮しない方がおかしいのだ。
深雪は慣れ始めると、まるでフィギュアスケートを空中で行うかのように滑らかに滑り始めた。フェアリー・ダンスの衣装と相まって素晴らしい光景に、克也と達也はかなりの間見とれていた。
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今日はフォア・リーブス・テクノロジー略称FLTに試作機を持って向かった。自宅からは交通機関を乗り継いで、2時間ほど離れた辺鄙な場所にある。向かう間深雪は四六時中ご機嫌でたまに鼻歌が漏れていた。
「深雪?」
「はい?なんでしょうか?」
「…いや、なんでもない」
達也が話しかけるとご機嫌な顔で聞き返してきたが達也は言葉を濁した。それに気にした様子もなく深雪はまた鼻歌を漏らし始めた。達也がアイコンタクトで{何があったんだ?}と聞いてきたので{俺にもわからん}と返しておいた。
2人が自分のことを不思議に思っていることを気付かずに目的地に到着した。技術力を売りにしている企業の心臓部に入るには、色々と手続きをしなければならないのだが3人が引き留められることはない。
達也はシルバー・トーラスの片割れであるし克也と深雪は兄妹なのだから。
3人が部屋に入る。
「あ、御曹司!」
するとすぐに声をかけられた。この場所以外ではないことだが深雪ではなく達也がメインに見られる。
克也は端整な顔立ちと卓越した運動能力で女性からよく声をかけられる。彼は別にそれがおかしいことではなく、仕方が無いと割り切っているのでストレスでイライラすることはない。
魔法師の場合、名前を出せば勝手に寄りつかなくなるのだが、本人は名前を出したくないのでされるがままになる。一方達也は本能的に少し危ない人と感じるので人が寄りつきにくい。
閑話休題
「こんにちわ、牛山主任はどちらに?」
深雪は自分ではなく、達也が敬意の眼差しを向けられることを我が事のように喜んでいた。達也はそんなことを知らずに研究員に尋ねると、少し遅れて名前を呼ばれた男が現れた。
「お呼びですか?ミスター」
ヒョロリと背の高いしかし弱さを感じない男は灰色の作業服を着ていた。
「今回お邪魔したのはこれです」
小型のCADを差し出すとマジマジと見始めた。
「これはひょっとして飛行デバイスですかい?」
「ええ、牛山さんが作ってくれた試作用ハードにプログラムしたものです。俺と克也、深雪は試しましたが、俺たちは普通の魔法師とは言い難いです。そこで皆さんにテストして欲しいんです」
牛山はCADを受け取るとあるだけの試験用CADにコピーさせ、テスト飛行を行うよう命じた。
1時間後、テストは無事に終わったが10人のテスターたちは大型体育館にも匹敵するほどの部屋の床で、息を切らせながら大の字に倒れていた。
なぜこうなったかというと、飛行術式のテストを行い成功したことで舞い上がったテスターたちが空中鬼ごっこを始めたのだ。
克也たちと比べると4分の1程度しかない想子量では数十分使用するだけで、あっという間に枯渇してしまったのだ。
「お前らは全員アホか?お前らの想子量じゃ長時間使える分けねえだろうが。手当代は出さねえからな」
後遺症の残るような魔法力枯渇を起こしたテスターはいなかったので、牛山もため息をつきながら軽くため息をついて終わった。
「ミスター、少し暗いようですが何か問題があるんですか?」
テスターたちの文句を無視して成功して喜んでいるようには見えない達也に声をかけた。
「やはり、起動式の連続処理が今のままでは負担が大きいようです」
「そりゃお三方と比べたら魔法力は微々たるものですから」
「CADの想子自動吸引スキームを効率化すればいいんじゃないか?」
克也が提案した。
「それは俺がなんとかしますよ。ソフトじゃなくてハードで処理すれば負担も減ります。それにタイムレコーダーも専用回路を付けた方が良い」
「「実は同じことをお話ししようと思ってました」」
「そりゃ、光栄ですな」
深雪とテスターたちを除いた技術者三人が腹黒い笑みを交わし合っていた。
その帰りあまり会いたくない人物に出会ってしまい、飛行術式のテストでの余韻が一気に冷めた。
「これはこれは、克也様に深雪お嬢様ご無沙汰しております」
2人揃ってお辞儀をする。
「お久しぶりです青木さん。しかしここには俺と深雪以外にも俺の弟の達也もいます。挨拶はなしですか?それに父さんも久しぶり。俺と深雪には入学祝いだと色々くれたり言葉貰ったけど達也にはなしなのか?」
少し怒気を含ませて挨拶する。父は軽く頷いたが何も言わない。青木と呼ばれた男は焦ることなく平然として答えた。
「恐れながら克也様、この私は四葉家の執事として財産管理の一端を任せられている者です。一介のボディーガードに挨拶をしろと言われましても、プライドというものが私にもございます」
「私の兄ですよ?」
「それでもでございますよ深雪お嬢様」
克也と深雪が限界に近いのを感じている達也は、止めるべきだと思いながらも止めなかった。ここで割り込めば青木が何を言うか分からない。それが2人を暴走させるきっかけになれば本末転倒だ。
達也は傍観を決め込んだが青木の言葉に反論しようと思ってしまった。
「恐れながら深雪お嬢様は次期当主として家中の皆より望まれているお方。護衛役に過ぎない男さらには四葉家の秩序を乱す者。そのような男とは立場が違います」
その言葉に深雪の感情が限界に来たらしく床や壁が霜に覆われていく。青木は驚きどうしたらいいか分からないようだ。仕方なく俺は青木を手助けすることにした。
悪い意味で。
「青木さん、今の言葉は誤解を生みますよ。今の言い方では次の当主は深雪に決まりだと叔母上が言っているととられても仕方ありません。それは残りの当主候補の皆様に失礼だとは思いませんか?さて、四葉家の秩序を乱しているのは一体どなたなのやら」
深雪に《癒し》を施しながら尋ねる。
青木は蒼白にしているがさらに俺は追い詰めることにした。無性に追い詰められた青木の顔がもっと見たいと思ってしまったのだ。
「先ほどのお言葉を叔母上にご報告してもよろしいですね?」
「それだけはご勘弁を!」
すると今までだんまりを決め込んでいた父が、的を外れたとんちんかんな言葉を投げかけてきた。
「やめなさい克也。お前が母さんを恨む気持ちも分からなくもないが…」
その可笑しな言葉に俺は正気を取り戻し、2人を連れてさっさと帰ることにした。
「克也…」
父が話しかけてきたので俺はドアの前で立ち止まり振り返らずに言った。
「父さん、それは勘違いだ。俺たち3人は母さんを恨んでなどいない。俺はむしろ感謝しているよ。達也と深雪、愛する2と暮らせるきっかけを時間を残してくれたのだから」
言うべきことだけを言い残して俺は去った。青木のことは真夜に伝えず水に流すことにした。
もうすぐ九校戦が始まりますよ~。