克也と達也、幹比古が思わぬ仕事をさせられたのを知らずして九校戦は開幕した。1日目の競技は、スピード・シューティングの決勝までとバトル・ボードの予選。
「会長の試合か。さて『エルフィンスナイパー』の異名の実力を見せてもらおう」
「本人は嫌っているようだから目の前で言わない方がいいぞ。討論会の前の時のようなことになりたくなければな」
達也のくぎに身を震わせる。エリカたちは何のことか分からないらしく首を傾げていた。
スピード・シューティングは30m先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。いかに素早く正確に魔法を発射できるかを競うので競技名になっている。
真由美が会場に登場すると、歓声が上がり大半が男子生徒だが女子生徒からもあったので意外に感じた。
選手が構えると辺りが静まる。
選手はヘッドセットをつけているので声は聞こえないが、開始前に静かにするのは暗黙の了解だ。開始シグナルが点灯すると軽快な発射音が聞こえると、クレーが飛び出しすべての標的が個々に破壊される。
「…流石だな。あの一瞬ですべて破壊するとは異名をつけられるのは伊達じゃない。それに去年よりさらに速くなっている」
俺でも冷や汗が吹き出るほどの腕前だった。俺の苦手分野だということを差し引いても、高校生程度の大会では割が合わないと思わせられた。そして試合はパーフェクトで終えた。
「遠隔視系の知覚魔法《マルチスコープ》も使用しているのか。同じ魔法を100回繰り返してもまったく疲労してるようには見えないな。魔法式に使う魔法力を必要最低限に抑えているからあれだけ平然としていられるのかな。〈十師族〉の直系というのは恐ろしい」
達也も同感のようで称賛しか口から出ていなかった。周りにいるメンバーは俺と達也、深雪、レオ、エリカ、美月、幹比古、ほのか、雫の9人。
そして全員会長の実力に度肝を抜かれていた。
バトル・ボードは人工の水路を長さ165cm、幅51cmの紡錘形ボードに乗って走破する競争競技だ。全長3kmのコースを3周する。水路には直線あり、急カーブあり、上り坂や下り坂、滝状の段差も設けてある。いかに素早く状況判断をし魔法を選択できるかが勝利の鍵になる。
摩莉はコース上でボートの上に腕組みをしながら立っていた。他の選手3人が片膝立ちで待機しているので女王様のように見える。摩莉の名前がコールされると歓声が沸き上がる。男子より女子の割合が高いのは、女性にしては凜々しい顔立ちをしているからなのだろうか。
合図が鳴ると一斉に飛び出す。選手の一人が水を爆破させ、大波で推進力を利用しようとしたが失敗していた。
「…使い方は間違っていないが、自分がバランスを崩すほどの威力を出してどうするんだ?おかげですでに委員長は独走状態に入っているが」
「持ち直したぜ?」
レオの言うとおり持ち直したので、後ろ3人は混戦状態になっている。
「硬化魔法と移動魔法のマルチキャストか。これは面白いな」
「何を硬化させているんだ?」
達也のつぶやきに自分の得意魔法が出てきて興味があったらしく、レオは達也に聞いていた。
「ボードから落ちないように自分とボードの相対位置を固定しているんだ」
「?」
レオは達也の説明にピンときていないようで疑問の表情を浮かべていた。
「硬化魔法は物質の強度を高める魔法じゃない。パーツの位置を固定させる魔法だ。渡辺先輩は、自分とボードを一つのオブジェクトを構成するパーツとして、その相対位置を固定する魔法を実行している。そして、自分とボードを一つの『もの』として移動魔法をかけている。それにコースの変化に合わせて定義を変化させているんだ」
達也は本気で感心しているようだ。
「加速魔法だけでなく振動魔法も使用しているのか。うちの三年の中で〈十師族〉に匹敵する実力者と言われているのもうなずけるな」
真由美は高速高精度の魔法で観客を魅了しているが摩莉は多種多様、臨機応変に魔法を使い分けているので別の意味で観客の心を掴んでいた。
「一位は確定だな」
レオの言葉に全員がうなずいた。
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スピード・シューティングは会長の優勝で幕を下ろした。すべての試合でパーフェクトをたたき出せば優勝以外に何があるのだろうか。
渡辺先輩もバトル・ボードで準決勝に進出し、女子の方は好スタートを切ったが男子は苦戦していた。スピード・シューティングでは、優勝しバトル・ボードの服部先輩がなんとか勝ち残ったがこの先が危ぶまれた。
昼頃、風間に呼び出された達也は昨日の賊は九校戦前に聞いていた無頭竜に間違いないと言っていた。ただ、何をもくろんでいるかまでは分からなかったらしい。わかればすぐに連絡するらしいが、それまでに犠牲者が出ないことを祈るしかなかった。
午後からのクラウド・ボールでも会長の進撃は続いた。急遽達也が会長のエンジニアに任命されたのは昨日の夜のことだったのだが、そんなことは関係なく全試合無失点・ストレート勝ちで優勝を飾った。
それを観客席から見ていた俺は、逆らわない方が身の安全につながるかもしれないと思った。
氷柱倒しアイスピラーズ・ブレイクは縦12m、横24mの屋外フィールドで行われる。フィールドを半分に区切り、それぞれの面に縦1m、高さ2mの氷の柱を12本設置し相手陣地内の氷柱をすべて破壊すれば勝ちだ。
千代田先輩は一回戦を最短時間で勝利していたので負けることはないと思っていた。試合は予想通り相手を簡単に倒し勝利し三回戦進出を決めた。
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大会3日目。男女ピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの各決勝が行われるので、九校戦前半の山と言われている。そして委員長の試合は白熱していた。開始合図と同時に飛び出したのは摩莉だけではなく、七校の選手がぴったりとマークしている。
「これって去年の決勝カードですよね!?」
美月が興奮しながら叫ぶ。
「流石〈海の七高〉だな。渡辺先輩との魔法力の差を巧みなボードさばきで不利を補っている」
克也の言うとおり2人はもつれ合いながら最初のコーナーに突入した。
突如七高の選手の動きが加速した。摩莉は突っ込んでくる相手を躱すのではなく受け止めるために魔法を解除する。受け止める瞬間、バランスを崩し2人同時に吹き飛ばされフェンスにぶつかった。試合中止の旗が振られているが俺たちの眼には映らなかった。
「お兄様方!」
「「行ってくる」」
達也と2人して深雪に伝えてから事故現場に向かった。
目を開けるとそこは病院の天井らしきものが見える。
「摩莉、気がついた?」
「真由美、ここは病院か?」
「そうよ」
短い会話のやりとりで自分に何が起こったのかを思い出す。
「克也君のおかげで骨はくっついたけど、念のため10日間の安静が必要だって。バトル・ボードとミラージ・バットも棄権ね。仕方ないわ摩莉、あれは意図的に仕組まれた事故だけど七高の選手はおそらく犯人じゃない。克也君は達也君と一緒に大会委員からビデオを借りて、検証してるから今ここにはいないわ」
「そうか…」
自分のせいで他人に迷惑をかけるのは嫌いだが、仕方ないことと割り切って安静にすることにした。
「達也、どうだい?」
「やはり何者かの介入があったと思うべきだな」
ここは達也の部屋だが今は委員長の事故検証のために暗くしてある。ビデオを何度も再生させ確認しているとき、ドアがノックされ顔見知りの先輩2人が入ってきた。
「千代田先輩、優勝おめでとうございます。五十里先輩もご足労をかけてすみません」
軽く二人に挨拶する。
「ありがとう。摩莉さんの代わりに勝たないとね!」
「構わないよ僕から参加させてほしいと言ったんだからね」
優しい先輩方にありがたさを感じる。
「で、どうだった司波君?」
「第三者の介入があったと考えるべきですね。ここを見てください」
五十里先輩の質問に答えながら画面を指さす。
「普通ならこのコーナーで減速しなけらばならないのに、逆に加速してしまっています」
「こんな単純なミスをする魔法師が九校戦に出るわけがないわ!」
達也の説明に千代田先輩は怒り模様だ。
「司波君の解析は完璧だけど妙だよね」
「啓どういうことなの?」
「見ての通り魔法は水中から発せられているんだ。遅延発動型術式が仕掛けられていたか、何者かが水中に潜んでいると思ったんだけど、それじゃ大会委員にばれるし潜むなら長時間呼吸するための装備が必要になる。ましてや姿を隠す魔法を使えば発見される。遅延発動型なら第一レースの選手達が気付いてるはずだからね」
そこまで説明しているとまたしてもドアがノックされた。幹比古と美月が入ってきて軽く先輩達と挨拶を交わす。
「今俺たちは事故の検証を行っている。魔法は水中から発せられているんだがどうやって発動させたのか分からない。美月、試合中に何か見えなかったか?」
「ごめんなさい、眼鏡をかけていたので分かりません」
美月が落ち込んでいるので慰めた。
「美月は何も悪くない。むしろ眼鏡を外していたと思い込んでいたこっちが悪いからな。続けますが完璧に姿をくらませる魔法は現代魔法にも古式魔法にもありません。ならば人間以外の何かが、水路内に潜んでいたと考えるのが合理的でしょう」
最初は美月に、最後は全員に説明されていた。
「…司波君は精霊魔法の可能性があると言いたいのかい?」
「ええ、それしか今の状態では考えられません」
精霊魔法は想子ではなく霊子で構成されているため、普段から想子を知覚している現代魔法師にとって見ることは困難だ。
達也のような例外を除いて。
そのため大会委員によって構成された監視員の監視を潜り抜けた可能性があるのだ。
「吉田は精霊魔法を得意としていて、柴田は霊子光に特に鋭敏な感受性を有しています。早期解決するために2人には来てもらいました。幹比古、精霊魔法でこの事故を起こすことは可能か?」
「可能だよ」
「お前にもか?」
「今すぐにやれと言われても無理だけどできるよ。地脈を理解して何度か会場に忍び込むことができて半月貰えれば僕でも可能だ。今の条件なら第二レースを第一条件、水面上を人間が接近することを発動条件とすれば、水の精霊に波または渦を作らせることができる」
「なるほどな、精霊魔法の可能性は確実か」
達也は幹比古の説明に確信に近い納得を覚えたようだが、少し早とちりし過ぎた。
「幹比古、渡辺先輩のような高位の魔法師が、簡単にバランスを崩すような強い波を起こせるのか?それだけの威力を出すにはそれなりの時間が発動するまでにかかるはずだ。余程の腕がない限りできない。それも世界でもトップの発動速度がないとね」
「そうだよ克也。その条件では水面を揺らす程度の波しか起こせないはずなんだ。精霊は術者の思念の強さに応じて力を貸してくれるもの。何時間も前から準備していては微弱なものしかできない」
幹比古も何をしたのかわからないらしい。
「話を戻すが、七校の選手のCADにも細工をされていたんだと思う。ここを見てくれ」
達也の言葉に全員が驚きながら達也が指さし画面を見る。
「普通なら減速すべきところで加速してしまっています。前回のタイムラップを見れば、渡辺先輩と七校の選手がほぼ同時にコーナーに入ることは容易に想像できます。減速術式を加速術式と入れ替えれば、間違いなくこの場所で衝突します。俺が工作員なら、優勝候補2人を一度につぶすチャンスだと考えるでしょうね」
「まさか七校の技術スタッフにスパイが…」
「その可能性も否定できませんが俺は大会委員に工作員がいると思います」
達也は千代田先輩の予想を切り捨てる。
「でも司波君そんなことができるのかい?CADは各校が厳重に保管しているけど」
達也と五十里先輩のやりとりで俺は気付いた。
「五十里先輩、CADは試合前にデバイスチェックとして大会委員に引き渡されます。検査する際に個人情報も見られますから、その時に七校選手のCADに仕組んだのでしょう。しかしいつどうやって仕組んだのかがわかりません。これは厄介ですね…」
俺の答えに全員が立ち尽くした。
試合がとんとん拍子ですがお許しを。