鈴音は論文コンペ本番前日学校を休み、リハーサルを午後に繰り下げ病院を訪れていた。同行者は克也一人だけだ。個室の中には安宿先生と千秋の姿があった。
「平河千秋さん、今のあなたのやり方では司波君の気を引くことはできません。好意は無論のこと敵意も悪意も引き出すことは難しいでしょう。」
「ええ、分かってますお連れの人に教えてもらいましたから。」
千秋の返事は学校で見たときほど棘が生えておらず現実を受け入れようとしている証拠だった。俺はそんなことを言った覚えはないが自分なりの解釈で導き出したのだろう。間違っていないので何も言わなかったが。
「千秋さん知ってますか?一学期定期考査筆記試験で司波君は圧倒的な結果を残しましたそこにいる彼を除いてですが。筆記試験第五位があなたです。九十二点普通ならトップであってもおかしくない点数ですが相手が悪かったです。しかしあなたなら司波君を追い抜く技量があると思っています。この二週間一緒に作業してきましたが司波君はソフトと比べるとハードをあまり得意としてはいないようでした。現時点でも高校生レベルを超えてはいますがソフトほど飛び抜けていません。二年生からはハードの比重が増えてきます。あなたなら司波君を追い抜くことも可能だと思いますよ。他の科目で勝てないなら自分の得意分野で競いましょう。明日会場に来てくださいきっと得るものがあると思いますから。」
そう言って俺達は退室した。
「鈴音、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですちょっとした自己嫌悪ですから。」
俺の言葉に応える鈴音の顔は暗く悲しい笑顔を浮かべていた。
{俺はこんな小さなことも解決できないのか。}
思い詰めるが俺より鈴音の方が思い枷を付けているように感じた。
「鈴音、今は思い詰めるな論文コンペのことだけ考えよう。」
そう言って肩を抱き寄せながら俺達は病院を後にした。
論文コンペ当日は何事もなく目的地に到着した。開始時間が近づくとどの学校も緊張感を醸し出していたが一室からは軽い空気が流れていた。
「こんなところに来ていいんですか?藤林さん。」
その言葉通り克也達の前に座っているのは藤林響子だった。しかもここは一高の控え室なのだから。
「問題ないわ防衛省技術本部兵器開発部所属の私が九校戦で大活躍をした達也君のもとに来てもおかしくはないからね。だから『藤林少尉』でも『藤林さん』でも『藤林のお姉さん』と呼んでもいいわよ?」
「「『藤林のお姉さん』はなかったはずですが…。」」
藤林の冗談に克也と達也は困惑している。
「悪いニュースと良いニュースどっちを先に聞きたい?」
「悪いニュースからで。」
「…そこは良いニュースからじゃなくて?」
「では良いニュースから。」
「…。」
簡単に手のひらを返す達也に藤林さんも何も言えないようだ。
「じゃあ良いニュースからね。例のスーツ完成して今日の夜にはこっちに持ってくるって真田大尉から伝言。」
「流石ですねこの短期間で完成させるとは。」
達也は素直に褒めている。
「次は悪いニュースね。例の件…このままじゃ終わらないみたい詳しくはこれを見て。」
データカードを渡してきたので無線電話でも憚られる内容らしい。
「もしもの時はお願いします。」
藤林の真剣な顔に達也達はうなずいた。
一高のプレゼン前、克也は藤林さんから暗号メールが送られてきたので達也に頼んで鍵を貸してもらい解読すると驚くべき内容が書かれていた。
{横須賀にむかっていた護送車が襲われ呂剛虎に逃げられた!?生存者はなしか…。達也に伝えておくべきなのだろうがこのタイミングはさすがにまずいよな。後手になってしまうがプレゼンが失敗するよりはマシか。}
俺は個別ブースから出て観客席に向かった。
時刻は三時ちょうど一高のプレゼンは予定通りに始まった。一高のテーマに各校だけでなく魔法関係者も興味を示していた。
「…核融合発電の実用化に何が必要になるか、これは前世紀から明らかにされてきました。」
鈴音のつややかなアルトの声音でプレゼンが開始され全員の意識は一高に向けられていた。一方会場の外では開戦の準備がちゃくちゃくと進み会場に危機が近づいていた。
「…いずれは点火に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法師機核融合炉が実現できると確信します。」
鈴音がこう締め括ると会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
「さすがだね司波達也。あのループ・キャストの洗練度に脅かされたよ。」
「恐縮だな『カーディナル・ジョージ』。ありがとうと言うべきか?」
「いいや別に礼を言われたくて言ったんじゃないよ。次こそは僕達が勝つ!」
ここまでは高校生のお祭りだったがお遊びはここまでだった。轟音と振動が会場を襲った。
現時点、西暦2095年十月三十日午後三時三十分。後世において人類史の転換点と評される『灼熱のハロウィン』。その発端となった「横浜事変」はこの時間に始まったと言われている。
「「達也(お兄様)!」」
俺達は達也の元に走り声をかけた。
「達也、今の爆発音はグレネードか?」
「おそらく正面入り口付近で爆発したんだろう。」
達也は俺の言葉に肯定した。さらに悪いことに銃声が聞こえた。
「フルオートじゃない対魔法師用のハイパワーライフルか。」
呟いた瞬間数人の男達が突入してきた。
「大人しくしろ!デバイスを外して床に置け!」
たどたどしい日本語はつい最近密入国した人間だろう。魔法師の扱いにも慣れているようだ。
「お前達もだ!」
二人の男達が俺達に近づいてくるが無視する。視界を会場の外に向けると侵入者達と交戦している警備員達がいたが明らかに押されている。
{やれやれもっと実戦経験のある魔法師を配備してほしかったな。}
どうでもいいことを考えているとさらに近づいてきた。
「早くしろ!」
それにも無視を続けていると発砲してきた。明確な敵意を物理的に発したが俺と達也はあせらなかった。俺は手をポケットに突っ込んだまま立ち想子を鎧のようにまとい銃弾を防ぎ達也は掴み取ったかのように右手を握りしめたまま立っていた。
「…銃弾を掴み取ったのか?」
「この野郎!」
俺に発砲した男が呟いた瞬間もう一人が達也に向かって数発ぶっ放した。
しかし達也の手がコマ落としのように動き何かを掴んでいるかのように握りしめられている。
「バケモノめ!」
叫びながら銃を捨て戦闘(コンバット)ナイフを抜き斬りかかってくる様子は高いレベルで訓練されたことを示しているが今回はさらなる恐怖を生むものだった。達也は右手を手刀に切り替えナイフを持つ手に打ち込んだ。
「ぎゃ!」
達也の手刀は何の抵抗を示さず男の腕を切り落とした。返り血を浴びていたが気にした様子はなかった。
「達也お兄様、血糊を落としますのでそのままでお願いします。」
「ほこりを落とします」と軽く言うので自然と笑みが浮かぶ。そのおかげで止まっていた時間が動き出す。
「取り押さえろ~!」
その合図に危険を顧みないように生徒達が近くのテロリスト達に魔法を放ち取り押さえた。
「克也さん、達也さんお怪我はありませんか!?」
「大丈夫だよ。」
「問題ない。」
ほのかの心配に俺は銃弾が直撃した辺りを見せ達也は右手をひらひらさせた。その様子にほのかは安堵した。
「これからどうする?」
「助かろうにも逃げようにもまずは正面入り口の敵を無力化しないとね。」
「別行動して怪我をされるよりはましか…。」
エリカの言葉に俺は答え達也はため息をついた。
動き出そうとすると声をかけられた。
「ちょっと、ちょっと待て司波達也!」
「一体何だ吉祥寺真紅朗。」
達也はあえてフルネームで呼び不機嫌そうに振り返った。
「今のは分子ディバイダーじゃないのか!?」
{知識があるが故の誤解。好都合だがめんどくさいな}
俺はそう思ってしまった。達也は相対距離ゼロで『分解』を行使しただけだが説明するわけにはいかなかった。
「今はそんなことを話している暇はない!」
達也はそれだけ言うと動き出した。
「ま、待て!」
「二度も言わせるな吉祥寺、今は黙ってろ。」
まだ何か言おうとしたので黙らせ達也の後を追う。
正面入り口の到着するとほぼ制圧され交戦できている警備員は三人だけだった。壁際から除いていたがレオがそのまま突っ込もうとしたので達也と二人して引っ張る。正確にはレオの襟首を二人で引っ張り首を絞めた。
「克也、達也容赦ないね。」
「でもおかげで命拾い。」
幹比古と雫が感想を述べる。
「深雪、銃を黙らせてくれ。」
「はい。」
深雪が達也の力を借りて魔法を使用した。『凍火(フリーズ・フレイム)』によって弾丸が凍り付き発射できなくなる。『凍火』は燃焼を阻害する魔法なので火薬の燃焼により発射する銃にも有効だ。
深雪が魔法を放った直後達也が飛び出し手刀でゲリラを切り裂くと同時にエリカもゲリラの頸動脈を的確に狙う。最後は幹比古が生き残った連中を風魔法の『鎌鼬(かまいたち)』で追い返す。
血が飛び散った場面を見てほのかと美月が怯えていたので燃焼系の魔法で血を蒸発させエリカに頸動脈を切り裂かれ絶命したゲリラを移動魔法で外に運び出す。おかげで二人の顔色が少しだけ良くなる。
「で、達也どうする?」
「情報が欲しい。俺達が想像しているより状況が進行しているようだ。」
達也は厳しい顔をして話した。
「それならVIP会議室を使ったら?」
「VIP会議室?」
雫の言葉に首をかしげる。
「うん。閣僚級の政治家や経済団体のトップの会合に使われる部屋だからたいていの情報にアクセスできるはず。」
「そんな部屋があったのか。」
「認証キーとアクセスコードも知ってるよ。」
どうやら北山潮は雫にそんなことまで教えていたようだ。{溺愛とは恐ろしいな}と思った俺だった。
「雫、頼む。」
達也が頼むと雫は今までに見たうなずきの中でもっとも真剣なうなずきを返し俺達を案内してくれた。