「…何が起こったんだ?いっそ夢だったって言われた方が理解できるぜ。」
「でも僕の背中に刺さったのも君の足がちぎれたのは紛れもない事実だ。」
桐原先輩のつぶやきに五十里先輩はしっかりと現実を受け入れていた。
「司波教えてくれないか?克也君と達也君は何をしたんだ?」
「摩莉、探るのはダメよ。」
真由美が摩莉をたしなめる。
「構いません七草先輩。ここにいる人たちに話しても達也お兄様は文句を言わないでしょう。」
深雪はそう言うと話し始めた。
「克也お兄様が使用された魔法は固有魔法『回復(ヒール)』です。怪我を治す治癒魔法ですがこれは見かけの上のみです。傷が塞がったとしても完治するまでに克也お兄様が亡くなれば効果はないことになり戻ってしまいます。達也お兄様が使用された魔法は克也お兄様と違い治癒魔法ではありません。魔法の名称は『再生』達也お兄様の固有魔法です。エイドスの再生履歴を最大で二十四時間まで遡り上書きし事象を無かったことにし生物だけではなく機械にまで作用します。この魔法のせいで達也お兄様は他の魔法を自由に使うことは出来ません。」
深雪の説明に全員黙り込んでいた。
「だから達也君はアンバランスだったのね。」
「ああ、それだけの高等魔法が待機しては他の魔法が阻害されてもおかしくはない。」
真由美と摩莉は深刻そうに話したが二人の先輩は違っていた。
「でもそれだけの魔法が使えれば他の魔法を使えなくても些細なことじゃない!」
「そうだねその需要は計り知れない。」
千代田先輩と五十里先輩の幼馴染が慰めるが俺と深雪の表情は暗かった。
「その魔法が何の代償もなくお使いになれるとお思いですか?」
二人は硬直した。
「エイドスを読み取るということはその者が味わった苦痛も伴います。桐原先輩を俺が治療してから達也が魔法を使うまで二十秒がかかっていました。そして魔法が終了するまでにかかった時間はゼロコンマ二秒。この瞬間に達也は桐原先輩が味わった苦痛を百倍にして味わっているんです。それでも達也にこの魔法を使わせるのですか?」
俺は静かに怒りながら話し終えた。
「…百倍。」
桐原先輩は頭を抱えながら呟いた。俺と深雪は達也に『再生』を使わせてしまったことを悔いていた。
「っ!」
俺は突然感じた恐ろしい想子を感じて声を出してしまった。
「克也お兄様どうされました?」
深雪の質問に答えようとした瞬間美月も声を上げた。
「あっ!」
「美月もどうしたの?」
「魔法協会の近くで野獣のようなオーラが見えた気がして…。」
全員が理解できないような顔をしていたが幹比古が呪符で見始めた。
「敵襲!?」
叫び全員が気を引き締めた。
「名倉さん協会に!」
真由美が指示を出すとヘリが進行方向を変更した。
協会の麓では白い甲冑を着た見たことのある男が戦っていた。
「呂剛虎か…。」
「逃げられたみたいね。」
俺と真由美はぼやく。
「呂剛虎ね。」
「エリカ知ってるのか?」
「強敵よ。」
「なるほど。」
エリカとレオのうわついた会話に俺は割り込む。
「エリカ、レオあいつを甘く見るな。そんな状態じゃ死ぬぞ?俺でも倒しきれなかったんだからな。」
俺の言葉に二人は顔を引き締める。
「エリカ、西城お前達にも手伝ってもらうぞ。」
「言われなくても。」
「もちろん。」
摩莉の言葉に二人はうなずいた。
「克也君、深雪さんあなた達は協会の中をお願い。」
「「はい!」」
真由美のお願いに俺達はしっかりと答えた。
陳祥山は廊下を歩き目的地に向かっていた。これまでの襲撃は魔法協会のデータを盗むための今までの布石だった。論文コンペの襲撃、ゲリラの上陸、戦闘用ロボットの使用、そして彼の部下である『白虎甲(パイフウジア)』を着た本気の呂剛虎の陽動それら全てがこのためのものだ。
『電子金蚕(でんしきんさん)』の入った機械をカードキーパネルに押し当て侵入させ鍵を強制解除し協会支部に侵入する。警報が鳴り響くが気にしない。
「これが鬼門遁甲(きもんとんこう)ですか、なるほど勉強になりました。」
可憐な声が聞こえてきたのでその方に顔を向けるとそこには監視対象であった可憐な少女が立っていた。
「司波深雪、なぜここに?」
「妹の名前を知っているということは今まで俺達を追い回していたのはお前達だな。」
後ろから声が聞こえたので振り返ると要注意人物として国から警告を受けていた人物の一人が立っていた。
「四葉…克也。私の術が効かなかったのか!?」
「事前に警告を受けていましたから。『方位に気をつけろ』と。しかしそれではよくわかりませんでしたので全方位に気を配っていれば何とかなんとかなるだろうと思いました。」
その程度で破られるようでは『鬼門遁甲』は既に廃れている。しかし実際に破られているがそのようなことを考える必要は無く話していた目前の少女が説明してくれた。
「幸いこちらには普通は見えないものが見える人物がいましたので術によって見えないことになっているあなたの姿を見ることが出来たというわけです。」
その視線を辿ると照れた笑みを浮かべる四葉克也がいた。
「とりあえず今はお眠りください。あなたがいなくなれば私達も静かに暮らせるというものです。」
少女は嬉しそうに呟きながら笑った。そして自分の体の体温が下がっていることにようやく気付いた。おそらくこの部屋に入ってから気付かれないように徐々に下げておき言葉を発した瞬間に急激に下げたのだろう。
「お休みください私も上達しましたので一生氷の中ということはありませんのでご安心を。」
その言葉を最後に陳の意識は闇に飲まれた。
「お疲れ様深雪、見事な魔法制御だ。これなら後遺症が残ることもないだろう。」
凍り付いた陳の様子を調べてから深雪に労いの声をかける。
「そ、そんなもったいないお言葉です。」
顔を赤くさせ悶えていた。凍り付いた男の横で顔を紅潮させている美少女というかなりシュールな絵面だが幸い気にする者は一人もいなかった。
「深雪、ヘリに戻ろうか。」
「はい!」
深雪は克也の言葉にうなずき左腕に飛びついた。その様子は恋人に甘える普通の少女であった。
外に出ると呂剛虎はその身体を地面に崩しておりそのときには既に深雪は克也から離れていた。その様子を見るのは二回目だが今回は確実に確保できたと俺は確信する。
「エリカ、レオよくやったな。」
「あたしじゃないよ倒したのは。あ〜あ負けちゃった。」
「やれやれ強かったぜこいつはよう。」
エリカとレオのぼやきに苦笑したがエリカの倒したことより負けたことを悔しがる様子に俺と深雪は笑った。そして弟が今いる方向に目線を向けた。
「達也…。」
無意識のうちに呟いた克也であった。
「敵の揚陸艦が逃走し始めたようだな。これを撃沈するぞ。」
「はっ」
柳が部隊に攻撃の命令を出そうとすると通信が入った。
「柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください。」
「藤林、どういうことだ?」
「敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させてしまえば水産物への影響が大きすぎます。」
柳は舌打ちをした。それでは敵をわざわざ逃がすようなものだ。しかしその心配は無かった。
「退け、柳。」
「隊長?」
風間から撤退の指示が出たからである。
「勘違いするな作戦終了というわけではない。一旦帰投しろ。」
「了解しました。」
今の通信を聞いていた部下達も移動本部へ向かって帰投した。いくらハイレベルの魔法師である独立魔装大隊の兵であるといえど長時間の戦闘は眼に見えて疲労が蓄積する。それを踏まえての帰投命令だった。
帰投した柳に指揮権を委ね風間少佐は真田大尉と藤林少尉、そして達也を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。
「敵艦は相模灘を時速三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないかと思われます。」
小型モニターを見ながら伝えた情報に風間はうなずき真田に命じた。
「{サード・アイ}の封印を解除。」
「了解。」
風間から嬉しそうにカードキーを受け取り大きなケースに差し込んだ。カードキーと静脈認識キー、暗唱ワードと声紋キーの複合キー。
「色即是空 空即是色」
真田が呟くとロックが外れ中から大型CADが姿を現した。
「大黒特慰、『マテリアル・バースト』を以て敵艦を撃沈せよ。」
「了解。」
真田から{サード・アイ}を受け取った達也に風間は命令を下した。『大黒特慰』正式には『大黒竜也』は独立魔装大隊において特務士官として活動する達也の名前だ。
「成層圏監視カメラとのリンクを確認。」
藤林がモニターを確認して告げる。達也のバイザーにも同じ情報が映し出されているので達也に言ったというより風間や真田に教えたのが正しいだろう。
船体に付着する無数の水滴のうちヒドラジン燃料電池タンクの直上、甲板に付着した水滴に狙いを定める。監視カメラの分解能では見分けられない一滴の水滴を精密照準する{サード・アイ}の遠距離精密照準補助システムもすごいが情報体知覚する達也の視力も驚異的だ。「『マテリアル・バースト』発動。」風間の指示に達也は引き金を引いた。
突然、想子波の揺らぎの警告音が鳴り響く偽装揚陸艦はざわついていた。十km四方に敵の影も形もなかったのだから仕方の無いことだろう。もし揚陸艦の生存者がいたのであればこう表現したことだろう。『太陽が突如現れ、膨れ上がり爆発した』と。
しかしその言葉を後世に残すことが出来た人間はいなかった。その灼熱の光球に全て飲み込まれ蒸発してしまったのだから。究極の分解魔法、戦略級魔法である『質量爆散(マテリアル・バースト)』が実戦で二回目に使われた瞬間であった。
その爆発を俺達は海岸の近くで見ていた。突然光球が水平線の彼方に現れたかと思うと膨張し何もかもを飲み込む瞬間を深雪は心配そうな表情をし俺の左手を握りなから見ていた。俺は無表情に何もなかったかのように穏やかな海原をしばらくの間眺めていた。
「敵艦と同じ座標で爆発を確認。撃沈したかと思われます。」
「撃沈しました。」
藤林の報告を修正し達也は報告した。
「約八十kmの距離を精密照準。{サード・アイ}は所定の所為の性能を発揮しました。」
真田の嬉しそうな報告に風間はうなずき達也いや大黒特慰を労った。
「特慰ご苦労だった。」
「はっ。」
大黒特慰は敬礼を返した。
克也と深雪は自宅で初めて二人きりの生活を送っていた。といっても数時間だけだったが。もちろん二人に間違いが起こることもなく普段通りだった達也がいないことだけを除いては…。
電話の音が鳴り響き深雪が応対する間克也はテレビの正面に立っていた。呼び出し音が四葉からの秘匿回線だったので素早く身支度した。
「お久しぶりです叔母上。」
『久しぶりね克也それに深雪さんも。』
「ご無沙汰して下ります叔母様。」
俺達は挨拶しながらお辞儀をした。俺が「母」と呼ばなかったのはこの回線が暗号でカモフラージュされているからである。四葉の暗号は世界でもトップの頑丈さでなので安心して話せる。
『そんなにかしこまらなくて結構です今日は大変な目に遭いましたね。』
「ええ、しかし何も心配することはありません叔母上。問題など何一つありませんし達也が片付けてくれますから。」
「その通りです叔母様。兄は事後処理のためここにはおりません。」
俺と深雪は感情のぶれが一切無い声で答えた。
『そうですかそれを聞いて安心しました。そうそう今度の日曜日いらっしゃいないろいろ話したいことがありますから。』
「わかりました達也に伝えておきます。」
真夜の出頭命令に俺は素直にうなずいた。
『じゃあ、お休みなさい。』
「「お休みなさいませ叔母上(様)。」」
電話が切れると俺はソファーに沈み込んだ。
「克也お兄様…。」
深雪が心配そうに見つめてくるが気付かなかった。
「達也、お前を切り離せはしない絶対に。例え四葉家と敵対することになってもこの地球に俺達の居場所がなくなったとしても。」
そう呟いたあと深雪は後ろから抱きしめてきた。
「そんな重荷を克也お兄様だけが背負う必要はありません私も同じように背負って生きていきます。だからそんなに抱え込まないでください。」
そう話しかける深雪の頬には二筋の雫が流れていた。そして俺の頬にも。
「達也…。」
俺はまた大事な弟の名前を呟いた。
十月三十一日、達也は対馬要塞でハロウィンを迎えていたが特別な感慨はなかった。
「これはつい五分前の写真だ。この様子だと後二時間後には出向するだろう。そしてこの動員人数を見る限り日本海側のどこかを占領する意図があると考えられる。」
確かにそれだけの人数と物資、武器が準備されていた。
「既に敵は準備を完了しているが我々は昨日より動員を開始したばかりだ。このままではやつらに先を越されるだろう。よって我々独立魔装大隊は戦略級魔法を投入し殲滅することを決定した。これは統合幕僚会議の許可を受けている作戦である。大黒特慰頼むぞ。」
風間の言葉に達也はうなずいた。
「大黒特慰、準備はよろしいですか?」
「準備完了、衛星とのリンクも良好です。」
真田に問われて達也はムーバル・スーツを着て{サード・アイ}を両手に答えた。「『マテリアル・バースト』発動準備。」風間の声に{サード・アイ}を構え照準を合わせる。
狙いは鎮海(ちんかい)軍港巨済島(コシェド)要塞に停泊している大亜連合艦隊の中央の戦艦の戦闘旗。三次元処理された衛星映像を手掛かりに情報体へアクセスする。
「準備完了」
呟くような小さな声だった。しかし静まりかえった室内ではそれで十分だった。
「『マテリアル・バースト』発動。」
「『マテリアル・バースト』発動します。」
風間の声を復唱し達也は{サード・アイ}の引き金を引いた。対馬要塞から海峡を越え鎮海軍港へ。そして爆発した。爆発の後の爪痕を見て表情を変えなかったのは達也だけであった。そしてここにいる全員が戦略級魔法という意味を思い知らされた。
それは後世に「灼熱のハロウィン」としてまことしやかに語り継がれる世界を揺るがす事件であった。
翌日から学校には深雪と二人で登校したが達也のいない登校は寂しいものだった。いつものメンバーから達也はいつ帰ってくるのかと聞かれたが連絡もつかないので分からないと答えた。
達也が軍の関係者であることを知っても変わらず接してくれる友人達に感謝したが昼食の席でも重たい空気が覆い楽しいと呼べるものではなくほのかやエリカが明るく話を盛り上げてくれたのだが空気を吹き飛ばすことはできなかった。
「達也お兄様はいつ帰ってくるのでしょうか。」
エリカ達と別れてコミューターに乗っているとき深雪がふいにこぼした。
「あれから二日も経つのにお兄様からは連絡はありませんしこちらから連絡しても返信が来ません。何かあったんでしょうか。」
「忙しいんだろうさ、叔母上からの報告にもあったように条約締結したから達也の立場も変わってきてるんじゃないかな勝利の立役者なんだし。それに達也に何かあれば俺達が気付かないはずがない。達也が帰ってきたときに笑顔で迎えられるように明るく元気でいようよ。」
「そうですね克也お兄様。それでは今日は克也お兄様の大好きなたらこスパゲティにしますね。」
俺の言葉に深雪は吹っ切れたらしくいつもの深雪に戻っていた。
「それは楽しみだなそれなら早く帰らないと。」
俺は笑顔で答えた。
「灼熱のハロウィン」から三日後達也はようやく任務を終了し家路についていた。二日前、大亜連合は日本側の要求をほぼ受け入れる形で条約を締結した。大亜連合がたやすく受け入れたのは日本側が出した要求が控えめな内容だったのもあるが何より鎮海軍港の被害が甚大だったのが大きかった。
大亜連合は「灼熱のハロウィン」によって四割の戦艦と三割の軍隊を失っており降伏するには十分すぎるものだった。条約が締結された後達也は会議などに出席しなければならず到底克也達に連絡できる状態ではなかった。
しかしそれももう終わりであと十分もすれば二人に会える。そんなことを考えていると家に着きドアを開けると二人の姿が見え声が聞こえた。
「お帰り(なさい)達也(お兄様)。」
三日しか声を聞かなかったのにこんなに嬉しくなるのは何故だろうか。それだけ二人が大切だからだろうか。
「ただいま克也、深雪。」
俺は二人に笑顔を向けながら玄関のドアを閉めた。
横浜事変はこれで終了です。次話は真夜と風間との談話ですお楽しみに。