第四十話 新学年
達也が困惑している姿を俺は後ろからにやついて見ていた。今達也は自宅の全身を移す大きな鏡の前であとはブレザーを着るだけの状態で数分間立ち尽くしていた。
達也の困惑した顔だけで白ご飯が食えそうだが達也(精神的)に殺されるのでそんなことを口走ったりはしない。
「達也お兄様、早く新しい制服をお召しになった姿を私に見せてください。それとも焦らしていらっしゃるのですか?」
どうやら深雪の心は我慢できなくなってきており限界に近いことを表していた。達也が観念してブレザーの襟をつかみ羽織る。すると深雪がさっと回り込みきっちりと着込んでいるのを確認して幸せそうな表情を浮かべた。
達也の制服は俺や深雪と違い左胸と片口には八枚歯のギアを図案化したエンブレムが飾られ一科生と同じ大きさで同じ位置にある意匠は今年度から新設された魔法工学科のシンボルである。
去年一年で対内的にも対外的にも無視することが難しいほどの実績を積み上げてきた達也をこのまま二科生で留めておくのは一高にしても魔法社会としても不利益にしかならないと判断された。その結果が新しい学科の新設だった。三月の試験にパスした生徒は四月から魔工科で授業を受けることになる。
魔工科に一科生から移籍した人数分だけ二科生の成績上位者が一科生に転科することになり克也達の友人の中で幹比古が一科に移ることになっている。やはり学年末の点数が影響していたのだと誰もが思った。
どれだけ表面を取り繕うと魔工科が達也のために作られたと思われても仕方ない。達也にあるべきものがこの一年なかったことを不満に思っていた深雪が達也にあるべきものがようやく付いたことに浮かれるのは当たり前なのだろう。
「みんなでお茶にしましょう。」
深雪は二つの意味でご機嫌になりながらリビングに向かった。そんな深雪を俺は苦笑し水波は不満そうに見ていた。まあ、自分の仕事である家事を取られては気分を害しても仕方ないことだろう。水波はガーディアン兼家政婦という立場で司波宅に居候しているのだから。達也が動く気配を全く見せないので尋ねた。
「達也?」
「ああ、今行く。」
達也が動かなかったのは数秒だが僅かな空気の変化に気付けるのは双子であり互いに信頼し合っているからだろう。克也の後ろを当たり前のように付いていく水波は達也が動きリビングに向かうまで不満そうな顔をせずに待っていた。
「いよいよ明明後日は入学式か当日俺達は早めに家を出るが構わないか水波?」
「大丈夫です克也兄様。私もご一緒させていただきます。」
水波が俺のことを「克也兄様」と呼んだのは水波が四葉の関係者であることを悟られないための打開案だ。水波は達也達の従妹という関係であり俺が「さん付けで呼ばれるのは嫌だ」と言ったことで渋々水波がそれで良しとしたという経緯だ。
ちなみに達也と深雪の呼び方は達也兄様と深雪姉様だ。水波も最初は仕方なさそうだったが今では自然に使っている。テンパったときはつい達也様、深雪様と呼んでしまっているが。
「今日の招待は受けた方が良い。水波も来てくれ。」
「ご命令のままに。」
達也の言葉に水波は気乗りしない様子で承諾した。
ホームパーティーといえど北山潮が催すだけあって魔法社会、非魔法社会関わらず大株主や社長が集まるので必然的に会場は盛り上がっていた。雫の父が晩婚だったせいもあってか従兄弟はほとんどが成人し結婚相手や婚約者を連れてくるので自然に大人数になってしまうと克也達は雫の母親から説明されていた。
北山夫人、「北山紅音(きたやまべにお)」かつて振動系魔法で名を馳せたA級魔法師旧姓鳴瀬紅音に捕獲され聞いてもいないのにそんな話をしてくるので少し疲れてきた二人だったがこんな場所で気分を害されるわけにはいかないので真面目に聞いていた。
「ところで貴方がほのかちゃんの片想いの相手なのね?」
「そのような者ではあります。」
「赤面しないのね?なかなかだわ。」
どうやら少しずれた解答が加点になったらしく少しとげとげした空気が和らいだ。
「何故断ったの?かわいいのに。隣の貴方もそう思うでしょ?」
「かわいいと思いますよ色々と。」
「そうですねかなりレベルは高いと思います。」
俺にも話を振ってきたので本心を伝えた。
「なら許可してもいいのに。隣の貴方は付き合いたいとは思わないの?」
「確かに交際すれば楽しくなるでしょうね。しかしほのかの想い人は達也です横槍を入れようとは思いませんよ。」
「それだけの容姿をしているのに枯れてるわね。」
「枯れているかどうかは分かりません。人間は容姿で判断すべきではなく人間性で判断するべきだと思っています。」
「辛辣なのね四葉君は。言わせて貰うけどほのかちゃんや雫の二人が貴方達に向ける感情は普通じゃないわ。性別という壁を越えて家族のような愛に近い感情だわ。それで悪いけど司波君貴方のパーソナルデータを勝手に調べさせてもらったわ。」
「愉快ではありませんが理解できます。自分の娘の近くに自分のような不気味な人間がいれば調べたくなるのもも分かります。」
正直俺もあまり愉快ではないが達也の言う通り理解は出来る。俺だって自分の周りに普通とは思えない人物がいれば調べるだろう。
「貴方一体何者?北山家の情報網を駆使してもデータが出ないなんて。四葉君の場合は雫に聞いたのとほぼ同じだったから気にしなかったわ。問題は貴方よもう一度聞くわ貴方は一体何者?」
「自分は司波達也というパーソナルデータに書かれている人間そのものです。パーソナルデータと本人が違うのは仕方ありません。データだけでその人間を全て知ることなど不可能でありまた記すことが出来ない事情だってあるのかもしれませんから。」
「…。」
達也の言葉に紅音は唇をかみしめて悔しがっていた。一回り以上歳の離れた娘の友人に言葉で負けたとなれば長く生きている人間からすれば認めたくはないだろう。
「紅音そろそろやめなさい。」
「北山さん…。」
「妻がすまなかった司波君、四葉君。」
「こちらこそ失礼なことを申しましたお許しください。少し失礼させてもらっても良いですか?雫とも話しておきたいので。」
「ああ、娘も喜ぶだろう。」
潮の許可をもらい雫達の元に戻ると雫に頭を下げられた。そのまま雫の元へ向かう。
「ごめんね克也さん、達也さん。」
「こちらこそ失礼なことを言ったんだ。雫も顔を上げて今は楽しもう。」
「うん。」
笑顔で言うと雫も笑顔で答え話題を作り出してくれた。留学先でのルームメイトの珍行動やほのかの幼いときの恥ずかしいエピソードなどたくさん話してくれた。雫がほのかそっくりに真似るので口に含んでいた炭酸水を吹きだしかけたこともあった。
「姉さん少しいい?」
「航(わたる)どうしたの?」
「お話がしたくて邪魔だった?」
「ううん、ちゃんと挨拶してね。」
後ろから問いかけられた相手にそんな風に話す雫は優しい姉で普段の様子からは考えられないような優しい声だった。
「初めまして北山航です。今年小学六年生になります。司波達也さんお聞きしたいことがあるんですけどいいですか?」
歳と同じように言葉が震えていたが達也は俺にノンアルコールのカクテルを俺に渡しながら優しく答えた。
「こちらこそ初めまして答えられることなら答えよう。」
「魔法が使えなくても魔工技師になれますか?」
「「「「「「え?」」」」」」
達也を除く全員が声をそろえて航を見た。彼は達也に眼を向けているため気付いてはいなかったが達也はしっかりと答えた。
「無理だな。魔工技師は魔法技能を持つ魔法工学者のことだ魔法を使えない技術者を魔工技師とは呼ばない。」
「そうですか…。」
「でも魔法が使えなくても魔法工学を学ぶことは可能だ。実際、魔法を使えなくても生業としている人がいるからね。」
達也は相手の気持ちを落としてから上げることが多い。それは喜びを増やすことにもなり進歩にも繋がる。
「君が本気で勉強すればお姉さんの役に立つことが出来るかもしれない。」
「ぼ、ぼくはそ、そんなつもりじゃてん。」
顔を真っ赤にしてうつむけば誰でも本心が分かるだろう。達也に向けられる眼も見知らぬ大人(高校生でも小学生からすれば大人だ。)に対するものではなく尊敬し追いつきたいと思う気持ちが込められた視線に変わっていた。
西暦2096年四月六日新年度初日、水波を自宅に残し三人は学校に向かった。この三人での登校が残り二回しかないからなのか家から最寄りのコミューター乗り場まで深雪は俺と達也の腕を抱きしめ歩きにくそうだったが幸せそうなので何も言わないことにした。一高に向けて歩いているといつものメンバーがそろった頃には腕は離されている。
「幹比古、一科生の着心地はどうだ?」
「からかわないでよ克也。」
にやりと笑いながら人の悪い祝辞を送ると幹比古はまんざらでもなさそうに答えた。幹比古が一科生に転科するのは知っていたが制服を見るのは今日が初めてだった。一年間エンブレムがないのを見てきたので幹比古には悪いが違和感があった。しかしそれは今までなかったものがあるのだから仕方ないだろう。
「達也はどうなの?」
「俺か?まだ一年目だからなんとも言えないな。」
「冷めてんな~達也は。まあ、達也がはしゃいだ方がよっぽど怖ええか。」
達也がもう少し喜んでいると思っていたレオだが達也らしい反応に苦笑を浮かべていた。
「ほんと、美月なんてにやけてたのにね。」
「に、にやけてないよ!」
エリカのいじりに美月が反論するいつもの様子に笑ったメンバーだがエリカの言葉によってさらに悪化した。
「で、ミキ。」
「僕の名前は幹比古だ。何エリカ?」
「なんで近くにいる美月じゃなくてわざわざ遠い達也君に聞いたの?」
「べ、別に良いだろ!?男同士なんだから聞いてもいいじゃないか。」
「あ、もしかして既に電話で聞いてたりしてた?くふふふふふふ。」
エリカの言葉に真っ赤にしてうつむく二人を見てまた二人を除く全員が笑い声を上げた。
昼休み、克也達は生徒会室に来ていた。達也を風紀委員会から生徒会へ移籍させるという花音とあずさの密約が本人の意思を無視して実行された結果今日から達也は生徒会副会長。風紀委員には達也の後任として幹比古が、欠員が出た部活連推薦枠に克也が選ばれた。
克也が部活連に入ったことで今まで不真面目だった麻雀部などが真面目に活動し始めたらしい。克也はまだ何も行動を起こしていないにも関わらずこの有様では巡回などしたときにはどうなることやらと思い始めた生徒会メンバーであった。生徒会メンバーは達也が入ったこと以外は何も変わらず平和な昼食タイムだった。
「実はまだ俺達新入生代表を見たことがないんだ。」
「新入生の準備は学校側主導で行われているからね。」
「多くの来賓がある特別な式典は人生経験が豊富な教員が担当するということでしょうか。」
「その考えで間違ってないと思うよ。」
俺の言葉に五十里先輩が説明を付け足してくれる。そうなると新入生代表のことが気になってくる。
「総代はどんな子だったんですか?」
「僕は知らないけど中条さんが顔を見てるんじゃなかった?」
「七宝君ですか?やる気満々には見えましたよ。」
「野心家ってことね。」
本心を隠そうともしない花音の表現にあずさが苦笑したところを見ると同じような心境なのだと生徒会室に集まった面々はそう思った。