十二月二十九日土曜日、深雪が本家に赴く日が来た。今は既に本家に着いているのだが道中分家が何か仕掛けてくるかもしれないと警戒していたが特に何もなかった。どうやら会合に侵入し恐喝したことで達也の追放を留めてくれたようだ。
万が一襲撃してくれば容赦なく殺すつもりだったので無駄な労働をしなくて済んだことに安堵していた。ちなみに達也と深雪には論文コンペの日に何をしたかは言っていない。
辰巳の運転で本家に来たのはいいが使用人として仕えていた水波が自分達と同じ部屋にいることに四人とも首をかしげていた。
「何故、水波ちゃんがここにいさせられるのでしょうか?」
「克也のボディーガードだからということなのかそれ以外の何かがあるのかもしれんな。」
「何か…ね。」
達也の言葉に俺は無意識で呟いたが誰からも追求はなかった。
「叔母上との約束の時間まで一時間しかないから休んでおけってことかもね。」
「ならよいのですが。」
叔母上は十九時から候補者及びボディーガードを食堂に集め次期当主を指名するつもりなのだろう。慶春会で発表し醜態をさらさせないための配慮なのだろうが「せっかく準備する時間をあげたのだから失敗したら許しません」とでも言いたげな叔母上の高らかな笑い声が頭の中にわいてきたのでかぶりを振り追い出す。
その様子を水波達が不思議そうに見ていたがなんでもないと手を振り気にしないようにした。
十八時五十分になり克也達は食堂に通された。深雪は一番端にそして達也、克也、水波の順に座らせられ深雪の隣は真夜の席であるため二番目の上座だった。文弥、亜夜子、夕歌、勝成がそろいあとは真夜を待つだけになったのだが達也と水波は居心地の悪さを感じていた。
ボディーガードでしかない自分達が何故このような場所に座らせられているのか理解できていなかった。亜夜子はボディーガードではなく補佐役に近いので納得できるが自分達は場違いであると思っていた。
だがそれは達也達の勘違いだった。亜夜子を含む五人は達也と水波がここにいることに異議を唱えずむしろいなければならないという共通の思いを胸に秘めていた。
達也は自分達を凌駕する能力を持ち水波は第二世代の調整体にも関わらず十師族に匹敵する魔法力を持っていると思っているため何も言わず二人が勝手にそう思っていただけだった。
「みなさん今日はよく集まってくださいました。そこまでかしこまる必要はありません気楽にして下さいな。」
真夜が現れたことで空気に緊張感が走るが言葉を聞いて少し空気が和む。
「今日呼んだのは他でもありません。明日の慶春会でいきなり次期当主を発表されては気持ちの整理がつかないでしょうから先に伝えておきたいと思いました。」
「当主様、少しよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
文弥が真夜の言葉の後に手を上げて許可を求めたことには驚いたが真夜が優しく聞いたおかげで気持ちは空回りしなかった。
「失礼します。私、黒羽文弥は次期当主候補の地位を返上し司波深雪さんを推薦いたします。」
「私も失礼いたします。私、津久葉夕歌も地位を返上し司波深雪さんを推薦いたします。」
「それは構いませんがお二人はご実家を継ぐおつもりかしら?」
「自分は次期当主決定次第で決めさせていただきたいと思います。」
「私はそのつもりでございます。」
文弥はそう言うだろうと分かっていたが夕歌まで言い出すとは思わなかった。津久葉家は達也に対してはまだ友好的悪く言えば無関心の立場を取ってきたためどうなるか予想できなかった。
「克也はどう思いますか?」
「自分を除く次期当主候補の方々ならば誰でも次期当主に推薦しても間違いはないと思っていますので特に言うことはありません。」
「勝成さんはどうですか?」
「自分勝手であり責任放棄なのは重々承知の上で申し上げます。私は真夜様と他の次期当主候補のご意向に任せようと思っております。」
「責任放棄ではないとは思いますけどいいでしょう。では発表します次期当主は…。」
真夜の言葉に全員いや、深雪だけが緊張していた。全員が真夜が誰を指名するのか理解していたので何も言わずに言葉を待った。
「深雪さん、貴女を次の当主とします。」
「…はい。」
「次期当主候補の方々が貴女を推薦しているのですから期待を裏切らないように心懸けなさい。」
「期待を裏切らないように誠心誠意精進して参ります。」
真夜の宣言と深雪の覚悟を全員が受け止め納得した表情でお辞儀をする深雪を見つめていた。
食事が終わると深雪、達也、克也、水波に残るよう命じ他の候補者を真夜は送り出した。全員の前に紅茶が置かれ葉山を含む執事が退室し真夜が口を開いた。
「さて、深雪さん貴女は次期当主になりましたけど当主となれば結婚相手を決定しなければなりません。しかし自由な恋愛は認められませんこれは理解されていますね?」
「…はい。」
深雪は固い声で返事をし真夜の決定を待っていた。
「結婚相手を発表する前に大切なことを教えます。克也と達也さんは貴女の本当の兄ではありません。」
その言葉に四人とも驚愕した。
「何故なら二人は私の息子なのだから。」
更に四人は驚愕し深雪と水波は手で口を押さえ声が漏れないようにしていた。
「叔母上、それは事実なのですか?俺と達也が深雪の兄ではないという証拠はどこにあるのでしょうか?」
「貴方達は私が事故に遭う前に保存していた卵子を受精させ姉さんを代理母として生まれた双子なのだから。」
その言葉を聞いて驚くより叔母を疑った。
「…後ほど詳しくお聞きしても良いですか?」
「ええ、親子水入らずで話しましょう。深雪さん貴女の結婚相手を発表しますが準備は良いですか?」
「はい。」
深雪の言葉には覚悟と「もしかしたら」という気持ちが込められていた。
「貴女の結婚相手は達也さんです。達也さんは深雪さんの婚約者兼ボディーガードとしてこれからもそばにいてあげて下さい。」
「分かりました。」
達也は軽く受け入れていたが深雪は胸を押さえて前屈みになっていた。歓喜のあまり張り裂けるような痛みをまさに痛感していたのだ。
「それから克也は深雪さんの補佐役として仕えてあげて下さい。」
「叔母上それは構わないのですが水波がここにいる理由をお聞かせ願えますか?」
「何故聞きたいの?」
「ボディーガードとしてここにいるのであれば勝成さんも二人を連れてくるはずでしょう。達也と水波がここにいるのは能力を認められているからではないはずです。現に達也は深雪の婚約者に選ばれています。」
「さすがね、克也の洞察力には驚かされます。」
「恐縮です。」
それほど喜ばずに言葉を発した。
「褒めてはいないけど教えてあげる。水波ちゃんは克也の婚約者です。そのために呼びました。慶春会で深雪さんの次期当主発表と婚約者発表をします。その時に達也はもちろんのこと克也と水波ちゃんにも出席してもらいます。」
半ば予想していた答えだが実際に言われると感情の揺らぎを抑えることは出来なかった。水波は深雪同様に前屈みになっていたが深雪と違うといえば涙を流して泣いていたことだろうか。
「二人は慶春会のために自分を磨かなければなりせんね、葉山さん。」
真夜が名前を呼ぶと葉山が入ってきた。
「葉山さん、白川夫人を呼んでちょうだい。深雪さんと水波ちゃんの入浴に何人か手配して。」
「かしこまりました。」
葉山が白川夫人を呼び二人を浴場に連れ出した後真夜はようやく口を開いた。
「それじゃあ、私達も移動しましょうか。」
連れて行かれたのは真夜の書斎だった。達也が室内を見回していたので聞いてみた。
「達也どうした?」
「いや、ここはいつも電話していたところとは違うのだなと思ってな。」
「ああ、あれはまた別の部屋だよ。ここは俺と葉山さん、HARのメンテナンス業者しか入ったことがない部屋だ。正確には叔母上のプライベートスペースだな。」
「何故お前が?」
「魔法事故の後、最初に目を覚ましたのがこの部屋だったんだ。」
「何故ここに?」
「叔母上のせいだろうね。」
話ながら真夜にチラッと眼を向けると頬を赤くして眼をそらした。そんな様子に笑みを浮かべると達也もぎこちないが笑みを浮かべた。
「達也様はブラックでよろしいですか?克也様はコーヒーに砂糖少々ミルク多めでよろしいですね?」
「…ええ。」
「よく覚えてましたね葉山さん。三年、俺のを作っていないでしょうに。」
達也は葉山さんの呼び方に戸惑っていた。これが一番大きな変化だっただろう。『様』と葉山に呼ばれるとは思いもしなかっただろうから。
「叔母上、何故あのような嘘をついたのですか?」
「嘘なのか達也?」
葉山が俺達にコーヒーを真夜にハーブティーを置くのを待ってから達也は聞き始めた。
「ああ、俺達と深雪を形成している遺伝子は同じだ。俺達をここに呼ぶための手段だったんじゃないかなと思ってな。」
「確かにあんなことを言われれば後々聞こうと思うからな。それで本当なのですか叔母上?」
「ええ、嘘よ貴方達二人は姉さんの子供よ。深雪さんと兄妹ではないというのはあながち間違いじゃないのよ?だって深雪さんは『調整体』だから。」
今度こそ驚愕に固まった。
{深雪が『調整体』?ありえない。そんな兆候は見られなかった。この十七年間の一度も。}
「二人が驚くのも仕方ないわ。深雪さんは『完全調整体』とでも言える四葉家の最高傑作だからよ。達也さん、姉さんなら貴方の力を一時的に抑えることは可能だった。でも、確実に貴方より先に寿命を向かえる。その際貴方を抑える存在が必要だった。そのために深雪は造られた。深雪は貴方のために造られた存在。あの子がいなくなれば貴方は世界を滅ぼす。だから達也深雪を娶りなさい。拒否は許しません。産まれてくる子供のことも心配しなくて良いわ。」
「…拒否も何も俺は深雪を突き放すことは出来ません。そして克也も。気持ちの整理する時間が必要ですから今すぐに受け入れろと言われても無理です。」
「それでいいの。少し外で待っててもらえる?克也と話したいことがあるから。」
「分かりました。」
達也が部屋を出て行ったことを確認した後真夜は克也に向き合った。
「まずはおめでとうと言うべきかしら?」
「ありがとうございますと言うべきでしょうか叔母上?俺も達也同様気持ちの整理が出来ていません。」
「それは分かってるわ。でも喜ぶべきではなくて?水波ちゃんと婚約したのだから。」
「婚約できたことを嬉しいですが俺は自分が水波のことを好きなのか分かりません。」
「克也でも分からないことがあるのね。」
「人間は自分のことを完全に理解することなど出来ません。達也でさえ残っている感情でも理解に苦しんでいるぐらいですから達也に劣る俺が理解できるはずがありません。」
「固いわね。でも、貴方は知っているはずよ自分が水波ちゃんのことを好きだということを。今までなかった?水波ちゃんと一緒にいて嬉しかったことや楽しかったこと。」
真夜に言われてそういった思い出は浮かんできたがそれが好きという感情に当てはまるのか分からなかった。
「俺にとって大切な存在であるのは確かですが深雪と同じ感情を抱いているとは思っていません。深雪に向ける気持ちと水波に向ける感情が違うのは分かっていますがそれが好きという感情に繋がるかは分かりません。」
「以前付き合っていた市原鈴音さんいえ一花鈴音さんとの時は感じなかったの?」
「あれとはまた別の種類の感情だとは理解しています。水波に向ける感情は俺の中で深雪と同じように妹である感情と女性として見ている感情が入り交じっていますから。」
克也にとって水波は守るべき妹的存在であり気持ちの切り替えは難しい。
「今はそれでいいわこの先気付いてくれればいいから。それから達也さんのように子供のことは気にしなくてもいいわ。」
「何故でしょうか?」
「貴方の遺伝子は『調整体』の不安定な遺伝子を正す能力があります。」
「それは固有魔法『回復』の影響ですか?」
「その通りよ。これが分かったのは私の叔父であり貴方の大叔父である四葉英作(よつばえいさく)の能力です。」
「俺が幼いときに知ることが出来たのですか?」
「それがあの人の能力だったからです。どのように知ることが出来たのかは教えてもらえず私達にも分かりませんでした。」
真夜が残念そうに話すので本心だと思った。
「水波に黙っていていい話ではありませんね。」
「ええ、そうした方がいいでしょうね。」
「ではこれで。」
「達也さんも連れて入浴してきなさい。」
「分かりました。」
部屋を出ると達也が壁に背を預け眼を閉じていた。
「達也終わったよ。」
「遅かったな。」
「思った以上に内容が重くてな。」
「水波のことはどうするんだ?」
「受け入れるよただ心の準備ができていないからどう接したらいいか分からない。」
「俺も深雪のことを受け入れきれていないから人のことは言えないけどな。それに友人達が知ったら大騒動になりそうなのが一番の心配事だ。」
「それはどうしようもない。叔母上が決めたことに反対することは叔母上を裏切り四葉を裏切ることになる。今ここで裏切れば俺達の周りは敵だらけになる。俺達の力じゃ二人を守り切れないしなにより二人を突き放すことが出来ない。」
「ああ、それに深雪と水波は今の状況を受け入れることに精一杯だ。これ以上追い詰めるようなことをしたらどうなるか想像もつかん。」
「今は慶春会のことだけ考えよう。」
克也の肩を軽く叩き着替えを取りに部屋に向かった。
次話で四葉継承編は終了です。